2016年9月27日火曜日

パズル



先生を流産させる会の内藤瑛亮監督作品。
リアル鬼ごっこで有名な山田悠介原作なんですが、
先生〜を撮った内藤監督向きの題材というべきか、
残忍な行為のオンパレード。
先生〜をメジャーでアップデートした
という言い方もできるかな?
ストーリーをかなり排除していて、
映画のルックがとにかく素晴らしかったです。
起こっている事態は極めて残忍なんだけど、
ポップな音楽がかかる中で、
無駄な説明なしにテンポよく進んでいくのが心地よい。
しかも残忍さは血の量、陰惨さ含めて邦画最高レベル。
ただソリッドな構成と残忍さのハーモニーによって、
物語の推進力が失われてしまったように感じました。
1つ1つのギミックのクオリティが高いだけに残念 …
あと素晴らしいのは役者陣。
とくに夏帆と高橋和也は終盤のバトル含めて最高最高!
(大和田獏の指ベロンチョの気持ち悪さも必見)
今年の最新作を見逃しているので、
どこかで見たいなーと思います。最悪DVDでも。

2016年9月24日土曜日

謝るなら、いつでもおいで

謝るなら、いつでもおいで

ここ数年友人と良かった本について語り合う、
というささやかな飲み会をしてるんですが、
そのときに教えてもらった 作品。
著者の川名壮志さんは毎日新聞の新聞記者で、
彼の上司である毎日新聞の佐世保支局長の娘さんが、
同級生に小学校で殺害された、
という事件を追ったノンフィクションです。
当時ニュースで見た記憶はあったんですが、
改めて大人になって知ると驚くことばかりでした。
青少年犯罪が報道される際、
マスコミでは犯行の動機を似非プロファイリングして、
「心の闇が〜」という紋切型の報道を多く見かけます。
この事件は加害者が小学生なので、
少年法の適用外であり「逮捕」ではなく
「保護」の形を 取っているため、
犯行の実態、動機解明が難しい中、
実態はそこまで単純ではないということを、
丁寧に取材を重ねて描かれていました。
僕が本作がノンフィクションとして優れている点は
時間の扱い方だと思います。
前半は自分も事件を見ているかのような、
海外ドラマの24を彷彿とさせるリアルタイム進行で、
事件を追っていく過程がとてもスリリング。
著者自身も記者として駆け出しだったこともあり、
事件という濁流に巻き込まれていく筆致は
読者も嫌が応でも引きずり込まれてしまう。
後半は事件から時間が経過したあとに、
被害者の父、兄と加害者の父 へのインタビュー。
当事者ではない世間にとって事件は報道されなくなったと
同時に記憶の彼方へと消えていく。
しかし、被害者、加害者は起こった事件と
一生向き合い続けて生きていかねばならないことを、
3人のインタビューから克明に浮き彫りにしていく。
とにかく経過した時間の「重み」が強烈で …
前半に下世話な気持ち全開で、
興味の赴くまま事件をむさぼっていた自分が
強烈に恥ずかしくなってしまいました 。
今や事件が起これば、被害者、加害者を含めた当事者の情報は
インターネットで遠慮なく平気で拡散していく世界。
その情報を見て訳知り顔するのは最悪だと思います。
一方で事件の全貌を知ることも実質的に不可能。
知ることと知らないことへの分別をつけて、
自分なりに考えることしかできないのかなーと
本作を読んでボンヤリと思いました。

怒り



<あらすじ>
犯人未逮捕の殺人事件から1年後、
千葉、東京、沖縄という3つの場所に、
それぞれ前歴不詳の男が現れたことから
巻き起こるドラマを描いた。
東京・八王子で起こった残忍な殺人事件。
犯人は現場に「怒」という血文字を残し、
を整形してどこかへ逃亡した。それから1年後、
千葉の漁港で暮らす洋平と娘の愛子の前に田代という青年が現れ、
東京で大手企業に勤める優馬は街で直人という青年と知り合い、
親の事情で沖縄に転校してきた女子高生・泉は、
無人島で田中という男と遭遇するが…
映画.comより)

