2023年9月28日木曜日

2023年9月 第3週

  最近はMiles Davisの解説本を読んでいて、それに伴って過去のアーカイブ聞きまくり。これまでにない解像度でマイルスの音を聞いていて楽しい。日本のインストのレゲエ、ダブバンドがとても最高で色々ディグって聞いている。身近にあるのに気づいてない、かっこいい音楽はたくさんあるのだなと思う。なので新譜チェックは疎かになっていた日々でした。

Speed Tape by KEIJU

 KEIJUによる久しぶりのまとまったリリース。KANDYTOWN休止したことで今後はソロが加速していくことを予感させる内容で良かった。 彼の曲は盛り上がる系より内省を感じさせる曲の方が個人的には好きで今回はラスト2曲がそのテイストなので好きだった。川崎コネクションによるfeatの面々も楽曲にフィットしていて良い。特にWind RiseはJJJとStickyの曲がインスパイア元のようで、それもアツい。T.O.P.の使い方は分かりすぎている…本人のディレクションなのか?アルバムが楽しみ。好きな曲は”Wind Rise”

TWENTY THREE by Oll Korrect

 Oll KorrectのEP。好きなテイストど真ん中のはずなのに、いっときほどハマれないのはなぜなのか?と考えさせられた。それっぽいビートにそれっぽいリリックでしかないからなのか。エッジがなくて丸っこいというか…そもそも自分の感度自体も落ちているのだろうなと思うし、世の中の大多数は同じテイストの曲を求め続けるのだから間違いではないのか…

Try & Error by 5lack

 日比谷でワンマン実施直後にリリースされたEP。毎回聞くたびにOne and Onlyという言葉がこれほどふさわしいラッパーはいないと思う。今回もめっちゃかっこよかった。ハイライトは間違いなく”Change &Up”。『Title』以降顕著になっている2000年代オマージュなビートにISSUGIとBLを呼んでくるとか発想がすごい。時代が1周してISSUGIがこのビートでラップする面白さ、そしてBLの最高に気持ちいいフロー。プロデューサーとしての才覚が出ていて最高。あと”563”で見せつけるラップの切れ味も健在だった。

Too Wise by Kzyboost

 Daichi YamamotoのレーベルからリリースとなったKzyboostのアルバム。近年はオートチューンと混同されがちなボーコーダーだが、ボーコーダーはかなりフィジカルな楽器。それゆえに滲みでるグルーヴとファンクネスがあると思っている。個人的には70-80年代のソウルとかファンクが好きになった要素の一つでもあった。本作はアップデートされた今のビートに対してボーコーダーでアプローチしていてかっこいい。たとえばタイトル曲の”Too Wise”のキックとスネアの硬さとボーコーダーの組み合わせなんてとてもフレッシュだと思う。あとは日本語詞があるのもいい。好きな曲はサックスも最高な”High Emotions”

Night Ride 2 Prequel by EPTEND

 Chillin Homie作品への客演参加で知ったEPTENDのEP。Chillin Homie同じくスピット系だと思っていたのだけど、今回は歌フロウを存分に発揮。そして、それがめちゃくちゃいい…2人組かと勘違いするくらいラップと歌の声色が違っていてびっくりした。SMTMがあれば…と勝手につい夢想してしまう韓国ヒップホップ好きの一人です。英詞が多いので意味をとれるのも楽しかった。好きな曲は一時のOVOサウンドを彷彿とさせる”25”

Voice tool tip.txt by Huh!

 SMTM11で決勝まで進出したHuh!のEP。Don Malik同じくSMTMではかなり魂をすり減らしたように感じていたけど、あくまでアレはアレ、これはこれスタイルで安心した。前半はBOBBY、Street Babyを呼んでミニマルなビートでスピットしまくり。一方で後半はポップさも入れつつ今のトレンドをうまく彼のスタイルに昇華していてかっこいい。特に”fuck’em up”のドラムン→ジャージーへのドラムスイッチはDJ的なアプローチでなるほど〜という感じ。なので好きな曲は”fuck’em up”

Dark Adaptation by MarginChoi & HD BL4CK

 2人のプロデューサーコンビによるアルバム。HD BL4CKはめちゃくちゃハードワーキングでしょっちゅうアルバム出しているイメージ。今回のビートのスタイルとしてはオーセンティックなスタイルを基本としつつ、そこから如何に逸脱できるかチャレンジしている感じでかっこいい。ラッパーのチョイスも有名無名問わず楽曲のポテンシャルを引き出すようなチョイスに思えた。最近どんどんラップがかっこよくなっているODEE、先に紹介したEPTENDは歌フロウとスピットを1曲の中で表現していて、ここでもかっこいい。個人的に一番の収穫だったのはHesper。ルードな乗せ方とか声のアンニュイさが癖になった。好きな曲はうねるベースとODEEの低音ボイスとの相性が最高な”YAY”

