2021年7月31日土曜日

二〇二〇年フェイスブック生存記録

2020フェイスブック生存記録/中原昌也

 昨年、作業日誌2004-2007 を読んだので続編的な立ち位置かと思って読んだ。タイトルにもあるとおりフェイスブックに載っていた日記をkindle限定で発行した模様。15,6年前とあまりにも何も変わらず、ひたすらに映画と音楽へ身を焦がしていて驚いた。コロナになって映画や音楽など、これまでのテンションでチェックできなくなる話とかよく聞くけど、そんなの関係なく貪るように見て聞いているのが圧倒的。以前との違いで言えばアマプラやネットフリックスなどのストリーミングサービスの存在がある。映画についてはそれらでフォローしていて、見たくなる作品がいくつか紹介されていて参考になった。
音楽はいまだにCD、LP、テープといったハードコピーで聞くというストロングスタイル。自身がアナログ楽器の音楽家であることも影響しているのかも。その一方でMacのソフトの便利さに感動するシーンもあった。
 著者はどちらかと言えば右翼ヘイターで「アベシネ」的なことも日記で繰り返し述べているのだけど、その界隈の日本の保守論客の動画を嫌々ながら見て、その人たちに好感を持ってしまっているという話何あってオモシロかった。絶対自分が胸くそ悪くなることが分かっているのに、あえて覗きに行ってしまう習性、この現象って「シャーデンフロイデ」みたいに名前があったりしないのだろうか。駅員とのトラブルのことが書いてあって、なんとなく優しい人だと思ってたから悲しかった…著者が気兼ねなく生きれるような世の中になりますように。 

旅する練習

旅する練習/乗代雄介

 前作の「最高の任務」が好きだったので読んでみた。読んでいる途中は牧歌的だな、いやなんなら少し退屈だなと思ってたけど、最後まで読み終わると信じられないくらい心に残る作品になっていた。しばらく「なんでなんだ…?」という気持ちになり、この小説のことをしばらく考えてしまうくらいに。あとタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」思い出した。
 叔父とサッカーを愛する少女がコロナ禍において茨城県を旅するロードムービーならぬロード小説。物語の緩急の付け方がオモシロくて鳥の観察日記や風景描写のところは時間が異常に停滞する一方で会話のテンポはとても軽やか。この対比が小説にリズムを産み、自分が妻や友人と旅に出ていた頃を思い出す。コロナでなかなか行けなくなったけど、人とどこか見知らぬ場所に行くのは豊かな体験だったのだなと思い出させてくれた。また会話の中で「食べよーよ」とか「いーよね」とか「ー」が生むまったり感が好きだった。「食べようよ」「いいよね」だとは伝わらない、駄弁っているニュアンスが出ていて、人が駄弁っているのを聞くのが好きなので良かった。
 親子物語ではないので過剰にウェットにならないところも設定として良い。また第三者である大学生が登場してから物語は大きく展開していくのだけど、そこも主体的に人生を生きるというテーマがあり、何か自分で目標を用意して生きないとなと襟を正すような気持ちになった。
 全体に冗長というか、旅行の記録としては振りかぶった文章が目につくなと思ったら、それらは最後に全て回収されて「うわー」と思わず声が出てしまった。自分が当事者にならないと何気ない日常の尊さは気づけない。コロナ禍で亡くなった人への鎮魂歌として捉えることもできるかもしれない。練習ではなく皆が好きなだけ旅に出れる日が戻ってきて欲しい。 