吉田修一原作で豪華俳優が一同に会した作品で、
64と並んで今年最注目の邦画かと思います。
64の悪夢を思い出して少し不安になりましたが、
語りの手際よさとサスペンスの見せ方が抜群でした。
人をどこまで信じられるのか?というテーマが
今の社会の雰囲気とマッチしていて好きでした。
犯人は誰なのか?にかなり重心がかかっているので。
原作未読で見た方が楽しめるかもしれません。

※ここからは盛大にネタバレして書きます。

冒頭、犯行現場の様子を描いていくんですが、
その陰惨さからしてテンションが上がりました。
派手にグロいという訳ではなく静かに狂っているといった感じ。
犯人の名前や姿は分かっていて、
全国指名手配がかかるんですが犯人に似ている男が3人登場。
それぞれの物語をパラレルに描いていく作りになっています。
本作の一番オモシロかったところは、誰が犯人なのか?
というサスペンスの部分です。
容疑者候補の3人とも積極的に過去を語ることはなく、
しっかりと演出と撮影で見せてくれます。
僕が一番グッときたのは弁当を使った演出。
犯人の部屋はゴミ屋敷なんだけど、
弁当の空箱や空き缶が綺麗に並べられていました。
その後、綾野剛演じるがコンビニで弁当を買った後、
しきりに袋に入った弁当の向きを気にする仕草を見せるんですね。
こういった何気ない演出を3人で繰り返していき、
「やっぱこいつでしょ?!」と疑念を抱かせていく。
また何回か犯人の犯行の様子を映像で見せてくるんですが、
絶妙なカメラワークで見えそうで見えない。
この2つの組み合わせで犯人への興味が持続していく、
サスペンスの見せ方が上手いなーと思いました。
(あと坂本龍一のノイズを含めた音楽も最高最高)
3つの物語はクロスすることはなく独立しているんですが、
これらの語り口の手際の良さも抜群で混乱なく見れました。
(東方神起を使った場面転換の演出はフレッシュだった!)
ただ物語のオモシロさのレベルに差が結構あって、
僕は沖縄シークエンスが圧倒的に好きでした。
原作未読なのでこの沖縄の描写が、
どこまで原作に忠実なのかは分かりません。
ただ、今日本では何に「怒り」を抱くべきなのか?
ということをダイレクトに描いています。
若い広瀬すずがここまで体張っているのに、
大人が他人事でいれるのか?と問われた気がしました。
このシークエンスが素晴らしくなったのは、
もちろん広瀬すず、森山未來といった有名俳優の力もありますが、
佐久本宝という本作で抜擢された彼の存在感が
非常に大きな役目を果たしていると思います。
彼の悩む姿が見ていて心が痛むんですよね、、純粋がゆえに。
彼が抱えた「怒り」の矛先も悲しい結末でした…
前述した通り、本作は他人への態度、
さらにいえば他人をどこまで信用するか?という話。
なんでもレッテルを貼ってカテゴライズし、
自分で考えることなくその枠に乗っかり「そういう人」と認識する。
「実際に向き合ってこそ分かることがあるでしょう!」
と言ってしまえばクサいなーと思う人もいるかもしれませんが、
今映画で伝えなきゃいけないくらい、
この感覚が当たり前でなくなっているのかなと。
東京のシークエンスが必要以上に同性愛描写を
強調しているのはこの辺も関係しているんだと思います。
つまり、自分と異なる考えの人とは対話しないし、
想定した枠から飛び越えたものを拒絶する人が多過ぎるなーと。
ラストの宮崎あおいのカメラ目線のショットは、
こちらの心を見透かされているような気持ちになりました。
作品の中に「怒り」を探すというより、
自分の「怒り」はいったいどこへ向かうのか?
また、自分に降りかかる他人の「怒り」にどう対処していくのか?
などを真面目に考えたくなる作品。

