2023年12月12日火曜日

闇の精神史

闇の精神史/木澤佐登志

 手に入れやすい新書で新刊が出たと聞いて読んだ。以前に『闇の自己啓発』は読んだことあるものの単著は初めて。パースペクティブのオリジナリティに驚くしかなく読んでいてずっと楽しかった。点と点を線として捉える基本的な批評がふんだんに詰まっていて内容しかり方法論含めて勉強になった。本著をもっとも端的に示しているのはこのライン。かっこいい。

筆者が精神史のジャンクヤードに赴く理由のひとつがこれである。堆積した歴史と記憶と夢の残骸の中から朽ちた〈未来〉の破片をサルベージし、それに一条の光を当てる作業。そうしながら、〈未来〉が何の前触れもなく私たちのもとにもう一度帰ってくることを退屈しながら待ちわびるのである。つまるところ、本書で行われるのはただそれだけである。

 「闇」という言葉が著者にとってのキーワードになっているからかタイトルに付いているが「闇」のムードは実際あんまりない。「フォーカスされていないこと=闇」というぐらいの意味合いだと思う。冒頭いきなりロシアの宇宙主義の話から始まって面食らうものの、読み進めるうちに自分のまったくあずかり知らない過去、現在、未来あらゆる時制における様々な議論が次々と目の前に広がっていく。そして知的好奇心のドーパミンが出まくるとでもいえばいいか。とにかく著者がリーチしている対象の多さに驚くしかない。点の量が並の読書量では到底なし得ないレベルで、しかもその線の結び方がユニークなので自分の知っている論点でも「そんなところいくの?!」みたいな体験が何度もあった。個人的に一番アガッたのはリー・ペリーの章。単純に一音楽家としてのストーリーとしてめっちゃ興味深かったし、ブラックホールにまで接続してスタジオエンジニアリングの話をしている点が最高だった。

 タイトルにあるとおり精神に対して人間がどのようなアプローチしてきたか、古今東西の議論がたくさん引用されている。精神の話をすれば身体の議論にもなるのは当然であり、その二元論さえも疑いにかかっていく形で複雑な話になっていた。終盤、繰り返し出てきた議論としては身体を捨てて精神のみになることで自由になれるかどうか?という議論。近年だとメタバース、VRといったテクノロジーはその議論の延長戦上にあるし、過去に遡ればLSDによるトリップやゲームへの没頭もその一つと言えると筆者は主張している。一事が万事こういった調子で風呂敷が広がっていきながら、終盤にかけて回収されていくところもあって(特に冒頭のロシアのくだりなど)一体どれだけの本を読んで、どんな発想でこんな文章を書いているのだろうか?著者のインタビューを読んでみたいと思ったし他の著作も読もうと思う。

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