2023年9月25日月曜日

自分のために料理を作る: 自炊からはじまる「ケア」の話

自分のために料理を作る: 自炊からはじまる「ケア」の話/山口祐加、星野概念

 ここ数年ずっとテレワークで、なおかつ最近はパートナーが出社しており1人で昼食を取っている。こうなると結構適当になりがち。外食もするのだが飽きてしまったり、逆に内食ばかりでも疲れてしまったりで悩んでいた。そんな状況に対して参考になりそうだったので読んだ。もともと料理する方だけど、その動機、初心を取り戻させてくれる読書体験で良かった。

 料理家の著者による自炊論考、相談者との自炊に関する対話、料理を作るヒントの3部構成となっている。自炊論考では自分自身もぼんやり考えていたことが明確に言語化されていた。料理は美味しいか、美味しくないかの二元論になりがちだけど、そうではない。そのプロセスにこそ醍醐味が詰まっているのだという主張はとても納得した。大人になると上手くなることってあんまりないけども、食べないと生きていけないがゆえに毎日取り組む料理はトライ&エラーのサイクルが短くフィードバックをすぐに得られるのが好きなところというのは著者と同意した。

 最大の魅力は2部の相談者との対話。自分のための自炊に悩める人々との対話する中で、具体的な料理方法からどうして料理するのかまで、結論ありきではなく会話の中で答えを探して会話がスイングしているのがオモシロい。また星野概念氏参加パートではオープンダイアローグを採用。(相談者は会話に参加していないが著者と概念氏の会話を相談者も聞いてる状態)風通しの良さを担保しつつ自炊に関する論考が深まっていく過程は自分もその場にいるようで楽しかった。

 料理に大きくフォーカスしているが、そこに閉じずに広い意味で自分の手で何かを生み出すことの意味についても話されている。今の時代はSNSを筆頭にした相対評価が当たり前で自分による絶対評価を大切にできていないことに気付かされる。以下の文は何かトライするときには常に思い出したいライン。

せっかちで、待てなくて、なんでもすぐにできるようになりたい。ついそう思ってしまいますが、下手には下手なりの味わい深さがあるなぁと子どもたちを見ていてひしひしと感じるのです。何事も上手になってしまったら、小さい成長の喜びはもうやってこない。始めたばかりの下手な時期にしか体験できない感覚や心の動きが必ずあります。それは大人も子どもも変わりません。

結局何を食べたいのか、自分の中でしっかりと向き合うことが大事だと気付かされた。ちょっと前までは考えるの面倒なのでルーティン化してしまうことを考えていたけれど、ルーティンとインプロビゼーションのバランスを模索し、調理を駆使しながら自分がご機嫌になれる食事を目指したい。 

2023年9月21日木曜日

穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って

 

穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って/村岡俊也

 子ども向けに毎日教育テレビを再生していて、その流れで美術番組をたまたま見かけた。そこで特集されていたのが中園孔二だった。香川県での展示に合わせた特集で、その独特の絵の雰囲気がとても好きになった。けれども香川まで行くのも難しいので本著を読んだところ、信じられないくらいにオモシロかった…評伝は人の歴史なのでどうしたってオモシロくなるのが大半だけども、絵と格闘する1人の青年をつぶさに見つめた他の追随を許さない圧倒的なクオリティ。藝大出身ということもあり『ブルーピリオド』とクロスオーバーする部分があるので、『ブルーピリオド』が好きな人にも刺さるはず。

 中園孔二は2015年に25歳という若さで海で亡くなっており、もうこの世にはいない。彼が亡くなるまでに残した絵を中心に著者が幼少期を含め彼の軌跡をたどっていく。取材ベースで友人、家族、講師、同級生など彼にまつわる膨大な証言が登場し、そのどれもがユニークでオモシロい。絵から感じるエナジーがハンパないので破天荒なのかと思いきや、動と静が混在するなんとも言えない人物像で興味深かった。人間誰しもアンビバレンスを抱えていると思うが、彼の場合の動と静は生きるか、死ぬかの極端な境界線になっているエピソードが多い。それゆえにあれだけの絵が描けるのかもしれない。と思いきや天才型かといえば、それだけな訳ではなく、ひたすら絵を描いた先にある境地に到達していたという話も興味深かった。

 前半は彼が高校でバスケを辞めて、藝大に入りメキメキと頭角をあらわしていくのだけど、このパートが一番好きだった。好きなものにひたすらのめり込んでいくき、しかも藝大に現役で受かるくらいのクオリティーを叩き出してしまうのだからたまらない。後半は藝大卒業後、産みの苦しみと闘い内省している様が手記中心に書かれている。前半のある種無双しているフェーズとの対比が興味深く、また表現されている絵との相関を見ていくのも絵に造詣が深くなくても楽しめた。