2016年9月19日月曜日



黒沢清監督作品。
映画の頭脳破壊で西島秀俊さんと語られていたので、
気になって見てみました。
幽霊の描き方が独特でオモシロかったです。
悲劇が連鎖していくというのは、
リングでもありましたが、その連鎖と異なるのは、
幽霊はあくまで誘水でしかないところ。
呪われた人が死ぬのではなく、
呪われた人はその人が憎いと思う人を殺してしまう。
海水で溺死させる手法自体も怖いし、
冒頭からそのショッキングな様子を
遠慮なくぶち込んでくるあたりが好きでした。
主人公のマッドな刑事役を演じるのは役所広司で
物語が進むに連れて顔がキマっていくのが最高。
終盤はまさかの展開の連続で度肝を抜かれました。
(伊原剛志の吸い込まれ方よ!)
絶妙に嫌〜な気持ちになるのでホラー映画としてオススメ。

2016年9月18日日曜日

映画の頭脳破壊

映画の頭脳破壊

映画への愛を取り戻すべく映画本でも…
と思って読んでみました。
中原昌也さんの小説は何冊も読んでいるんですが、
映画関連の書籍は初めて。
特定の作品について14人のゲストとの対談が
収録されている作品です。
非常にバラエティに富んだ面々で、
作家、映画監督、批評家などなど。
1人目の蓮實重彦と語っているのが、
クリント・イーストウッドの「硫黄島からの手紙」、
「父親たちの星条旗」でシビれました。
両方とも見ているんですが随分前ですし、
作品の立ち位置や見方がフレッシュで
すでに見た作品でももう一度見たくなりました。
とくに蓮實重彦が語っていた、
二宮くんの顔の無記号さゆえの存在感の話がオモシロかったです。
亡くなってしまった鈴木則文監督と、
スコセッシのディパーテッドを語るなんて、
組み合わせの妙として最高すぎる!
映画って人によって見方が全然違うし、
その差異にこそオモシロさがあると思っています。
「これは〜のサンプリング/インスパイア」
というファクトを積み重ねていく町山さんが
提示している映画の見方も為になるし好きなんですけど、
それを天高く掲げて「これが絶対正解!」と
振りかざすのはちょっと違うよなーと思うわけです。
そう考えると中原さんの見方はユニークで、
同意できる点もあるし、厳しいな〜と感じる点もありました。
最後に今思っていることを自戒の意味も込めて引用。

この映画を観たら何かが得られる、
何かを得るために小説を読むというのは、
本当に卑しい感じがしてしまう。
そんなやつはプラモデルでも作っていればいいんですよ。

エル・クラン



<あらすじ>
裕福なプッチオ家は父と母、5人の子どもたちと幸せに暮らしていた。
ある日、二男が通う学校の友達が誘拐され、姿を消す。
以降、金持ちだけを狙った身代金事件が多発し、
近所の住民たちが不安な毎日を送っていた。
そんな中、プッチオ家の主のアルキメデスは、
妻の作った夕食をなぜか2階にある鍵のかけられた部屋に運ぶという
不審な動きをしていた。
映画.comより)

予告編の「殺し屋家族!」というのを見て、
興味があったので見てみました。
アルゼンチンの実話ベースの映画なんですが
1980年代の政治事情を交えつつ、
本当にこんなことが起こったのか?
と思ってしまうぐらい、
ショッキングな内容でオモシロかったです。

