2023年12月31日日曜日

人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本

人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本/稲田俊輔

 著者のおいしいものでできているを読みオモシロかったので新書である本著をサクッと読んだ。画一化の象徴であるチェーン店について深掘りしていてとても興味深かった。どこの県の国道沿いにも同じようなレストランやファーストフードチェーンしかないことを憂いてはや数十年。その画一化の中での進化を見過ごすのは本当にもったいないと思えた。当然個人経営のお店を真っ先に応援したい気持ちはありつつ著者のようにチェーンの良さを最大限まで堪能したいなと感じた。

 チェーン店を安かろう悪かろうで下に見る風潮の中で著者が目をつけたのはサイゼリヤだった。2023年現在、サイゼリヤをメタ的に本格イタリアンだと考えてベタ褒めするのは当たり前になっているが著者が火付け役のよう。提供されるメニューの美味しさに加えて顧客側のカスタム要素を根掘り葉掘り教えてくれていた。特に無償提供されている調味料を最大限に活用するテクニックの数々は今すぐ真似したくなるやつだった。ただ読了後に食べに行ったものの本著が書かれたときと状況が異なっており調味料はかなり縮小されており残念…とはいえ本著を読むことでサイゼリヤだからこそ楽しめるメニューを知れるので有用なのは間違いない。

 冒頭かなりのボリュームで説明されるサイゼリヤと同じように、さまざまなファストフード、ファミレスについて延々と書かれていて、いずれの論考も興味深かった。行ったことない店はほとんどなく身近なメニューに関する新たな価値観の提示があるので、食べたことあるものだとしても改めて食べたくなる。個人的には松屋のパンチの効いた味に関する歴史を紐解いた章が納得度が高かった。またチェーンではないものの、どの街にもある中華料理屋、インドカレー屋についても背景含めて細かく解説されていて勉強になった。「ベタ」はバカにされがちだけども、その先を見つめられるような著者のような視点は忘れずにいたい。

2023年12月30日土曜日

JUST PRISON NOW D.O 獄中記

JUST PRISON NOW ~D.O獄中記~/D.O

 ラッパーのD.O氏による獄中記。ラッパーの獄中記といえばB.I.G JOE氏の名著『監獄ラッパー』があるが、それと双璧をなす新たなクラシックが誕生したと思う。直近で日本の刑務所の改善に関する議論(根っからの悪人はいるのか)を読んでいたが、本著では日本の刑務所の現状を痛いほど知ることができて勉強になった。

 「日本の刑務所で刑を務める」この言葉の意味について、ドキュメンタリーや経験者のインタビューを見聞きして分かった気でいたけど、全く何も分かっていなかった。当然罪をおかした人間の更生を目的にしているから優しいわけはない。とはいえ21世紀とは思えないほどハードで理不尽な生活環境がヒシヒシと伝わってきた。(今の時代に冷暖房が皆無というのは信じられなかった。)著者はラッパーの中でもハードコアの部類に属するが、キャラクターとしてはバラエティで大ハネするくらいにキュート。ムショの中でもコメディリリーフとして立ち回っているんだろうなと想像できた。また日記の文体も読み手がいることを前提としたサービス精神旺盛な点が特徴的だった。(特に(汗)とか(怒)、顔文字の「^ ^」などがここまで大量に入った文章を読むのは久しぶりで新鮮。)本著はお務め中にブログとして公開されていたので、刑務所側のチェックも入っており下手なことは書けない中、日々の出来事を面白おかしく、ときにシリアスに書いている。またコロナ禍ど真ん中の話なのだが、もともと隔離されている場所だからか、外の世界ほどのドラスティックな変化がなかった点は記録として重要な資料にもなっている。(ただタオル地のマスクは本当に辛そうだった)

 家族や仲間の献身的なサポートが印象的で本当に愛されているのだなと思うし、逆にこういうサポートがなく刑務所にいるのは相当過酷だと感じた。そのくらい意味不明な決まり事が多くて学校、軍隊に近いものを感じた。本著ではアイロニーを込めて紹介しているケースが多いものの腹の中ではブチ切れているはず。そこを抑えこみつつ辛いエピソードもシノギにしてしまうD.O氏の胆力と作家としての筆力に改めてリスペクト。最近は例のBEEFの影響で「ストリート」に関する話題がSNS等でよく上がっている。そんな中でD.O氏が出所してすぐに家族に会えなかったエピソードをあとがきで読み刑務所と同じくらい過酷な「ストリート」の現実の一端に触れて怖くなった。そんなことを象徴するラインを2つ引用して締めたい。NORIKIYO氏も元気に帰ってきて欲しいってハナシ。

決して我々が事件やトラブルを起こしているわけではなく。事件やトラブルの方から我々に忍び寄ってくるのだということを。

我々のようなラッパーはこのトラブルとどう向き合い、どう乗り越えるかということも含めて自身の HIPHOPなのだということを決して忘れてはいけないってハナシ。

2023年12月29日金曜日

根っからの悪人っているの?

根っからの悪人っているの?/坂上香

 創元社という出版社が最近リリースしている「あいだで考える」シリーズ。気になるタイトルの作品がとても多く本著もタイトルに惹かれて買った。オモシロ過ぎて1日で一気読み…自分の頭で何かを考えて言語化すること重要さを痛感した。

 著者は映画監督であり、島根の刑務所でのTC(回復共同体)という取り組みに関する映画『プリズン・サークル』を撮った方。最初はその映画に関する感想の語り合い、そして映画内で実際に登場した受刑者(つまり加害者)との対話、さらには西鉄バスジャックの被害者との対話という構成。特筆すべきはその対話会に参加しているのは中学生〜大学生までの若い人達という点。私たち大人は子どもを幼い存在だと甘く見ることも多いかもしれないが、彼らの芯を捉えまくった意見の数々に何度も「そうだよなぁ」と納得した。なかでも「まほ」という女の子の発言は借り物ではなく自身からうねり出てきているようなワードが多くラッパーか詩人になれるのでは?と思うレベルだった。一部引用。

誰かと話すっていうことは、自分を相手と同一化して、相手と同じようになろうとすることじゃなくて、私と相手のあいだに「3つめの空間」をつくるような感覚だと思ってて。そこにお互い招き合う。お互いを招き入れる。「理解」っていうことは必要だと思うけど、それは同一化とか同情じゃない。

優しい気持ちとか、正しい気持ちが育っていくことだけが大切なのではなく、攻撃的な気持ちとかも含めて、どれだけ心が揺れたかっていうのが、その人の、人生になっていくというか。 誰でも、ささいなことで感情が動いて、崩れ落ちてしまいそうになることってあるじゃないですか。その時、自分の中に、「柔らかいもの」がいかに存在しているかが大事だと思ってて。

 加害者が若い人達と対話しながら、加害と被害の関係について議論していく。しかも傷害致死、強盗致傷といった割と厳しい前科の話から自分の生い立ちまで詳らかにしながら。なかなか見聞きできない場面の連続で読む手が止まらなかった。印象的だったのは感情の筋肉ことエモーショナル・リテラシーの話。自分に起こった事象に対して、どういった感情を抱いたか言語化する訓練を行い他人に話せるようになることで暴力を防ぐ。感情の筋肉が家庭環境によって身につかないケースがあるからこそ加害と被害の輪廻が止まらない。ここにタイトルである「根っからの悪人はいるのか」という話が接続し読者は思考を促される。感情の筋肉をつけることで自身の感情をコントロールする、また自分を愛することができるようになって初めて他人の痛みに気付く。ひたすらに加害者を追い込んでいこうとする今の社会情勢とは真逆の議論がそこにはあった。こういう議論を若い時にやっているかどうかは後の人生に大きな影響あるだろうなと思えた。映画の『プリズン・サークル』は配信されていないようなので書籍版を読んでみようと思う。

2023年12月27日水曜日

2023年12月 第3週

 年末ということでリリースも収まりつつあるし、新譜チェックもそこまで進まず…今年のクリスマスはZION.T率いるSTANDARD FRIENDSのクリスマスプレイリストにお世話になった。かなりバランスの取れたプレイリストでジャズ、ヒップホップ、R&B、クラシックなど幅広いレンジのクリスマスソングを堪能できる。一番「彼ららしいな」と思ったのはDevin MorrisonとRemi Wolf。来年も多分聞くと思う。

appendix by GIRIBOY

 GIRIBOYがレーベル離脱にあたって最後にリリースしたEP。こないだ出たアルバムの当たり障りなかった内容はレーベルとの契約で必要に駆られて作ったものだと考えれば納得できる内容だった。で今作はそのAppendix、つまり付録扱いとなっている。とはいえ正直アルバムより好内容だった。4曲収録でいずれもバンドサウンドになっていて、3曲は既発曲のバンドアレンジ。新曲も含めてGIRIBOYのサウンドとバンドの相性の良さがこれでもかと発揮されていて、正直バンドカバーアルバムとしてフルサイズでやったほうがよくね?と思うくらい素晴らしかった。好きな曲は新曲の”tree”

RAYSONTAPE by ARCHYPE

 友人から教えてもらったアルバム。年末にこんなかっこいいアルバムがくるなんて。。。認知度とクオリティが比例していない系で、韓国ヒップホップの懐の深さに毎度驚かされる。Frank Ocean,Tyler the Creatorの系譜にあることは一聴して明らかなんだけど、要素を抽出してオリジナリティーの高い作品に落とし込む能力が段違い。誰々風と指摘するのは簡単だけど、実際にここまでのクオリティを叩き出せる人がどれだけいるか。ARCHYPEはコレクティブの呼称のようでいろんなラッパー、シンガーが参加していて各メンバーの動きを追っていきたいと思わされたし、それこそ近いうちにBalming Tigerのようにグローバルヒットしていくと思う。好きな曲は”DOMINO”

 あとペコ氏をゲストに迎えたポッドキャストを公開した。もう聞いた人しかこのブログ読んでいない気がするけど、まだ聞いていない人がいれば是非。2023年の締めにふさわしい音楽の話ができたと思う。

2023ベストは尊敬している後輩のアルバムを聞いてからゆっくり考えたい。Fisongかっけー!

2023年12月26日火曜日

ギケイキ3: 不滅の滅び

ギケイキ3: 不滅の滅び/町田康

 11月から読み始めて一気に3冊目まで突入ということでサクッと読了。歴史小説にここまでハマる自分がいるとは想像もつかなかったし、すっかりこの世界に夢中になった。個人的には割と原典至上主義なところがあるけれど、ここまでいくと二次創作に無限大の可能性しか感じない。当然、原典の魅力もあることは理解した上で、他人の解釈も楽しければそれでいいじゃない、と本著のおかげで寛大になれた気がする。

 完全に撤退モードに突入した義経サイドの苦しい戦いについて綴られている第三巻。雪の中を必死のパッチで逃げ続ける過程はこれまでに比べるとシビアなシーンが多い。しかし持ち味である関西弁による脱力したゆるーい会話で楽しく読めるようになっている。また義経のあと語り形式によるメタ化は読めば読むほど癖になってきた。特に今回は当時の鎧、兜などの服装を現代のファッション雑誌での紹介のように描写しているシーンがお気に入り。落伍者として貧乏くさい格好になってしまう展開もあるので余計に美しいお召し物シーンが際立っているように感じた。またこのメタ構造があることで著者の考えを逆説的に浮かび上がらせていく手法が見事だと思う。例えばこんな風。

持続可能性のある社会を目指せ、などと言う人は、現状、いい目をみていて、それを維持したい人で、現状、食うや食わずの悲惨な目に遭っている人は、「もうなんでもいいから、現状を変えてくれ。いくらなんでもいまよりはマシなはずだ」

美しく歌ったところで、根底にあるものは同じ。私は美しい言葉を弄ぶ奴の心の奥底で常に銭と欺瞞のフェスティバルが開催されていることを知っている。

 後半は彼自身のエピソードではなく家来や周りの人たちの話で構成されているのが興味深かった。語り手としての義経はいる一方で、不在の彼がどういう存在なのか、周囲の言動で浮かび上がらせていく。そういった観点で本著のハイライトはエンディングを飾る静による頼朝御前でのギグであろう。音楽が当時の人にとっても、いかに心の安寧をもたらすものであったか。それを現代バンド風アレンジで大胆に描いている。この得体の知れない多幸感は著者自身がバンドの経験があるからこそ書ける音楽の醍醐味だと思う。次の第4巻で完結するらしいので楽しみ。というか古事記も同じ手法で書かれているそうなので、そっちを先に読む。

2023年12月22日金曜日

一私小説書きの日乗 憤怒の章

一私小説書きの日乗 憤怒の章/西村賢太

 一作目でハマったので二作目もサクッと読了。人の日記が好きで結構読んでいる方だけど、淡々と同じフォーマットで綴られる日常はまるでダンスミュージックのようなグルーヴがあり完全に虜になった。あと三作も楽しんで読みたい。

