ポッドキャストで話した今年読んだ本のランキングを記録として。
2023年1月3日火曜日
2022年12月30日金曜日
スプートニクの恋人
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| スプートニクの恋人/村上春樹 |
サクッと小説読みたいときにた妻の本棚から村上春樹を借りて読むシリーズ。スノッブ性のブレなさが伝統芸能であり、その系譜にあってオモシロかった。
主人公は小学校の先生である男性、そのメイツが小説家志望の女性すみれ。そのすみれが恋焦がれるのはミュウという女性。主人公→すみれ→ミュウという三角関係をベースに話が進んでいく。主人公が人生に対する一種の虚無感を抱いており、それを客観視しつつ恋愛模様が描かれるのおなじみの展開だと思う。著者の小説で好きな点は登場人物のディテールが細かいところ。食事とか趣味とかすべてにスノッブを感じる。落ち着いていてクールで比較的うまくいく俺という外面に対して、内面は繊細でそれなりの葛藤を抱えている。
本著では人間の二面性がフォーカスされており、いろんな登場人物ごとにそれぞれの二面性に関する話が展開されるので興味深かった。人間は誰しも二面性を有しているが、それらをすべて理解できる他人もいなければ自分自身でもわからない部分は多い。理解されないことを孤独に抱えて生きていくしかないのである、という孤独にまつわる議論も含んでおりそこもオモシロかった。その孤独の象徴がスプートニクという人工衛星なのもスケールが大きくてまさに小説。
また他人との違いとして、国籍の違いや同性愛といった設定を1999年という早い段階で導入しており先進性を感じた。今は「ダンス・ダンス・ダンス」が気になっているので読書に煮詰まったら読みたい。
2022年12月28日水曜日
未来をつくる言葉
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| 未来をつくる言葉/ドミニク・チェン |
ずっと気になっていた1冊で文庫化のタイミングで読んでみた。著者の来歴をベースに言葉をめぐるさまざまな話が収録されており興味深かった。エッセイのようでもあるし学術的でもあるし境界は曖昧でそこがユニークな点だと思う。
著者の半自伝的な内容で、それに加えて著者の研究対象である言語周りの研究内容がつづられている。読み進めると圧倒的に優秀な経歴に驚くが、それよりもとにかく文章がうますぎてそこに度肝を抜かれた。言葉をつうじた人の思考について研究しているからなのか、学術的で難しい内容も多いはずなのにページを捲る手が止まらなかった。また構成の妙もあり、難しい話と著者の娘さんに関する話などで硬軟織り交ぜられており、学問領域が実際の生活に落とし込むとこうなる、といったケーススタディのようで読みやすかった。(自分が稚拙な言葉で本著の感想を書くのも気が引ける…)
個人的に一番興味深かったのは対話と共話をめぐる議論。対話は議論をスタックしていきゴールに向かっていくのに対して共話はお互いに話をしようとしていることが一致している、もしくは近いことを会話で探っていく。雑談系のポッドキャストは共話そのものであり、ネット上では文字によるギチギチの議論が多い中でポッドキャストがネット上の最後の楽園と化しているのは、こうした側面があるように思う。
生命に関する議論もふんだんに含まれており、AI(Artifical Inteligent)とAL(Artifical Life)の違いやそれに派生する現在の進化に関する話がオモシロかった。コンピューターのバグとに生物における偶然性を同列に扱い、バグのようになんでも排除すればいいものではない、という論旨は至極納得した。個人的には「開かれた進化」というチャプターでの以下部分が目から鱗だった。
わたしたちの産業文明は、その進化の「開かれ」具合をできるだけ最小化しながら制御しようとしてきた。過去を分析し、未来予測の精度を上げることで、不確実な自然を制御し、自然進化の環から降りることで、みずからの世界を人工的に最適化してきたのだ。
特定の目的を持たない自然進化は、偶発的な環境変化への適応連鎖で脈々と起こってきたが、技術を手にした人間社会は偶発性を無化することで安全を担保しようとしている。
表題のチャプターではそれまでの議論をふまえた上で「わかりあえない」ことへの論考が展開されており興味深かった。ここに向かうための前段の議論という感じで昇華するイメージをもったし、表紙にも採用されている箇所が実際本著のハイライトだと思う。
結局のところ、世界を「わかりあえるもの」と「わかりあえないもの」で分けようとするところに無理が生じるのだ。そもそも、コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け容れるための技法である。
また「わかりあえない」ことはマイナスの意味で捉えられることが多いと思うけど、新たな視点が提示されていて「わかりあえない」ときには以下のラインを唱えたい。知的好奇心が満たされる読書体験だった。
いずれの関係性においても、固有の「わかりあえなさ」のパターンが生起するが、それは埋められるべき隙間ではなく、新しい意味が生じる余白である。
2022年12月23日金曜日
信仰
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| 信仰/村田沙耶香 |
リリース直後から気になっていてKindleでセールされていたので即買いして読んだ。前に読んだ生命式も相当ぶっとばされたけど、本著もいつもどおりアクセル全開でめちゃくちゃオモシロかった。誰かの当たり前は誰かの当たり前ではない、ということを改めて確認させてくれた。
短編を中心にエッセイまで含む珍しい構成。表題作である「信仰」がとにかく最高。地元でカルトを新たに始める同級生を横目にしつつ、いわゆる地元の「イケてる」側の同級生コミュニティにも身を置く女性が主人公で彼女の価値観をメインに話が進んでいく。カルトを作って信仰させる過程が物語のプロットとしてのオモシロさを担保しつつ、信仰を広い意味で捉え直し、こちら側の当たり前を揺さぶってくる。つまり人間は宗教に限らずいろんなものを信仰して生きているし、それが人生を豊かにしているのではないか?という問題提起。たとえばカルトやマルチで高額なものを売りつける商売が存在するが、それはハイブランドの洋服などと何が違うのか?と主人公は問うてくる。この手の議論はこれまでもあったと思うが、本著ではさらに一段踏み込んで「現実主義」に対する信仰についても言及している点が白眉だと思う。インターネットを筆頭に裏側を分かった気になり、「これが現実である、それは意味がない」と指摘するムーブが最近のトレンドだと思うが、その現実至上主義は一種の信仰であり、数ある信仰の中でも一番夢がないものように見える。それを象徴する主人公の一番好きな言葉が「原価いくら?」というのも痛快すぎた。以下引用。
『現実』って、もっと夢みたいなものも含んでるんじゃないかな。夢とか、幻想とか、そういうものに払うお金がまったくなくなったら、人生の楽しみがまったくなくなっちゃうじゃない?