※ここからは盛大にネタバレして書きます。

アルゼンチンの政治情勢を実際の映像を交えながら、
冒頭で共有する形で映画はスタート。
この政治情勢の紹介がそこまでスマートでなくて、
これから見る人はwikiってから見た方が、
話は飲み込みやすいかもしれません。
誘拐を裏家業とする一家が主人公。
予告編だと家族全員共犯のように見えますが首謀者は父親。
この父親の超悪そうな顔がたまりません。特にギョロ目。
そして、その顔通りというべきか行うことは外道そのもの。
手口としては裕福な親の子どもを誘拐して、
身代金を巻き上げるという手法。
しかも、身代金を受け取った後は基本的に殺してしまう。
誘拐の大義としては軍事政権をサポートするということで、
「国のため」という建前があるんですが、
結局私利私慾にまみれていることは、
物語が進むにつれて明らかになってきます。
家族の中で一番不幸な目に会うのは長男。
彼は父親の誘拐家業をなんとなく手伝ってしまうんですね。
しかも、自分の友達を誘拐するという…
父親の店を譲ってもらったり、誘拐の報酬をもらったりして、
誘拐への抵抗がなくなっていくのが見てて辛かったです。
ただ常に彼の顔からは罪悪感がヒシヒシと伝わってきて
悔恨の気持ちを吐露させない演出が良かったと思います。
長男以外の家族は無関係とはいえ、
人質と一つ屋根の下に暮らす異常事態の中で
生活している彼らが父親の悪行を全く知らない訳もなく。
本作では直接的な拷問を含めた暴力はあまり見せないんですが、
普段の生活でたまに聞こえる壁越しの叫び声が超怖かったです。
犯罪に巻き込まれることに耐えきれなくなった三男は、
まだ中学生くらいなのにラグビーの試合で
訪れる他国に亡命しちゃうんだからすごい話。
途中でアルゼンチンが民主化してからは、
逆に弱い立場におかれた軍事政権側を
ターゲットに誘拐を再開。
ここから父親が築いた悪の帝国が崩壊していきます。
本作でオモシロかったのは音楽の使い方。
KINKSのSUNNY AFTERNOONがテーマ曲として、
繰り返し流れますし、誘拐シーンでも比較的ポップなものばかり。
そして実際に人質の叫び声をかき消すために、
1日中同じ曲をかけ続けるシーンが一番狂ってて最高でした。
後半にかけて対立する父と長男のバトルが凄まじく、
とくに父が誘拐失敗してブチ切れるシーンが圧巻。
あえて鏡ごしに父親の顔を見せる演出がナイスでした。
あと、本作は印象的なワンショットが多く、
予告編で使われているシーン然り、
ラストのあまりにショッキングな展開然り。
前者は日常と地続きの暴力だし、
後者はVFXの恩恵を含めてその躍動に驚きました。
実話ものにありがちなんですが、
映画が終わったあとに出るテロップで伝えられる、
その後の登場人物の人生の方が衝撃的という…
とくに長男の話は超キツかったですね。。
事実は小説よりも奇なりが体験できるオモシロい映画。

2016年9月17日土曜日

オーバー・フェンス



<あらすじ>

妻に見限られて故郷・函館に戻った白岩は、
職業訓練校に通いながら失業保険で生計を立て、
訓練校とアパートを往復するだけの淡々とした毎日を送っていた。
そんなある日、同じ訓練校に通う代島に
キャバクラへ連れて行かれた白岩は、
鳥の動きを真似する風変わりなホステス・聡と出会い、
どこか危うさを抱える彼女に強く惹かれていく。
映画.comより)

海炭市叙景、そこのみにて光り輝くに続く、

佐藤泰志原作三部作の最終章。
それを山下敦弘監督×オダギリ・ジョーで撮る
という情報を見た時から楽しみにしていました。
最近映画への感度が鈍っていたんですが、
やっぱり映画が大好きだ!
心の底から叫びたくなるくらい素晴らしかったです。
映画でしか見れないと言い切れる情感が
作品の中に散りばめられていました。

