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2016年12月31日土曜日

2016 Book Ranking


  1. あの素晴らしき七年
  2. 誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち
  3. かなわない
  4. 見えない音、聴こえない絵
  5. 八本脚の蝶
  6. あなたを選んでくれるもの
  7. 沈黙
  8. 七帝柔道記
  9. 私の消滅
  10. コンビニ人間

今年読んだ本のベスト10です。
(必ずしも今年出版という訳ではありません。)
1年間で65冊読んだので打率も上がり、
上位5作品は一生忘れない読書体験でした。
たくさん読むのが良いとは思わないけど、
来年も良き本との出会いがあれば良いなーと思います。

2016年12月29日木曜日

寝相

寝相


死んでいないもので芥川賞を受賞した、
滝口悠生さんの作品ということで読みました。
受賞した頃のSession22で書評家の豊崎さんが
本作を激押ししていたので前から気になっていた作品。
いやー完全にぶっ飛ばされましたね。
最近ノンフィクションに傾倒しつつあって、
小説にイマイチ乗り切れてなかったんですが、
こんな語り口が許されるのか…!
という衝撃があったので過去作を
もっと読んでみたくなりました。
本作は寝相、わたしの小春日和、楽器
この3つの中篇で構成されています。
どの作品にも共通するのは人称の入り乱れ。
死んでいないものでもその手法で描かれていましたが、
かなりシームレスというか整理されていたのに対して、
本作は混沌としていました。
それが一番強烈なのが楽器でいちばん好きな話でした。
はじめは仲の良い男女4人組が埼玉に
遠足へ行くという日常系の話かと思いきや、
後半から見たことない世界へと唐突に連れて行かれる。
本の表紙がまさにそれで男女4人組が
ある家にたどり着き、その家の磁場(?)によって
4人それぞれが自分の世界へと没入していく。
それに加えて家の中で繰り広げられる
他人の家族の宴会の様子も同時に描かれています。
登場人物が10人くらいいて、
それぞれの視点を行き来するからクラクラする。
今年を象徴する言葉として"post-truth"がありますが、
まさに本作は事実の向こう側にリーチしていると思います。
それは主観の強さと不確かさの両方を
バランス良く描いているから。
自分にとって都合のいいことばかりを
鵜呑みにすることは良くないなーと思うし、
他人の気持ちを想像することは必要で大切なことだと感じました。
それを説教臭く言うわけではなく、
人によって聞こえ方が大きく異なる「音」を
媒介としているのがオモシロかったです。
次はタイトルが気になっている、
ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスを読みたいです。

2016年12月22日木曜日

誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち (早川書房)

ネットで話題になっているのを見かけましたし、
メルマ旬報の伊賀大介さんの連載でもプッシュされていたので、
楽しみに取っておいたのを読みました。
今年読んだノンフィクションでぶっちぎりにオモシロかったです。
音楽産業が斜陽である、ということは言われて久しく、
全世界でCDが売れなくなり、皆が体験を重視するようになり、
ライブやグッズがアーティストの食い扶持を稼ぐ
というビジネスモデルにシフトしています。
なぜCDが売れなくなったのか?
それはiTunes等の登場によりCDショップへ行かず、
Webで音源をダウンロードできるようになったこと、
また、その音源をiPodによって
大量の楽曲を持ち運びできるようになったことが
音楽が好きな人はある程度想像がつくと思います。
これらすべてを可能にしたのは、
音楽を圧縮する技術によるものです。
通常CDで一枚のアルバムは500〜600MBのサイズですが、
それをmp3でPCに取り込めば
10分の1程度まで圧縮することができます。
この音楽圧縮技術を中心に20世紀末から21世紀にかけて、
音楽ビジネスに何が起こったのか?を描いています。
単純な史実を横並べするだけじゃ歴史の教科書を
読まされるようなもので退屈になるんですが、
本作はメインに3人の登場人物を置くことで、
音楽ビジネスの背景を立体的に、
かつ非常にスリリングに描いています。
1人目はドイツ人のブランデンブルクという人で、
mp3という規格を発明したグループのリーダー。
このパートはmp3という技術の開発とその広まり方を書いていて、
NHKのザ・プロフェッショナルのようでオモシロい。
mp3の話題になったときに最初に挙げられるのが、
音質の問題だと思うんですが、
そこも詳しく解説されていて目から鱗なことばかり。
たまに音質のことガチャガチャ言う人を見かけるんですが、
圧縮したmp3と未圧縮のwavやaiffをブラインドで、
どれだけ聞き分けられるんだろうといつも思います。
本書内ではmp3はブラインドによる音質テストも
クリアしたと説明されていました。
しかし、このmp3は政治的駆け引きの中、
当初劣勢の技術で初めはmp2が採用されていた。
それをひっくり返すきっかけになったのが、
スポーツ中継の音声だというのも驚きでした。
なかなか世に広まらないmp3を広めるために、
エンコーダーをフリーでバラまいたことで
事態は大きく動いていくことになります。
2人目はグローバーというCD工場の労働者。
彼はRNSという音楽リークグループに所属し、
エンコーダーの登場により
音楽を圧縮しサイトにアップロード、
皆でシェアできる環境が整ったことで
合計2000枚以上の音源をWeb上にばらまいた人。
CD工場で働いているのでリリース前の
音源を入手できる環境にいる彼が
次々とリークしていくところが超スリリング!
実際、彼らのグループもも儲けるために
リークするというよりもスリルを求め、
音楽会社を出し抜くという行為を楽しんでいただけ。
というのも興味深いなーと思いました。
本作の著者もイントロで書いていますが、
web上に溢れる違法ダウンロード音源は
様々な人がサイトにアップロードしているかと思いきや、
少数の人間が組織立って仕組んでいたことにも驚きました。
そして3人目はワーナー、ユニバーサルと
世界の名だたるレコード会社のトップを務めたモリス。
彼がいかに凄腕なのかが伝わってきました。
とくに90年代後半〜05年くらいまでは、
ヒップホップの世界的流行とシンクロしているため、
ヒップホップの話題がとても多くて楽しい。
ドレ周りのウエストサイドから始まり、
リル・ウェインを始めとしたサウスサイド、
著作権という点で欠かせない
ミックステープマスターであるDJドラマの逮捕、
ヒップホップ界のキングJAY-Zなどなど。
すでに老人だったモリスは違法ダウンロードを
意に介さず「売ったらええんやろ!」という
姿勢を貫くところが男気あってカッコ良かったです。
結果、ユニバーサルのエグゼクティブとして
今をときめく数多くのアーティストを
世に送り込んだ実績を持ち、
その見つけ方が小さなエリアのトレンドを
世界に拡大するというマーケティング手法、
というのもオモシロいところ。
上記のヒップホップのアーティストは
すべてモリスの手の中にいたし、
さらに動画広告もモリスが思いつき、
Vevoを立ち上げている。。。
完全にモリスの手の内で僕が音楽を消費していたことに
本当に驚いてしまいました。
一番好きだったエピソードは
JAY-Zとの契約を巡ったコイントスの話。
100万ドルを払うか、払わないかを
コイントスで決めるっていう…
スケールがでか過ぎて意味が分からないのが最高。
mp3プレイヤーが登場し、
今まで家で聞いていた大量の音源を
持ち運びできるようになったことで、
音楽業界は深刻なダメージを受けるようになります。
僕はてっきりmp3プレイヤーが登場してから、
違法ダウンロードが横行したものと思っていましたが、
実際には逆だったようです。
グローバーの所属するRNSは結局逮捕されるんですが、
RNSのメンバーは実際に対面したことがなく、
裁判所で初めて顔を知るというのも
インターネット時代を感じさせるエピソードでした。
今やストリーミングが導入されて、
月額1000円で膨大なライブラリーが聞き放題の世界で、
これから音楽がどうやって消費されていくのか、
今後の音楽ビジネスのあり方も注目だなーと改めて思いました。
とにかく目から鱗の事態の連続と、
それをスリリングに読ませる描き方の
コンビネーションがあまりに素晴らし過ぎました。
著作権の考え方は日本ではまた異なるので、
誰か日本版を書いて欲しい!!