 彼に対する様々なパースペクティブがたくさん出てくるのを読むと「人に歴史あり」とはよく言ったものだなと思うし、これだけ取材しているのはジャーナリズムをひしひしと感じた。一方で亡くなった後にメモを含めこれだけ明らかにされてしまうことに対して、本人がどう思うか分からない。下世話さを感じる人もいるだろう。しかし本著は間違いなく読者の人生の深い部分にタッチできる稀有な書籍だと思う。関東近郊で展示があれば次は必ず見たい。

2023年9月20日水曜日

2023年9月 第2週

Both Banks(GQ REMIX EP) by ISSUGI & DJ SHOE

 ISSUGIがDJ SHOEと出した『Both Banks』収録曲のDJ GQ REMIX。GQは毎回上音のドープさがとにかくかっこよくてハマるのだけど今回もそれが存分に発揮されていた。ISSUGI名義だけどもMONJUの”In The City”のRemixがChipmunkスタイルでISSUGIの音源ではほとんどないので、かなりブチ上がった。そもそも彼に限らずサンプリングのハードルが厳しくなったことでこういうモロ使い系は敬遠されている最近だけども、やはり自分のヒップホップ体験の原点なのでこういうのがもっと増えてほしい。

WE’LL DIE THIS WAY by Skaai

 SkaaiのEPがリリース。次はアルバムかなと思っていたので意外な感じ。ラップのクオリティがとにかく高く、英語と日本語のチャンポンかつ抽象性と具体性のバランスが絶妙で繰り返し聞きたくなる。驚いたのはサウンドのドープさ。ベースに重きをおいた曲が頭から2曲続くあたりに並のラッパーではないというか、自分のビジョンが明確にあるのが伝わってくる。パロ兄とラジオもやっていたし、韓国のラッパーとのコラボが見れるかなと思っていたが、そこはタイミングを伺っているのか。Don Malik『Paid In Seoul』やSkinny Brownにも提供しているiamdlというビートメイカーを起用していて、そこのコネクションがあるなら、ラッパーをfeatで呼ぶのも近い未来にある気がする。BIMがGLAY,Coogieとスタジオに入っていたようだけど、しっかり地道に叩き上げていく彼の行く末を見守りたい。STYLING MY OWN DREAM BEFORE THE PARTY!!

東京時代 by TOCCHI

 TOCCHIのアルバムが3年ぶりにリリース、これが本当にハンパなき仕上がり…日本語詞の歌ものでこんな作品が出てくるなんて誰が想像しただろう。めちゃくちゃにかっこよくて間違いなく2023年AOTY候補だと思う。何よりもリリックが素晴らしい。20代後半〜30代後半くらいの社会人たちが感じるであろう今の日本における歪な部分をひたすらに描写している。現在の日本の状況認識のリリックがとても多いのが特徴的で、それをオートチューンで歌い上げる。生きづらさを歌うことで社会性を帯び、結果的に政治性を帯びる。安易に「Fuckバビロン!」と叫ばない本当の意味でのレベルミュージックがここにある。厭世感をリリックの中で間接的に、かっこよく響かせようと多くのラッパーがトライしている中、オートチューンと最高にポップなビートで中和してメッセージに丸みを持たせて達成しているのがかっこいい。Marvin Gaye”What's Goin' On”に代表されるソウルの手法とも言える。ビートのクオリティも本当にどれも高くてタイトル曲をLouis Fulton、Summit関連ですっかり日本でお馴染みのRascal、彼の作品を象徴するCRAFTBEATZ、レーベルのA&Rも努めるhokuto。意味のない曲が1個もない中でやはり最後の”Independent Era”がハイライト。盟友のHang,唾奇が明らかにTOCCHIに引っ張られてエグいバースを蹴っている…本当に素晴らしいアルバムだった。”東京時代”のMVのいい意味でのイカれ具合も最高。本人曰くコンセプトアルバムらしいので誰か深めのインタビューしてくれ!

CURVE by ZIN

 KOJOE、BUPPONとのアルバムが最高に好きだったZINのソロアルバム。ソロ名義では初のアルバムらしい。歌い上げ系がそこまで得意ではない身からすると、この声色、トーンはフィットする感じでとても好き。デビューアルバムということもあり、四つ打ちあり、バラードありでアルバムとしての構成も好きな感じ。特に終盤のバラード構成では歌の力強さが伝わってくる声のパツパツ具合にグッときた。好きな曲は”Jaded”