 タイトルに”憤怒”と記載されているとおり確かに怒っている場面が多かったといえばそうかもしれないが、著者にとっては通常運転なのかなと思う。自分の道理に合わない行為について厳しい姿勢を示し、ときに激怒する、そのことを虚心坦懐に書いている点がかっこいい。自分がどう見えるか、他者の評価を気にせず自分がどう思っているかを主張し続けているから。セルフィッシュに映ることも多いが、尊敬する人物に対する敬意の払い方は徹底している。当時はメディアにたくさん出る機会も多い中で彼とビートたけしとの邂逅が描かれていた。その場面がハイライトだと思う。丁寧な場面描写と共に著者がいかに感動したか伝わってきた。亡くなった後に文庫されており、玉袋筋太郎氏の解説もありその内容もまたグッときた。

 一巻から引き続き食事、飲酒の記録が生々しい。たくさん食べて飲んでいる。淡々とした生活の中で著者がいかに食事、飲酒を大切にしているか伝わってきた。それに影響されて自分の暴飲暴食っぷりも加速されるのでハマりすぎには要注意(西村賢太が朝方にこんくらい食べて飲んでるんだから大丈夫っしょ、という具合)個人的に面白かったのは痛風の影響で一杯目がビールからカルピスサワーになったこと。それだけなら何てことないのだけど、500mlのカルピスを別で毎日飲んでいることが後半でカミングアウトされて笑うしかなかった。

2023年12月20日水曜日

2023年12月 第2週

Street Knowledge by lobonabeat!, BILL STAX & oygli

 SKRRGANGというレーベルのlobondabeat!, BILL STAXの両名に加えて飛ぶ鳥を落とす勢いのoygliが参加した3名によるアルバムがリリース。今どき珍しいどストレートなトラップビートに対して三者三様のアプローチがかっこいい曲ばかりだった。友人から言われて気付かされたのは、この手のトラップでUS、UKのゴリゴリのやつは1回聞くと疲弊して2周目するケースはほとんどないけど、このアルバムはいい感じで力が抜けていて何回も聞いてしまう中毒性があるということ。大ベテランのBILL STAXが若手2人に挟まれても遜色なくやっていることに感動するし、やっぱ今年はoygliの年だったな〜と思わされる彼の仕上がり具合も最高。好きな曲は相撲の押し出しをワードプレイした”Sumo” 力士=相撲になっているけどオモシロいので良し。

podo by Jambino

 SMTM11で活躍したJambinoが1stアルバムをリリース。素晴らしいポップス的な感性をラップに落とし込んでいくスキルが存分に発揮された、彼らしさを存分に楽しめる作品だった。韓国ヒップホップのキャッチーな部分を最も体現しているといったも過言ではないくらい。feat陣はSMTMでのコネクションをフルに活用してLEE YOUNG JI, JAY PARK, Loco, toigoといった豪華メンツになっている。なかでもLocoとの曲はビートがGRAY。しかもモロにファレル節炸裂しまくりで最近の彼のビートの中でもかなり好き。その上を軽やかに踊るようにラップする2人がめちゃくちゃかっこいい。LocoのアルバムでもJambinoはComposerとして数曲に参加しているし、SMTMでの”Water”で相性の良さを両名とも感じたのだろう。2人でEPとか作って欲しい。好きな曲は”ping” 彼はラップ自体がポップネスに溢れているのでビートはちょっとドープくらいの方が相性がいいと思っている。

Blood & Bones(BLOOD) by Jin Dogg

J in Doggのアルバムが急にリリース。前作同様、二部構成となっているらしくBLOODサイドが先に聞けるようになった。1曲目からゴジラサンプリングの超バイオレントなドリルが炸裂しており、そのトーンでアルバムを走り切るというハイカロリーアルバムとなっている。こういうアルバムを聞くのはシチュエーションが限られるけど、仕事で腹立つヤツにメールするときにとても有用(当社比)。Jin Doggのラップは人を鼓舞するエナジーが本当にハンパなくて聞いているだけで自分が強くなった気分になれる。ヒップホップという音楽がもたらす福音の一つを最大限に体現してるラッパーだと思う。あとはガヤが日本のヒップホップの中でも最強クラス。Dipset以来Migos以降、ガヤはヒップホップの特に重要なファクターになっているが、ガヤのエナジーもエグいんすよねぇ…自分が若かったらライブ見に行ってはしゃいでたと思うし、先日のポッドキャストで話した日本のアンダーグラウンドで沸騰する詰め込むタイプのドリルに影響を与えている1人だろうなと思う。好きな曲は”OMG”

Wisteria by CreativeDrugStore

 CreativeDrugStoreの1stアルバムがリリース。緩やかなコレクティブだった彼らが、各人の活躍を踏まえてどんなアルバムを作るのか楽しみだったが、思ったよりどストレートなヒップホップアルバム。いい意味で予想を裏切る好内容だった。というのもBIMやVavaのポップスフィールドに配慮したかのようなメロディ、コード感に辟易していたから。若者たちはそれを入口にヒップホップが好きになっているのだろうから裾野を広げる活動としては大きな意味があると思う。ただ2人のラップが好きなおじさんにとっては物足りなかったこの数年。そのフラストレーションがすべて解消されるような内容だった。特にVavaがオートチューンを使わずストレートにラップをかましているところにかなりグッときた。
 各人の強みをグループにフィードバックするというよりもグループとして新たにサウンド像を作り上げていく姿勢がかっこいいなと思う。ビートはRascal、Vavaがメインを担い、doooo、DJ MAYAKUが味変として機能。全ビートのクオリティが高い上に幅広いスタイルを抑えている。ここ20年くらいのビートのトレンドをさらっていくかのような感じなので、ずっと流していても楽しめた。個人的には”Menthol”のビギーの”Juicy”オマージュなドラム使いや”Retire”のダブステップにブチ上がり。好きな曲は”180”

LOYALTY by LUNV ROYAL
JETLIFE by JETG

 LUNV LOYALの新しいアルバムがリリース。ドリルを積極的に取り入れた内容でめちゃくちゃかっこよかった。Watsonとも呼応するワードプレイの数々、デリバリーの豊かさ、声質の気持ちよさ。ラップのレーダーチャートにおいてキレイな五角形を描く全方位的なかっこよさがあり聞いていて気持ち良いし全く飽きない。  秋田出身でフッドをレペゼンするリリックがたくさんあるのが興味深い。最も顕著なのは”Shibuki Boy” 上ネタの笛の音色が本当にかっこよくて、下手うつとめっちゃダサい「和風」ビートになるところを絶妙なバランスで「和」を体現していると思う。これは日本人にしか作れないかも。あと”高所恐怖症”で自殺率が高い負の側面を曲に落とし込んでいる点もかっこいい。そして今作で一番フィーチャーされている、いぶりがっこ!語感がオモシロいし隠語としての使い方が最高だった。なので、好きな曲は”Iburi Gacko Flow Pt.2” これで「JETGかっけー!」となって友人からそのアルバムを教えてもらってヤンガンのドリルを色々ディグった今週でした。

Hood Boy Story by YELLASOMA

 前にPanDeMicsを後輩から教えてもらって知ったYELLASOMAのソロ作品。リリックを引用しているくらいにかなりT-Pabrow節が強い。このスタイルだとフレックス系多いけど、彼は等身大のリリックでラップしていてギャップがオモシロかった。最近は本当に背伸びするリリックがなくなっている傾向にあり、自分の身の回りの話をいかにラップでかっこよく語るかレースになっていること再認識した。それは雰囲気よりも中身が大事ということであり音楽に対しても「リアル」を希求する時代なんだなーという隔世の感。そうなってくるとヒップホップは最強の音楽であり今若者に人気があるのはこういう点なんだろうなと思う。この観点で見ると彼のラップはとてもかっこいい!好きな曲は若者の考えが肌感で伝わってくる憂いを帯びた応援ソング”がんばっぺ”

TORiO by Only U, Tim Pepperoni & Puckafall

 ラッパーのOnly U, Tim PepperoniとビートメイカーのPuckafallによるEP。オートチューンバキバキのSinging Styleで今っぽさ満点でかっこよかった。完全にユース向けの音楽だと思っていて、その中でリリックが興味深い。ADHDに対する価値観を反転させようと試みる”ADHD RiCHHH”とか、”±”で訴えるセルフケアの大切さ、自分達の色を”MULTiCOLOR”と呼び多様性を主張したり。自分が若かったら刺さっているだろうな〜というリリックが多く青春を感じる。(遠い目)こういうのを説教くさくなく、かつ絵空事でもないように聞かせる2人の自由なラップとPuckafallのキャッチーなビートが癖になった。好きな曲は”ADHD RiCHHH”

Ornamental by TERRACE MARTIN

 2023年のTerrace Martinは本当に精力的で今回はクリスマスアルバムをリリース。オーナメントにあるのはMPC3000とシンセサイザーで今回のアルバムは生演奏というより打ち込みメインとなっている。(シンセは弾いているだろうけど)こういういい感じのインストは色んな場面で重宝するので家で結構聞いていた。いわゆるLAノリであるレイドバックしていてメロウなシンセサイザーな音色はいつまでも聞いていられる。ただクリスマス要素があるかといえば、それはパッケージング側の都合であり季節問わず聞ける内容になっていると思う。好きな曲は唯一のfeat曲である”Angle View” DJ Battlecat のトークボックスと Terrace Martinのボーコーダー&サックス、Courtyanaのボーカルのコンビネーションで荘厳な気持ちになった。

Sail the Seven Seas by Park Hye Jin

 Park Hye Jinが2ndアルバムをリリース。Peggy Gou,Yaejiといった一連の韓国の女性プロデューサーの系譜にあるアーティスト。前作はNinja Tunesからのリリースだったが今回はセルフレーベルからのリリース。前作はそれまで彼女がEPで紡いできた四つ打ちに加えてトラップなどBPMの遅い曲を含めて世界観が出来上がっていたと思う。今回はこの何とも言えないインスタントなジャケのように作った曲を単純にパックしたようなミクステのような印象だった。個人的にはこう言うラフな感じでアーティストが表現したいものがダイレクトに伝わってくる作品は好きなので前作よりも愛聴している。なかでも終盤の”California”は日本受けするような泣きのシンセ(tofubeats”水星”とか)がたまらない。ただ好きな曲は彼女の本領が発揮される四つ打ち曲”Keep Going”

2023年12月14日木曜日

一私小説書きの日乗

一私小説書きの日乗/西村賢太

 昨年突然の訃報を目にして結構ショックだった著者の日記本があると知って読んだ。「苦役列車」と「小銭を数える」くらいしか読んだことなかったけど、これからたくさん著者の小説を読もう!と決意させられるくらいに魅力的な日記だった。

 芥川賞を受賞した後の2011年3月から日記は始まる。あの311が起こったまさに真っ只中である。しかし彼は地震や原発に関してほとんど書いていない。あれだけのことがあって日記にそれを書かない選択をしている点に作家の矜持を感じた。彼が書いているのは基本的に自分の身の回りのことのみであり、他者に言及したとしても自分の周辺人物のことのみ。SNSを中心として各種インターネットの発達に伴い、色んなことに言及できるようになったけど、昔は自分の半径5mくらいしか見ていなかったのかもなと改めて気付かされた。そんな中で出版社の方々が実名で登場、特に新潮社の方々がとても魅力的に見える。祝杯をあげたり、仕事のことで喧嘩して絶交したのち飲んで和解する流れなど、最後の方はそういったものを期待している自分がいた。

 日記を書くと言っても、どこまで書くか?のラインは各人で異なる。彼の場合、仕事と飲酒を含む食事の二つが中心になっている。前者については芥川賞受賞バブルの中、毎日のように原稿を書きまくり締切と格闘する姿が興味深かった。怒りやすく根に持つタイプでありながら情に厚いところもあったり、自分の尊敬する対象への畏敬の念の抱き方がオタクのそれなので親近感があった。後者は明らかにToo muchな分量を毎日淡々と摂取している様子がとにかくオモシロい。よくこれだけ食べて飲んで逆に54歳まで生きれたな〜と思う。藤澤清造の没後弟子を自ら名乗り古書への造詣が深いからか言葉使いが特徴的でそれが読んでいるうちに癖になった。本著で知った「深更」は今後使っていきたい日本語だ。日記本だけで6冊もあるので隙間時間でどんどん読んでいきたい。

2023年12月13日水曜日

2023年12月 第1週

Zip by Zion.T

 なんとZION.Tのアルバムが5年ぶりに出た!ここ数年は毎年のようにSMTMに参加していたことでリリースできていなかったと考えればSMTMが無くなって良かったかもと思える。(いや思えない)肝心の中身は大人のR&B仕様になっていて唯一無二の世界観を構築しているアルバムだった。(ジャケのセンスからしてキマりすぎ)後進を育てる意味でSTANDARD FRIENDSというレーベルを立ち上げWonstein, Slomをデビューさせたのがここ数年の出来事であり、その成果としてビートはSlom, Peejayを代表とするSTANDARD FRIENDSとしてのプロダクションになっている。生音(もしくは生音っぽい素材)を使ったマチュアなムード、これもまた韓国の音楽の懐の深さ。普段低音パツパツ系のヒップホップとかをよく聞いているから、これくらい引き算されているのは逆に新鮮。従来のネオソウル的なアプローチというよりもポップスにベクトルは向きつつベースはR&Bなのでちょうど好きなバランスだった。(あと時期的にクリスマスを狙ったと思わせる曲が多いのも特徴的)ピチカートファイヴっぽい”V(Peace)”という曲ではサビに日本語詞が!VLOGで日本語タイトルつけたりしてたから日本語に興味ある流れからなのか?しかもMVの監督はOKAMOTO'Sのオカモトレイジとギブン!ここまできたらマジで日本でライブして欲しい… 
 結局何が良いかといえばZion.Tの歌の素晴らしさに尽きる。トーンがとにかく好き。ささやくような声だけど力強い相反するバランスが奇跡的に成立している声だと毎度思う。この冬のヘビロアルバム。好きな曲はエレピの音が気持ち良すぎる”Dolphin”