また「気持ちよさという罪」というエッセイも収録されており、これは「多様性」という言葉に関する深い洞察となっている。論旨としては朝井リョウの「正欲」のテーマと似ているもののエッセイゆえのダイレクトさ、著者が小説でいつも提示する観点の鋭さもあいまって震えた。日本は世界各国と比較しても多様性はかなり低い部類なので例外を考えるのは早いと個人的には思っているものの以下の2パラグラフは胸に刻んでおきたい。
「自分にとって気持ちが悪い多様性」が何なのか、ちゃんと自分の中で克明に言語化されて辿り着くまで、その言葉を使って快楽に浸るのが怖い。そして、自分にとって都合が悪く、絶望的に気持ちが悪い「多様性」のこともきちんと考えられるようになるまで、その言葉を使う権利は自分にはない、とどこかで思っている。
どうか、もっと私がついていけないくらい、私があまりの気持ち悪さに吐き気を催すくらい、世界の多様化が進んでいきますように。今、私はそう願っている。何度も嘔吐を繰り返し、考え続け、自分を裁き続けることができますように。「多様性」とは、私にとって、そんな祈りを含んだ言葉になっている。
2022年12月21日水曜日
2022年日本語ラップの旅 -Rの異常な愛情 vol.2
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| 2022年日本語ラップの旅 -Rの異常な愛情 vol.2/R-指定 |
R指定が日本語ラップを語るイベントが書籍化された本著。vol1もどうかしてる熱量で面白かったので期待して読んだら今回も同じような熱量でオモシロかった。
Creepy nutsは誰もが想像していなかったところまでリーチしておりそれによるヘイトも渦巻いているが、ことR指定のラップにフォーカスを当てた場合、そこに異論はないはず。宗教上の理由でCreepy nuts の楽曲は聞けないけど、客演曲や梅田サイファーでの楽曲におけるバースを聞く限り日本最高峰のMCの1人だと思う。その裏打ちとなっているのは彼のラップに対する解析力にあると思う。
本著はその解析力がフルスロットルで発揮されており、こんなレベルでラップを解釈してる人間は本来いるべき批評側にもいない。しかもプレイヤーだからこそ言えるフロウの概念も盛り込まれているので無敵。このラップに関する知識量でインプロビゼーション性も超高いのだから鬼に金棒。そんな彼が先人に対するリスペクトをふんだんに踏まえつつ分かりやすく興味深くラップを解説しているのがオモシロいに決まっている。特に今回は2000年代を大きく支えたZeebra、Daboのクラシック二大巨頭が含まれているのだけども、この粒度で語られた文章は見たことない。ロジカルかつウィットに富んだ説明力が圧倒的でZeebraが「しゃがんだ」という表現はクリティカル過ぎた。また彼が最も得意とする韻、ライミングに特化した地元の先輩である韻踏合組合の回では水を得た魚のごとく解析していて、これもまた韻踏の歴史を踏まえた上での解説になっており読み応えがかなりあった。
また彼のラッパーとしてのattitudeも解説の中で見えてくるところもあり、ヒップホップのゲーム性に意識があることも分かった。ボーナストラックであるChico Calitoとの対談もその点で興味深かった。こういったアーカイブする作業は今後も末長く続けて欲しい。
2022年12月17日土曜日
サッカーと愛国
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| サッカーと愛国/清 義明 |
天邪鬼なのでW杯が盛り上がるたびに「戦争の代わりのナショナリズムの発露やん」と受け流してる最近だけど、この気持ちの源泉が何なのかを知るために読んでみた。サッカーとサポーターとナショナリズムの関係性を日本から世界にかけて広く議論していて勉強になった。
日本代表の試合になれば沸いてくるサッカーファンをみて、これはナショナリズムを発露する入り口として一番イージーだよなと思っていたが、本著でもその点は指摘されている。特に2002年のW杯でネトウヨが跋扈する土台ができたという話に驚いた。フジテレビに対する反韓流デモあたりが起源かと思っていたけど、サッカーを起点にして悪意のある感情を肯定するムードになってしまったという。あるイギリスのジャーナリストによれば、多くのライトなサッカーファンにとってW杯の狂騒はあくまで「害のない休日用のナショナリズム」であるが、それをトリガーにして排外主義を掲揚してしまう輩が産まれてくるのを知ると虚しい気持ちになる。
サッカーは代表チームとクラブチームのクロス表になっており、個人的にオモシロかったのはクラブチームの話だった。欧州を中心に多くのクラブチームには国という括りはなく、さまざまな国からの選手がチームを形成しローカル、フッドへサッカーで還元していく。それは国家に対するカウンターとしての「ネーション」でもあり、オシム曰く「教会」というのはしっくりきた。この自治性ゆえに悪い方向へ機能するときはとことん悪い方向へ進んでしまう点が難しいところ。本著内でも代表戦、Jリーグで起こった人種差別についてインタビュー含め詳しく解説してくれており表面上の問題だけではなく背景まで知ることができた。特に浦和レッズで起こった李忠成へのヘイトスピーチの件が興味深かった。FIFAが人種差別に対する感度が高くヘイトスピーチへ毅然とした態度を取ることを規約に盛り込んでおり、それを踏襲するJリーグが国内でどこよりもヘイトスピーチに厳しく対応した。これはサッカーのポジティブな側面だと思う。(自ら律せないが、お上の言うことだけは聞く、という典型的な日本的事例でもあるが)
終盤にはさまざまなサッカークラブのサポーター事情が書かれており、サッカーと政治が日本以上に不可分であり市民の生活に染みこんでいることを知った。社会状況的にフィジカルな連帯が無くなっていく方向にある中でローカルに根ざしたコミュニティを持つサッカーは尊いと思う。なのでサッカーを好きになりたいかも。
2022年12月8日木曜日
イリノイ遠景近景