※ここから盛大にネタバレして書きます。


カモメが飛んでいるモノクロのショットという

意味深なショットからスタート。
前半はオダギリ・ジョー演じる
白岩がどんな人間であるかということ、
彼と蒼井優演じる聡の出会いを中心に描かれています。
僕がとにかく好きだったのは白岩の人物描写。
とくに家にいるときの彼のたたずまいから、
ヒシヒシと伝わってくる孤独がたまらなかったです。
それは家のロケーション、部屋の中の無機質さ、
缶ビール2本と弁当など、スクリーンに映るものすべてから
どうしても滲み出てしまう何かとしか言いようがなく、
映画を見ているんだ!という感動に酔いしれました。
背中で語るとはこのことだと。
あと白岩の自転車漕ぐ姿の軽やかながら、
哀愁も感じさせるナイスな塩梅もたまらなかったです。
(聡との2人乗りは近年ベスト級の甘酸)
本作はそこのみて光り輝くから続投しているスタッフが多く、
その中で大きな役割を果たしているのは
撮影を担当している近藤龍人さん。
引きのショットにおけるカメラの場所、
絶妙な光と影の使い方など、
惚れ惚れするようなカットのつるべ打ち。
僕が一番好きだったのは聡に車で送ってもらって、
家に上げることなく彼女が帰るのを台所で待つシーン。
車のライトが入ってくる真っ暗な部屋が
ため息が出るほど美しくてかっこいい。
この恐ろしくかっこいいショットと
適材適所な役者陣とその演技のアンサンブルが最高最高!
主役となるオダギリ・ジョーと蒼井優は、
魅力が思う存分発揮されていると思います。
(鳥人としての蒼井優のチャーミングさよ…!)
お互いが人には言いにくい過去を抱え、
不器用ながら徐々にお互いに向き合っていく姿に心打たれる。
パンフレットでも監督自身が言及されていましたが、
動物園での2人のシーンが本作の最大の特徴だと思います。
極めて現実なところから一気に物語へと飛躍する、
その瞬間をどう思うかで印象が異なるかもしれません。
最初はえっ!って思ったんですけど、
映画を全部終わると思いが初めて届く作り。
これまた映画だからこそ!と言いたくなってしまう。
さらに脇を固める役者陣が皆が超いい味出していて、
おじさんモラトリアムとでもいうべき、
職業訓練学校の面々のキャラの濃さが最高最高!
終わりが見えない中で、
とりあえず大工の勉強するか …という緩さと
卒業した後の将来への不安が交錯する世界。
当たり前の話ですが、社会には色んな人がいて、
食ってくのは面倒だけど、それぞれが精一杯生きている。
皆が器用に生きることができるわけではないし、
人生ってそんなにうまくいかないよね。
という本作の持つメッセージが
名バイブレイヤーの存在で増幅されていると思います。
僕が好きでかっこいいなと思ったのは、
北村有起哉演じる原というキャラクター。
めちゃめちゃ笑わせてくれるのも最高なんだけど、
本作で出てくる中で一番正直なんですよね。
情けないかもしれないけれど、
自分の気持ちに嘘をつかないで生きている姿が
かっこいいなーと思いました。
逆に心の内が一番見えないのは松田翔太演じる代島。
本作の公開にあたって、彼がボクらの時代に出演していた際、
本作にかける意気込みを聞いて期待してたんですが、
気持ちを直接見せない中、微妙なニュアンスの変化を
見事に演じ切っていて良かったです。
また、ソフトボールを練習するという設定もよくて、
アルドリッチのロンゲスヤードじゃん!と思って
テンションが上がったりしましたね。
最後、「オーバー・フェンス」した瞬間には、
理由もなく泣いてしまいました。。
三部作の最後を飾る素晴らしい傑作。

2016年9月14日水曜日

スーサイド・スクアッド


<あらすじ>
バットマンをはじめとするヒーローたちによって投獄され、
死刑や終身刑となった悪党たちが、
減刑と引き換えに「スーサイド・スクワッド(自殺部隊)」
の結成を強制され、危険なミッションに挑む。
映画.comより)

スタイリッシュでかっこいい予告編を
初めて見たときから、これは絶対オモシロいやつ!
今年公開のアメコミ映画で一番期待していた作品。
しかし、その期待が木っ端微塵に打ち砕かれてしまった …
あまりに期待が高まりすぎていたのか、
完全に食い足りなかったです 。
部分的に好きな部分はあるとはいえ、
全体的な出来は良くないと言わざるを得ない。
次のDCはワンダーウーマンらしいので、
そっちに期待するしかないのかなぁ。。。