Mcguffin by offthecuff

 Apple musicのプレイリストでジャケに引っかかって聞いたらとても好きだった。クレジットを見ると彼はビートメイカーのようでシンガーやラッパーを召喚してアルバムを作った模様。ほとんど情報がないものの、どのビートもめちゃくちゃクオリティーが高く、途中でKanye Westの”Runaway”のピアノの引用があることからも顕著でKanye Westのムードは感じる。つまりポップとドープの境界線を溶かしたかっこよさ。客演がQim Isle, UNI, GongGongGoo009, Khundi Pandaというスキルを重視した審美眼を感じるメンツなのもアツい。好きな曲はブギーな”Hands On”

REBORN by hyeminsong

 AP Alchemyの一部であるMineFieldから、これまたビートメイカーであるhyeminsongのアルバムがリリース。ハンパじゃないメンツが集まったアルバムとなっており、SMTMの不在を埋めるかのように結構聞いていた。ビートはかなりバラエティに富んでいて聞いていて飽きないし、一つ一つのクオリティめっちゃ高い。もう何回言っているか分からないけど、このレベルのビートメイカーがごろごろいるの本当えぐい。しかも女性というのも業界的には珍しい。ラッパーのチョイスが渋くていわゆるスピット系を中心に実力派が一堂に会している感さえある。好きな曲はHuhのフックが素晴らしいのとドリル的なベースがかっこいい”Reborn”

ISSUES DELUXE by CYBER RUI

 CYBER RUIがついに1stアルバムをリリース。小刻みにEPをリリース、その世界観を崩すことなく独自のカラーを突き詰めていく姿勢が本当にかっこいい。リリースまでの流れもオモシロい。まず同じタイトルのEPをリリース、そこからREMIX盤をリリース、そして最初のEPに曲を追加したデラックス盤としてアルバムをリリース。グローバルで見ても同じ流れを辿ったものはないと思う。アルバムはとてもかっこよく今までで一番好きな作品となった。デラックス盤って既存のものに3曲くらい「アウトテイクか?」みたいな曲を追加して構成されてることが多いけど、今回は1stアルバムなので追加された曲が軒並みかっこよい!というのがアガるポイント。特に終盤これまでドライで無機質なトラップビートが多くの割合を占めていた中で、”Yonige”はBPMが速いバウンシーチューン、W.I.Mは3拍子、最後の”Courage”は本格的な四つ打ち。すべてが新基軸であり、やれることがいくらでもあるのだなと感じさせられたし、彼女にとってまだまだ序章なんだなと思った。
 この手のアーティストの場合、雰囲気重視でリリック二の次というケースも多いけど、彼女はかなりリリカルな点も好きなポイント。英語の多用も「サイバーパンクな世界観をグローバルで魅せていく」というコンセプトにフィットしていて良い。若いのにこんなにブレずに世界観を構築できる、しかもインデペンデントで。Tohjiか彼女かくらいだと思うので今後の活躍が楽しみ。好きな曲は2バース目が超かっこいいしビートが気持ち良すぎる”Courage”

Mi Yama by Campanella

 CampanellaのEPがサプライズリリース。2020年に出た『Noodle』でも魅せていたのも記憶に新しいRAMZAとの黄金タッグ多めの構成で大満足だった。1曲目のタイトルソングからして今年の日本のヒップホップの曲の中で最長のイントロだろう、RAMZAのビートで開幕。最初にスピットするのはアンクレジットのJJJというヒネリっぷり。正攻法にはないオモシロさが1曲目から詰まりまくっているし、そのギミックさえどうでもよくなるラップのうまさ。「誰々っぽい」ではないオリジナリティが炸裂しまくりな音節を自由に行き来するフローが本当にかっこいい。心地よいときもあれば、ブチアガるときもある。まさかの苗字ソング”YAMAMOTO”ではACE COOLとの邂逅が果たされており、64BarsでのRAMZAとの共演から相性の良さを見せていたACE COOLはここでもかましている。もう一つのfeat曲のMFSもかっこよかったが、好きな曲は”DUDE” 韻、フロー、ビートのマリアージュが気持ち良すぎる〜

Soul Quake by Watson

 Watsonが1stアルバムをリリース。これまでの作品はMixtape的な位置付けなのか?このアルバムがリリースされるまでに異様な量の客演をこなし、どの曲でも主役を喰ってしまう勢いのパンチラインの雨あられを浴びてきたわけだが当然アルバムでもそれは健在。ダブルミーニングを使ったライムが「なるほど〜」という一種のアハ体験の連発だった。本人がSNSで言っていたように自身と同じく各地のフッドスターを召喚してアルバムを作っている点が、ヒップホップど真ん中を進んでいく意気込みを感じた。個人的に彼がすごいなと思うのはフック。まるでバースのような情報量のフックを平気でぶち込んできて、並のラッパーならToo much感があるんだけど、彼の独特のリリックのセンスで繰り返し聞いても全然飽きない。SEEDAが主張していたケン玉理論を歴史上最も忠実に実践しているラッパーがシーンのトップにいるのが時代の潮目が変わった気がする。
 全曲Koshyがビートを手がけていて、彼のビートの懐の深さにも驚いた。同じく全曲プロデュースしていたSANTAWORLDVIEWのときはあんまりピンとこなかったのだけど今回はバッチリ。特にサンプリング中心なのが特徴的だと感じた。ギターの音色が多く、ラテンノリのフレーズも多い。日本のヒップホップであまり見ないスタイルなので新鮮(Harry Fraudっぽい)。好きな曲は”Working Class Anthem”

Noodle by JUMADIBA

 今年出たMixtapeが大好きだったJUMADIBAの新しいEP。featでも参加しているRYON4によるフルプロデュース作品らしい。とにかく全ての曲の上ネタが心地よくてビートだけでも一生聴いていたいレベル。そこに乗ってくるJUMADIBAのスティッキーかつメロディアスなフロウ。「メロディアス」というのが個人的にはポイントでラップと歌の絶妙な合間の「メロディー」ではないフロウがとにかく心地よい。声質的にもゆるいムード含めてERAが2023年モードになったら?みたいなスタイルだと思う。この気持ち良さはグローバルに受け入れられる可能性が十分にあるラッパーだと思うのでフルアルバムを早く出してほしい。好きな曲は”paypay”

乱反射 by ペトロールズ

 ペトロールズがついにストリーミングで聞けるようになるということで聞いた。元々の曲を再度MIXしなおしているそうで結構アレンジもされていた。ストリーミングで海外含めたくさんの人がペトロールズの魅力に簡単にアクセスできるようになったことは素晴らしい。ただ既存ファンからすると馴染みの曲が別の形になっていることに直面させられる。しかも言語化が難しいかなり微妙なレベルなので、さらに何とも言えない気持ちになった。決して悪くなっているわけではないのだけど違和感が最後まで拭えず結局手元のライブラリにあるアルバムを聞き直したりしていた。新しいものへの耐性が無くなっているのかも。

Larger Than Life by Brent Faiyaz

Resavoir(second album) by Resavoir

La Villa by Stro Elliot

 Flip Side Planet の新譜回は毎度聞き逃していたものや新たな発見があり一年間大変お世話になった。今週もそんな3枚。Stro Elliot, Resavoirはちょうどいい塩梅のインストアルバムで家族でいるとき大変重宝した。Brent Faiyazは2000年代R&Bオマージュというご褒美アルバムでこちらは移動中に聞きまくった。

2023年12月12日火曜日

闇の精神史

闇の精神史/木澤佐登志

 手に入れやすい新書で新刊が出たと聞いて読んだ。以前に『闇の自己啓発』は読んだことあるものの単著は初めて。パースペクティブのオリジナリティに驚くしかなく読んでいてずっと楽しかった。点と点を線として捉える基本的な批評がふんだんに詰まっていて内容しかり方法論含めて勉強になった。本著をもっとも端的に示しているのはこのライン。かっこいい。

筆者が精神史のジャンクヤードに赴く理由のひとつがこれである。堆積した歴史と記憶と夢の残骸の中から朽ちた〈未来〉の破片をサルベージし、それに一条の光を当てる作業。そうしながら、〈未来〉が何の前触れもなく私たちのもとにもう一度帰ってくることを退屈しながら待ちわびるのである。つまるところ、本書で行われるのはただそれだけである。

 「闇」という言葉が著者にとってのキーワードになっているからかタイトルに付いているが「闇」のムードは実際あんまりない。「フォーカスされていないこと=闇」というぐらいの意味合いだと思う。冒頭いきなりロシアの宇宙主義の話から始まって面食らうものの、読み進めるうちに自分のまったくあずかり知らない過去、現在、未来あらゆる時制における様々な議論が次々と目の前に広がっていく。そして知的好奇心のドーパミンが出まくるとでもいえばいいか。とにかく著者がリーチしている対象の多さに驚くしかない。点の量が並の読書量では到底なし得ないレベルで、しかもその線の結び方がユニークなので自分の知っている論点でも「そんなところいくの?!」みたいな体験が何度もあった。個人的に一番アガッたのはリー・ペリーの章。単純に一音楽家としてのストーリーとしてめっちゃ興味深かったし、ブラックホールにまで接続してスタジオエンジニアリングの話をしている点が最高だった。

 タイトルにあるとおり精神に対して人間がどのようなアプローチしてきたか、古今東西の議論がたくさん引用されている。精神の話をすれば身体の議論にもなるのは当然であり、その二元論さえも疑いにかかっていく形で複雑な話になっていた。終盤、繰り返し出てきた議論としては身体を捨てて精神のみになることで自由になれるかどうか?という議論。近年だとメタバース、VRといったテクノロジーはその議論の延長戦上にあるし、過去に遡ればLSDによるトリップやゲームへの没頭もその一つと言えると筆者は主張している。一事が万事こういった調子で風呂敷が広がっていきながら、終盤にかけて回収されていくところもあって(特に冒頭のロシアのくだりなど)一体どれだけの本を読んで、どんな発想でこんな文章を書いているのだろうか?著者のインタビューを読んでみたいと思ったし他の著作も読もうと思う。

2023年12月6日水曜日

アルケミスト 夢を旅した少年

アルケミスト 夢を旅した少年/パウロ・コエーリョ

 JJJの傑作アルバム『MAKTUB』のタイトルになった、「マクトゥーブ」は本著から引用されたということで読んだ。寓話性がかなり高く今の年齢だと若干しんどい部分もありつつ描かれている内容は至極もっともなことなので若い頃に読んでいればもう少し違った感想を抱いたかもしれない。

 サンチャゴという少年が主人公で元々羊飼いだったが、宝の在処を告げられる夢を見たことで仕事をやめて宝を探す旅としてエジプトのピラミッドを目指すというのが大筋。その道中でさまざまな出来事が起こり、そのどれもが教訓めいており寓話性が高い物語となっていた。いつもは物語の中で自分なりの解釈や感じ取ったメッセージなどを文字にしているけど、こういった作品はメッセージ性が強く解釈の幅が大きくない。ゆえに窮屈さを感じてしまった。またそのメッセージが大きく要約すると「自分の直感を信じろ」「夢をあきらめるな」「好きなことをしろ」というもの。現状、大好きとは言い難いことで金を稼ぎ暮らしを営む30代サラリーマンからすると眩しすぎるし「そんなに世の中は甘くない」という凝り固まった思想が脳を支配しているので、これらのメッセージに乗り切れなかった…なんなら主人公ではなくクリスタルを売る商人側に感情移入してしまい自分の加齢を突きつけられたような気持ちになった。

 「マクトゥーブ」という言葉は「それは書かれている」という意味だと本文中で何度も登場する。すでに決まっていて運命を直感するようなニュアンスの言葉であり、JJJがこの言葉をタイトルに込めた意味を考えながらアルバムを聴くのもまた一興だと思う。

2023年12月5日火曜日

2023年11月 第5週

48 Hours by Ryder & Skepta

 SNSで流れてきてなんとなく聞いたらぶっ飛ばされたEP。SkeptaはUKのベテランMCで、そんな彼がRyderという19歳の若手プロデューサーと48時間で作成したらしい。もともとRyderがサンクラでSkeptaの曲のREMIXをアップロード、それを聞いたSkeptaがアプローチして実現。久しぶりに聞くサンクラドリームな一枚となっている。(そのREMIX自体はEPの最後に収録されている#skeptacoreシリーズ)エモーショナルとしか言いようがないビートの上で弾けるSkeptaのフロウが本当にかっこよくてずっと聞いてしまう。客演のDre Sixの歌も素晴らしくて、これをきっかけにグイグイきそう。好きな曲は”For You” めっちゃリリカルで以下のラインが今を反映している感じで好きだった。