No Traffic by Illa J

 Illa Jのアルバムは全曲セルフプロデュース。超絶偉大な兄を持ちながらに自分の道を歩いていてかっこいい。ここ二作あたりは歌ものが多くて、これも兄との差別化なのかな〜と思っていたが今回はフックは歌うけど基本的にはがっつりラップしている。ビートもインダストリアルな音が多くて渋いのが良い。Dillaっぽいと言われることだろうもあるけど、その辺はかなぐり捨てているのか、むしろレペゼンしているのか。好きな曲は”Star Struck”

JAGUAR II by Victoria Monet

 方々で話題になっているVitoria Monetのアルバム。話に違わず最高の出来でめっちゃ聞いている。いきなりLucky Dayeとのガンジャネタから始まり、Buju baton呼んでレゲエソウルかましーの、Kaytranadaの四つ打ちあったり。最後にはEarth, Wind &FireことPhilip Baileを召喚して爽やかなミッドチューンまで。D'Mileがほとんどの曲のプロデュースに関わっており、彼が手がけるR&Bは温故知新でしっかりアップデートがあるし、コード感が日本人好みなのは間違いないと思う。(おっ!と思った曲がD'Mileが参加している確率めっちゃ高い)

Heaven by Cleo Sol

 Cleo Solの新しいアルバムが急にリリース。ネオソウルという言葉では圧縮しきれないかっこよさが溢れるアルバムで1日1回は聞いている。バンドサウンドにおいて皆がどんだけ低音つっこめるか腐心する中で、そんなことしなくてもかっこいいしょ?と余裕でハードル超えてくる感じがたまらない。時代の流れをもろともしないInfloの作る普遍的にかっこいい生音と彼女の声の相性が素晴らしすぎる。どの曲も最高だが”Go baby”がお気に入り。

Flying Objects by Smoke DZA & Flying Lotus

 意外なコラボレーションが突如リリース。Smoke DZAはひたすらリリースしまくっているイメージだっだけど、2023年はまだ2作目だった。(2022年の勢いがハンパなさすぎた)Flying LotusのビートはかなりオーソドックスでDZAに寄せている感じ。エクスペリメンタル性は低い一方で安定感はあるので聞きやすくはある。と聞いていたら最後の曲”Harlem World 97”がマジでキラー!久しぶりにEstelleの素晴らしい歌声、美しいメロディのビート、DZAのラップすべて完璧。今年の夏を象徴する大好きな曲となった。

Birds of Paradise by Yussef Dayes

 Tom Mischとの共作で知ったYussef Dayesのアルバムがリリース。SoulectionからリリースされたEPも良かったし、今作もバチバチに叩きまくりでかっこよかった。どちらかというと808のズーンとしたドラムを聞く機会が多いので乾いたキックやスネアの音が新鮮だしドラムパターンも複雑で聞いていて飽きない。そしてタイトル通りBlacknessをめちゃくちゃ感じるサウンドでドラム以外のグルーブも最高。好きな曲は”Chasing The Drum”

K-XY : INFP by Verbal Jint

 ひっそりとリリースされていたVerbal Jintのニューアルバム。ベテランでありながら近年はコンスタントにアルバムをリリースしている。今回は全体にメロウなバランスで作られておりめちゃくちゃ好きだった。Verbal Jintの声質、声色はこういうネオソウル的なトーンとの相性は抜群で大人のヒップホップのスタイルの一つだと思う。若手のfeatが多くDamini、Swervyというアップカミングな女性のラッパーを使っている点が白眉。特にDaminiがメロウなトラックで、なおかつオンで載せるスタイルが逆にフレッシュでとても好きだった。

LIFE by YATA

BREEZE by SC4F

 GPSのYoung gunであるYATAのアルバム(サイズ的にはEPだが)。HomiesがFeatで参加しておりメンバーの期待感も伝わってくる。また最近Bonberoとコラボレーションしていたwhaleoが参加しており、彼は日本語でラップをしているのもオモシロかった。インスタのプロフィールではblackbox所属と書かれており、7やHomunculu$と関係あるのか今後も期待。そして、その流れで同じくGPSのSC4Fのアルバムも聞いた。Lean$mokeのアルバムのタイトル曲でヤンガン枠で入っていた彼はその期待を受けるにふさわしいクオリティだった。1曲目が超大ネタの引き直しのビートなんだけども、その曲が本当に好きなのでもうそれだけでオールOK!という感じだった。この曲含めて全体にポップな仕上がりなのが好みだったので今後に超期待。

2023年9月16日土曜日

おいしいもので できている

おいしいもので できている/稲田俊輔

 『ミニマル料理』というレシピ本があって印象的な装丁とユニークなメニュー内容に魅了され、よくそのレシピをもとに料理している。(お気に入りはミニマルしゅうまい)その著者のエッセイがあると知って読んでみた。レシピ本への助走になっているような本で背景を知ることができたし著者のあくなき食への探究心が最高だった。