※ここからは盛大にネタバレして書きます。

悪い奴らが徒党を組んで更に悪い奴らと戦う。
これは映画が好きな人は無条件に興奮する設定だと思います。
古くは特攻大作戦から始まり、
最近であればDCのライバル会社MARVELが産み出した、
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーなど。
いずれの作品も僕は大好きなんですが、
今回の作品では最初の設定のところで、
僕は乗り切れなくなってそのまま終わってしまった感じです。
ロジックとしては彼らは超極悪犯で脱走する可能性があるため、
首にナノ爆弾を仕込み逃走したやつは爆破するというもの。
文字にすると納得できるんですが、
実際の映画を見ると囚人という弱者を
強者が暴力でコントロールしているようにしか見えなくて、
とても不快な気持ちになるんですよね。
前半でスクアッドの面々を紹介するパートがあるんですが、
ここで彼らがいかに残虐な人間なのかという表現が、
あまりにも弱いことが原因だと思います。
暴力的にコントロールしなければならない理由の部分を
言葉で説明して画で見せてくれないんですよねー
(紹介時に見せてくれる格ゲー風な演出は好きだったんですが)
これはアメコミリテラシーに関わる部分だと思うんですが、
メインのキャラクターをウィル・スミス演じる
デッドショットに据えたことも
本作を好きになれなかった理由の1つだと思います。
狙撃の名手という肩書きはオモシロいんですが、
いかんせん感情移入しにくいというか、、、
ウィル・スミス=親子物語という紋切型の方程式を
ここぞとばかりに導入しているんですが、
それが見事に滑っていて見ていて
「どうでもいい 〜」という気持ちがフツフツと湧いてくる。
子どものために更生するんだという話でもなく、
かといって悪に振り切っているのかといえば、
一番理性があるキャラクターになってたりして中途半端。
僕が好きだったのはショーウィンドウの
親子マネキンをもの哀しげな目で見るシーンぐらいでした。
スーパーマンから始まる近年のDCコミック映画において、
僕が一番納得できないのがパワーバランスの作り。
「こんなの勝てないし人類即滅亡するやろ!」
という敵ばかりが出てきて、
最終的に浅〜いロジックで主人公側が勝つというのは
納得もできないし正直見飽きました。
アクションもチャカチャカ系で見にくいし、
ザック・スナイダー直伝のスロモの使い方も、
もしかすると一番ダサく見える時代なのかもしれません。
さんざん文句垂れてきましたが、
何が良かったかといえば、
マーゴット・ロビー演じる、ハーレイ・クイーンと
ジャレッド・レト演じるジョーカーを巡る話。
彼らの物語はサイドストーリーなんですが、
狂った愛情という意味で見応えがありました。
またヴィジュアルありきとはいえ、
ジョーカーの部屋でのクレーンショットや、
蝋のタンク(?)に飛び込むシーンがカッコ良かった!
ジャレッド・レトのジョーカーぐらい、
他のメンバーも「ヤバいやつ」と観客に思わさせる
演出が必要だったと思います。
あと好きだったのは音楽の使い方です。
ヒップホップ、ロックを中心として、
それこそGOG意識してるんかな?というくらい
多くの曲を大胆に使っていて良かったです。
特にEMINEMのWITHOUT MEが流れた時は
超久々に聞いたのでブチ上がりました!
監督、脚本はデビッド・エアーで
警察もの傑作が多い彼だから期待していたし、
過去作は好きな作品が多かっただけに
ひたすらに残念な気持ちです。次作頑張ってくれ!

2016年9月12日月曜日

最後の命

最後の命 (講談社文庫)

中村文則作品。
2010年に文庫化されているんですが、
買い逃していてやっと読むことができました。
倫理的にかなり突っ込んだ内容なので
万人におすすめできないけれど、
僕はとても好きな作品でした。
普段から本を読むことでしか味わえないことが、
必ずあると思っているんですが、
その1つに普段深く考えないことに
否が応でも直面させられる点があると思います。
本作では幼い頃に知的障害を持つ女性に対する、
集団強姦という恐ろしい場面に遭遇した、
2人の主人公がそれぞれ別の道を辿りながら、
「生」と「性」についてどのように向き合うのか?
というテーマでサスペンスを交えて描いています。
脊髄反射で酷いもの、汚いものを拒否する人は
世の中に一定数いると思うんですけど、
嫌だ!と思考停止するのではなく、
「悪めいたもの」の存在理由を考えることが
大事だと思うんですよね。
読んでると辛くなるというか、
性犯罪は当然許されるような行為じゃないですし、
「男の衝動だから …」みたいなくだらない言い訳でもない。
外的要因と内的要因の狭間から生まれる、
アンコントロールな負の感情とでもいいましょうか。
安易な二元論に逃げない中村さんが、
物語にかける祈りにも似た強い思いを感じました。
「何もかも憂鬱な夜に」が好きな人は好きだと思います。
映画化されているそうなので、そっちもチェックせねば。