Time is money and life is a movie, so don't forget to follow and subscribe Judge in the courtroom throwin' out years, while the pavement soakin' up tears Look around see everybody's head down, if it don't affect you then who the fuck cares? It's crazy

REVENGE by ShowyVICTOR

 2023年のRAPSTAR誕生の王者、ShowyVICTORのアルバムがリリース。RAPSTAR誕生で披露された曲が2曲収録されており、さすが王者!という内容でかっこよかった。RenzoとのShowy名義も含めて一番好き。とにかくビートのクオリティが高くてLil Yukichi, Puckafall, PULP K, dubby bunny, Zot On The Wave, MET as MTHA2など。特に意外だったのはPULP KのビートにKzyboostのボーコーダーが乗っている点。しかもFeatにSeedaで、そのバースも最近のSeedaのバースの中でもめちゃくちゃアツい系で滾った。VITORがリリックで繰り返し唱えているように正直誰も彼が優勝することは想像してなかった。しかし現実は彼が優勝したことで言葉が説得力を持ち、彼のことを信じるしかない!という構図になった点がかっこいい。”GENZAI”や”REVENGE”といった既発曲と新曲でしっかりアルバムとして構成されている点もヒップホップ愛を感じた。好きな曲はドリルの”This is the one” RENZOのfeatとしての存在感は最高。

ICON by Kaneee

 オーディション審査の段階で落ちてしまったけど、YZERRやZOTが才能を高く評価、そして彼が使用したビートのプロデューサーであるSTUTSからのアプローチで”Canvas”が完成、大ヒット!という一連の流れから、ついにEPがリリース。ワンヒットワンダーで満足せず、アーティストとしてキャリア積んでいこうとしている点が良い。STUTS, ZOTがビート提供している時点で彼の才能は保証されたようなもの。実際、”Canvas”のウェルメイドなビートとKaneeeのアプローチのケミストリーはたまらないものがある。フローとメロディは抜群の才能があるのは間違いない。英詞多めなので雰囲気は抜群にあるし。(”Demon”をNSW YOONがInstagramのストーリーでシェアしててグローバルを考えれば英詞の意味はあるよな〜と思った。)あとはリリックの練度が増せば。。。好きな曲は”Young Boy” 歌詞にRIZINの選手の名前あるの初めてかも?

7 by 7 & ZOT on the WAVE

 もう「正直ZOT、お腹いっぱいっすわ。」と言いたくなるほどのハードワーキングっぷりだが、どのビートも異様にクオリティーが高く市場を独占しているのがよく分かる1週間。いっときのBACHLOGICくらいの勢いになっている。今回の7のアルバムに対しては全曲ビート提供で彼の期待も窺い知れる。最近は7と同郷のHomunculu$がZOTと共作するケースが増えており、今回も全曲にHomunculu$が参加している。全7曲から構成されており彼女のカラーがよく伝わってきた優れた1枚目だと思う。Singing Styleな曲は”ねぇ”のみで、あとはラップにフォーカスしている点もトレンドにフォーカスしているいう印象。ただ彼女のSinging Styleの完成度はかなり高いので、正直もう1曲くらいは見たかった。あと方言を積極的に採用しているところが好きだった。和歌山弁のオモシロさがふんだんに楽しめる”WAKA”, “ゆーてるまに”の流れが特に最高だった。女性のラッパーが関西弁をリリックで使うのがとても新鮮で、たとえば「振れやん」とか。好きな曲は方言を含めワードプレイがたくさん楽しめる”ゆーてるまに”

Revive by Leisu,山田ギャル神宮 & izolma

 このジャケットで聞くのだいぶ抵抗あったけど聞いてみると、自分が若い頃聴いていたロックが再解釈されたヒップホップになっていてとてもよかった。音楽のトレンドには周期性があるけど自分の青春がこうやって若い子に再解釈されていくのは不思議な気持ちになる。山田ギャル神宮は声色がTohjiに似ているので、Tohjiが世界観を極めようとせずポップフィールドでステイしていたら?という世界線を毎度妄想してしまう。それくらいに山田ギャル神宮の完成度は高いと思う。APSTARにもエントリーしていたけど、ああいった既存の価値観で測られない良さが他の2人も含めてこのEPからは感じられた。そして若い子たちがこういうの好きになるということは時代は変わっていないのだなと思うし、こういったJの発露は本当に歓迎したいので、青春映画のテーマソングとか彼らが担う時代になればいいな。好きな曲は”Xchain”

#freekitsyojii by kitsyojii

 kitsyojiiが引退を発表してリリースしたアルバム。客演が豪華でJUSTHIS, lIlBOIのスキルMC二大巨頭が参加しているのに驚いたしRakon, ROH YUNHA, Street Babyという若手の勢いあるメンツを呼んできている。(今年のStreet Babyの客演仕事量エグすぎ!)ビートは直前のプロデューサーシリーズでも共演してたHDB4ACKとAlive Funkが手がけている。材料は揃っているけれど、引退をかけたアルバムとしての完成度はどうなのか?と言われると物足りなさがある。類型的なトラップサウンドばっかりなのがオモシロくない理由なのか、なんにせよどの曲もケミストリーがなく良い意味でも悪い意味でも80点くらいな曲が並んでいる、みたいな。インスタの投稿を見ると、曲へのレスポンスがなくて辛いと書いてあったけど、こうやって日本で聞いてレスポンスしている人もいるので、まだまだ活動を続けて欲しい。好きな曲は”Oh My Bonnie”

2023年11月30日木曜日

本屋、はじめました

本屋、はじめました/辻山良雄

 本が好きなら「本屋を商いながら暮らしたい」と一度は夢想すると思う。では実際問題、本屋を始めて商売することはどういったものなのか?を知れる一冊でとても興味深かった。そして現実はそこまで甘くないこともよく分かる超プラクティカルな内容であった。

 著者は荻窪でTitleという新刊書店を経営しており、これまでの経歴と開業までの流れを追ったドキュメンタリーとなっている。もともとリブロで働かれていたらしく、土地を転々としながらさまざまな形で本屋の販売、経営にコミットされていたことがよく分かる。そして著者が考える本の尊さを開業過程、実際の営業状況から感じ取ることができた。

 池袋のリブロはジュンク堂と合わせてよく利用していたし同じ関西出身なので勝手に親近感を持った。2017年の刊行当時よりも本屋の数はさらに減っていく傾向にある一方、個人による独立系書店は増加している。それはまさしく本著のようにどういった流れで商売しているか情報を提供するケースが増えたからだと思う。(なんと事業計画書、営業成績表まで開示されている!)ノウハウの一部だから開示したくないはずだけど、そこを乗り越えてオープンソースにしたのは本というカルチャーに対する危機感からなのかなと思った。

 みんなが必要なもの、欲しいものを同じように並べていてもしょうがないという話は本屋に限らずネット通販の普及によって全ての小売りにとって共通課題となった。そこでお店を続けていくためにさまざまな仕掛けを用意することの必要性を説かれていた。ずっと同じスタイルで継続しているお店の尊さと合わせて。インスタなどのSNSにおいて雰囲気でインプレッションを稼ぐことよりもこういう実店舗における「リアル」の積み重ねこそが本当の意味でのカルチャーへの愛、貢献だよなと感じた。最後に京都にある誠光社の堀部氏との対談が載っていて、そこでは本屋の商売の厳しさ、意志だけではなんともならないことがよく分かった。一消費者として本を買うことを続けていきたいと改めて思った。

2023年11月29日水曜日

ギケイキ2

ギケイキ2/町田康

 1が異様にオモシロかったので2もすぐに読んだ。あいかわらずのリーダビリティの高さであっといういまに読了。鎌倉時代の話がこんなに楽しく感じられるのは加齢による効果もあると思うが間違いなく著者の筆致によるものだと二冊読んで痛感した。

 義経記の原作がどうなっているのか知らないのだけども、義経のエピソードで最も有名であろう一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦いといった数々の武勇伝は一つも詳細に語られていない。いずれも読みどころたくさん作れそうにも関わらず、本作では戦闘シーンよりも政治に拘泥する様がたくさん書かれている。(作品内で「戦闘シーンは結果的に自慢になってしまうから」とエクスキューズしていた)具体的には頼朝から敵対心を抱かれ戦争のきっかけを用意されて東の頼朝、西の義経という構図の戦争へと向かうにあたっての悲喜交々。まるで中間管理職のように頼朝と公家や天皇とのあいだで右往左往しつつ天下を取れないか模索している様をひたすら軽いノリで描いている。前作同様、現代に生きる義経の回顧録スタイルで語られている中で、徐々に後悔や「あのときはこう思っていた」という現在視点での感想が入ってきて、そこがアクセントになっていた。

 あいかわらずの関西弁と口語の文体で読み続けるうちに何かに似ているなと思ったら漫才コントだと気づいた。だからこそ読みやすいし文字にしたときにオモシロいボケがひたすら書かれてるので読んでいてずっと楽しい。これはもう町田康節としか言いようがなく圧倒的なエンターテイメントだと思う。3が出たばかりなので、このまま読めるのが楽しみ!

2023年11月28日火曜日

2023年11月第4週

49 by Keem Hyo-Eun & DON MALIK

 Ambition Musikからまさかの2人、Keem Hyo-EunとDON MALIKによるデュオアルバムがリリース。タイトルの49はアメリカのカルフォルニアにおけるゴールドラッシュの年であり、金塊を求めたものたちを49ersと呼んだ。彼らは「ヒップホップ」というゴールドを追い求める男たちだ。Keem Hyo-Eunは数年ぶりにオフィシャルなクレジットのある作品となるが、これが本当にThis is HIPHOP!!と言いたくなる最高の作品だった。
 DON MALIKが変幻自在のフロウでラップのスキルを見せつけているのに対してKeem Hyo-Eunの落ち着いたスタイルの相性が抜群。声色も結構違うのでデュオとしてキャラの区別がついていて良い。1曲目からDok2をfeatで召喚、他にも”grow”にp-typeとVerbal Jintも参加していたりOGへの敬意を込めつつアップデートしたかっこよさがある。1曲目にDok2を迎えたのはKeem Hyo-EunがAmbitionから最初にリリースしたEPに対するオマージュだろうし、p-typeとVerbal Jintの参加は彼らがSNPというクルーを組み、韓国語による多音節ライムを編み出したことを考慮すると揃い踏みする意味が増す。(詳しくは名著「ヒップホップコリア」を参照)Ambition musikがフルアルバムをYoutubeに英語訳詞付きでアップロードしてくれているおかげでリリックも知ることができた。Keem Hyo-Eunの不在は鬱によるものであることが示唆されていたり、同期のchangmoやHash Swanほど上手くいかなかったことを吐露したり。彼のストレートかつリリカルな言葉がとても響く。2人ともオーセンティックなスタイルを貫きつつ研鑽をやめずにスキルで魅せていく、これがヒップホップだよな〜と改めて。DON MALIKには「色々疑って本当にすまん!」と勝手ながらに去年の無礼を謝りたい。ヒップホップと加齢について歌っている”grow”が一番好きな曲

THE CORE TAPE, Vol.3 by Dok2 & Holly

 Miyachi, JP THE WAVYによる新曲のビートがHollyという彼らにしては変化球なスタイルなことに驚きつつ、見落としていたDok2との共作アルバムを聞いた。オーセンティックなものから変化球まで幅広いビートのスタイルに対してDok2がかっこよすぎるラップでビートをねじ伏せていき曲としてかっこよくなるという恒例の流れ。リリックの韓国語が増えてきているし、最近のfeatの参加も韓国シーンへの復活に向けて地ならしなのかなと邪推。好きな曲はここ数ヶ月で一番ブチ上がったビートに対してまさかのKillagramzをfeatに迎えてばチバチにかましまくりな”Gushers”

