2022年12月28日水曜日

未来をつくる言葉

 

未来をつくる言葉/ドミニク・チェン

 ずっと気になっていた1冊で文庫化のタイミングで読んでみた。著者の来歴をベースに言葉をめぐるさまざまな話が収録されており興味深かった。エッセイのようでもあるし学術的でもあるし境界は曖昧でそこがユニークな点だと思う。

 著者の半自伝的な内容で、それに加えて著者の研究対象である言語周りの研究内容がつづられている。読み進めると圧倒的に優秀な経歴に驚くが、それよりもとにかく文章がうますぎてそこに度肝を抜かれた。言葉をつうじた人の思考について研究しているからなのか、学術的で難しい内容も多いはずなのにページを捲る手が止まらなかった。また構成の妙もあり、難しい話と著者の娘さんに関する話などで硬軟織り交ぜられており、学問領域が実際の生活に落とし込むとこうなる、といったケーススタディのようで読みやすかった。(自分が稚拙な言葉で本著の感想を書くのも気が引ける…)

 個人的に一番興味深かったのは対話と共話をめぐる議論。対話は議論をスタックしていきゴールに向かっていくのに対して共話はお互いに話をしようとしていることが一致している、もしくは近いことを会話で探っていく。雑談系のポッドキャストは共話そのものであり、ネット上では文字によるギチギチの議論が多い中でポッドキャストがネット上の最後の楽園と化しているのは、こうした側面があるように思う。

 生命に関する議論もふんだんに含まれており、AI(Artifical Inteligent)とAL(Artifical Life)の違いやそれに派生する現在の進化に関する話がオモシロかった。コンピューターのバグとに生物における偶然性を同列に扱い、バグのようになんでも排除すればいいものではない、という論旨は至極納得した。個人的には「開かれた進化」というチャプターでの以下部分が目から鱗だった。

わたしたちの産業文明は、その進化の「開かれ」具合をできるだけ最小化しながら制御しようとしてきた。過去を分析し、未来予測の精度を上げることで、不確実な自然を制御し、自然進化の環から降りることで、みずからの世界を人工的に最適化してきたのだ。

特定の目的を持たない自然進化は、偶発的な環境変化への適応連鎖で脈々と起こってきたが、技術を手にした人間社会は偶発性を無化することで安全を担保しようとしている。

 表題のチャプターではそれまでの議論をふまえた上で「わかりあえない」ことへの論考が展開されており興味深かった。ここに向かうための前段の議論という感じで昇華するイメージをもったし、表紙にも採用されている箇所が実際本著のハイライトだと思う。

結局のところ、世界を「わかりあえるもの」と「わかりあえないもの」で分けようとするところに無理が生じるのだ。そもそも、コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け容れるための技法である。

 また「わかりあえない」ことはマイナスの意味で捉えられることが多いと思うけど、新たな視点が提示されていて「わかりあえない」ときには以下のラインを唱えたい。知的好奇心が満たされる読書体験だった。

いずれの関係性においても、固有の「わかりあえなさ」のパターンが生起するが、それは埋められるべき隙間ではなく、新しい意味が生じる余白である。

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