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| イリノイ遠景近景/藤本和子 |
印象的なタイトルと表紙に惹かれて読んだ。近過去なおかつ異国における経験をつづったエッセイを読むのが久しぶりで新鮮でオモシロかった。
タイトル通りイリノイ州シャンペーンで生活する中で感じたことを徒然とつづっている。いわゆるカントリーサイドでの生活で派手なアメリカライフというよりローカルなアメリカの当時の空気を身近に感じることができる。それはカフェやドーナツショップでの街の住人たちの会話であったり、友人との旅行であったり、シェルターでの仕事であったり。観察眼の鋭さと落ち着いた文体が読んでいて心地よかった。どのエピソードも人が生きることへの興味が尽きないように思えたし、著者の生きることへの以下ラインが刺さった。
都会の雑踏や賑わいの中にいると、のびのびした気分になったものだった。うきうきした気分になったものだった。(中略)でもうきうきしてるだけじゃ生きていけないからねえ。 わたしもいよいよ生きなければならないのかな。そのためには息をする空間も必要なのかもしれない。子供までいるのだから。そう思って駐車場を眺めわたす。するとにわかに、ふん、この荒涼たる醜さも結構なのかもしれない、という映画の台詞みたいな言葉が頭にうかんだ。
あと著者の友人の以下ラインも生きることへの問いかけだと思う。
あたしが繋がれているのはこの街路だ。なのに、あたしは何をしている?大学院にまでいって、修士号までとって、結構な話だけど、あたしが繋がれているこの街路にとって、あたしは何者だろうか。
後半は著者によるインタビューがいくつか収録されており、これがかなり読み応えがあった。ユダヤ人やアメリカ先住民など迫害された人々にフォーカスしている。社会的に弱い立場になったときに何が起こるのか、格式張らないトーンで友人同士のような会話形式で書かれているので読みやすいし実感をもちやすかった。今でいえばポッドキャストを聞いているような感覚。著者は翻訳家としても活躍しつつ、本著の後半部のような、アフリカンアメリカンへのインタビュー集が二作文庫で出ているようなので読んでみようと思う。
2022年12月7日水曜日
あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ
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| あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ/菊地成孔 |
第N次格闘技ブームといっていいほど、今格闘技が流行っている。自分自身も例に漏れずその類の1人なんだけど個人的に全く見なかった期間があり、ちょうどその期間に該当する言説に触れることで禊ぎたくて読んだ。外野の意見は聞くにほとんど値しないかもしれないが、これだけアクロバティックに格闘技を語るのは一つの芸だと思うし約500ページの雑談を食い入るように読んだ。
本著がオモシロいのはプロレスで言うアングル、すなわち見立ての新鮮さにあると思う。リング上で起こった表向きの情報をベースにして、そこから妄想含めて雑談を展開していくのは一級品。著者がここまで格闘技フリークなのは知らなかった。以前に友人と話していた時に出てきた「メタ的偏見」という言葉がぴったり。最近の格闘技は特にリング外での立ち振る舞いに物語を付与しているので「メタ的偏見」が跋扈してより夢中になる仕掛けが用意されている。また自分を含め多くの戦ったことのない人が「戦い」について言及していること自体が格闘技と「メタ的偏見」の相性の良さを物語っている。したがって本著のような形式の格闘技本は今こそ評価されるべきだし、出版されるべきだと感じた。最近、書籍ではなく格闘家のYoutubeやTwitterのハッシュタグでその需要は現在満たされていると思うが、書籍としてまとまった形になることで立ち上がってくる意味があると思っている。
ただ時代を感じたのは秋山成勲をめぐる話。秋山は在日韓国人4世なのだけど、この辺の話は著者が町山氏に対して見せて炎上した在日差別しぐさにニアミス。当時の秋山はぬるぬる事件で厳しい立場にあったとはいえ際どい話の連発で正直しんどいな…と感じた。この認識だとああいう発言するかという答え合わせにもなった。とはいえ、この案件だけでキャンセルするには惜しいほどにこの本で繰り広げられる格闘技、その先の見立ての話はオモシロい。今の時代を予言しているかのような発言も多い。
テクノロジーによって、「実際に調査している」のか「資料だけ検索して妄想しているのか」の分離が曖昧になってるんですよ。
社会性を重視し、コスパ最高値で全員が生きることこそクールでクレバーなんだっていうことを毎日バラエティ番組で啓蒙してると思うんですよ。
「膠着」という言葉が取り沙汰されるようになりますよね。「膠着がないものがいい」と。つまりポップですが、ポップも無くてはならないものですが、僕は「膠着は退屈だ動け!」というのが嫌で。「とにかくおもしろければいい。早くおもしろくしろ。いますぐ」だけ、という風潮というのは、まあ危険ですよね。
リアルというのは、退屈な時間があって、鈍く痛い時間があって、それでだんだんといい時間が来てというのが、ある種の健全な状態だと思うんですよ。
次にこの手のタイトルの本が出るときはまた格闘技が冬の時代になっているかもしれないが、それでも自分が格闘技を好きでいたい。
2022年11月26日土曜日
むらさきのスカートの女
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| むらさきのスカートの女/今村夏子 |
今年は著者の作品を読みまくっているのだけどもついに芥川賞受賞作品である本著を読んだ。これまでと同様に卑近な出来事が不穏に小説へと昇華されておりオモシロかった。