 冒頭の「はじめに」で著者自身が書いている通り、食への異常なまでの探究心、それは世間で「グルメ」と言われるものとは異なる。読了後、冒頭で言っていることが痛いほどによく分かった。何を、どこで、どういうシチュエーションで、どれだけ食すか。そして味や雰囲気がどう機能するのか。こういったことを考察しまくっていて美味しいかどうかは大きなファクターではない。ここが画期的な食の本だと思う。しかも普段気にもしていない、もしくは言語化していない食にまつわることがエッセイの主題になっている点もポイント。たとえば幕の内弁当の食べる順番、店と家で異なるポテトサラダの味、定食についてくるミニサラダなどから世界を広げていく。飲食で働く方はこういったことを普段話したり考えたりしているのかもしれないが着眼点とそれを伝える文章力がずば抜けているのは間違いない。

 著者がエリックサウスの創始者なのは知っていたけども、具体的にどういう過程でお店ができたのか書かれており興味深かった。(まさか魯珈の店主が元社員だなんて全然知らなくて驚いた。)今ではコンビニで本格的なスパイスカレーを食べられるような素晴らしい時代になったけれども、すべては著者のような食の探求者の地道な積み重ねの上に成り立っていることを強く感じた。エリックサウスのことに限らず様々なプロデュースをしていることもあって一種のマーケティング実践本(唐揚げの威力!)としても読めて、その点も興味深かった。 

2023年9月13日水曜日

思い出すこと

 

思い出すこと/ジュンパ・ラヒリ

 ジュンパ・ラヒリの最新作が出たと聞いてすぐに読んだ。まったく内容を把握しないまま読んだら、かなりトリッキーな作品で驚きつつ余韻があった。詩のことを理解するまでにはまだまだ時間を要しそうだけども…

 ラヒリ自身がまえがきを担当していて、彼女がイタリアに住むその家にあった机から発見された断片的な詩を著名なイタリア語学者が編纂した、という設定の本著。実際にはラヒリの1人3役らしい。訳者あとがきによると、この手のギミックはよくある技法らしいのだが、全く気付かず額面どおり受け取って読んでいた。

 詩とは言いつつ抽象度は低くて生活の具体的な描写が多いので、詩をよく分かってなくてもおおいに楽しめた。とはいえエッセイや日記よりは抽象度は高い。詩だからこそ読者側で想像する余地が小説よりも残っており、こういうタイプの詩なら今後も楽しめるかもしれない。好きなラインを引用。

人生の枠組みは 「死ぬ」も含めて 取り除かれるべき不定詞の連続

<<Svarione>>誤字 長く残り わたしが何者かを示す機会

動物のように人のあとに従うことを 羊のようにおとなしくなるという。 今では逆のことをするよう勧めるが あの日は色とりどりの群れのなかに 暢気に入っていてほしいと思ったのだ。 おまえがわたしと似すぎていたから。

 解説付きというのもオモシロい仕掛け。正直イタリア語の言語的な構造解説を日本語訳された文から感じ取るのは難しかったものの、引用や「こういう意図なのかもしれない」といった考察もあって単純に詩があるだけよりかはいくらか理解が深まった。しかもそれが自作自演だと踏まえるとさらにオモシロくなる。訳者あとがきによるとエッセイ、短編集の刊行が控えているらしいので、そちらを楽しみに待ちたい。

2023年9月12日火曜日

2023年9月 第1週

Future Reference by Yeek

 友人に教えてもらったYeekのアルバム。フロリダベースのフィリピーノ系アメリカン。トレンドのUKサウンド(ガラージ、ドリルなど)を取り入れつつ、ギターガシガシ系もあったりのAll good music系で好きだった。全体にポップだけども結局ベースはヒップホップにあることが分かるから好きなんだと思う。好きな曲はRaveenaを呼んでの”Searching for Yourself”

((( 4 ))) by ((( O )))

 公私ともにFKJのパートナーでもある((( ○ )))のアルバム、気づけば4枚目。Airpodsで聞いたときはChillだなーという安い印象しか持たなかったのだけど、スピーカーで聞くと全然違うふうに聞こえてビックリした。各楽器の音の奥深さをしっかり感じられるというか。イヤホンで聞いてブチ上がるのもあるから音楽はいろんなファクターで聞こえ方変わるのだなと思う。好きな曲は“Black Cat(IN MY FAST STAR)”

KARPEH by Cautious Clay

 Apple musicの新譜レコメンドで知って聞いたら、ソウル、ファンク、ジャズを内在したグッドミュージックでめっちゃ良かった。彼はマルチインストルメンタルプレイヤーらしく、本作でも一部楽器を担当している。この手の音楽でマルチにプレイできるプレイヤーはFKJ以降すごく増えた気がする。全体のテイストからするとBlue noteからのリリースというのは意外に感じるものの”Yesterday’s Price”とか聞くと納得。かなり日本語の情報がたくさんネットにあっていずれも参考になった。