2016年9月11日日曜日

グッバイ、サマー



<あらすじ>
女の子のような容姿でクラスメイトから馬鹿にされ、
多くの悩みを抱えている画家志望のダニエル。
ダニエルのクラスに目立ちたがり屋で
変わり者の転校生テオがやってくる。
周囲から浮いた存在同士、意気投合したダニエルとテオは、
息苦しい毎日から脱出するため、ある計画を思いつく。
それはスクラップを集めて、
自分たちで作った「夢の車」で夏休みに旅に出ることだった。
映画.comより)

ミシェル・ゴンドリー監督作品。
昨年開催された美術館で展覧会に行って、
日本未公開の「背の高い男は幸せ?」という作品を見て、
しかも上映後の監督のティーチインまで参加したので、
特別思い入れのある監督の1人です。
DIY精神全開のミシェル・ゴンドリー作品!
といった内容で抜群にオモシロかったです。

※ここからは盛大にネタバレして書きます。

ダニエルは3人兄弟の真ん中で、
次男と同じ部屋で暮らしているんですが、
その部屋で寝ている彼のショットから映画はスタート。
このファーストシーンからして最高で、
彼らの部屋にはラインが引かれていて、
次男とダニエルの部屋に境界線が存在する。
次男が几帳面で整理整頓されているのに対して、
ダニエルの方は机は画材だらけで、
床に服を撒き散らしているという様子から、
彼の溢れ出る想像力を想起させる素晴らしい演出。
ダニエルの両親は共働きで不仲、
しかも母親はよく分からない宗教にハマっている。
学校では見た目が女の子っぽいことから、
男子とはそこまで打ち解けられない一方で、
好きな女の子からは異性として認識されない。
家庭、学校、どこにも居場所を見つけられない彼が、
転校生のテオと仲良くなっていくことで、
終わらない日常からエスケープし躍動し始める姿が、
見ていてとても愛おしく感じました。
同じ学年なんですがテオはメンターのような役割で、
彼がダニエルに初めに薦めるのは絵の個展を開催すること。
ダニエルの絵はパンクバンドに傾倒する兄や、
ロックスターの絵を描いているんですが、
テオに背中を押されて画廊に持ち込んで見事採用。
これで皆に認めてもらえる!と思いきや誰も来ない…
満たされない承認欲求を抱えながら、
ダニエルたちが夢中になるのは、
ジャンク品で車を作るということ。
ゴンドリー作品においてDIYは1つの大きなファクターで、
実際、彼がティーチインで強く主張していたのは、
人類皆クリエイターであり、もの作りは尊い行為なのである
ということでした。
とくに若い頃にものを作ることを重要視していて、
それゆえに世界中をワークショップで回っているとも。
本作はまさにその考えを具現化したものだと思います。
少年×DIY×旅という3つの要素を設定したことで、
すでに本作は勝ったも同然。オモシロくならないはずがない。
持てる知恵を総動員して自分たちが
やりたいことを獲得していく、
「自分の意思次第でなんだってできる!」という
思春期独特の万能感が眩しかったです。
車だと許可が降りないから、
小屋にカムフラージュするという発想もナイスで、
(坂口恭平氏が提案しているモバイルハウスそのもの)
警察との遭遇シーンはまさかの展開で笑ったし、
その手前の野グソシーンも最高最高!
監督の強いアナログ嗜好を感じる演出で、
いくらアンチデジタルだとしても、
そこまでしなくてもいいやん…と思いました。
一番笑ったのは1泊目で私有地に侵入してしまい、
その家に招待されたシークエンス。
寝室を丁寧に1人ずつ与えてくれるんですが、
そこでダニエルがシャキーラを恐れるシーンで、
劇場は爆笑に包まれていました。
その後のホラー映画のような展開も良かったです。
こういう笑えるところが多い一方で、
真剣なアイデンティティーを巡る
会話が随所に散りばめられていました。
その会話を踏まえて彼が決断する断髪。
女子と間違われる世界からの卒業。
ここでまさかの日本人が登場し、
それが散髪とマッサージを提供する謎の風俗店という。。
一体どういう設定なんだと思いつつも、
逆モヒカンは笑ってしまいました。
後半ではロマ族という社会派の突っ込んだテーマがありーの、
若者ロードムービーお約束の仲違いが発生。
ここでそこまでシンミリとせずに、
共通の敵をさっと持ってきて、
比較的早めに2人の物語に戻っていくところが好感大でした。
(過剰なウェットさは本作に不要だと思うから)
ラストはなかなかアクロバティックな展開だなーと思っていたら、
さらに残酷な現実が彼らを襲ってしまう。。
この対比が心に深く残りました。
大人の都合で子ども同士が疎遠になるほど、
切ないことはないのだけれど、
大人になったときに当時を思い出し、
良き思い出となればそれで良しなのかもしれません。