2021年7月23日金曜日

MPC IMPACT! テクノロジーから読み解くヒップホップ

MPC IMPACT! テクノロジーから読み解くヒップホップ /大島 純

 Kindleのセールで半額になっていたので読んでみた。タイトルどおりの内容でAKAIのサンプラー(MPC・SPシリーズ)の歴史を下敷きにしてヒップホップの歴史が解説されていて興味深かった。ヒップホップの誕生から急激に発展していく流れを描いた本は何冊か読んでいるけど、日本人の方が書いていることもあり、とても読みやすくて頭が整理できた。また新譜ばかりに目が行くけども、温故知新でこういったヒップホップのレガシーを見つめ直すことができて、自分がどうしてヒップホップに魅了されているのか?丁寧に解きほぐしてもらった感覚がある。世代論は展開したくないが、やはりヒップホップの最大の魅力はサンプリングサウンドだなと思えた。(今年出た新譜でもJ.ColeとTyler The Creatorの2人のアルバムが圧倒的に好きだったのはそのパワーを伴っているからだし) そのサンプリングを可能にしたのはMPCとSPシリーズだ。
 AKAIの当時のエンジニアやリンドラムの生みの親であるロジャー・リンといったマシンの開発に関するインタビューと、実際の使用者、つまりUSのレジェンド級のプロデューサーのインタビューの両方が掲載されていることでAKAIのサンプラーがどのようにヒップホップに組み込まれていくのか、立体的に浮かび上がっている。知ったようでいて知らないことが山ほどあり、それだけで興奮しまくりだった。特に盲目のスティービー・ワンダーでも直感的に使えるように入力パッドが大きくなりクリック音も付いたという背景は驚愕…まさにそのとき歴史が動いた状態。またMPCがAKAIの日本的な調整型ものづくりとアメリカ的な個人の英知を集結させたモジュラー型ものづくりのハイブリッドであり、その結果素晴らしいモノができたという話はプロジェクトXのよう。またテクノロジーの進歩=サウンドの進歩であることもよく分かる。今も同じ状況だけども、できる範囲が少しずつ広がっていく中でプロデューサー、ビートメイカーの職人たちが試行錯誤しサウンドが拡張していく。特にピートロックが大好きなので、彼のインタビューが多く載っているのが嬉しかった。
 ピートロックもプレミアもディラも楽器は演奏できたけどあえてサンプリングにこだわったのはレコードに含まれる空気(イビルディーいわくFUNK…かっけーな、おい!)が含まれているからという話が興味深かった。あとはサンプリングの美学問題…借りるならリスペクトが大事なのでは?という論調はよく分かるけれど、始まりがパクリの音楽だし、この音楽の持つ乱暴さがときに革命を起こすので頭硬くなるのは避けたいなと個人的には思う。とはいえ今のようにソフト音源もほとんどない中でサンプリングであれだけかっこいい音楽を作った先人たちには本当にリスペクトしかないし、自分の人生が変わったきっかけの1つであることは間違いない。AKAIの機材の歴史を通じて、そのサウンドのプリミティブなところを知ることができる個人的良書。

2021年7月22日木曜日

ニッケル・ボーイズ

ニッケル・ボーイズ/コルソン・ホワイトヘッド

 以前に「地下鉄道」を読んでファンになったコルソン・ホワイトヘッドの新作。本作も前作同様にアフリカ系アメリカ人の人種差別がテーマで重たいけれどもエンタメとしても楽しめてオモシロかった。表紙がめっちゃかっこいいのでモノとしても最高。
 優秀で勤労勤勉なアフリカ系アメリカンの若者が大学へ行こうとした矢先、半ば冤罪のような形で少年院(ニッケル)へ投獄され、そこでの生活が中心に描かれる。入所前に公民権運動の最前線を目撃したりマーティン・ルーサー・キング牧師の演説をレコードで繰り返し聞いたり。単純にかしこくて真面目というだけではなく志が高い。そんな若者が自らの正義を貫いたにも関わらず少年院の管理者からの暴力に苦しむ姿が辛かった…さらにその不条理の世界へと順応していくのも辛い。キング牧師が非暴力での抵抗、敵を愛せと説いた言葉が、圧倒的な理不尽と暴力の前では子どもにとっては空虚なものでしかないのが痛烈だった。このラインとか特に。

彼らには平凡であるという単純な喜びすら与えられなかった。レースが始まる前から、すでに足を引きずってハンデを背負わされ、どうすれば普通になれるかわからずじまいだ。

 ところどころニッケル時代を回想する大人になった主人公の視点も入ってくるので、主人公がなんとか生きて脱出できたことは分かる作りになっている。したがって、読んでいるうちはこの地獄もいつか終わるものと思って読んでいた。しかし、思いもしない展開が用意されており終盤はページターナーっぷりが加速していった。序盤の伏線をめちゃくちゃ鮮やかに回収するラストの描写が圧巻だった。「来ないと思っていた未来が今ここに!」という感動が静かに立ち上がる。その時代を生きていない人間でもそれを体験できるのはフィクションだからこそ。本作は実際の少年院での虐待事件をベースに描いているので、それを広く知らしめるノンフィクションとしての機能も持ち合わせている。さらにはエンタメとしての魅力もバッチリなので非の打ち所なしの傑作!