清掃員の仕事場での各やりとりがすべて既視感だらけであるにも関わらず、あるあるに収束しないところがかっこいい。あとがきで筆者も述べているとおり、傍観者というクッションを一つ入れることで世界の見え方がガラッと変わり、そこに不穏さが見事に出現。その不穏さだけではなく本著では物語全体のギミックとして機能する(具体的には非正規雇用で不安定な環境での労働にスタックする女性を小説で表現しつつ物語の駆動力に寄与する)ようにもなっており、これまで読んだ作品には見なかったアプローチで興味深かった。代替可能であるというのは聞こえはいいが、誰でもいいことと同義であり社会から簡単に弾き飛ばされることを改めて感じた。
また同調圧力は著者の作品で欠かせないテーマの一つだと思うけど、今回は無垢な女性がその場の空気に合わせていたら、その場に存在する人間の負の部分を無邪気に吸収して、最終的に皆から忌み嫌われてしまう寓話のような設定がオモシロかった。「皆がやっているから大丈夫」と「皆がやっていないからダメ」は表裏一体だし、そのラインは極めて曖昧であることを教えてもらった気がする。
最後に著者のエッセイが付録的についているのもありがたかった。いい意味で本当にその辺にいそうな人が類稀なる観察眼を持ち日常を唯一無二の小説にしていると思うと痛快だった。とんこつQ&A読もう〜
2022年11月25日金曜日
犬のかたちをしているもの
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| 犬のかたちをしているもの/高瀬隼子 |
レコメンドしてもらったので読んでみた。セックス、出産、社会での立場などを通じて男女間の性差についてじわじわと炙り出していく物語でオモシロかった。
男性の立場で読むと胸が痛いというか、子どものことについて決定権を持っているのは多くの場合女性であり、それに対して男性はあまりに無力かつ無知。また、その苦労を理解していないがゆえに身勝手な行動を取る生き物なのだということもわかる。また女性間での「子どもを産むこと」への認識の違いや子供がいる人生/いない人生、その確率の話など知らないことも多かった。これを「知らないこと」と片付けている、その姿勢へのカウンターが本著の果たす役割だと思う。仮に「子どもが欲しい」と男性が主張しても実際に生まれるまでに献身、思考しなければならないのは女性であり、社会の仕組みとしてもフォローしてもらえるようになっていない。この非対称性についてどこまで意識的でいられるのかを読んでいるあいだ延々と問われているように感じた。
一番痛烈だなと思ったのは以下のライン。社会において「子どもを持つ親」という立場が果たす無双さとその残酷さが表現されていた。これだけ見ると何を言いたいのか分からないと思うけど読後に読むとエッセンスが凝縮されているように感じた。
わたしのほしいものは、子どもの形をしている。けど、子どもではない。子どもじゃないのに、その子の中に全部入ってる。
2022年11月22日火曜日
もう行かなくては
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| もう行かなくては/イーユン・リー |
最新作を常に読んでいる少ない作家の一人、イーユン・リー。前作が自死した長男との対話という衝撃作だったわけだけど、今作もなかなかのヘビーっぷりで圧倒された。人生がふんだんに詰まっているのはいつもどおりで「生きる」意味を考えさせる小説。
これまで著者は自身と同じ中国人もしくは中国系アメリカ人を登場人物として描いてきたが今回はアングロサクソン系のアメリカ人、イギリス人が登場人物になっている。この点からアメリカ文学のクラシカルなムードが漂っていた。構成がまた特殊で人称の使い分けはさることながら本著は主人公の女性が若い頃に関係を持った男性の日記に対して高齢者となった主人公がコメントを入れていくスタイルとなっている。この相手の男性の子どもを主人公は出産し育てるものの、その子どもが自殺してしまったという過去がある。たいていの読者が想像する子どもを自死で先に亡くした母親像を覆し、彼女はひたすらに強気で人生を肯定している。まるで自分の子どもが間違っていたことを証明したいと思わせるくらいに。辛いことがあった場合、いつまでも考えるタイプと吹っ切っていくタイプに分かれると思うけど、主人公は後者になろうとしている前者のような感じで、微妙な揺れ動きを感じるたびに胸が締め付けられた。たとえばこんなライン。
でも人が泣かずにいると不思議なことが起こるの。その涙を堤防で全部押しとどめておけそうにないから、それを監視する警備員みたいになって人生を送ることになるのよ。昼も夜も。ひびが入っていないか、漏れていないか、あふれ出す危険がないか確認しながらね。(中略)でもその堤防を何年も見守っていたら、ある日また水を見たいと心の中で思うの。でも、どの水のことですか、奥さん、なんて堤防に言われるものだから、てっぺんに上がってみるでしょ。すると本当に、どの水のこと?向こう側は砂漠なの。
「理由のない場所」は実際に著者が長男を自死で亡くしたあとに書かれた作品だけど、本作はその前から執筆されていたらしく自身の小説のテーマで自死を取り扱っている最中に自分の子どもを亡くすだなんて想像もできない…前作を読んだときにはまだ子どもがいなかったので、自分自身が子どもの視点しか持っていなかった。しかし今回は子どもが誕生し、親の立場となって読むことにもなったために全然違う辛さがあった。人生の終盤に死者へ思いを巡らす中に自分の娘がいること。そして彼女の決断に何があったか分からない謎に絡みとられていく辛さ。自死は本人が一番辛いのは当然かもしれないが、残された側の人生の過ごし方がまるっきり変わってしまうことを痛感させられる作品だった。
2022年11月8日火曜日
一緒に生きる 親子の風景
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| 一緒に生きる 親子の風景/東直子 |
育児本については良さそうなものを常に探しているけど、なかなか読みたいものに出会う機会が少ない。そんな中で出会った本著はとても素晴らしかった。