テイラーやビリー、BLACKPINKロゼらを魅了!マルチな才能発揮する新人コーシャス・クレイが気になる - フロントロウ | グローカルなメディア

コーシャス・クレイが語る、ジャズの冒険と感情を揺さぶるメロディが生み出す「深み」 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

BB/ANG3L by Tinashe

 ジャケでピンときて久しぶりに聞いたらめちゃくちゃ好きだった。mixtape時代から好きで『Aquarious』をピークにメジャー化。USのトレンドのサウンドになってから徐々に聞かなくなっていたけど、キャリア初期のエッジのあるサウンドが完全に復活していて最高。トレンドのガラージはもちろんドラムンも入っていてそれも素晴らしいのだけど、いわゆるトラップの曲でもクールなノリこなしが本当にかっこいい。2019年に独立したらしいので、その辺りからもう変化していたのかもしれない。後追いして聞いていきたい。好きな曲は圧倒的に”Talk To Me Nice”

ULTRAVIOLET by Lido

 Jordan Ward『FORWARD』での活躍も記憶に新しいLidoが新しいアルバムをリリース。『FORWARD』も素晴らしい傑作だったけど、こちらはよりパーソナルで柔らかい印象を抱くメロウネスが漂っていて好きだった。Jordan Wardが3曲で参加しており彼のアルバムとは地続きで、昔のようなゴリゴリのビートではなく琴線に触れるメロディを残しつつ引き算で作っている感じがかっこいい。

Archetype by Joe Armon-Jones & Maxwell Owin

 JazzキーボディストとJoe Armon-JonesとプロデューサーのMaxwell Owinによるジョイントアルバム。過去に同じ名義で『Idiom』というEPをリリースしたこともある2人。Joe Armon-Jonesは自身のアルバムではジャズを中心にオーガニックなバンドサウンドを展開しているが本作はMaxwellの土俵と思われるモロにUKなブロークンビートと彼の鍵盤のコンビネーションが披露されていて、それがめちゃかっこいい。前にも書いたけどUKといえばブロークンビート世代だし、現行のガラージ、ドリル、ダブステップの流れとの接続性もあって今最高にカッコよく聞こえるときだと思っている。

FOR YOU by KHAN

 SMTM11で名を上げてYng&Richに加入したKHANのNew EPはシンギンスタイル全開。ハードモードもメロウモードも両方いけるのは今のラップゲームの中で戦っていく上で重要なキーだと思う。そして彼は両方ともクオリティが高いのがすごい。ペイン系なんだけど、そこまで暗くなりすぎないのがいいところ。1stアルバムのリリースが今から楽しみなラッパーの1人。好きな曲は”Thinking About You”

ESCAPE by Hawoong

 いつもチェックしている韓国ヒップホップ、R&Bサイトでマンスリーピックになっていたので聞いたらかっこよかったHawoong。シンガーだけどもラップライクなアプローチもあってかっこいい。featがCRUCiAL STAR,SUMIN,XINSAYNEと豪華ラインナップだし、各アーティストの持ち味がしっかり出るような曲になっているところも良かった。このEP踏まえたあとのアルバムがどうなるのか楽しみ。好きな曲はベースメインで進行していくのが渋い”.oO”

SMOKING BOOTH by Lean$moke

 韓国のプロデューサーであるLean$mokeのアルバムがリリース。めちゃくちゃかっこっよい!!もともとYng & Rich Records周りのプロデュースで頭角を表し、SINCEとも継続的にコラボレーションしつつ今はGPSというコレクティブ所属のプロデューサーとなった模様。1~5曲目とか全曲キラー過ぎてガンフィンガーしまくり。多くの曲がアップカミングなラッパーと名の知れたラッパーの組み合わせにして曲を作っている点もプロデューサーらしくてオモシロい。好きな曲はダンスホールサンプリングで、やはりゴールデンコンビのSINCEが参加、パロ兄もかましまくりな”SMOKING BOOTH”

Rockdown by Candee

 ハイペースなリリースでビビったCandeeの2nd アルバム。日々制作しているのだろうなというストイックなムードも感じる内容。1stで曝け出しまくった下ネタは抑制されていて聞きやすくなった。KOWICHIのアルバム同様、ZOTとHomunculu$のコンビネーションがここでも炸裂しており、Homunculu$繋がりであろう7が参加した”Unlucky”が超キラーチューン。猫も杓子もジャージークラブな中でモノマネじゃない日本のスタイルが感じられて好きだった。ただもう30オーバーの大人なんてスコープ外なんだなと改めて感じたアルバムでもあった。好きな曲はレイジな”いくらもいかねえ”