HDISMYPRODUCER 2, AliveFunkISMYPRODUCER by kitsyojii

 一体どうなっているのか、異常なリリースペースが続くkitsyojii。フルアルバム『#freekitsyojii』を持って引退するらしい…ラッパーあるあるの引退詐欺によるアテンション稼ぎなのか。アルバムは来週に書こうと思うけど、まずはこの2作。HDBL4CKはおかわりで登場。正直今この手垢のつきまくった「ブームバップ」的なものでアガる要素はほとんどなく…やっつけ感は否めない。他のスタイルができることを知っているからこそかもしれない。一方でAliveFunkとの共作は歌へのチャレンジがたくさんみられて良い。単純にAlive Funkのビートがかっこいいという話もある。シンセ使いのモダンファンクはいつだって最高。好きな曲は”Ping Pong”

bury. by punchnello

 AOMG所属ながらAOMG感がほぼないpunchnelloによるEP。『ordinary.』の最後の曲”Homesickness”という名曲の延長線上にあるようなchillなムードになっていた。前作がかなりインダストリアルで音数少なめのハードなサウンドだったのからの揺り戻しなのか。寒い中、このEPを聴きながらチャリを漕いでいると最高にフィットしたので完全に冬のEP。彼の好きなところはこういうゆるい曲でも歌うのは基本フックだけでしっかりバースはラップするところ。好きな曲はそんなラップが堪能できる”wind”

four by IO

 Def Jamに所属してから2枚目となるアルバムがリリース。KANDYTOWNが活動休止したこともあり各人のソロの活動に注目が集まる中、いかついアルバムをしっかり用意しているあたり流石としか言いようがない。正直『Player’s Ballad』はタイトル通りバラードが過ぎた。Singing Styleの中でも声が細く、それが魅力ではあるものの歌う一辺倒だとお腹いっぱいになった。今回はラップの量も適度に増やしつつ、得意のムード満点な曲もありつつでバランスが取れておりアルバムとしての完成度がとても高い。またWatsonとの曲に顕著だけど、上手いこと言うスタイルも積極的に取り入れることで風通しの良さもあり聞きやすくなっていた。(Watson、Jin Doggがいてドリルをやらない美学よ…)GQの密着動画で制作の風景が流れていたがGooDeeとのディスカッションで作ることが多いようでサウンドとラップの調和もかなりうまくいっている。
 そして韓国ヒップホップ好きとしてはGRAYのビートが入っていることは見逃せないポイント。既発シングルでGRAYのビートに初めて乗る日本人がIOというのは意外!と思いつつ、シングル単体で聞いたときの物足りなさはなくアルバムで化けた。ラッパーというよりもプロデューサー気質なのだなと改めて感じた。あとInterludeが入っているの日本のヒップホップのアルバムは最近ほとんどない中で彼がやると嫌味なく「アルバムで聞いてくれ」というメッセージになるのもかっこいい。好きな曲は英語に逃げず、フリーキーなフローで新自由主義的価値観をレップする”AMIRI DENIM”

Welcome 2 Collegrove by 2 CHAINZ & Lil Wayne

 2016年にリリースされた『Collegrove』の続編。Meek Mill、Rick Rossによるデュオアルバムに続いて、この2人がリリースしてくる流れに時代を感じる。やはり大御所なので安心して聞けるし逆にいうとUSの新譜とかはもう追い切れていないことを逆説的に感じた。今のトレンドとは関係なく、まさに2010年代ど真ん中をやり抜くスタイル。音楽の消費速度が上がっているからリバイバルするのも速くなっているのか、めちゃくちゃ新鮮に聞こえる。featはUSHER, Fabolous, Rick Rossなどの往年のメンバーもいつつ、21 savage, Benny the Buther, Voryなど今のラッパーも入っていてバランスの良い配置。Bangladesh、Mannie Fresh、Hitmaka、Mike Deanなどプロデューサー側も万全なメンツの中で意外だったのはHavocが2曲も参加していること。これでアルバムが締まっている印象を持った。好きな曲はリフが懐かしさを感じざるを得ない”Millions From Now”

2023年11月23日木曜日

Forget it Not

Forget it Not/阿部大樹

 レイシズムという本を翻訳した人が同年代でエッセイをリリースしていると知って読んだ。現役の精神科医であり翻訳業にも積極的にコミットしている人ならではの話が多く興味深かった。頭脳明晰っぷりが文章からにじみ出ていて久しぶりに天才と遭遇した感覚を持った。

 過去に寄稿された原稿のまとめ集なんだけども特殊なのは現在の視点で改めて自分の文章を見つめ直す「あとがき」がすべてのエッセイについている点。自分が過去に書いたものを冷静に分析している視点がかっこいい。それだけ文章を書くことについて真摯に向き合っているのだなと思う。(自分が駄文をここに書き殴っていることを反省…)他の医療行為と異なり患者との対話が重要なキーとなる精神科医だからこそ、交わされる言葉、書かれる言葉に対して感度が人一倍高いのかもしれない。

 精神科医の世界は普段生活している中ではなかなか接することもないので、こういう本で当事者の声を知ることができる点が良い。論文から小説論まで内容の幅は広いものの、落ち着いた文体で読みやすい。登戸の通り魔事件の際、子どもたちの精神的な治療にあたられたようで当時の覚書はな想像もしない角度の話の連続で驚いた。

 平易な言葉なのにめちゃくちゃ芯をくっている、読んだことのないニュアンス満載のラインが多く刺さった。著者が翻訳した『個性という幻想』がオモシロそうなので次はそれを読もうと思う。

らしさというのはいつも偶像ないしシンボリックなものに過ぎないので、それを言う側に首尾一貫した態度はない。いきおい相手は風見鶏になる。

明後日に何か前向きな変化を望んだ文章を読むとき、そこに二つ折りにされた感情を見つけると、私はどこか心強い印象を受けとる。

抑圧のもとに置かれると私たちは曖昧な態度をとることが不可能になる。これは暴力が日常であるような家庭に育った青年の反抗期が破壊的になることと似ているかもしれない。少しでも妥協することは、私はまだ幼く充分な能力がありません、これからもどうか圧制を続けてくださいと嘆願しているに等しい。残酷な環境においてニュアンスある態度は避けるしかない。

小説はこの点で、つまり書かれなかったことに消極的でなく意味を与える点で、それ以外の言語活動と異なっています。それが創作に内在的というよりテキストに対して読者が事前にする了解の仕方が違うということであるにしても。書き手と切り離された、ある種の不自然な用法をとることで、交わされる日常の言語にはない性質が与えられます。

2023年11月21日火曜日

M/D


 SNS(主にTwitter)をスマホから消しスマホで得ていた活字欲をKindleに全振りするために読み始めてついに読了。長い時間かかったけど、それだけの価値がある最高の読書体験だった。マイルス・デイビスは音楽が好きなら誰でも知っているだろうジャズの巨匠。彼に対して何となくのイメージ(たとえばスーツを着たサックスプレイヤー)で終わらせている人が大半だと思うし自分もそうだった。しかし、こんなに興味深い音楽家だったとは!と目から鱗な展開の連続で彼に対する解像度がめちゃくちゃ上がった。そしてストリーミング時代の今はほとんどの音源が聞ける幸せよ…少しずつ堪能していきたい。

 彼に関する自伝、評伝は色々出ている中で本著はそれらを下敷きにしつつ独自の見立てを当てていくスタイルなのがとてもオモシロい。実際に東大で行われた講義に対して著者の2人が情報をさらに追加して書籍化しているので文体が講義形式になっており授業を受けているようで理解しやすかった。各アルバムに関する解説がかなり深くて今まで何となく聞いていた作品群が頭の中で改めてマッピングされたのが良かった。また当時の評判や現在の視点で振り返って見えることなど多角的な視点で作品を捉えることで何倍も楽しめるようになっている。ジャズは悪い意味でBGMとして安易に消費されがちな日本において、どうやってジャズを楽しむことができるのかという意味でも示唆的な内容がたくさん載っていると思う。

 マイルスの音楽は年代によって全くテイストが異なるためにキャリア全体をつかむのがなかなか難しい。ミスティフィカシオン(神秘化)という言葉をテーゼに掲げて、マイルスの掴みどころのなさを解きほぐしていく。陰陽の両面を一つの作品に落とし込むこと、ひいてはマイルスの人格自体も両義性に溢れているのではないか、という大胆な見立てで彼の実像に迫っていく過程がスリリングだった。時代を追いながらどういう変遷があったのかをかなり具体的に解説してくれる。一口にジャズといっても色んなスタイルがあり、50-60年代のマスターピースの数々の中でもオーケストラ作品や定番のクインテット系など、それぞれのカラーやどこがユニークなのか?楽譜なしで著者2人の圧倒的な語彙力により文字で説明されている。またマイルスの音楽の変遷を追うことが結果的に音楽の歴史を追うことになり、アコースティック、エレクトリック、磁化といったテクノロジーの変遷と彼の音楽が変化していく過程がめちゃくちゃオモシロかった。(磁化=テープで録音=編集できる、という視点は編集が当たり前の今となっては新鮮すぎる視点)

 マイルスバンドに在籍したことのある唯一の日本人であるケイ赤城のこの言葉は刺さった。音楽家たるものかくあるべし的な。常に新しい要素を取りこんで自分のものとして解釈、アウトプットすることでしか前進できない彼の音楽スタイルの原点とも言える話。マイルスも新しい音楽も聞いていこ〜

マイルスは朝起きて夜寝るまで音楽を聴いているんです。そして、つねに新しいものを聴こうとしているんです。そしてなにかインスパイアされるものがあったら、それがそのままトランペットの音に出てくる。そこで初めて、僕たちはマイルスが今日とんでもない音楽を一日ずっと聴いていたんだなということがわかるんです。


2023年11月 第3週

wondergoo by Crush

 アルバムとしては4年ぶりとなるCrushの新作。昨年出たBTSのj-hopeとのシングルが本当に大好きだった。ファンクど真ん中を2022年にBTSのメンバーとぶちかます、その姿勢に音楽への愛をビシバシ感じ取っていた。肝心のアルバムは聞き進めるうちに胸が苦しくなるくらいに好きな要素しかなくて死ぬかと思った…30過ぎのおじさんにこんな若い恋心のような感情を抱かせる、偉大すぎる大傑作やでほんまに。。。1人でR&Bの歴史を総ざらいする構成になっていて、Justin Timberlake, Bruno Mars, The Weeknd, Michael Jackson, まさかのChet Bakerなど正直すぎるほどにリファレンスが明らかな曲の数々。「ただのモノマネやん」と言う人がいるかもしれないが、ここまでのクオリティになるとそんなことは言えない。K-R&B(ひいてはK-Pop)バイブの曲も合間に挟むことですべてが地続きにあることを主張しているように感じた。これはもうキングの振る舞いと言っても過言ではない。Featも適材適所でDynamic Duoとの相性はバッチリだし、PENOMECOはバチバチにかましてるし、一番ビビったのはKim XimyaをInterlude的に使っているところ。「誰がやべーか分かってんだろ?」と言われてる気がした。  グローバルなマーケットを視野に入れているからこその構成とも言えるけど、このエディット感覚は音楽が本当に好きなんだろうなと愛を感じるのであった。そしてこういったアーティストが生まれる韓国の音楽的な豊かさが本当にうらやましい。J-Pop, J-Rockな曲が悪いとは思わないし、それが一つのカラーになっているのも理解できるが、隣国でこのクオリティの作品が出ているのに開き直って「ガラパゴスでいい」なんて口が裂けても言いたくない。そんなネガは本作とは無縁です、すみません。好きな曲はMJオマージュな”A Man Like Me”

Thanks For Nothing by Paul Blanco

 まさかのCRUSHと同日リリースとなったPaul Blancoの3枚目のアルバム。2021年から毎年リリースが続いている。去年はこちらもBTSのRMのアルバムに参加というトピックがあり知名度は飛躍的に増したと思われる。Singing Styleのラップというよりも、もはやR&Bそのもの。しかも歌い上げるコッテリ系なので、最近のトレンドとは乖離あるけどビート選びはドリル、ドラムンなど最近の要素を入れているので好きだった。ラスト2曲がラップ中心になっていて個人的にはそこがハイライトだった。好きな曲は”Song for you”

WOOOF! by THAMA

 今週はK-R&B week!って感じでひれ伏すしかない1週間。最後はTHAMA。個人的な好みでいえば、彼の作品が一番しっくりきたかも。ずばりネオソウル系でK-R&Bの一番のストロングポイントをこれでもかと発揮している作品となっている。声と生バンドによるビートのマリアージュが本当に素晴らしい。あと結局ベースとドラムによるグルーヴがどれだけ生まれていて、さらに上音のメロウな気持ちよさが自分の好きなポイントなのだな〜と今週の毛色が異なるK-R&B作品を聞いて感じた。好きな曲は”Bump It Up”

Seoulless by RAUDI

 RAUDIというプロデューサーによるアルバム。韓国のヒップホップシーンはビートメイカーによるアルバムがたくさんリリースされていて、それはインストアルバムというよりも色んなラッパーが参加したコンピものが多い。そこで起きるケミストリーがたくさんあって楽しい。彼の過去のディスコグラフィーを見ると個人的に好きな作品に多く参加していて、実際この作品もかっこいいビートばっかりで好みだった。ラッパーのチョイスが結構渋くて特定のレーベルに寄ったりすることなく実力派が多い。アップカミングな人からベテランまで各自にあった色んなスタイルのビートを提供しているのも特徴的で今の時代のビートメイカーは何でも作れることの証左のよう。(4曲目と5曲目のギャップが特に最高)プロデューサータグの”pull up pull up”って声、絶対聞いたことあるシンガーなんだけど一体誰のフレーズだったか…老化。好きな曲は「Keem Hyo-Eunおかえり!」の気持ちも含めて”Dance with me” なおDON MALIKとKeem Hyo-Eunの2人によるアルバムの1曲目もRAUDIがビートを担当。そのコラボアルバムについてはまた来週…今言えることはすべてが最高!!!