著者自身は子どもから手が離れており思い出を回想しつつ現在の社会における子育ての雰囲気などについてつらつらとエッセイを記している。著者はもともと歌人としてキャリアを始めているので各エッセイに絡めて短歌が紹介されている。そのスタイルが読んでいて楽しかった。短歌や俳句は興味があるのだけども歌集や句集を買ってもただただ読み下してしまい、どのように楽しめばいいか分からず挫折することが多い。そんな身からすると各歌のどこが興味深くてオモシロいのか解説してくれているのがありがたく、また育児にまつわる短歌なので今同じ場面を過ごしていることもあり楽しめた。(グッとくる短歌は色々あったが俵万智はやはり別格だった)
育児真っ最中の立場だと余裕が生まれにくく日々の一つ一つの出来事に思いを巡らせることは難しいことも多い。しかし本著では経験談として何が尊いか、何が楽しかったかを率直な言葉で表現している。そんな著者の言葉から、目の前で起こっていることはかけがいのない出来事の連続なのだ、という考えを得られた。文体はおおむね柔らかいのだけど、ときに本質をつくパンチラインがそこかしこにあるので読んでいてハッとすることも多かった。一番くらったラインを引用。
たくさんの偶然が重なって家族となり、さらに家族としての必然の時間を重ねて、今、ここにいる。子どもがなんども気に入ったものを繰り返すのは、偶然得た今を安心し、満喫するためなのではないかと思う。
作品内の挿絵がめちゃくちゃかわいいし本の装丁がとても美しいので本で買うことをオススメ。
2022年11月6日日曜日
言葉が違えば、世界も違って見えるわけ
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| 言葉が違えば、世界も違って見えるわけ/ガイ・ドイッチャー |
早川書房のセールで積んでおいたのを読んだ。言語と認知について、鶏が先か、卵が先かの議論を中心に展開していて興味深かった。日本語と英語の二つの言語しか読み書きできないので想像もしない議論が多く新鮮。特に言語は思考のベースであり複数の言語で相対化しづらいからこそ本著のような存在は未知の世界への扉として機能してくれる。
本著では色の議論が半分以上を占めておりメインのトピックとなっている。紀元前のギリシャの詩人ホメロスの韻文をUKの著名な政治家グラッドストンが研究する中で、色の記述の不自然さから古代の人たちの色の認知能力が低く、人類は長い時間をかけて色の認知を進化させてきたのではないか?という話が議論の発端となっている。このとき色盲のように実際に淡い色しか見えていない可能性と、色は今の人類と同じように見えているが、それを表現する言語を持っていなかったか?のいずれかになると想像がつく。しかしどちらが正しいのかは簡単に説明できるようなことではなく本著ではユーモア、アイロニーを含めつつ丁寧に解説している。時系列+物語的な語り口なので、今流行っている漫画の「チ。」が好きな人は興奮するはず。つまり、今となっては当たり前のことも当時は大きな議論になっていて多くの人間が真実を明らかにしようとアプローチを繰り返した。その営みの尊さを感じることができた。と同時に、今この瞬間も未来人からすれば「まだその議論してんの?」となると思えば趣深い。
日本語・英語しか使えない人間からすると、名詞に対する性別付与に関する議論が一番オモシロかった。ヨーロッパ圏の言語に多く見られる男性名詞、女性名詞の存在が人間の認知に影響を与えていることを示唆する実験結果が示されているらしく特定の対象を男っぽい、女っぽいと潜在的にイメージしながら話しているのは全く想像がつかない。明らかに合理的ではないが、芸術の観点から見れば一つの単語内に本来の意味に加えて性別の情報も乗っかっていることで表現の幅が広がっている、という話がかなり興味深かった。(特に無生物を使った隠喩による詩の解釈)そして衝撃だったのは位置を示す言語の話。右左上下ではなくすべて方角で指し示す言語があるらしく、それも幼い頃から訓練すれば当たり前になっていくところに人間の可能性を感じた。
2022年10月28日金曜日
日本語ラップ名盤100
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| 日本語ラップ名盤100/韻踏み夫 |
日本語ラップのディスクガイドが出たということで読んでみた。20年近くある程度まんべんなく、ときに深く日本語ラップを聞いてきた人生なので90年代-2020年代までを一気に振り返ることができて楽しかった。と同時にこの手のセレクションについては個人的思い入れと反比例する部分が少なからず発生する。そこで「はぁ?」と思うのではなく「なるほど、そういう史観なんですね」とある程度冷静に見れるようになった点は少し大人になったと思う。
本著の前に100作品を直近で選んだのはミュージックマガジン2016年7月号で冒頭にもあるように、その時のセレクションに偏りを感じた著者が筆を取ったのがことの経緯。そのミュージックマガジン内でそのガス抜きを担ったのはCreepy NutsとDOTAMAなのは隔世の感…それはともかく彼らと著者の方向性としては近く、音楽としての「JAPANESE HIPHOP」よりも「日本語ラップ」という史観で選ばれていると思われる。つまりはリリック重視。個人的にはどんだけリリックがおもしろかろうが、ビートがダサいと音楽として楽しめず好きになれないので、その点は著者と意見が違う点が多々あった。また1ラッパー1枚ルールが設けているとしても、それは選ばないなと思うことも何度かあった。とはいえ著者が繰り返し本著内で言及している通りこの音楽は一人称が全てであり、それはプレイヤーに限らずリスナーにも同じことが言える。なので意見の相違は当然であり、この違いこそが細分化したがゆえの楽しさだと思う。