F4MILY by AMO

 RAPSTAR誕生で決勝まで進出したAMOの1stアルバム。メロディメイカーとしての才能が炸裂しまくっていて良いアルバムだった。タイトルどおり自身の家族のことがリリックでたくさん出てくるのだけども、親の立場からするとベタながらに”Wishing”にとにかくやられた。情景描写がめっちゃうまいし等身大なリリックが刺さる。たとえば親の不在を”ずっと消えないろうそく”というワンラインで分からせるところとか。Hideyoshiとの”One Love”もミクスチャーバイブスがありながら彼の色が強烈に残っている。メロのムードとしてはBAD HOPフォロワーな感じなので絶対売れると思うし、こっからどういう物語を語っていくのか楽しみ。

2023年9月11日月曜日

自由対談

 

自由対談/中村文則

 次何読むかなーと思ってたらAmazonでレコメンドされて気付いて読んだ。ここ10年近くの著者の対談がまるっと収まっており特大ボリューム&超豪華ゲストの濃すぎる対談集でとてもオモシロかった。著者の作品は比較的初期から読んでおり、ほぼ全作読んでいるものの、何年も前の場合が多く本の内容に関する記憶が曖昧だったのがもったいなかったかも…少なくとも『銃』『掏摸』は読み直してから本著を読んだ方が楽しめると思う。

 すべてが対談形式なのでリーダビリティがとても高い、かつ好きな作家なので彼の考えを他者との会話からうかがい知ることができて楽しかった。特に小説の書き方、無意識が駆動する物語という話は繰り返し登場しており、それゆえの境地があるのが興味深かった。(あとがきでエクスキューズがあったけども)好きだった対談は社会問題・テクノロジーのパート。小説家でもノンポリの人が多いかもしれないが、著者は賛否あれども小説をつうじて自分のスタンスを明確にしているからこそ色々と踏み込んで話ができていてかっこいい。

 本を読んだときの作家と一般的な読者で得ている情報の量の違いに驚いた。職業だから当然とはいえ、一つの作品から感想を含めた考察まで見えている風景が違いすぎる。「読めてない」とはよく言われるけど初めて肌感として理解できた。あとは再読の大切さも学んだ。特に後半の怒涛のドフトエフスキーの論考は圧巻…翻訳者と対等に議論しているあたりに著者のドフトエフスキー愛が溢れていた。『罪と罰』はかろうじて読んでいるけど、もっとも話題にあがっていた『カラマーゾフの兄弟』が未読なので読みたい。これらも含め本著は優れたレコメンド本にもなっている。

 中村文則作品を読んでいない人でも本著から入って読みたくなるケースもあると思う。また俳優、ミュージシャン、作家、学者とジャンルを問わずビッグネームの連発なので著者の読者であれば、このメンツ並んでいて読まない選択肢を取ることはまずないはず。ゆえに万人におすすめ。

2023年9月5日火曜日

2023年8月 第5週

Sea of Love by Yo-sea

 Yo-Seaが4年ぶりのフルアルバムをリリース。本当に素晴らしい作品になっていて感動。Apple musicの総合4位とかなってたらしく、こんな音楽が日本のメインストリームになるなら最高なことよ。STUTSが手がけたオーセンティックさ、Matt Cabのシティポップ再解釈、Neetzのバウンスチューンなど聞き応えのあるビートに対して気持ちよすぎる声とメロディの連発でメロメロ。USマナーなんだけど日本のR&Bとして聞ける、このギリギリのバランスの取り方が本当に素晴らしいと思う。個人的に彼の好きなエピソードとしてドレッドヘアをやめたことで、いわゆるブラックミュージックをやる上での思いや覚悟がその辺の雰囲気系とは違うなと思った。USとの距離感が近い沖縄という土地だからかもしれない。好きな曲を選ぶの本当にむずいけど、 バウンスチューンの”Waiting”

Outside of the House by OGRE YOU ASSHOLE

 リリースされているの知らずに先日気づいたOGRE YOU ASSHOLEのEP。あいかわらずのぶっとい鳴りとぶっ飛んだサウンドでかっこよかった。長野県で黙々とこういう音を鳴らし続けているバンドの姿勢もかっこいいなと思う。好きな曲は”Outside of the House”

Daam by DUSTY HUSKY

 DUSTY HUSKYのソロアルバム。Mcgafinの音源紹介動画がめっちゃおもろかったので、チェックしたら相変わらずかっこよかった。グループに所属しているラッパーをソロで聞くと飽きる現象が起こるのだけど、今回のアルバムは全然そんなことなかった。ビートがどれも超かっこよくて、その上でビシバシにスピットしているだからだと思う。Bob Jamesまんま使いから始まり、DJ BUNTAのジャグリングを聞かせる”Q.R.E.A.M.” 、巨匠Mitsu the beatsのvibraphone使いが最高な”兎と亀”も最高だし。好きな曲はオートチューンの使い方が新鮮な”Ski”