2016年12月18日日曜日

パルプ

パルプ (ちくま文庫)

初めてのチャールズ・ブコウスキー。
田我流がブログでオススメしてましたし、
友人のツイートの後押しもあって読んでみました。
自意識突き詰め系の文学ばっかり読んでいたので、
久々の荒唐無稽な作品で楽しかったです。
小説って自由ということを思い出させてくれる。
探偵ものなんだけどまともに捜査もしない、
腑抜けの探偵ニック・ビレーンが主人公。
事務所の家賃もろくに払えない彼に、
ある人物の紹介によって依頼がいくつか舞い込み、
それをのらりくらり解決(?)していくお話。
本作を読んで思い出したのは、
トマス・ピンチョンのLAヴァイス。
主人公は私立探偵でダラダラしているし、
世界観としてはかなり近いものがあるなぁと。
ただ、LAヴァイスはふざけたところもありながら、
引き締めるところはきっちり引き締めて、
シリアスなシーンも多かったのに対して
本作はリアリティラインを
軽々と越えてくるところがオモシロかったです。
亡くなったフランスの作家が出てきたり、
宇宙人が出てくる、依頼者が死神などなど。
ハードボイルドかと思いきやの裏切りが
そこかしこで見られました。
あと主人公の厭世観も見所だと思います。
クソだな、こんな世の中!的な姿勢と、
オレの人生こんなもんだろ、いつか死ぬだけだし
という姿勢のバランスが好きでした。
訳者である柴田元幸さんのあとがきでの、
パウルプフィクションとの対比に膝を打ちました。
他の作品がどんな感じなのか気になります。

2016年12月15日木曜日

かなわない

かなわない

本屋へ行く度に、とても惹かれる装丁だなぁと
思いつつもスルーしてきた中でやっと購入。
著者の植本一子さんは写真家なんですが、
僕はラッパーECDの奥さんという認識で読み始めました。
本作は働けECDというブログでの日記と、
いくつかのエッセイで構成されています。
エッセイもそれはそれはオモシロいのですが、
僕はブログで綴られる日記が好きでした。
とにかく「生活する」ことがいかに大変で豊かなのか、
そのことを知ることができる。
彼女の文章は暮らしのリリックそのもので、
最近よく聞いているZONE「生活日和」と
シンクロする部分が多分にありました。
「大変なことくらい知ってらぁ!」
と言いたくなるかもしれせんが、
植本さんの恐ろしいまでに正直な気持ちが
どうしたってこちらの胸を打ってくる。まさに「かなわない」
2011年の日記は放射能に関する言及が多く当時の空気を思い出すし、
旦那であるECDはアクティビストで社会問題に敏感なのに対して、
彼に安易に乗っかるわけでもなく、
自分の考え、気持ちを整理している様がかっこいい。
ブログはほぼ育児日記の様相を呈しているんですが、
ここも恐ろしいほどに正直。いや正直過ぎる。
年が経つにつれて写真家、
ひいては1人の人間としての自我が強くなり、
子どもたちを育てること、ECDとの生活が嫌だ!離婚!
とはっきり書いている部分がありました。
間違ったことは頭ごなしに糾弾される世界で、
しんどいことをストレートに書くことって勇気がいりますよね。
ただ、その糾弾する人は当事者ではないことも多いと思うんですよ。
似たような状況の人からすれば
「自分だけじゃない」と安心することもあるんだろうなと。
それは相対的に自分の位置を確認するというよりも、
感覚の共有なんだと思います。
あと自分に自信を失って他者に依存し過ぎてしまう、
という終盤の話も勉強になりました。
あるべき家族の形を外側から定義しようとすることほど、
窮屈なことはないにも関わらず、
他人が干渉してきたり国が干渉してきたりする。
自由であることの尊さを学べた気がします。