本著の優れている点は間口を広げたところにあると思う。各アーティストの概要、略歴をタイトな文章で過不足なく書かれており入門書として最適。また100となっているものの実際には1枚ごとに関連作2枚がついているので計300枚収録されており、すべて聞けば一つの日本語ラップの歴史が組み上がる点ではここ最近の盛り上がりで好きになった人には大いに役立つはず。しかも今はストリーミングでほとんどがサクッと検索できて聞ける。著者のブログや他の記事ではさまざまな観点から日本語ラップに関する批評を行なっており、その片鱗を最後の段落で見せるのはユニークな仕掛けだと思う。急にギアが変わる感じで歴戦の玄人たちもこの視点を受けてもう一度聞いてみたくなるように仕掛けられている。自分で100枚選ぶのも楽しそうなので時間を見つけて挑戦したい。
2022年10月24日月曜日
THE MARATHON DON’T STOP THE LIFE AND TIMES OF NIPSEY HUSSLE
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| THE MARATHON DON’T STOP THE LIFE AND TIMES OF NIPSEY HUSSLE |
英語の勉強の一環として、英語で本を読むということ自分に課して読み始めて読了…内容どうこうより読了できたことが素直に嬉しい。Kindleの辞書機能があってこそなので電子書籍に感謝。そして読了できたのは何よりもNipsey Hussleというラッパーの魅力が存分に発揮されているから。これは邦訳したら絶対に当たる、と自信を持って言えるほどにめちゃくちゃオモシロかった。
いわゆる自伝もので幼少期から亡くなるそのときまでを膨大な本人素材、関係者の証言を基に描き出している。個人的なNipsey Hussleの思い出といえば、やはりmixtape。まだストリーミングサービスが始まる前、USのヒップホップシーンではmixtapeという形で無料のアルバムをリリースしてて名前を上げていくカルチャーがあった。その中でNipsey Hussleはクオリティの高い部類にあり自分としてもよく聞いていた。その後、他のラッパーに比べて熱心に追いかけないままVictory Lapを聞き、かっこいいなと思う程度の思い入れだったけど、本著を読んでめちゃくちゃ好きになった。普段USのヒップホップを聞くとき、ビートの質感やラップのフロウを楽しみ、次にリリックという感じだけど、さらにアーティストのバックグラウンド、周辺情報を踏まえて聞くだけでこんだけ響きが変わるのかと思うと最近の音楽に関する「消費」速度の速さは勿体ないことをしているのかもしれない。
本著では表面的なキャリアを追いかけるのではなく、なぜNipesy Hussleが他のラッパーと比べても偉大な存在なのか?を丁寧に解きほぐしているところが最大の特徴。たとえば彼はギャングカルチャーの中で育ったので、LAにおけるギャングカルチャーの成り立ちを解説していたりする。そこには丹念な取材の成果があり、読み進めれば進めるほど読者がより身近に彼を感じられるようになっている。
タイトルにもあるように彼には人生におけるコンセプトがあり、それがTHE MARATHON CONTINUES、略してTMC。とにかく続けていく、そしてパッションを失わないことが何よりも大事だと繰り返し伝えている。それを自分の人生、キャリアで証明していくのがカッコ良すぎる。よく聞くHIPHOPの成り上がりストーリーかと思いきや彼が特異なのはその時間。自分のやりたくないことや、自分のコントロール下におけないことについて一切妥協せず、ひたすらDIY、仲間およびHoodへの還元を求めて走りつづけて最後にはしっかり成功する。しかも最初のスタジオアルバム(ミックス、マスタリングを施したアルバムの意)のタイトルがVICTORY LAPなんて粋すぎる!
「仲間、Hoodに還元する」ことはヒップホップカルチャーのベースにある考えだと思うけど、Nipseyのスタイルは規格外でビルを買ったりHoodの子どもたちがSTEM(Science, technology, engineering, and mathematics)へアクセスしやすくなる環境を用意してギャングのカルマから抜け出せる仕掛けを用意したり。ラッパーというよりアントレプレナーに近いものがあり、キャリア初期でJay-Zがfeelして彼のCDを10,000ドルで買ったのも納得できる。そして彼が示したヒップホップにおけるビジネススタイルはここ日本でもBADHOP、ZORNなどに大きく影響を与えていると思われる。
ヒップホップの自伝ものといえば、とにかくサイドストーリーが最高に楽しい。XXLのフレッシュマンのカバー撮影で黒の衣装を着用するようお願いされるものの青を貫き通す話、Curren$y が保釈中のNipseyをステージに上げてラップさせた話、リリース前の”Rap Niggaz”を聞いたDiddyからお前のサウンドには鳴りが足りないよと”Natural Born Killaz”を聞かされる話、Straight Outta ComptonでSnoop役をオファーされるも自分は音楽で何者にもなれていないから断った話など挙げればキリない。ヒップホップを愛しヒップホップに愛された男なんだなということがビシバシ伝わってきた。実際、JAY-ZとSnoop Dogという東西両巨頭にこれだけ愛されたラッパーはいないと思う。
彼は自分の店の前で射殺されてしまうのだけど当時の状況について目撃者の証言、裁判での展開などを交えてかなりスリリングに描いていて、ここは一種のサスペンスのような迫力があったし既に亡くなっていることは分かっているものの強烈な喪失感に襲われた。全く当事者性の無い日本の読者でこの気持ちになるのだったらHoodのみんなは一体どれほどの悲しみに包まれたのだろう。曲の中で自分の葬式のときの話をしたりしているのを聞くと、そういうところでもvisionaryだったのかと。。。最後にプロデューサー・エンジニアのRalo Stylezの言葉を引用する。
It’s not even a Marathon no more. It’s a relay. Nipsey definitely passed the baton to a lot of people. He empowered a lot of people.
