2021年5月23日日曜日

旅をする裸の眼

旅をする裸の眼/多和田葉子

 セールになっていたので読んでみた多和田葉子作品。映画に人生を狂わされた人の話でオモシロかった。ただ読書筋をかなり要する作品で読むの時間かかった…というのも主人公と映画の登場人物の人生をクロスオーバーして描いていくから夢か現か幻かといった塩梅で今どこの誰の話?となる場面がしばしば。題材となっている女優、映画の知識があれば高い解像度で読むことができて、さらに深いゾーンに辿り着けるのかもしれない。
 とはいえ本作がすごいのは主人公はベトナム人で舞台はドイツ、フランスだということ。ドイツ在住とはいえ日本人の小説でこんな作品を読めるのか、という新鮮さがあった。言葉も通じない頼れる人もいない、ほぼ難民のような主人公が映画に没入して役を演じる女優へ祈るかのごとく言葉を寄せる。周りに誰もいなくても映画さえあれば救われる。この気持ちは映画に人生を揺るがされたことがあればビシバシ伝わってくると思う。また序盤で冷戦の背景も時代性を感じることができた点も興味深かった。近過去だからあまり題材になっていない気がするけど、ドイツにとっては西と東で分断していたからかなり大きな出来事だったんだなと改めて。今年は多和田葉子を読んでいくことにする。 

2021年5月9日日曜日

正欲

正欲/朝井リョウ

 周りの信頼できる友人たちが読んでいたので読んだ。著者の作品は節目で読んでいて、それは大体いわゆる彼のダークサイドが存分に発揮されたもので、具体的に言えば「桐島、部活辞めるってよ」、「何者」。どちらも心の深いところをグリッとエグってくる作品だと思う。そして本作もこれらと並ぶ著者のダークサイド系の代表作になるだろう作品で相当オモシロかった。
 キーワードは「多様性」近年広く社会に浸透しつつあるが、この言葉の暴力性についてひたすら因数分解するような話。今、多様性の話をした場合にそこで否定的な議論が出ることはまずない。なぜなら十把一絡げに雑にまとめるのではなく1人1人の個性を尊重することが重要であり、みんな違ってみんないい時代だから。しかし本作では、個性の尊重というそれこそ十把一絡げな議論で良いのか?と延々と問い詰めてくる。しかも絶対的な社会悪とされているペドフェリアっぽい要素も交えていてギリギリのラインをついてきているので読者の価値観がぐらぐら揺らしてくる。つまり簡単にダメとも言い切れないし、いやいや完全にアウトでしょ!とも言える。「世の中で多様性が喧伝されていますが、それは何をどこまで包含する言葉なんですか?」と読んでいるあいだ、著者に胸ぐら掴まれている感じがした。
 本作では正直言って理解が難しい特徴をフィーチャーしてるものの違和感なく読み進められたのは著者が群像劇の名手であるからだろう。複数の人物を異常な解像度で書き分けて、それぞれの立場のディテールにこだわり、どの人物もすぐそこにいそうな実在感を強烈に放っている。そして特定の人物に安易に感情移入させない。常に読者を不安定な状態に置いて思考させてくるのが怖くてオモシロくてクセになる。
 マジョリティに身を置きたい、つまり普通でありたいという欲望があるとは限らない。マイノリティが感じる絶望を丁寧に書いている点が好きなところだった。誰しもなんらかの場面でマイノリティになることが必ず存在する。そのときに向けられる憐れみにも似た寛容のふりをした視線、態度には見覚えがある。それを「正欲」という言葉で表現してるのが言い得て妙だと思う。(そしてこの言葉は作品中には登場しないところもニクい)パンチラインだらけでマーカーしまくりだったのだけど、2021年5月の今こそ引用しておきたいラインをここに置いておく。