Happiness Is Only A Few Miles Away by Joel Culpepper

 Tom Misch主催のレーベルからリリースされたJoel CulpepperのEP。Tom Mischが全曲プロデュースしていて、めちゃくちゃ好きだった。往年のソウルシンガーを彷彿とさせる粘り気のあるJoelの声質、最高のファルセットとビートの相性が素晴らしい。早くアルバムサイズで聴きたい。1曲だけFeatでTom Mischがクレジットされていて歌ってないのになんでかなーと思ったら、ギターの音色、コード感含め、飛び抜けてTom Misch味が強くて笑った。それが一番好きな曲だった”Free”

Sneek by Terrace Martin & Gallant

 今年はいつになくリリースが続くTerrace Martin。今回はR&BシンガーのGallantとの共作アルバムをリリース。Gallantは”Weight In Gold”で出てきたとき、かなりインパクトが大きくてこのままシーンのトップ戦線へと登っていくのかと思いきや他人の曲への参加がほとんどないので実力と知名度が釣り合ってない気がする。ファルセットの力強さが本当にかっこよいシンガーで今回はTerrace Martinのサウンドに合わせた抑え気味のテイストがクールで良かった。彼の声質自体が濃いので、打ち込みの音だと若干too muchになるけど生音だとバランスがちょうど良くなってるように感じた。好きな曲は”Tandem”

2023年11月20日月曜日

音もなく少女は

音もなく少女は/ボストン・テラン

 C.O.S.Aの”Girl Queen”という曲のインスパイア元であることを知り、以前から気になっていた作品でついに読んだ。NYのハードな時代と環境を描いた素晴らしいクライムノベルでオモシロかった。

 タイトルのとおり聾唖の女の子が主人公で名前はイヴ。生まれつき耳の聞こえない彼女の人生の周辺で次々と事件が起こっていき、それらをストラグルして乗り越えていく話となっている。父親がとにかく最悪でこんなに胸糞悪くさせてくる登場人物もそういない。しかし憎まれっ子世にはばかるとはよく言ったもので理不尽な暴力で母親、イヴを含めた周囲を抑圧していく前半は読んでいて辛い部分が多かった。耳が聞こえないハンデを背負いながらも運命的な出会いをした養母のような存在のフランから写真を覚えて少しずつ希望の光が差し始める。何か夢中になれるものがあることの尊さ、というと陳腐に聞こえるが劣悪な環境においてはとても大事で必要なものだと感じさせられた。また写真に加えてイヴに活力を与える恋愛の描写も非常に瑞々しい。しかしそれゆえに喜びに満ちた時間が過ぎ去っていく切なさもハンパなく…当時のNYにおけるストリートの理不尽さがひしひしと伝わってきた。

 男は基本クズであり女性が人生の主導権を取っていく点が本著の読みどころだと思う。こういったクライムノベルにおいて女性かつ聾唖という当時の社会情勢におけるダブルマイノリティを主人公に据える著者の心意気にリスペクト。またフランはナチによって子宮を摘出されてしまっている過去を持ち物理的に母親になれない。そんな彼女が母性を長い時間をかけて獲得していくストーリーもかなりグッときた。特に終盤そんな形で母性を昇華させるの?!というハードコアな場面が印象的。イヴもフランも「普通」の外側にいるかもしれないが、それは他人が決めた枠であり、そんなものを気にせず自分の道を切り拓いていく姿勢がかっこいい。女性だからといって受身になる必要はなく欲しいものや環境を自分で手に入れようとする姿はヒップホップそのものだと感じた。とにかく読ませる展開の連続でページターナーっぷりが圧倒的なのだが、その中でもハッとするエモーショナルなラインがいくつもあり一部引用。

より大きな真実がおのずとあふれるときには、人は誰もそれを味わえる。一度にすべてを受け容れるには横溢的すぎても、心の準備ができるときまで、心にぴたりと収まるときまで、ずっとその人のそばにとどまってくれる真実というものがある。

達成感を得るための黒魔術。わたしの父はそれをそう呼んでいた。心をむなしさに食い尽くされてしまった人たちは、敵を抹殺することに飢えて、個人的な敵を見つけるのよ。必要に駆られてそういう敵をつくりだすのよ。そうすることで自らのむなしさを埋めようとするのよ。でも、このことで何よりも恐ろしいところは、むなしさを埋めれば埋めるほど飢えが強まることね。

誰かを亡くすことが楽な仕事になることは決してない。記憶の中に沈むたびにあなたは新しい傷を見つけることになる。それは説明することはできなくても、見ることはできなくても、はっきりと感知できる傷よ。人間の苦悩とともにある傷よ

わたしはあなたの年頃にはよく本を読んだ。あなたの宗教が自分たちの親切なバイブルをでっち上げるために、どれほど多くの福音を捨てたか、本を捨てたか、大砲を捨てたか、読んでわかった。わたしは自分の子宮があったがらんどうを見つめるかわりに読書をしたのよ。

 他にも作品があって特にデビュー作の『神は銃弾』はプロットからしてオモシロそうなので次に読んでみたい。

2023年11月15日水曜日

ギケイキ

ギケイキ/町田康

 3巻リリースの知らせをネットで見て何となく1巻を読んだら、信じられないくらいオモシロかった。元来理系で日本史に対して、どうしても苦手意識があり歴史小説にはなかなか手が出なかったけど、それをすべてひっくり返されるくらいの強度があった。

 原作は『義経記』と呼ばれる全8巻から構成される室町時代に書かれた作品らしい。それを解釈して町田康節でスクラップ&ビルドしているのだけど、そのスタイルが極めて異質。義経自身が語っている人称かつ、彼が現在でも生きているという設定からしてぶっ飛んでいる。この設定ゆえに当時の場所を「現在の場所で言えば」という言い換えが可能となり読者の理解が進むようになっていた。最大の特徴は文体、ひたすら口語の文体が続く。口語と言ってもその砕けっぷりは想像の100倍であり若者の軽いノリとでもいえばいいのか。友達から話を聞いているのかと思うレベルなのがとにかく最高。設定、文体がすべて現在視点であるがゆえに歴史小説にありがちな堅苦しさが1mmも存在しないので読む手が全く止まらなかった。あと関西弁もキツめで著者の他の作品でも見られるバイブスを古典に落とし込むとこれだけ跳ねるのか?!というくらいにハマっていた。

 当時と現代の風俗や考え方におけるギャップの表現がオモシロく、特に何か気に入らないことがあったときにすぐに「殺そか?」「殺しといて」と言う場面や、実際の殺害描写など大変物騒なシーンが連発するのだけども「鎌倉時代の争いってそういうことよな」という謎の腑の落ち方をした。大人になって分かる、学校では学ばない歴史のダークサイドがふんだんに詰まっていると言える。(それをユーモラスに思えるのも口語調の文体のおかげ)あと解説でも触れられているとおり、Twitterを「呟き作戦」として当時のカルチャーに落とし込み、街中に貼り紙をすることで噂が広がっていく様を描いているのが痛快だった。つぶやきは真実ではなく噂であり我々は噂を愛する生き物なのだと気付かされた。以下引用。

なぜ人々はそんなに簡単に噂を信じたのか。それは信じないより信じたほうがおもしろかったからである。信じた方がおもしろく、また、話の種にもなり、話すことによって興奮するので、人々はこれを容易に信じた。

 弁慶と牛若丸(=義経)の邂逅の有名なエピソードがハイライトかと思うけど、それよりも弁慶の細かな来歴がめちゃくちゃオモシロかった。もうほぼアメコミよ。ハルク。あと二作品あるのでマジで超楽しみ。

2023年11月14日火曜日

2023年11月 第2週

THE SOLOEST by SINCE

 韓国のフィメールラッパーSINCEの2ndアルバムがリリース。SMTM10で決勝まで残って惜しくも優勝を逃したが一番プロップスを獲得したラッパーだと思う。とにかくラップがめちゃくちゃうまいしかっこいい。「フィメール」 と書いたが彼女の場合、その説明は不要だと思っている。女性であることをレップするよりも純粋にラップが彼女の一番のアイデンティティになっているから。どこかのレーベルに所属するかと思いきやインデペンデントとして活動しているのもかっこいい。CODE KUNSTの曲がオープニングを飾り、次に盟友Lean$mokeのビートでブチ上がる流れからして最高。Featも適材適所な人選で久しぶりに聞いたHash Swanのトーンがめっちゃかっこよかった。前半はハードモード、後半はメロディアスな展開になっているがSinging Styleに流れずあくまでラップにフォーカスしているところが彼女を信頼している点でもある。好きな曲は”EST” SINCEはビデオの字幕に毎回日本語を用意してくれており、これはYoutubeの統計上、日本から見ている人が多いからなのでは?と思っているので、早々に来日してくれ!!

SICHIMI by SUMIN

 SUMINによるEPがリリース。最近はプロデュースでよく名前を見る中、久しぶりの自身名義での作品。これまた間違いない最高の出来だった。ミニマルな音の構成なんだけど、クールなファンクネスが内包されている。SUMINの好きなところはドラムの音色で、ここにもミニマルさを感じる。ここ数年のLouis Cole、Sam Gendel的なものとK-R&Bの融合の結果とでも言えばいいか。好きな曲は”KIKI”

Skyblue Dreams by HD BL4ACK

 HD BL4CKの新しいアルバムはQのDaytonaからリリース。ビートメイカーの中でも相当多作の部類で今年だけでアルバム4枚も出てる。もともとLBNCというChaboomやLeebidoもいるレーベル所属だったけど今回で移籍ということなのか、ワンショットでのリリースなのか。今回の作品は両方のレーベルのコネクションを活かしたラッパーが参加している。LBNCのラッパーがオーセンティックなスタイルが多いこともあり、それに合わせたビートのスタイルだったけど、Daytonaの若手向けにはちゃんと今っぽいビートを提供していて引き出しの広さを感じた。締めのQの曲がとても好きなんだけど、シーンの現在の実力者だと個人的に感じる3人が集合した”Love”が好き。

LEAN$MOKEISMYPRODUCER by kitsyojii

 kitsyojiiが少し前から始めた特定のプロデューサーと一緒にEPを作るシリーズ。今回はLEAN$MOKE!個人的には2023年最も活躍しているプロデューサーだと思うし、実際に提供されているビートのクオリティが高くて今回も最高にかっこよかった。kitsyojiiは基本オートチューンかけたラップでビートとの相性良し。好きな曲は上音の治安が悪くてMeek Millの声が聞こえそうな”gym”

CHED&L by Way Ched & TRADE L

 Way ChedとTRADE LによるEP。Way Chedの前作『It's Your Way』に収録されたTRADE L、OSUNによる”Rewind”が大好きだったので必然に感じるコラボレーションだった。結果としてケミストリーが炸裂していて全曲最高、捨て曲なし!TRADE Lのメロディセンスが本当に素晴らしくて、それを支えるWay Chedのビートという感じ。韓国ヒップホップのSinging styleの最高峰を味わいたければTRADE Lを聞けばいいと言ってもいいくらい完成されつつあると思う。好きな曲は2023年客演王のStreet Babyを迎えた”NO BRAINER” Singing styleでなくてもラップかっけ〜

Knower Forever by KNOWER

 Louis Cole とGenevieve Artadiによるユニット、Knowerの新作アルバム。Flip side planetの新譜紹介回で知った。(毎回チェック漏れをカバーしてもらっていて大変ありがたい…)プリンスなきあと、シンセ使ったミニマルファンクな路線を受け継いでいる筆頭はLouis Coleだと思っているのだけど今回もそれを体現した内容でかっこいい。Knowerの場合は女性ボーカルなのでポップさが増して個人的にはLouis Cole単品よりも好き。Bandcamp でクレジットを見るとまさかの打ち込みなし!ストリングスとかコーラスまで信じられないくらいコストをかけていてDTM全盛の今こんな作品は見ない。その割にミックスとマスタリングはLouis Coleが手がけていて、生楽器ゆえのダイナミズムをそこまで感じさせない謎の仕上がり。好きな曲は”Real Nice Moment”

New Growth by Jesse Boykins III

 これもFlip side planetの新譜紹介回で知った。もともとThe Internetの客演で存在を知り『Love Apparatus』というアルバムは以前に聞いていた。久しぶりに聞いたら、めちゃくちゃいい…恋愛にまつわるリリックが多い中で、ファルセットによるメロディの美しさと重心のしっかりしたビートの数々がアフロビートからバラードまで幅広く配置されておりアルバムとしての完成度が高かった。好きな曲は”Convo”

The Night Shift by Larry June & Cardo

 来日を控えるLarry Juneの新しいアルバム。(デイイベントで見たかった…)USのラッパーの中では相当なハードワーカーなのは間違いないし、ここ数作でさらにかっこよくなっていて名実ともにトップラッパーだと思う。今回はCardoというプロデューサーとの共作になっていてタイトルどおり強烈に都会の夜を感じるビートにレイドバックしたフローでラップしていくのが最高。まさにウェッサイ〜前作とのアルケミとのタッグは最初うーんと思いつつも後からめっちゃハマったのに対して、今回は初速から最高なので、やっぱこういうドラムがガッツリ主役なビートが好きだと再認識した。FeatもユニークでDej Loaf、Jordan Ward、ScHoolboy Qあたりを呼んでいる点にグッときた。彼の好きなものが伝わってくるし、featに必然性を感じるケミストリーがどの曲でも起こっていた。