2022年10月17日月曜日
哲学の門前
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| 哲学の門前/吉川 浩満 |
購読しているブログやcero高城氏のインスタのポストで知って読んだ。タイトルどおり哲学の手前での議論がオモシロかった。めちゃくちゃ読みやすい文章なんだけど内容は骨太なタイプで読んでいて楽しかった。
哲学の本なのか?と言われると難しく、取り止めのない話をきっかけとして思考を展開していくという意味で哲学的なアプローチのエッセイと言えるかと思う。(構成としてもエピソード+論考の二段構えで口語と丁寧語でスイッチしている)このスタイルだからこそ普段私たちが暮らしている中に哲学がある、という話に納得できた。普段は意識せずに色んなことが脳内をフロウしていて整理できないまま流れていくことが多いけど、こうやって立ち止まって「どういうこと?」といろんな角度から眺めてみる作業が重要だと感じた。SNS含めて他人のことばかり気にしている時間が多く、自分の人生、好きなことにコミットしていきたいと思う。
いろんなトピックがあって就活におけるコミュニケーション能力の欺瞞、政治スタンスの右左の分け方に対する考察など興味深い話のつるべ打ちなんだけど、一番うおっと思ったのは以下二つのライン。
私が忘れていたのは、まず、議論は生活(おおげさに人生と言ってもいい)の一部であり、その逆ではないという単純な事実である。議論のテーブルについた者どうしのあいだでは、当然ナガエア議論が成り立ちうる。だが、相手にはそのテーブル自体を拒否する自由があるのだ。相手がつきたくないようなテーブルをわざわざ用意しておいて、どうしてテーブルについてくれないのかと文句を言うのは筋違いであろう。
素人にとって大事なのはむしろ、どんな時に、どんな場合に、どんな仕事を専門家に頼めばよいか知ることではないでしょうか。つまり、専門家と親しい素人になること。
前者は身につまされる話で仕事でもプライベートでもこういう過ちを繰り返して生きているのだけど全然治らない…今回このように言語化されたことで眼前に迫ってきたのでなるべく避けていきたいと思う。後者については、専門家と素人の距離感の話で特に仕事で活用できそうな考え方だと思う。餅は餅屋だなとつくづく思いつつ、自分も何かの餅は持っておきたい。何か答えが用意されているわけではなく思考が広がっていく貴重な読書体験だった。
2022年10月6日木曜日
偶然の散歩
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| 偶然の散歩/森田真生 |
最近本屋で全然本を買っていないなと思いたち本屋へ行った際に見つけて、この自分の行動にマッチしていると感じてタイトル買いした。著者の「数学する〜」シリーズはいくつか読んでいたが、本作はエッセイで他作よりも軽やかで読みやすかった。
お子さんとの日々の生活を軸にして、数学ひいては科学の観点から思考を展開していくところがオモシロい。特に視点とスケールの移動が楽しくて、宇宙に思いを馳せることもあれば、庭の生物を見ていたり、さらには人間の身体が幾千もの細菌で構成されていることを考えたり。硬い内容を解きほぐして行間たっぷりの朴訥な語り口で書かれているので心が浄化されるような気持ちになった。自分が生き急いでいるとは思わないものの、日々のあれこれに気を取られて何か大切なことを見失っているのかもしれないと子どもが生まれてからは特に考えるようになり、そういった雑念との付き合い方について改めて考えさせられた。
著者が稀有な点は科学的なことをいわゆる文系の語り口に収めることができる点だと思う。この安易な二項対立はもはや機能していないとは思うものの、自分自身が理系出身で文系チックなものに惹かれがち。ゆえに著者の言葉がパンチラインとして心に響くことが多い。いくつか引用。
あっちへ走り、こっちへと駆け、ズデンところんではぎゃあと泣きながら、子どもは身体の知性を鍛える。それに比べ、ちっとも転ばなくなってしまった自分は、どこか停滞しているのかもしれないと思う。
自分が主体的に変わらなくても、便利なサービスのほうがこちらに寄り添ってきてくれる時代に、それでもあえて時間とコストを割いて主体的に自己を変容させていくこと。その意味と喜びをいつかはきちんと伝えたいと思いながら、今日も息子の手の届かない場所に、スマホをしまっておく。
知性は身体や、それを囲む社会や文脈の中で初めて生きる。個人としての知識を蓄えるだけなら、いまより効率のいい方法はいくらでもある。
自分の存在が何に依存しているかを精緻に描写していくことは、いまあることの「ありがたさ」に目覚めていくことでもある。
あとがきにある偶然と必然、一瞬と永遠を巡る論考もとても興味深く、とにかく必然と永遠を求めるようになった社会において、偶然と一瞬を大切にするように生きていきたいと思えた。
2022年9月11日日曜日
定本 本屋図鑑
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| 定本 本屋図鑑 |
夏葉社による本屋図鑑と聞いてソッコー買った。島田潤一郎「本屋さんしか行きたいところがない」が大好きな1冊なので期待値高めだったけど余裕でそれを超える1冊でオモシロかった。本の内容が興味深いかどうかが一番大事、これはごもっともな意見として頂戴しつつ、本は買うときも最高に楽しい。ネットで買うのもいいんだけどやっぱ本屋で知らない本を買うときが一番興奮する。