2016年12月11日日曜日

舞台

舞台

本屋で新刊を見かけてそちらも超読みたい、
西加奈子さんですが過去作を読んでみました。
なぜ本作かといえば帯に、
「生きているだけで恥ずかしい。
自意識過剰な青年の馬鹿馬鹿しくも切ない魂のドラマ!」
興味が沸きまくること山の如し。
あらすじとしては有名作家のボンボンの息子が、
NYに1人旅をした際の旅行記といったものです。
それだけ聞くと何がオモロいねんという話ですが、
主人公の自意識があまりにも強くて、
登場人物がほぼ彼1人にも関わらず、
ページをめくる手が止まらない!
小説といっても推理、恋愛など、
いろんな種類がありますが
僕は人の自意識を巡る話が好きなんだなと
この1年読んだ中で改めて理解しました。
NY1人旅する29歳無職男子ってどんだけ呑気やねん
とはじめは思っていたんですが、
旅の序盤に絶望的な事件が起こってしまう。
そこから自分の自意識との格闘が始まります。
太宰の人間失格も引用しつつ、
今まで読んだ小説の中で自意識は最大風速 級。
朝井リョウの「何者」と近いところがあり、
とくに映画版での人は皆なにかを演じることで、
何者かであろうとする、社会は「舞台」なんだ
というテーマにかなりシンクロしていると思います。
NYで全財産を失った英語もろくにしゃべれない
日本人の地獄絵図が後半は展開されていきます。
領事館にすぐ行って助けてもらえればいいじゃん!
と思うんですが、彼はそれができない。
なぜなら、バカにされるんじゃないか、
NY来て調子乗ってんじゃねーよと思われたくないから。
とにかく人の目線が気になって笑われたくない、
既定路線、あるべき姿から外れることを嫌がるんですね。
主人公が好きな作家の名前が小紋扇子(コモンセンス)
というのもニクい設定というか、
コモンセンス(常識)と文学にすがりたい彼の姿が
痛ましくもあり、自分の姿にも重なってくる…
自分が近づけない父親への愛憎と憧れが
終始、彼の意識を巡り続けラストに
「地球の歩き方」で泣かされるなんて !
最初と最後に登場するダイナーの使い方もたまらなくて、
さんざん文句ぶーたれたダイナーの飯が死ぬほどウマい、
という価値の転換。ツッコミ社会は生きにくさもありながら、
ある程度恵まれてるから、そんな余裕があるのかなと思います。
自分のことを精一杯生きていきたいものです。
西加奈子作品は構成の巧みさは間違いないので、
テーマの選定が刺さればグッとくるなーと思います。
早く新作も読んでみたいところでございます。

東京ゴッドファーザーズ



今年は邦画アニメが人気の年ですが、
前から気になっていた今敏作品を見てみました。
舞台はタイトルどおり東京。
家出娘、ホームレスのおじさん、おかまの3人が
捨て子の赤ちゃんを拾い、その子の親を探すことになる話です。
全くもって他人であり、それぞれが孤独を抱えて生きているところに、
「赤ちゃん」が現れることで、
まるで本当の家族のように見えてくるところがオモシロかったです。
ほとんど東京の街をウロウロしているだけといってしまえば、
それまでなんですが、擬似家族の状態から本当の家族へと回帰していく、
この流れの嫌味のなさが好きでした。
「結局血の繋がりなんだよ」という
前時代的な物言いに対するカウンター意識があることは、
おかまの人を1人入れていることからも明らかでしょう。
(彼女(彼)は身体の構造上、自分の子どもを産むことができない)
終盤の畳み掛けるようなアクションも見ごたえ十分。
同監督が手がけた筒井康隆原作のパプリカも見ていないので、
そちらも見てみたいなーと思います。
あと、この映画を見た後に、
ラッパーであるZORNの「letter」という曲のPVを見ました。
先に述べたこととリンクする内容で、
長らく日本語ラップを聞いていますが、
ある種の最高到達点の曲だと思いました。

2016年12月7日水曜日

アジア未知動物紀行

アジア未知動物紀行 ベトナム・奄美・アフガニスタン (講談社文庫)

僕の周りにファンが多い高野秀行さん。
しかし僕はワセダ三畳青春記しか読んでおらず、
彼の本業の部分に触れてきませんでした。
その本業とは探検家であり、
様々な土地を訪れて訪問先での内容を
オモシロおかしく紹介するノンフィクションライター
そろそろ読んでみるかーと、
手を出しやすい文庫本から読んでみました。
当然のことながらオモシロかったです!
未知動物とはUMAのことであり、
本作では3匹のUMAを追いかけています。
1匹目はベトナムの類人猿「フンハイ」
2匹目は奄美の妖怪「ケンムン」
3匹目はアフガニスタンの凶獣「ペシャクパラング」
どうですか?名前見ただけでワクワクしますよね。
とくにペシャクパラングって言葉の響きはカワイイのに、
凶暴で人を襲うというギャップがたまらない。
本当にいるのか/いないのか、
0/1で議論したい人にはオススメできないかもしれません。
なぜなら、その狭間で揺れ動く雲のような存在について、
あれこれ夢想するところが楽しいから。
あとがきでも触れられていますが、
この調査ではほとんど準備せず、
勢いでUMAを探しにいくいきあたりばったりな旅。
ゆえにやきもきする場面もありますが、
偶然がもたらす情報のフレッシュさがグッとくる。
何でも調べられるし、個人の嗜好を踏まえて
提案されるのが当たり前になる時代に、
「偶然」の大切さ、オモシロさを感じました。
UMAの捜索がメインにあるんですが、
それに伴い各国の人の生活が垣間見える、
文化人類学的な内容もあり滞在記としてもオモシロかったです。
その最たるものがソマリア関連作なのかなと。
この3匹は一見すると何のつながりも見えないんですが、
アメリカという軸を1つ入れることで見えてくる
推論がなるほどなぁと納得しました。
物事をシンプルに考えたがる結果として
アメリカの権威の強さが陰謀論とUMAに
「らしさ」をもたらすだなんて…
他の作品もどんどん読んでみたいと思います。