Heaven knows by PinkPantherless

 気づいたらスターダムの道を歩んでいたPinkPantheressのアルバム。UKのトレンドとなっているダンスミュージックをポップに解釈して彼女のシルキーなボーカルトーンが乗っかることでマジックが起こりまくりで良かった。Erika de Casier の系譜がここまでオーバーグラウンドな音楽になるとは想像もつかなかった。韓国ヒップホップ好きとしてのチェックポイントはslomがプロデュースしたZion.Tの”Sleep walker”という曲のメロディがCentral Ceeを迎えた”Nice to meet you”で引用されていた点だろう。どこにでもありそうなメロディなようにも思えるけど、大手レーベルのsamplingやIntercorpolationのジャッジ基準はとても厳しいのかなと思えた。”Feel complete”のブレイクビーツっぷりも最高なんだけど、好きな曲はKelelaとの”Bury me”

Too Good To Be True by Rich Ross & Meek Mill

 2010年代リバイバルな空気を少しずつ感じる中で真打ちが登場!アツい!アツすぎる!と言いたくなる仕上がりで世代的にはブチ上がった。ラッパー稼業はソロアーティストが大勢となって久しいが、トップどころのラッパーがガッツリタッグ組んで作れば、これだけ最高なアルバムになるのかと底力を感じた。この2人のバイブスの高いラップの掛け合いはたまらないものがある。ゲストも2010年代的な配慮があり、Fabolous, Wale, Jeremih ,The Dreamあたりはどうしたってアガらざるを得ない。好みとしてはやはり後半にかけて、Snoop Dogの”Tha Shiznit”使いの”Above The Law”でムードがガラッと変わってくるところが好き。懐古主義といえば、それまでだが2023年にリリースされたことに嬉しく思う。好きな曲は”Fine Lines”

2023年11月11日土曜日

戒厳令下の新宿:菊地成孔のコロナ日記 2020.6-2023.1

戒厳令下の新宿:菊地成孔のコロナ日記 2020.6-2023.1/菊地成孔

 ディスクユニオンで見かけて、今読んでおきたいなと思って即購入した。有料で日記連載をWebで読めるのは知っていたが、さすがに月額課金はしんどいと思っていたので、こういうまとめ本を発行してもらえるのは嬉しい。そして久しぶりに彼の文を読むと文体と見立ての唯一無二っぷりに安堵に近い気持ちを抱くのであった…

 タイトルはものものしいが、コロナの病気に関する描写は実際に著者が罹患した2022年の話に限定されていて、基本的にはコロナ禍という現象が社会にもたらした影響に関する考察となっている。今やSNSで何かを発信していないと死んだ人扱いされそうな時代だけども、それに抗い、悪態をつきつつ自分の仕事を全うしている日常が描かれておりオモシロかった。(SNS絡みでいえば町山氏とのビーフはスカッシュしたらしく、それには驚いた。)また今回は思い出話が結構含まれていたのが印象的。特にジャズメンたちとの交友録はその破天荒っぷりが昭和を感じるムードでよかった。

 コロナに限らず歯や足を痛めたりして満身創痍で音楽ビジネスをサバイブする様子はトーフビーツの難聴日記と近いものがありコロナ禍における音楽家たちの苦労を窺い知れるし、それに対する喜怒哀楽がふんだんに詰まっていた。脱・粋な夜電波的な話もあったけど、新譜、旧譜問わず彼の選曲の最高さは否定のしようがない最高のコンテンツなので誰か番組頼むよ本当に。

 基本ニヒリスティックな考え方、斜めからものを見ている人で、その見立てのオモシロさはありつつ、本作ではコロナ罹患時のレポートを含めて人間味を感じる場面が多かった。それはエッセイというかしこまった形式ではなく、ウェブ上でファンの方々と近況を共有する日記という形式だったからこそなのかもしれない。一番最高だったラインというかパラグラフを引用して終わりにします。

自分であれ他人であれ、首を絞めれば、当然苦しくなる。自分で自分の首を絞めて、苦しい苦しいと言って嘆いたり、他者を攻撃するおびただしい数の人々を、あなたは笑うだろうか?哀れむだろうか?怒るだろうか?救助しようとするだろうか?絶滅するが良いと呪詛するだろうか?勝手にやってろと突き放すだろうか?傍観者効果を使って見なかった事にするだろうか?頭で考えれば考えるほど正解はない。ささやかな楽しみを見つけて実行する事に、思考は必要ない。それほど現代の「思考」は自己拘束の道具に成り下がっている。まずはきっと、何も考えずに行動することの抵抗値を減らすために、路上に出るしかない。路上はあなたに、緊張と恐怖を与えるかも知れない。そして実はそこにしか、思考転倒への脱出路はないのである。

2023年11月8日水曜日

酵母パン 宗像堂

酵母パン 宗像堂/村岡 俊也、伊藤徹也


 中園孔二の評伝がめちゃくちゃオモシロかったので著者の過去作を探すと、沖縄のパン屋である宗像堂の本があり即入手して読んだ。パートナーがパンと沖縄が好きなこともあり、沖縄行くたび毎回訪問しているパン屋。何回も食べている味にまつわる哲学を知ることができて勉強になった。

 どこかのパン屋で修行して独立というケースをよく耳にするが、宗像堂は初めから独学でパンを作り始めているらしく、それゆえのオリジナリティがたくさんあることが本著を読むと分かる。自分の手の届く範囲から徐々に拡大していくDIYスタイルでパン屋を始められるのか!と驚いた。石窯の話が象徴的で図書館で本を借りて自作するなんて、並の本屋ではありえない。(本緒が執筆された時点で五代目らしい。)。店主の宗像氏は大学院まで進んで研究していたらしくパンについてもガチガチにデータ管理しているのかな?と思いきや感覚が大事という話をされていて意外だった。酵母から生まれるパンは生き物であり、手製の石窯で焼き上げるエネルギーの塊なんだという視点は独特で興味深かった。

 宗像氏との対談が後半に収録されており、在沖縄の方以外が甲本ヒロトとミナペルホネンの皆川明というこれまた独特な人選で話もめちゃくちゃオモシロかった。特に甲本ヒロトはまさに彼らしいロックンロールとの距離感の話を展開していてグッときた。また読み物というより写真集の側面も強く、その写真がかなりかっこいい。なかでもクローズアップショットがどれも迫力満点だった。東京でもパン自体は入手できるのだが、次回の沖縄探訪時に是非お店へ行ってパンを味わい尽くしたい。

2023年11月7日火曜日

2023年11月 第1週

DONG JING REN by Jinmenusagi

 今年のベストアルバムきたか?くらい今週ずっと聞いていたJinmenusagiの新しいアルバム。コンセプト、ビート、ラップどれを取っても一級品で彼の長いキャリアの中でも一番好きなアルバムとなった。日本のヒップホップでドリルが取り入れられるようになってしばらく経つが、ドリルの肝になるのはベース、キックであり、そこだけは外さなければ形式として成立するゆえのアプローチのオモシロさ。とにかく新鮮だし、セルフプロデュースでこれ作っているのもすごい。シーン的にはとにかくジャージーというフェーズにあるが、楔を打つかのようにドリルのアルバムが出たことも嬉しい。現状のシーンに対するカウンターもリリック内に含まれており等身大を訴えているのが印象的だった。また逆輸入のコンセプト、つまり海外から見た日本という視点で日本の考えているのは伝わってきたし、昨年のSKOLORとの共作アルバムからさらに進んだ独特のアジア感がかっこいい。Denzel Curryのように日本を愛してくれて、その要素を取りこんで発信してくれるのも当然嬉しいけど、こうやって自国のカルチャーのオモシロい部分をレップするのは大切なことだと思う。(ナショナリストではないけど)
 あと本当に今更だけどラップが超うまい…今どき珍しい固有名詞連発なのが最高。ゲーム関連を筆頭に自分の語彙の完全に範囲外なので、その名詞を調べてもう一回歌詞みて意味を理解してニヤニヤ。みたいなことが何回もあった。複雑なフローはあえてせず、ビートに合わせたラップの軽やかさとうまさが本当に際立っている。今回のアルバムのビートはラップがうまくないと音が派手ではない分、物足りないものになる。ゆえに客演はシーンきってのスキルメーター振り切れている若手の面々というのは納得だった。POP YOURSを含めて若手の活躍は今回のアルバムを作る動機にもなっているそうで、彼は全く飲まれてないので目的を達成されていると思う。完全に桜庭〜好きな曲を選ぶのめっちゃむずいけど、やっぱり”Opp Otaku”

Mother by BUPPON

 BUPPONがKojoe のJ.Studioからアルバムをリリース。なんてウェルメイドで素晴らしいアルバムなんだと感心させられた。先行シングルのBOSSを迎えた曲はカントリーサイドからの狼煙のような曲で2人のパッションがビシバシ感じる曲だったが、アルバムはもっと落ち着いたトーンの仕上がりになっている。彼のリリシズムがこれでもかと炸裂しているのはこれまでどおり。過去作は1枚通して聞くとtoo much感が否めなかったけど、今回はちゃんと抜けのある作りになっていて1枚通して楽しめた。特にKojoeとの”HONDAI”で仕切り直す点が好き。いきなり具体性のある描写へ行く前の抽象的な表現に意味があると思う。タイトル曲の”Mother”以降は亡くなったであろう母との思い出に関する曲で構成されていて、彼のリリシズムが炸裂しまくり。今回初めて知ったyamabequoのビートはいい意味で癖がなくリリックが映えながら感情が昂った。BUPPONの歌もいい。ガキくさいFLEXがしょうもなく思えてくる日本のヒップホップのアルバム。好きな曲はやっぱ”Mother”

SCRAP by SHO-SENSEI!!

 SEEDAが参加した『THE BLUES』というアルバムは結構聞いていたSHO-SENSEI!!の新しいアルバム。Singing Styleのエモラップというスタイルだと国内でもトップクラスだと思う。十代の頃に出会っていたら、間違いなく好きになっていたと思う。ヒップホップ側からRADWIMPS的なアプローチしているのが興味深い。有名なラッパーを青田買いして意義のないfeatを繰り返している本家には彼のような存在を知ってほしい。彼のパートナーと言っても過言ではない10PMのビートがとにかくフレッシュでかっこいい。Airpodsだとダイナミズムを感じにくかったけど、スピーカーでしっかり聞くとドラムがデカい音で最高。特に”ミシン”という曲はめちゃくちゃいかつい。エレキギター、ストリングス、ボーカルのカットアップなどがてんこ盛りなんだけど調和していて超かっこいい。この曲だけドラムは生で叩いているのは、ライブサポートもしているAge factoryのドラマーの人。この路線は日本産のヒップホップと言えると思うのでどんどん拡張していってほしい。好きな曲は当然”ミシン”

No.00 by Olive Oil

 Febbのバースが入っていると知り聞いたOlive Oilのニューアルバム。ボーカルをフィーチャーした曲は3曲だけで残りはインスト。最近だとオジロのアルバムにビート提供していたことも記憶に新しく聞けばOlive Oilと分かるビートの数々で楽しめた。やっぱドラムの音はデカいに越したことはないし、その辺のローファイビートメイカーと一緒にすんなよという気概を感じる。1曲で6分、7分のインストが入っているのもオモシロい。REMIXや上音の弾き直しなど既存の曲の再構築しているのも特徴的で紅桜の”悲しみの後”のREMIXである”Favorite Song”は彼の出所を祝う叙情性があって素晴らしかった。Aaron Choulaiが5lackの”早朝の戦士”のメロディを弾いている”TO BE CONTINUE SHAKE FINGA”が好きな曲。タイトル的には次がありそうなので今後も楽しみ。

POP OFF by pH-1

 pH-1がmixtapeをリリース。昨年のアルバムも素晴らしかったけど、今回のEPもかっこよかった。本作はバックDJを務めるSprayがすべてのビートを担当している点が聞きどころでバリエーション豊富な引き出しをこれでもかと披露している。Featは韓国に閉じずにグローバル化しているのも特徴的。CHIKAというのが個人的にはかなり意外な人選でビックリした。韓国のラッパーはoygliが参加。来年あたりにアルバム出て、それがマスターピースになるのでは?と予想しているほど今アップカミングなラッパー。彼との曲はDilla系のビートで好きだった。声の色気とフローが最高なんすよね。前作のアルバムも相当完成度高かったけど次のアルバムも楽しみになった。好きな曲は”COSIGN”

Occam’s Razor by Deepflow & JJK

 DeepflowとJJKによる共作EP。DeepflowはVMC解散後、30への加入、『Dry Season』というアルバムのリリースなど精力的に活動している。恥ずかしながらJJKを今回初めて知ったのだけど、とてもかっこよかった。タイトルはオッカムという学者が提唱した「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針のこと。必要最低限でかっこいいだろ的なニュアンスだと言える。ファンキーなビートが多くて最近のアルケミ的なアプローチのビートが多く、そこで2人がスピットし倒してる感じ。好きな曲はオルガンとベースがいかついタイトル曲”Occam’s Razor”

An Ever Changing View by Matthew Halsall

 Apple musicのレコメンド精度も前よりはマシになってきていて、Kammal Williams繋がりでレコメンドされたUKジャズ。本人はもともとトランペッターでそこからコンポーザーとして楽曲を制作するようになったっぽい。Alice Coltrane,Pharoah Sandersの影響を受けてスピリチュアル志向があるらしいのだけど、この作品ではそこまで感じなかった。トランペットをベースにしたジャズに対してエレクトロニカ、ソウルなど色んな要素がごった煮になっているのだけども、本当に各楽器のアンサンブルが美しくて聞き心地がよい。毎朝のBGMとして最高だった。好きな曲は”Natural Movement”