本著では全国津々浦々の本屋を全都道府県漏れなく紹介しているのがベース。他に本屋に関して考察するコラムがいくつか収録されている構成となっている。「本屋さんしか行きたいところがない」と同じく今話題の新刊古書をハイブリッドで展開している独立系のイケてる書店ではなくいわゆる街の本屋にフォーカスしている点が最大のポイント。書店の大型化が進む中でも街の本屋はそれぞれ独自の色を出そうとしていることが本著からはよくわかる。本著を読むと自分の街の書店が一体どういったことを志しているのか、書店の意志を感じ取れるようになるはず。実際、今本屋に行くとザーッと全部見て何かをフィールするのにハマっている。よくすべてが画一化されていく社会を憂う場面に遭遇するけど、実際にはそこに機微が存在していて読み取れなくなっいるこちら側にも問題あるのかも?と思わされる。なんにせよ本屋に対する視点のレイヤーレベルが数段上がるのは間違いない。
また出版や本屋など業界動向について感情論ではなくデータでどういう推移があって今に至っているのか粛々と考察しているのもデータ好きとしては勉強になった。とここまで色々書いてきたが最大のハイライトは中学生の図書館委員のエッセイである。本好きは涙なしには読めない…すべては本を愛する気持ちなのである。
歌舞伎町のミッドナイト・フットボール
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| 歌舞伎町のミッドナイト・フットボール/菊地成孔 |
先日コロナに感染した際の闘病日記が公開されていたのを読み、その変わらぬ文体に懐かしさを覚えて未読の本作を読んでみた。歌舞伎町の住人になる直前で、本著出版ののち実際に住人となり、ラジオでエピソードトークを聞いていた身としては元ネタを知ったようで感慨深かった。
さまざまな原稿を集めた1冊なんだけどもオモシロいのはそれらを串刺しするかの如く全エッセイに解説をつけている点。しかもホテルで缶詰になってそれを書くといういわゆる昔の作家スタイルで解説は海外ドラマの24よろしく時系列で自身および歌舞伎町周りのあれやこれやを独特の文体で書き殴っているのを読んで「あぁこれこれ」とその過剰さを堪能できてよかった。特に歌舞伎町に関するエピソードはジェントリフィケーションが行き着いた今読むと新鮮だった。
そういった与太話は好みの問題だと思うけど、音楽に関する原稿はどれも本当にオモシロい。特にマイルス・デイビスのディスクレビューはプレイヤー視点と批評家としての筆力があいまって著者にしかできない論評だと思う。PC的にアウトすぎる発言でキャンセルされてしまったのは本当に悲しく、著者がいつかまたラジオ番組を持ってくれないか。その日を待ち望んでいる一夜電波リスナーです。
2022年8月31日水曜日
水平線
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| 水平線/滝口悠生 |
滝口悠生さんの新作出たなら読むしかないでしょ!ってことで発売日に買ってすぐ読み始めてひと夏かけて読了。日本の夏の読書としてこれ以上ふさわしいものはないのでは?くらいにハマってどこへ行くでもない夏休みにゆっくり楽しむことができた。
第二次世界大戦中に激しい戦闘地となった硫黄島をめぐる時間と場所をクロスオーバーした群像劇。戦時中、近過去、現在と悠然と行き来するし、登場人物も非常に多くて一体自分がどこにいるのかふわふわした気持ちになるのだけど、それは著者が得意とする人称を自由自在に行き来するスタイルであり、船に乗って海でふらふらしてるような感覚があった。人称の変化具合は時代の横断を伴っていることもあり過去作の比ではなくフリーキーになっている。映像作品でいうところのカメラスイッチが立て続けに起こっていくので読んでいて飽きないし楽しい。整合性という「正論」の話をすると、そのあたりは完全にビヨンドしており、それはアレだすべて海のせい、的な展開で回収されていくのも興味深かった。
戦争に関する小説をそこまで読んだ経験がないものの、本作がスペシャルだなと思うのは膨大な量の生活描写だと思う。戦時中の生活について史料を読んだり、ドキュメンタリーを見たりすれば知識としては身につくのだろうけど、人が生きていた感覚を実感できるのはフィクションのいいところ。さらに映画ではなく小説だからこそ微細な描写、描き込みが可能となるのだなと500ページ超の本著を読んで感じた。その人がまるで生きているように感じるからこそ、戦争の理不尽さが浮き彫りになっていくのが良かった。戦争はクソだなと思う理由の一つが明確に書かれていたので引用。真剣に考えることの否定ではなく、ふざけられることの大切がよくわかる。ふざけて生きていきたい。
幻想だ。真剣さは毒だ。真剣になっているうちに、自分じゃなく誰かべつの者のよろこびが自分のよろこびであるかのように思ってしまう。他人のよろこびを俺がよろこぶのは俺の自由だが、他人から、そいつのよろこびが自分のよろこびであるかのように惑わされて騙くらかされるのは御免だ。だから俺はあれからずっと真剣さを疑っっている。なるべくふざけていたい。大事な話や、大事なものについて考えるときほど、真剣さに呑みこまわれてしまわないように。
ポッドキャストにゲストで出演いただいた際に、エピソード後半で本著についても少し話を伺っているので興味のある方は聞いてみてください→リンク


