2016年12月6日火曜日

愛と欲望の雑談


愛と欲望の雑談 (コーヒーと一冊)

「断片的なものの社会学」の著者である岸政彦さんと、
こじらせ女子という言葉を生んだ雨宮まみさんの対談集。
前者は社会学という枠では語りきれない名著で、
まだ読んでいない人がいればぜひとも読んで欲しいんですが、
本作もその片鱗があるオモシロい作品で、
ミシマ社という出版社が出しているシリーズ物の8作目。
読み切れることを大切にしているそうで非常に薄く、
しかも雑談なので待ち合わせの間に読み切れました。
タイトルのとおり、メインとなるのは愛や欲望の話なんですが、
会話がスイングしていくのが読んでて楽しい。
本質に迫ったほとんど哲学のような内容のこともあれば、
自身の経験から学んだ意見の好感などざっくばらん。
岸さんは既婚者/男性で雨宮さんが未婚者/女性
という立場の違いから浮き彫りになる考え方の違いには、
そうそう!とか、うーん。とか思いながら、
自分の立場に置き換えて読んでいました。
当たり前だったり確実にいつか必要なんだけど、
日々の生活で抜け落ちることについて、
数多く議論されているのでコーヒーと1冊、
というこのシリーズの持つコンセプトにもピッタリかと。
皆が少し視点を変えたり、ちょっと余裕を持つことで、
息苦しい世の中が変わったりするのかもなーというのは、
以下の発言にすべて象徴されていると思いました。

銀行で並んでるときにおばちゃんがひとこと
「今日混んでるなぁ!」って言うだけで
周りがスゥッって和むんですよ。

分量が少ないので続編が読みたかったけど、
雨宮さんがお亡くなりになってしまい、
それも叶わぬ夢となってしまったことは残念です。

2016年11月30日水曜日

見えない音、聴こえない絵

見えない音、聴こえない絵

この秋に瀬戸内芸術祭へ行きまして、
そこで大竹伸朗さんの作品群をたくさん見て、
完全に虜になってしまいました。
先日、吉祥寺へ行った際にBASARA BOOKSで本作を発見し、
光の速さでサルベージして読みました。
本作はエッセイなんですが彼の芸術の源や
作品に対するスタンスを知ることができて、
とてもオモシロかったです。
以前に同じくエッセイである「既にそこにあるもの」
を読んでいるんですが、
僕は本作の方がより彼の本質を知ることができる気がしました。
彼の作品の何が好きかといえば、
ヒップホップを感じるところ。
それはコラージュという言葉に集約されるもので、
ヒップホップで言うところのサンプリング。
インスパイアということではなく、
既にそこにあるものをカット&ペースト、
ときにはそこに加工を施して
見たことのない景色を見せてくれるんだからたまらない。
0→1でものを作り出すことが偉いのである。
という言説がツッコミ過多の世界では跋扈する最近ですが、
果たしてそう言いきれるのか?
あと、作者の意図が絶対的な価値観として存在し、
そこから外れたものは「間違い」扱いされることは?
ということを疑問に思ったりするんですが、
これらに対する大竹さんの考えが、
心のもやもやをズバーッ!と晴らしてくれました。
芸術に対する哲学とも言える論考があったり、
日常と芸術の距離感の話があったり。
1つ1つのエッセイの中ではまるで大竹さんの
脳内を泳いでいるように話が横滑りしまくるんだけど、
彼の主張自体は一貫している。このかっこ良さに惚れる。
とくに彼がライフワークとしている
スクラップブックの話がとても好きでした。
30年近くひたすら切って貼ってを繰り返しているらしく、
皆がゴミと思って捨ててしまう印刷物に、
彼なりの美学を感じて集めているところが、
これまたヒップホップっぽいんだよなー
あと最近Vynl Memoriesというmixを作ったんですが、
それとシンクロするような「黒の盤景」というエッセイの中で、
彼曰く、個人的なレコードの思い出は
単なる極私的独白に陥りやすいと…
ですよねぇ!と読みながら首を縦に振りまくりました。
彼のもの作りへの衝動が自分の中で共振してしまう名著。

2016年11月24日木曜日

ララバイ

ララバイ (ハヤカワ・ノヴェルズ)

先日、近所の図書館を訪れた際に、
何気なく棚を見たらチャック・パラニュークの作品が!
ということで借りて読みました。
本作は絶版になっているので正規では買えません。
彼の代表作はもちろんファイトクラブでしょう。
昨年、新訳版がリリースされて読んだのですが、
超オモシロかったです。
その一方で、他の作品は読めない状況が続いています。
サバイバーは単行本を持っているんですが、
やっぱりKindleで洋書コースかなぁと考える今日この頃。
前置きが長くなりましたが、本作もオモシロかったです。
ララバイは子守唄という意味ですが、
作品内でメインとなるのは間引きの歌と呼ばれるもので、
それを特定の人物に向かって唱えると、
その人間が死んでしまう呪文。
歌を対象者に聞かせなくても唱えるだけで殺すことができる。
ここまで聞いて勘のいい人なら分かるでしょうが、
そうです、デスノートカジュアル版です。
あとがきにも書かれていましたが、
デスノートシリーズでは、ギミックの勝負といいますか、
ある設定を使ってどっちが裏をかいて
勝つことができるかというゲーム性がフォーカスされています。
本作にも後半はその要素は含まれるものの、
メインとなるのは人を殺すことに関する議論と
ひたすら展開される陰謀論。
現実社会で陰謀論をドヤ顔で語られることほど、
辛いことはないわけですが、
チャック・パラニュークが語る世界の仕組みの話、
資本主義に対する懐疑的な姿勢はいつも興味深い。
中盤から擬似家族状態でアメリカを巡る、
ロードムービーのような展開の中で、
家族間の会話として論考が繰り広げられるんですが、
僕はここが一番好きでした。
とくにオイスターというキャラクターが展開する、
自然でさえも元々アメリカ大陸にはなかったものが、
蹂躙しているこんな世の中、ポイズン。
という論考がなるほどなーと思いました。
(ファイトクラブでのタイラー・ダーデン的な役割)
あとチャック・パラニュークは文を忍ばせるのが巧み。
前半に出てきた同じ文章が後半にそのまま出てきても
物語を読み進めた上で読むと感じ方が変わっていて、
自分の変化を文章から感じるという不思議な体験でした。
後半からはラストにかけて「ハリーポッターか!」と
ツッコミを入れたくなるほど様々な呪文が登場して、
しっちゃかめっちゃか。
ラストはぶっ飛び過ぎて笑ってしまいました。
ビッグブラザーへの言及がとても多かったので、
1984をいい加減に読まねばと思います。