NEWRNBERA by oceanfromtheblue

 oceanfromtheblueの新作。リリース気づいてなくて友人に教えてもらった。先にEPのような形で数曲がリリースされて、そのあとに完全版としてアルバムリリースという珍しいスタイル。(DX版みたいな感じか)前作のセルフタイトルのアルバムがいまいち乗れなかったのだけど、今回はグッとヒップホップに寄せてきてめちゃくちゃ最高。タイトルどおり新しいことをしようという気概が伝わってきた。特にがっつりドリルを採用してスピットまで披露。シンガーのラップが好きな派なんだけど、それを踏まえなくても十分イケてた。Feat陣の配置も素晴らしく特にKeem Hyoeunがまだ活動していることが嬉しかった。

C8H11NO2 by Luci Gang

 友人に教えてもらったし、いつも見てるサイトでもマンスリーピックになっていたLuci Gang。タイトルの化学式はドーパミンを示している。ダンスミュージックやラウドなギターサウンドでラップしまくるフィメールラッパーでめちゃくちゃかっこいい。今年SMTMあったら跳ねていたのでは…?と思ってしまった。とにかくSMTMがない夏は切ない…いろんな曲が入っていてM.I.Aを想起したりした。好きな曲はど直球バンガでアガらざるをえない”DUMB”

Das Nuvens by Fabiano do Nascimento

 今週一番聞いていたのはFabiano do Nascimentoのアルバム。ブラジル生まれでLAベースのギタリスト、コンポーザー。もともと今年出た『Lendas』というアルバムで知り、そちらはオーケストラとのコラボのギターサウンドでめっちゃ荘厳な音だった。インストなので読書ミュージックとして聞いていたのだけど本作はLEAVING RECORDSからのリリースということもあり打ち込み音とギターのコンビネーションとなっていて、それがめちゃくちゃ心地いい…ジャケットもクソかっこいいのでLPでいっときました。到着楽しみ。

2023年9月1日金曜日

パパイヤ・ママイヤ

 

パパイヤ・ママイヤ/乗代雄介

 『最高の任務』で好きになった著者の作品は定期的に読んでいて、これもショッキングな装丁を含めて気になっていたので読んだ。期せずして一夏の思い出の話であり、夏の読書としてはバッチリ。女子高生2人の甘酸っぱい思い出というおじさんから最も距離のある話だけど楽しめた。

 タイトルのパパイヤ、ママイヤはそれぞれSNS上のハンドルネームでありネットで知り合った2人の女子高生が川のほとりで駄弁っているのが大筋。カントリーサイドの河口付近というのは著者の作品だと旅する練習と似たような舞台なんだけども、そこから感じる本当の意味での匂い立つような日本らしさが印象的。冒頭に顕著な普通の人なら何気なく見過ごしてしまうような川や周辺の自然の描写が丁寧で見ている世界のレイヤーの違いに毎回驚く。そんな中で2人が異なる境遇を少しずつ共有しながら友情を深めていく過程がとてもオモシロかった。大袈裟な事件は起こらないのだけども、当人たちにとっては大ごとである、というのは思春期そのもので愛らしい。ウイスキーの大ボトルであれだけ一喜一憂させられるのは愉快すぎた。友情が深まる中で己の理解が深まり、それぞれが自分の将来に対して明るい兆しを見つけていく点も好きだった。見つかる人生と見つからない人生では雲泥の差だから。

 著者の最大の特徴は過去作から一貫して会話のリアリティにあると思う。物語に直接的に寄与しない会話こそが物語を豊かにする。神は細部に宿るとはまさにこのこと。その中でたまに芯を食ったパンチラインがありグッときた。一部引用。

「なんかなりたい自分だって気がするんだよね。あんたといる時だけ」

探すとかじゃなくて、忘れちゃダメなんだと思うよ。自分が自分だってこと。」

「でも、やっぱ決めてる子はもうバシッと決めててさ。なんか、よくない?道が続いている感じ。あとは、今がんばって、その道をちゃんと進めるかどうかだけじゃん。ウチだってがんばってないわけじゃないけど、そのがんばりって学校の中で比べてるだけで、どこにも続いていない感じして」

 エンディングとして2人の関係は友達、親友となっているのだけど、恋愛関係とも解釈できる気がする。ときめきの萌芽に思える場面がいくつかあったし、作者も友達以上恋人未満のギリギリを狙っているような…これとか友情よりも愛情の方が近い気がする。

わたしは、わたしのことを、私の知らないところで、わたし以上に考えたり汗を流してくれたりする人がこの世にいるなんて、やっぱり夢にも思えなかったのだろう。

まだ読んでいない作品があるので少しずつ楽しみたい。