人間は思考を放棄したときによく「こんなときだからこそ」と言うんだよなと思った。

2021年5月4日火曜日

2021年4月 第5週

4月26日
 4月から担当になった仕事で久しぶりにヤバいやつに遭遇した。メールの文中で名前の漢字を1文字間違えてしまったんだけど、それをわざわざ修正して赤字下線で指摘された。この時点で相当キテるなと思ってたけど、13時ジャストで知らない番号から電話かかってきて、基本知らない番号は出ないのでスルーして電話帳で調べると、そのヤバいやつだった。で折り返したら、開口一番「なぜ電話に出られなかったのですか?」と詰めてきた。怖すぎる。若造のくせに俺に指示してくるとは何事や的な雰囲気ビンビンで電話でプレッシャーかけてきたけど、どうにかこうにかして説明して乗り切る…こいつは絶対パワハラしてると思う。
 その後、ずっと会議。人数の多い会議は発散していくので、とても難しいですね。このようにささくれだった心を癒すべく、マービン・ゲイのライブアルバムとKieferの新譜を聞いていた。癒し〜



4月27日
 連日の歯医者。良くなっているのか?あと1回行って終わり。そしてついにブルシット・
ジョブ読了。膨大なページ数をちまちまと心を痛めながら読んだ。これ読んだ上で何するねん、ということは働く上で重要だと思っている。
 夜は最近OPENしたらしいバインミー屋で夕飯。フォーもあったので、バインミーと一緒にいただいた。激ウマで引っ越すのが心惜しい…さまざまな国の人が住んでいるダイバーシティは飯が旨いということを気付かされた3年間だった。

4月28日
 会議で司会するという謎の仕事。絶対今やらなくてよくね?しかもやっても良い結果出えへんやん、ということを適当な言葉並べてやらせるスキルを垣間見た。
 ブルシットジョブで読書筋肉を鍛えられまくった結果、犬婿入りを光の速さで読了。多和田葉子ハンパじゃないことを味わった。他の作品も読んでいきたい。

4月29日
 GW突入。どこに行く予定もないので引越し準備をしたりテレビを見てだらだらしていた。買い物で街に出るとそこそこ人はいる。夜、ベトナム料理を食べ納め。この日はBGMが5lackの最新アルバムでそれだけでもぶち上がる。 稼がな稼がな〜なんとなくタピオカミルクティー飲んで帰宅。

4月30日
 今日でこの街も最後。歯医者前にATM並んでいるとおセンチな気持ちにもなる。そしてラスト歯医者。あとは被せて終わりらしい。このヤブ医者とも最後かと思うとおセンチ…にはならない。やっと終わったという気持ち。引越し先では良い歯医者でありますように。昼は餃子、夜はタンメンでという中華三昧で締め。明日は引っ越しなので早めに就寝。 

2021年5月2日日曜日

犬婿入り

犬婿入り/多和田 葉子

 献灯使以来の多和田葉子の小説。Kindleでセールされてたのと去年読んだエッセイがめちゃくちゃ おもしろかったので今年積極的に読みたい作家。まずはこの芥川賞受賞作から読んでみた。当人がドイツに住んでいることもあるかと思うけど、規格外、小説界のメジャーリーガーという風格を感じた。芥川賞を受賞したのはタイトル作。切れ目のない長い文が産むうねうねとうねっていくリズムがオモシロかった。そのリズムと現代版にアップデートした民話という組み合わせの相性も良い。
 芥川賞にどうしても気をとられるが、本著に収められているもう1つの「ペルソナ」という作品がめちゃくちゃオモシロかった。90年代にリリースされているので当時の話をモチーフにしていると思うのだけど今読んでもかなり興味深かった。人種差別がテーマになっていて大きく言えばドイツで生きる日本人の意識のありようの話。十把一絡げに「ドイツ在住日本人」と言っても考え方はさまざまで、そのギャップに苦しむ主人公の話がとてもナマナマしかった。エンタメの要素を強めてドラマティックにし過ぎることなく、ただそこにある風景として描いているところがストイックでかっこいい。文章がとても乾いているとでも言えばいいのか。ここが日本人離れしたメジャーリーガー感だと思う。自分も含め終盤にかけて、たたみかけるようなウェットさ(それは涙だろう)をありがたがる風潮がある中でこのストロングスタイルよ。個人的に一番うまいなと思ったのは変圧器の話。当時日本の家電を使う際には変圧器で電圧を変化させる必要があった。その電圧を変化させることが環境の変化、自分の態度の変化のメタファーになっている。不安定な電圧と自分の周りの環境の危うさ。まだまだ読んでない作品があるので楽しみたい。