2016年11月16日水曜日

夜と霧

夜と霧 新版

今年見た映画でサウルの息子という作品があって、
強制収容所の被収容者であるユダヤ人が主人公で、
ゾンダーコマンダーとして収容者を管理する立場にあった、
という事態を描いたものです。
直接その話という訳ではないですが、
ナチスによるユダヤ人の強制収容および虐殺の話をする上で、
避けられない名著中の名著ということで読みました。
陰惨な被害体験だろうなーと思っていたんですが、
当然そういった話もありながら、
死ぬことよりも、生きることを真正面から書いていて、
後半なんて全文付箋したくなるような金言だらけでした…
本作は実際に強制収容所に収監されていた
心理学者が書いた作品であり、
彼が被収容者としての体験を交えつつ、
心理学の見地からも強制収容について考察しています。
残忍な手口を1人称の目撃談として語られると、
当たり前ですけどドシンと心に響いてくる。
さらに収容者の精神の揺らぎについて、
極めて主観的なものもあれば、
心理学者として客観的な考察もあるため、
読んでてグラグラしました。
「解説しているけど、この人も中にいたのよね…?」と。
近現代史上、最恐のDead or Aliveな状況において、
人間が動物化する1歩手前のところで、
いかにして踏みとどまったのか?という話が心に刺さりました。
本作が名著とされているのは、
収容所での体験からのフィードバックが
限りなく普遍的な生、死の話へと流れていく点でしょう。
少し引用しておきます。
このパラグラフはシビれまくりました。

行動的に生きることや安逸に生きることだけに
意味があるのではない。そうではない。
およそ生きることそのものに意味があるとすれば、
苦しむこともまた生きることの一部なら、
運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。
(中略)
収容所を生きしのぐことに意味などない。
抜け出せるかどうかに意味がある生など、
その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで、
そんな生はもともと生きるに値しないのだから。

収容所から解放された後に書かれているので、
後付けのロジックと思う人もいるかもしれないですが、
肉体が追い込まれている描写がハードであるがゆえに
肉体が極限まで追い込まれたとき、
生死を分けるのは精神かも…と思わざるを得ない。
当たり前に享受している幸せが当たり前でなくなる、
ということを直近で言えば311で痛感した訳ですが、
こうやって文章できっちり残しておくことは
重要だなと思いました。
最近、欅坂ハロウィン事変などもあった中で、
何が問題なのか分からない人は本作を読めばいいと思います。

2016年11月14日月曜日

留学

留学 (新潮文庫)

遠藤周作作品。
自分がこんなにハマるとは思いもしませんでしたが、
今年で4冊目となりました。
時代背景は今と異なるのだれど、
書かれているテーマはと普遍的であり、
かつ自意識をエグってくる内容がオモシロかったです。
本作は3つの話で構成されていて、
タイトルの通りどれもが留学する人の話。
遠藤周作は戦後初めてフランスに留学した人であり、
その経験を最も反映しているのが本作であり、
作品内での留学先もすべてフランスとなっています。
(タイトル作の「留学」は除く)
1つめは「ルーアンの夏」という話で、
キリスト教を勉強するために留学する学生が主人公。
彼はフランスへ行くこと自体は良しとしていたが、
キリスト教への思い入れが現地の人ほど深い訳ではない。
そこでフランス人から日本での布教を過剰に期待され、
しかも、泊めてくれる家の息子が亡くなっていて、
家族たちは息子の幻影を見るかのように彼に接する。
そんな息苦しい生活で思いつめていく様子を描いています。
今でこそ異文化交流は楽しくて為になるもの!
という理解が広まっていると思いますが、
当時のフランスにとって日本人は
敗戦国の得体の知れない黄色人種といった認識でした。
互いに理解しようと姿勢があって初めて、
交流が成立するのであり、
一方的に奇人扱いされる辛さが描かれており
胸が痛くなりました。
またキリスト教を絶対的正義と信じる恍惚に対する、
主人公の疑念が行間から滲み出ていました。
2話目はタイトル作である「留学」。
これは沈黙のプロローグと言ってもいいと思います。
荒木トマスという人を追ったもので、
彼もまた江戸時代に初めてヨーロッパを訪れる人であり、
訪れた先、ローマでの過度な期待を嫌がり、
日本へ帰国後キリスト教を棄教し幕府へと寝返り、
キリシタンの迫害に手を貸してしまう。
この2作品はキリスト教を日本へ輸入し、
根付かせることの難しさ、
日本人がキリスト教を信じることって、
どういう意味があるんですか?
ということを考えさせてくれました。
そして、一番ボリュームのある3話目の「爾も、また」
これが抜群にオモシロかったです!
遠藤周作の作品は読むたびに、
一番好きな話が更新されていくようで超楽しい。
(あくまで個人的な話ですが、、)
前2つの話は共にキリスト教が題材でしたが、
この話は文学にまつわるお話で、
主人公はフランス文学を研究する大学助手。
オモシロいと思ったのは大きく分けて2点。
1つ目は外国文化と日本人というテーマ。
主人公は作家のサドを研究しているんですが、
最初に訪れたフランス人のサド研究者に、
「日本人がなぜサドを研究するのか分からない」
と言われ、いきなり梯子を外される。
これってもう永遠のテーマだと思っていて、
僕は海外の映画や音楽をむさぼるように摂取してる訳ですが、
そこにどんな理由があるのか、、と自問せざるを得ない。
日本の音楽、映画を敬遠して、
海外至上主義な人ってたまに見かけるけど、
テメエのその浅い了見は何なんだ?
と問い詰めたくなるときがあって、
そのときの気持ちを思い出したり。
「だってオモシロいんだもの」という
居酒屋の便所に飾っている、
あいだみつをみたいな回答もできるけど、
そんなしょうもないことはしたくない。
今ここでズバッと回答できる訳ではないけれど、
いつか答えが見つかれば良いなと思います。
そして2つ目は対人関係を巡る自意識。
天の邪鬼で頑固な彼の姿は、
まるで自分を見るようで何回かエズくレベルでした…
コミュニティの中でドンドン孤立していき、
研究対象であるサドひいては留学先であるフランスと
自分自身の乖離をひたすた悩み続ける。
そこへ象徴として現れる城跡の揺るがなさの
対比が素晴らしかったです。
エッセイもたくさん書いているようなので、
次は目先を変えてエッセイでも読んでみようかと思います。