言語の七番目の機能

言語の七番目の機能/ローラン・ビネ

 『HHhH』がめちゃくちゃおもしろかったこともあり、同作者の続編はずっと気になっていた。明らかに難しそうなタイトルを見て距離を置いていたがついに読んだ。予感は正しく相当難解な部分もありつつ思った以上にエンタメにで驚いたし読みやすかった。改めて著者の筆力に感服した。とはいえ450ページ強で結構重たかったのは事実…

 言語には六つの機能があることがヤコブセンにより提唱されているが、実は七つ目があり、その能力を使って世界をコントロールできるかもしれない。こういったマクガフィンが設定されており厨二病感も否めない中、哲学、言語学のエッセンスが大量に含まれているので読み進めるのが結構大変だった。特にこれらの学問に明るいわけでもないので、登場人物の背景を知らないことも多く戸惑った。ただ著者の特徴としては小難しさをエンタメで乗り越えさせてくれるところにある。サスペンスとして十分にオモシロく、特にメインの登場人物であるシモンとバイヤールのバディはいつまでも見ていたい、いい感じの凸凹具合で楽しかった。訳者あとがきで言及されていたが、2人のモデルはシャーロック・ホームズとジャック・バウアーらしい。怒涛の展開と場所の移動っぷりは確かにドラマ『24』そのものだし、学者的なアプローチで謎に迫っていくのはホームズそのもの。新旧二代サスペンスヒーローを使って描くのは哲学や言語学。。。無茶苦茶すぎ!さらに厨二病的な展開として『ファイト・クラブ』のディベートバージョンも用意されており後半は大きな鍵となってくる。さながらラップのフリースタイルバトル。設定は分かりやすいけども、そのディベートで議論されている内容は難しくて分かったような、分からないようなものもあった。ただ繰り返しになるが、スリリングな展開を生むのがうまいので読む手が止まらないようにはなっていた。

 『HHhH』で見せた得意のメタ展開も健在しており、著者も登場するし、今回は主人公によるメタ構造の指摘もあって愉快だった。(『マトリックス』よろしく自分が現実にいるのかどうか?=小説の登場人物なのでは?という問い)また実在する or 実在した学者がたくさん登場するし、実際の事件をモチーフにしてサスペンスが展開していくのも前作同様。事件や出来事はそれぞれ点でしかないが、それを小説という線で繋いでいく手法は興味深かった。『HHhH』はナチスものなので理解できたけど、今回は実在した(実在する)学者たちをフィクションとしてエゲつない方法で死なせたり、傷つけたりしていて、さすが表現の自由が進んでいるフランスだなと感じた。

2023年11月1日水曜日

2023年10月 第4週

 突如BEEFが勃発して目を皿にしてSNSを追いかけてしまい、もう30後半なのにこんなことやってて何になるのか?と思い直し、Xをログアウト。その結果、気分的に改善した。乱暴な文字のインプットを減らした結果、自分のアウトプットが増えた。今週リリース量が多かったのもあるけど文字数が異様に増えたのは自分ごとだけど興味深い現象。AwichがSpotifyライナーボイスという企画において、現代は他者のことばかりが目に入ってきて自分にフォーカスする時間が少ないと話ており、それがとても刺さった。その対策として日記が挙げられていたのに納得したし、日記によるセルフケアの重要性を別のことでも実感したので自分の時間を大切にしたい。

THE UNION by Awich

 話題のBEEFでSNSが地獄の業火と化す中で、それを予期して鎮火するために作られたような、ユニオンをタイトルに冠したアルバムがリリース。フェスを含めてかなりの露出がある中で、こんな超クオリティ高いアルバムを作っているのは本当にかっこいい。キャリアの積み上げ方を真剣に考えていることがよく分かる内容だった。”United Queens”でかましてていた女性としてのカウンター要素はかなり減っていて、もっと普遍的な内容に仕上がっている。個人的には”Burn Down”が圧巻だった。Trill dynastyの18番であるペイン系ビートでネットの地獄をラップしていくのだけど近々の騒動を踏まえるとグッとくる。そして何よりもビビったのはGADORO。もともとリリシストだとは思っていたけど、このリリックはめちゃくちゃかっこいい。やることやっている人は進化していることを痛感…ビートは鳴りも展開も最高でこの曲が一番好きだった。『Queendom』ではラップにフォーカスしていたが本作は従来からあった歌も含まれている。なかでも30-40代に刺さりまくるのは”Call On Me”だと思う。Ashantiとかその辺の00年代のR&Bをfeelするような曲でたまんない。正直最後の3曲は置きにいっているのは否めないが、その辺のJ POPがこういう曲で塗り変わっていくのは大歓迎なので続けてほしい。

Restart by GADORO

 ということでAwichのアルバム経由で最新作を聞いたら、めっちゃ良かった。1曲目からいきなりGファンクでビックリしたし、いろんなテイストの曲が入っているけどGADOROのアルバムになっている点が良い。ゴリゴリの「日本語ラップ」チルドレンなのは間違いなく、それゆえにリリックの素晴らしさは言うことなし。まだまだ日本語で表現できる幅はあるのだなと感心させられるくらい言い回しがうまい。内容が真っ直ぐ過ぎて昔だったら気恥ずかしくなっていたかもしれないけど、このくらい直球投げているラッパーはな最近いないので新鮮に思えた。PENTAXX.B.Fが数曲提供していて、ベタベタに踏みまくった韻、ダブルミーニングで清貧を讃歌していることもあり過去のZORNを想起するのは間違いない。ただZORNと違うのは彼は歌フロウを取り入れている点。その歌フロウもUSのスタイルというよりも日本の歌、演歌のバイブスさえ感じるスタイルでかっこいい。ケツメイシっぽさとも言えるかな?hokutoがビートを手がけている”PINO”はその良さが最大限に出ていると思う。ここまで書いてさらに考えることは、R指定に別の未来があったら、こうなっていたのでは?ということ。それはともかく最後の曲で箕輪厚介のフレーズ引用してるのはマジで辛かった…ラッパーは話すとロクなことにならへんで。好きな曲は笛の上音でこのBPMは最近意外な感じもする”頭文字G”

82_01 by 仙人掌 & S-kaine

 仙人掌とS-kaineによるEPが突如ドロップ。この2人でEPをリリースするのは正直意外。S-kaineのこれまでの作品を考えれば、Dogearの面々が作ってきたヒップホップのムードの最有力後継者ではあったと思うけど、まさかこのタイミングとは。2人の相性がとても良くかっこよかった。このEPで仮に仙人掌だけだったら、これまでの流れと変わらない感じもするが、S-kaineが入るだけでこんなにフレッシュになるのも驚き。(とはいえ仙人掌のリリックはこれまでよりも一歩踏み込んで具体性が増して進化していると思う)ビートはENDRUN, GQ, Gwop Sullivanなど馴染みのメンツに加えて、S-kaineのビートメイク名義Judaのビートも含まれていて彼のビートもかなりいい。好きな曲は”Wish”

East Clap by The Clap Brothers

 意味たっぷりのリリックもいいのだが、音の気持ちよさも好きで今年一番くらい日本語の気持ちよさが詰まっていた。ラッパーのチプルソとビートメイカーのKEIZOmachine!によるユニットのEP。ユニット、EPにもある通りクラップ音がどの曲にも入っていてノリの良さが気持ちいいし、そこに乗ってくるチプルソの韻とフロウの気持ちよさの相乗効果でブチ上がった。好きな曲は昔のL-Vokalを想起する”ChipToe”

Madness Always Turns to Sadness by Tabber

 Tabber がついにアルバムをリリース。SMTM10で注目を集めたのち、The InternetのSydとのコラボなどシングル単位での活動はあったなかで満を辞してのアルバム。といってもサイズ的にはEPで若干物足りなさはあるもののチャレンジングな要素もあり楽しんだ。それは特に最初の2曲に顕著でスクエアなビートかつBPMが速い。彼の強みとしてはレイドバックしたフローと素晴らしい歌声なので意外だった。後半はその特徴を生かした曲となったので個人的には後半が好み。好きな曲はミッドディスコとファルセットが最高に気持ちいい”Being”

Life is Once by Leellamarz

 Street Baby,NSW Yoon という若手を連れてドープなヒップホップのアルバム『DAYDATE』を春にリリースしてLeellamarz。年も暮れようかとするところでフルアルバムをボム。この人も相当なハードワーカーで2017年からアルバムリリースのない年がない…どうなってんねん。『DAYDATE』と対をなすようにかなりポップな仕上がりとなっている。もともとバイオリンをやっていたこともあり音楽的素養が高く、なんでもできるのは本当に才能だと思う。 本作はFeatを迎えている曲が好きだった。兵役を終えたCHANGMOの復活はアツいし、既発シングルのSik-Kとの2ステップは最高に気持ちいいし、GistとJayci yucca の曲はミニマルファンクでかっこいい。全体にアコギを中心のサウンドとなっており、ほとんどの曲でTOILがプロデュースに関わっていることも影響していると思う。

Novel by GIRIBOY

 SMTMマスターのGIRIBOYがアルバムをリリース。最近はSNSでの露出も控えている中でも製作は続けているそのハードワーカーっぷりに畏怖の念を抱く。ただ肝心の中身は今までのGIRIBOYの作品の延長戦上にあるメロウな曲が中心で特にアップデートがないように感じた。とはいえクオリティは高いのでずっと聞いてられる。好きな曲は”Issu du Feu”

Bad Nights by ZENE THE ZILLA

 ZENE THE ZILLAの新しいアルバム。リリースごとに熱心に追えているわけではないが、久しぶりに聞いたらウェルメイドな作品で好きだった。個人的にはSinging Styleよりもスピット系が好きなのだが、彼は味変でもう少しスピットしてもいい気がする。どの曲もパッと聞きはいい曲で好きなんだけど引っかかるものがなかった…好きな曲はDON MALIKがその引っ掛かりになっている”Great Life”

BOLD CREW BOOTLEG by 30

 年始にアルバム出した30がEPをリリース。全曲VIANNプロデュースのかっこいいビートの数々で皆がスピットしてい良かった。”BOLD CREW”という曲が前のアルバムに収録されており、このEPはその延長上にあると思われる。 ジャケにあるのはMF DOOMの仮面であり”OLD BOY”のアウトロ、"JAL IT SUH”の声はMF DOOMな気もするのだけど有識者の人に教えてほしい。ジャケのとおり後ろノリの首が振れるやーつ系ビートでひたすらラップ、ラップ!という感じ。DeepflowがまたJUSTHISのこと言っていて相当根に持っているのだなと思う。好きな曲は”COCK BLOCK”

Love & Life by Chip Wickham

 Kamaal Williamsと横並びでレコメンドされていて何気なく聞いたらめっちゃ良かった。ジャズミュージシャンでいろんなミュージシャンのサックス/フルート奏者として活躍していたところから自身のキャリアをスタートさせ作品をリリースするようになったらしい。UKをルーツに持ちイギリスのファンク、ソウルシーンとの繋がりが強くNew Mastersoundsとも活動を共にしていたこともある。本作はファンクというよりジャズソウル的なアプローチ。フルートの音が全面的にフィーチャーされている2023年のジャズというのがかっこいい。好きな曲はフルートに加えてVibraphoneの音色もたまらない”Space walk”

For All Time by Mayer Hawthorne

 Mayer Hawthorneの新しいアルバムがリリース。個人的な音楽史としては重要なキーパーソンであり、往年のソウルやディスコをアップデートした形でStones Throwから提示してくれて、自分がソウルやディスコを好きなった大きなファクターの一つ。そんな彼が1stの頃を彷彿とさせるソウルフルなサウンドの連発しており唸りまくった。何も新しいことはないと言われればそれまでなんだけども、個人的な思い入れが強いのでどうしたって上がらざるを得ない…結局エバーグリーンなソウルなムードが自分を支配していることを痛感した秋でした。好きな曲は”Eyes of Love”

The Interludes by Ojerime

Flip side planetで存在を知ったOjerimeのEP。ストリーミング隆盛により発達したプレイリスト文化の影響で、Interludeというものが過去の遺物と化す中でこのタイトルでEP出すのかっけぇっす。。。1曲目がSoulectionのSango,Esta呼んでるからどんなビートかと思いきや、攻め攻めのJukeっぽさもあるビートでビビった。Interlude集ということもあり1曲あたりの尺は短い。ただ最後の曲のアウトロの無音部分をかなり短くしているのでリピート再生することを前提にして作っていると思う。好きな曲は”Pissed Off”

Movement by p-rallel

 KMのインスタで前作のEPを知ったp-rallelのアルバム。ハウス、ガラージといった四つ打ちで構成されていてブチ上がった。以前に聞いた『Forward』というEPは歌ものでまとまっていたし、流行りのアフロビーツ、アマピアノも含まれていたけど今回はストレートな四つ打ちが多くてそれが個人的には好きだった。最初はドラムンベースで始まって、最後はブロークンブーツで終わるのはUKをレペゼンしていてかっこいい。好きな曲はR&Bムードの女性ボーカルが最高な”I Know”