2021年7月17日土曜日

ele-king vol.27 ハイプじゃないんだー日本ラップ現状レポート

ele-king vol.27

 日本のヒップホップ特集で表紙がISSUGIなら読むしかないということで読んだ。自分の好きなヒップホップが何なのか?改めて考えられるような1冊になっていてオモシロかった。(「日本ラップ」という表現には馴染めないけども)
 自分自身は日本のヒップホップをどちらかといえば「文脈魔(©︎R指定)」的な楽しみ方をしていて、音の魅力はやはりUS(最近では韓国)にどうしても惹かれる。その中でもやはり異質なのはISSUGIを中心としたDogearr周りのサウンド。彼らが出てきた頃は90sオマージュの1つの表現だったけど、それを15年近く貫き通した結果、日本独自のブーンバップのサウンドができあがってきた。さらにここ数年はリリックの円熟味が加速度的に増しており無双だなと個人的には思っている。そんな中でのインタビューでパンチライン連発で痺れまくり…自分のこと信じてやり抜いた人だからこそ見えるビューがあるのだなと思った。細分化が毎年のように進む中でこのラインが一番芯を食ってた。

ヒップホップはかっこいいか、ダサいかのふたつしかないんで。

 ついこねくり回してベラベラ語ってしまう病気に罹患している身からすると恥ずかしい。話はもっとシンプルだったことを思い出させてくれる、そんなラッパーISSUGI。これからも付いていきます!と言いたくなった。
 今回の特集はサウンド面からのアプローチが多くて、歌詞の意味やアルバムのテーマについてそこまで深堀りしないという今までの日本のヒップホップ特集では見かけないタイプなのが読みどころ。ralph&Double Clapperz、Seihoあたりのインタビューはサウンドとラップの在り方に着眼してて、いわゆる「村」のインタビューなら絶対言及されないだろう話があってオモシロかった。特にSeihoの後半の話が攻めに攻めていて、ネットでわちゃわちゃなりそうな大胆な議論だったので好事家の方は読んで考えてみるのがオススメ。
 インタビュー以外はコラムとディスクレビューとなっていて、これからヒップホップを聞きたい人にはうってつけな仕上がり。(QRコードが貼ってあって時代を感じた)そして、もう1つ今回の特集が偉大なのは書き手が新鮮な面々であること。もう見飽きたぜ!っていうくらい同じ人たちに牛耳られている世界だけど、こういうトライがあってこそより評論文化は豊かになると思うし、それに呼応する作品が生まれてくるはず。好きだったのは吉田雅文、荘子itのコラム。吉田雅文が特定のビートメイカーたちを「音響をディグする」という観点で捉え直しているのが最高に刺激的だし、荘子itは完全に菊地成孔のフローなので、その1点で好きになった。
 このカルチャーが大好きで15年近く狂ったように聞き続けているけど未だ飽きないし、これからがますます楽しみなのでシンプルにかっこいいラッパーがたくさん出てくる未来を期待している。

2021年7月15日木曜日

黒沢清の映画術

 

黒沢清の映画術/黒沢清

 古本屋でたまたま見かけて調べたら絶版していたので何かの縁と思って買って読んだ。キャリア初期から2005年までの作品をインタビューとともに紐解いていてめちゃくちゃオモシロかった。(そして数年前に初期作品が NETFLIXで開放されていたのに見逃してしまったことを後悔…)
 冒頭からびっくりしたのは蓮實重彦の薫陶を受けまくった映画好きだということ。立教大学出身で蓮實重彦が現在ほど権威化する前から彼の授業を受けていて、それが礎になっているそう。どういうポリシーで作品作りをしているか、そのショットがどういう意図なのか?まで、一作品ごとにかなり細かく語っていて、黒沢清の映画に対する認識が知れて興味深い。また彼の映画製作の歴史が彼の人生そのもので、日本の映画界をサバイブしてきた過程を説明していて厳しい世界だとよく分かる。さらにオモシロいのは登場人物が
日本の映画産業の中心人物たちだということ。そういった仲間、先輩、後輩、ライバルへの思いをかなり赤裸々に語っている。中でも伊丹十三との複雑な関係は全く知らず、人間同士だから色々あるのだなと遠い目になった。
 黒沢清の映画のオモシロさはホラーとしてのストーリーや設定の魅力もあるけれど、やはりショット、カットに対する強烈な美意識を堪能できるところだと思う。映画というメディアでカットを割ることに相当意識的で可能な限り割らない。なぜならカットを割る=嘘をつく行為だから。それこそフィクションなんだけど追体験装置としての映画の機能を最大限に発揮しようとしていることが分かって勉強になった。こういった職人気質があり芸術としての映画を極める人なのかと思いきや、分かる人だけ分かればいいというスタンスではないところもオモシロかった。つまりピンク映画、Vシネを経ているからこそだと思うけど、職業監督としての責も引き受けていく姿勢がかっこいい。この本を読んだ上でフィルモグラフィーを再見するのはかなりオモシロそうなので時間かけてじっくり映画を堪能したい。