2016年11月6日日曜日

SAPEURS The Gentlmen Of Bacongo

SAPEURS  - Gentlemen of Bacongo

先日、神保町の古本市に行ったときに、
出版社のブースで40%オフになっていたので買いました。
そもそもSAPUERSとは何ぞや?という話ですが、
帯に書いてある説明をそのまま引用します。

コンゴ共和国の首都郊外バワンゴ地区に、
平日は普通に働き、貧しい収入のほとんどを洋服に費やし、
週末になるとハイブランドのスーツを着こなし町を闊歩し、
人びとの羨望と尊敬を集めセレブへと変身する、
世界でも例を見ないSAPUERSと呼ばれる集団が要る。
正式名称は「おしゃれでエレガントな紳士協会」、
通称「サップ(SAPE)」。19世紀のフランス統治の時代から、
1980年代にフランスから戻ったコンゴ移民がもたらした
「フランス的エレガンスへの憧れ」が原動力となっている。


序文をポール・スミスが寄せていて、
彼が語るとおり服を着ることへの意識が改められる
素晴らしい写真集でした。
周りの背景はスラムのような荒れた街の中に、
突如現れるハイブランドのスーツで身を固めた男達。
このギャップに驚くし、彼らが着るスーツは
日本人がよく着ている黒や灰色ではなく、
めちゃめちゃビビッドな色使いなんですね。
それがもう、、超かっこいい!の一言に尽きる。
言葉で説明するのが野暮なので見てくれ!



写真中心ながらも被写体たちのコメントや、
サプールがどういったものか説明するテキストも掲載されています。
なんとなく服装でかっこつけることに、
恥ずかしい気持ちを抱いていたんですが、
本作はそんなくだらない自意識をすべて吹き飛ばしてくれる。
アイテムの組み合わせによる表現なのである、
という言葉はサンプリング精神そのものだよなと思ったり。
「ハイブランドの服を買って着こなす」という、
一番ダイレクトな資本主義を宗教のように仕立てている
彼らの姿が違和感を抱く人もいるかもしれませんが、
本作を読めば彼らの崇高さに心打たれると思います。
最後にSAPUERSの十戒が書かれていたんですが、
それを見て思い出したのは今話題沸騰中の
KANDYTOWNが掲げている「KoolBoy ― 10のルール ―」


ISSUGIの最新アルバムやインタビューで語られていた
ヒップホップへのスタンス、美学にも近しいものを感じました。
要するに自分のスタンスを保持している男たちはかっこいい!
ということ。ブレブレの自分への戒めとして持っておきたい本。

2016年11月1日火曜日

ジャネット・ジャクソンと80'sディーバたち

ジャネット・ジャクソンと80’sディーバたち (星海社新書)

ノーナ・リーヴスの西寺豪太氏の新書。
マイケル・ジャクソン、プリンスといった、
アメリカのブラックミュージックを担ったスターについて、
これまで書いてきた彼が総決算として、
ジャネット・ジャクソンを中心とした、
80'sディーバの話を書いたもの。
むちゃくちゃオモシロかったです!
当然、マイケル、プリンスも好きなんですが、
2人よりもジャネットの方が思い出深いといいますか。
DJ始めたての頃、Got till it's gone、
That's the way Love Goesなど
彼女の曲が大好きでよくかけていました。
ただ80年代の彼女について、
僕はほとんど知らなくて、その部分が綺麗に穴埋めされて、
彼女の全体像が自分の中でよりはっきりとしました。
豪太さんの文章が 普通の音楽評論家と異なるのは、
単純に史実を並べたり、音楽性を語るだけではなく、
点と点を線で結びつけていくところ。
本作は過去の作品よりもその点が群を抜いていると思います。
あと僕は「Control」がデビューアルバムだと思っていましたが、
その前に2作品もあったことを知りませんでした …
(とくに「Young Love」というデビューアルバムが最高最高)
さらにウ オー!と思ったのはDaft Pankが
2013年にリリースしたRandom Access Memoriesへの言及。
好きなアルバムで何回も聞いていましたが、
再び楽しめるようになりました。
当時の音楽と今の音楽との接点も
西寺さんの著書で素晴らしく勉強になる。
ジャネットを語るにあたって外せないのは
音楽プロデューサーのジャム&ルイス。
彼らとジャネットが発明した音楽が今のトレンドに繋がり、
いかに世界を変えたのか痛感しました。
ディーバとなっていますが、本作に登場するのは
マドンナとホイットニー・ヒューストン。
彼女たちがそれぞれどういった運命をたどるか、
僕たちはすでに知っている訳ですが、
そこに至る布石となる80年代において
鮮やかにクロスする様が描かれていて勉強になりました。
ジャネットがもたらした功績が何だったのか、
当たり前になり過ぎた彼女のスタイル、存在を
「出汁」と例えているんですが、
本作を読み終わった後「まさしく出汁や!」と。
最新作の「Unbreakable」を聴いたときに感じた、
強烈なマイケルの匂いについても書かれていて溜飲を下げました。
出産も控えたジャネットですが、
あとどれだけ彼女の曲が聞けるか楽しみです。

2016年10月26日水曜日

きのうの神様

([に]1-2)きのうの神さま (ポプラ文庫 日本文学)

映画、小説ともに大好きな永い言い訳の、
西川美和監督の小説ということで読みました。
これまでディア・ドクターのメイキング本、
エッセイの「映画にまつわるxについて」を読んでいますが、
永い言い訳以前の小説を読んだことがなかったので、
楽しみにしていました。
あとがきに本作が執筆された経緯が書かれていて、
ざっくり説明すると
西川監督が僻村の医療を題材にした映画を作りたく、
それには膨大な量の取材が必要だがお金がない。
そこで出版社が本作を書くことを前提に
取材費用を負担してくれたという経緯。
原作なしで映画を製作することが、
いかに難しいことかを示すエピソードな訳ですが、
その取材で作られた映画はディア・ドクター。
僕は西川監督のフィルモグラフィーの中で、
3本の指に入るくらい大好きな作品です。
本作は5つの短編で構成されていて、
ディア・ドクターを匂わせる部分がありますが、
原作という訳ではありません。
(同じタイトルの短編も映画原作ではない)
先日、直島を含む瀬戸内海の島々へ旅行したこともあって、
より作品の世界観を楽しむことができたような気がします。
都会、とくに東京で働いていると、
自分の存在価値ってなんだろう?
と考えることがあると思います。
祭りかよ!というくらい毎日多くの人が街に跋扈し、
様々なものが恐ろしい速度で消費されていく。
そこに心地よさを感じる訳ですが、
人と人がテクノロジーの発達前に保っていた距離、
半径5mの世界で生きることの良さと辛さ、
両方を描いている点がオモシロかったです。
僻村医療が題材となると、
あたたか〜い人情話になりそうなところを、
シビアな現実が合間に挟まれることで、
物語全体がウェットになり過ぎない。
映画しかり、小説しかり、
この温度感が西川監督の作品で好きな部分だなと改めて。
久々に映画を見返して見ようかなーと思います。

2016年10月25日火曜日

八本脚の蝶

八本脚の蝶

本屋大賞の中に発掘部門というものがあり、
そこで選ばれ、bookbangで紹介され、
その記事を見て読みました。
著者である二階堂奥歯さんは編集者で、
本作は2001年から2003年まで
web上で書かれていた日記をまとめたものです。
すでに彼女はこの世にいなくて、
2003年に自ら命を絶ってしまっています。
実はこの日記は未だweb上にあって、
読むことが可能です→リンク
最後の一言から始まる、その衝撃にやられて、
一体どういった過程で命を絶ってしまったのか、
少し下世話な気持ちがあったことは否定できません。
実際読んでみると彼女が亡くなったことへの
寂寥感に苛まれてしまいました …
こんなに頭脳明晰なのになんで ?という気持ち。
僕が最初に驚いたのは彼女の衝撃的な読書量。
児童文学、幻想文学、宗教関連の書籍が中心で、
これだけたくさんの本を読んでいた人にとって、
世界はどんな風に見えていたのか、
その断片的な論考も本作では多く語られています。
この論考の数々も本当にオモシロくて、
女性であること(フェミニズム)、
物語に対する姿勢、宗教を信仰することなど。
エログロに関する記述も多いことから、
「メンヘラ」いう言葉で
語りたくなる人もいるかもしれません。
しかし、そんな安い言葉で片付けられない、
圧倒的な筆の力が本作にはあります。
本を読むことは世界を拡張することだと
僕は信じてやまないんですが、
彼女の場合、宇宙のように広がり続けたその世界が、
どこかで逆向きに縮小していってしまったのかなーと。
とくに宗教に関して数多く言及しながら、
神様の存在を否定し続けながらも
宗教を信仰することへの希望も同時に語っているんですね。
僕自身は特定の宗教を信仰していませんが、
もしかして彼女を救えたのは信仰だったかもしれない
と思うと、それで命が救われるなら
十分に価値、意味があることだと初めて思いました。
終盤にかけて彼女が追い込まれていく様子は
文章からもヒシヒシと伝わってきて、
前半の元気な頃に語っていたコスメや香水のことを
楽しそうに書いていたときとのギャップがかなり辛かったです。
彼女の仕事相手や近しい人々のあとがきが
最後についているのですが、
それによって彼女の姿がより立体的になったので、
本を買って良かったなと思いました。
(蛇足だと思う人もいるでしょうが)
ブログに掲載されている冒頭の部分だけ見ると、
亡くなった人の死の直前の言葉という、
刺激の強さだけしか残らないけれど、
すべてを読めば彼女は今生きている僕達と
同様に精一杯生きていた。
自分の身の回りで起こらない保証はどこにもないんだなと。
中古本でしか手に入らないですが、
本好きに読まれつがれるべき日記文学。