2021年7月11日日曜日

二重のまち/交代地のうた

二重のまち/交代地のうた 瀬尾夏美

 ネットで本を買うことも多いけれど、やはり本屋でのセレンディピティは欠かせないということで行った本屋で遭遇した1冊。表紙の絵が印象的だったのと、以前に読んだ「あいたくてききたくて旅にでる」の著者である小野和子さんの帯コメントで買ってみた。とても興味深い1冊に出会えてよかった。
 まず構成からして特殊。最初に色鮮やかな挿絵がたくさんある詩があり、次は小説、最後に歩行録という三部構成。抽象度が高い順番に並べられていて、なんとなく津波や東日本大震災のことなんだろうなと察しはつきながら読み進めていくと、最後には著者や著者が話を聞いた各個人の超ミクロな視点にまで到達する仕掛けになっている。同じテーマについて異なるアプローチで表現、思考、伝達していく過程を逆再生しているようでオモシロかった。抽象度が後半にかけて上がっていくと逆に冷めてしまいそうなので、個人的にはこの順番が良かった。一通り読んでもう一度、詩と小説を読んでさらに噛み締めることができる。
 この本のテーマである「二重のまち」は決して東日本大地震で被害を被った人だけの話だけではない。災害が後を絶たない日本では全員が当事者になる可能性を秘めている。災害が起こったあとの復興の過程の話であり、その過程で失われていくものに注目しているところがとても勉強になった。(最近の熱海で問題になっていることは日本のどこでも起こりうることを強く感じた)メディアは自分たちの思い描いたストーリーを語っていくが、そこに生きているのは生身の人間であり各人のストーリーが存在する。復興と一口に言っても何をゴールとするのか?元通りにするのか?新しく街を作るのか?正論だけでは片付かない。人間としての逡巡が3つのフォーマットすべてから伝わってきた。考えることをやめたら終わりだなと思う。
 やはり最後の歩行録が日記好きとしては好きだった。陸前高田を中心に津波被害にあった方々の生活が見えてくるから。記録の期間は2018-2020の3年間なんだけど、2011年のボランティアから著者は10年間寄り添ってきていて、その視点からの論考もかなり興味深くパンチライン連発だった。

都市にいると、誰のどんなエピソードにも、あーわかる!といった感じで共感は可能なのだけど、お互いのライフスタイルや思想が異なることが前提となり過ぎていて、他者と何か(感情でも環境でも)を共有している感覚は持ちにくい

"当事者"は、さまざまな状況要因や情報によって、いろんなことを諦めながら生活を続けていく。それが、生き抜くための技術だから。でも。そういう"当事者"の諦めを集積していくだけでは、次の災害の"当事者"も同じ諦めを強いられることになってしまうかもしれない。

 被災者の認識に関する話は繰り返し登場しているのも印象的だった。自分自身も阪神大震災の被災者で、以前以後では人生が180度変わったといっても過言ではない。当時何も我慢していた意識はないけれど、子どもながらに尋常ならざることに巻き込まれている感覚はあって、そのことを思い出したりもした。誰もが被災者になるかもしれないし、被災者と話をすることもあるだろう日本において必読の1冊。

2021年7月3日土曜日

パンデミック日記

パンデミック日記

 新潮に掲載された日記特集号を改めて別冊にした1冊。好きな作家やミュージシャンが寄稿していて、彼らがこのパンデミック下でどのような生活をしていたのか知れて興味深かった。各作家1週間、合計52週で一年の日記になっているところが本作最大の特徴。食べたものやどこに行ったかまで細かくログする人から、取り組んでいる仕事に対する考えのあれこれ書いている人もいて粒度は様々。1年間を通じて場所、境遇、季節の組み合わせが無限にあって全く飽きずにひたすらページをめくる手が止まらなかった。感染拡大の程度が時期によって異なるし、コロナ禍といえども人それぞれの距離感があり、特に日本は強いロックダウンが行われていないので、この頃は確かにまだ外出できたなーとか、あの頃は本当にずっと家にいたなーとか、当時の自分の挙動が思い出された。各人のリスクとベネフィットの考え方に触れるという意味で日記はとてもわかりやすい指針なのは間違いない。日記を細かく書いておくと後で見返すのがオモシロい。今は中断してしまったけど再開したい気持ちになった。
 書く順番は編集部から指定しているようで完全に編集の妙が出ている。(石原慎太郎→植本一子の飛距離が一番笑った)またもともと新潮に掲載されていたものゆえに執筆者は小説家が多い。生活に執筆が組み込まれていてとても生々しく感じる。当たり前のことなんだけど、人によって書く時間や書き方が全然違う。自分が読んでいるものがこのように創作物として生み出されているのかと工場見学したような気持ち。パンデミック下で行動が制限されたとしても小説家のクリエイティビティに陰りはなく、抑制された生活しながら物語を紡いでいるのかという畏敬の念も抱いた。新作を読めてない作家の人もいたのでこれを機に読もうと思えたのも収穫、日記最高!