2016年10月15日土曜日

鬼才 五社英雄の生涯

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

映画好き必読の名著あかんやつらの
著者である春日太一最新作ということで読みました。
あかんやつらでもフィーチャーされていた五社英雄監督。
本作は彼にフォーカスし、作品および人物像が深堀りされていて、
めちゃくちゃオモシロかったです。
春日太一さんの本の何がオモシロいかって、
監督のキャリアを時間の縦軸と、
同時代の状況を描いた横軸で整理している点は勿論のこと、
映画の場面や裏話をドラマティックなタッチで書いているところ。
本のイントロからブチ上がらざるを得ないんですが、
それはすでに五社英雄監督の術中にはまっているという、
仕掛けからしてニクい構成でニヤリとさせられる。
今でこそTV主導で邦画作品が多いですが、
当時は映画が娯楽の王道でTVが下に見られていた中、
フジテレビのプロデューサーだった五社監督は亜流扱い。
そこから映画スタッフの信頼を獲得して、
己の映画を作り上げていく姿が超かっこいい!
丹波哲郎、夏八木勲、仲代達矢、夏目雅子といった、
日本を代表する俳優陣とのエピソードもオモシロくて、
当然知らないことだらけだし作品が見たくなります。
また監督の作風の変化も興味深く、
時期によって作り方が異なる点を丁寧に解説してくれています。
その中で五社監督が貫いた姿勢が、
どこか1つでもいいから出色のシーンを作ること。
たとえ物語の流れが破綻したとしても、
観客の心に残る場面を作り上げるんだ!という心意気は、
ツッコミ過多な批評が多い中だと、
少なくなっているかもしれません。
本作の中には写真が多く掲載されているんですが、
それも超かっこよくてウットリしてしまう。
とくに五社監督の背中のモンモンの迫力たるや …
カタギではなくなるその覚悟を見ました。
本当に死ぬ寸前まで映画を作り続けた、
映画への愛が滾りまくった人生に最大限の敬意を。
Huluに松竹配給の作品がたくさんあるので、
時間かけて見ていきたい所存です。

2016年10月13日木曜日

やがて海へと届く

やがて海へと届く

彩瀬まる最新作ということで読みました。
友人に紹介してもらってから、
読み続けている数少ない女性作家の1人です。
というのも骨を彩るという作品が
生涯ベスト級の短編集だから。
その作品以降は短編が続いていましたが、
久々の長編ということで楽しみにしていました。
当たり前だった日常が実はそうでもない。
死は常に隣り合わせにあることを311で痛感した訳ですが、
そこを丁寧にすくい取った作品でした。
モロ女性作家な文体が久々で初め少し面食らい、
前半は乗り切れなかったです…
しかし、中盤で主人公の上司が自殺する時点から、
物語のギアが一段上がり2つの死が対比されて、
世界が一気に広がっていく感じが好きでした。
つまり亡くなった友人の魂の行方という
少し幻想性の強い世界から、
過労による自殺という現実性の世界との往来によって、
死がグッと迫ってきたんですよね。
ファンタジックさと現実味のバランスを
取ることができたというか。
当たり前のように「悲惨な過去は忘れない」という
フレーズがことあるごとに使われていますが、
確かに社会全体としては風化阻止の意味もあるので、
大切なことだと思います。
その一方で、一個人のレベルでどこまで
他人の死を受け止めて生きていくべき?
といったあたりの論考が興味深かったです。
論理的に考えるのではなく、
彼女が考え続けるその姿勢が好きでした。
しかも、その逡巡する姿、死後の世界を
惚れ惚れするような文体で、
丁寧に紡いでいるのだから心地良かったです。
永い言い訳は同じようなテーマで、
よりリアルスティックに迫った訳ですが、
リアルだけでは到達できない世界の豊かさを
味わうことができたので読んで良かったと思いました。
そして、宇多田ヒカルの最新アルバム、
Fantomeに収録されている「道」という曲が
本作のテーマとあまりにピッタリなので
最後に一部引用しておきます。

どんなことをして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる
It's a lonely road
But I'm not alone
これは事実

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
どこへ続くかまだ分からぬ道でも
きっとそこにあなたがいる
It's a lonely road
But I'm not alone
そんな気分

2016年10月6日木曜日

さすらう者たち


さすらう者たち

イー・ユンリーという作家が大好きなんですが、
長編1作目を読んでなかったので読みました。
昨年、長編の独りでいるより優しくてを読んで、
なかなかヘビー級だったんですが本作もヘビー級でした。
文化大革命後の中国の市井の生活を描いた群像劇。
中国の時代背景をある程度理解してから読んだ方が、
作品の理解はより深いものとなると思います。
恥ずかしながら僕はあまり知らなかったんですが、
調べながら本作を読み進めて、
浅いながら背景を知ることができて勉強になりました。
難しそうな印象を与えたかもしれませんが、
政治と生活が不可分なものであることがよく分かりました。
事なかれ主義と自分の意思を貫くことって、
果たしてどちらが良いのでしょうか?と問うてくる。
群像劇なので多くの登場人物が出てくるんですが、
それぞれ立場は異なるものの比較的後者のスタンス。
ある女性が反革命的分子として処刑されることで、
象徴のような存在となり、
登場人物たちの行考え、行動が徐々に変わっていきます。
共産主義の社会においては、
何よりも社会(国家)に貢献することが大前提で、
自分の意思なんて二の次で国家に反する意思を
表明することはありえない。
ダイレクトに反対行動する人物もいるし、
ゆるやかに逸脱していく人たちもいる、
このグラデーションが素晴らしかったです。
多くの人物の感情の微妙な機微を描いてるゆえに、
物語のテンポは遅く停滞しているような
印象を抱くかもしれません。
失った物語の推進力と引き換えと言ってはなんですが、
文章のかっこよさ、美しさが際立っていました。
僕が好きだったラインを引用します。

若さの喜びは一日をまばたきのように短くするが、
老いの孤独は一瞬を永遠の悪夢のように引き延ばしてしまう。

「弟たちは無知なまま生きていきたいように
生きていくだろうけど、僕は違う。
戦う価値のある主義に従って生きないなら、
何のために本を読むんだ

1つめの引用にもあるように、
そしてイーユンリーが一貫して描いてきたテーマとして、
「孤独」「家族」があります。
政治と生活と同様、この2つも不可分なものです。
本作では両者を体現する孤児が大きなテーマとなっています。
孤児側の視点だけではなく、子どもを失ってしまった、
親側の視点も拾っているので、
より多面的な世界が広がっていました。
長編2作と短編2作を読みましたが、
僕はどちらかというと短編の方が好きでした。
それは短編の方が余韻があるというか、
物語の先の余白が多い方が楽しめる作家だなーと。
最新作がどんな形なのか分かりませんが、
楽しみに待ちたいと思います。