2016年9月9日金曜日

あなたが消えた夜に

あなたが消えた夜に

中村文則作品。
私の消滅がかなりオモシロかったんですが、
そのあとがきに本作と教団Xがあったから、
書くことができましたという話があり、
それは読まねば!ということで読みました。
刑事バディもののサスペンスかと思いきや、
通り魔殺人事件を捜査していく過程で、
徐々に悪が広がっていき途中から中村節が炸裂してました。
テーマとして教団Xで描かれた信仰と、
私の消滅で描かれた意識(洗脳)の両方が入っているので、
2作をつなぐブリッジのような内容になっています。
突き詰めまくった2作を読んだ後に読むと、
少し物足りなく感じますが、
3作の中で一番エンターティメントとして仕上がっているので、
普段中村文則作品を読まない人でも楽しめると思います。
横山秀夫の64を彷彿とさせる警察内部のいざこざや、
シリアスな中に挟まれるコメディ要素など。
3部構成になっているんですが、
事件がかなり複雑で読み進めるにつれて、
インフレしまくりで回収できるのかと不安に思うくらい。
そして2部までは全貌がほとんど見えない中で、
僕が一番好きだったのは第3部でした。
もろに遠藤周作の沈黙を彷彿とさせる、
信仰に関する1人の人間の苦悩がとてもオモシロかったです。
その部分だけ読むと何言うてまんねんと、
納得できない部分があるかもしれないですが、
それまでに散りばめた悪の要素が
溜まりに溜まって3 部で炸裂するという構成もナイスでした。
タイトル&装丁の物語との親和性も抜群。
最近、中村作品の読みすぎで、
悪夢見る頻度が異常に高くなっていますが
次に読む本も中村作品。悪夢よ止まれ!

トゥモロー・ワールド



アルフォンソ・キュアロン監督作品。
ゼロ・グラヴィティを見たときに過去作品を
見たいなーと思ってたんですが、
このタイミングで見ました。
人類から生殖機能が失われ究極の少子化社会が到来。
そんな中でイギリスだけが治安がたもたれていて、
他国からの難民を収容所にぶち込むという世界。
お話全体のトーンとしてはディストピアSFで、
そこで展開されるサスペンスがとてもオモシロかったです。
とくにアクションの迫力が抜群。
黒澤清監督が唱えるワンショットで保たれるリアリティを、
もろに具現化しているのがキュアロン×ルベツキ(撮影監督)のコンビ。
冒頭のカフェ爆破のシーン然り、移民たちに襲われるシーン然り、
ワンカットで見せることで切迫感が画面を悠々と飛び越えてくる。
POVがもたらす臨場感も好きなんですが、
同じワンカットでも彼らの表現は更に上質とでも言いましょうか。。
2006年の作品だけど古臭く見えないのも良い点で、
CGの使いどころをしっかり計算しつつ、
近い将来を描いているからだろうなと
舞台がイギリスということもあり、
調子の良いロックナンバーが
ところどころで選曲されているのもナイス。
子どもは希望であり、明日を切り開く存在なのである、
というメッセージもゼロ・グラビティと共通した
生の肯定として受け止めました。
ポスターヴィジュアルは絶望的にダサいけれど
中身は素晴らしい作品。

2016年9月5日月曜日

MEET THE FILMMAKER

第一線で活躍する映画監督の話を
直接聞くことができるMEET THE FILM MAKER
というAppleが主宰のイベントに行ってきました。
昼休みにネットサーフィンしてたら、
たまたま見かけて、東京のこういうイベントって
席取れないよなーと思っていたら、
運よく予約できたので2日連続で参加。
1日目は黒沢清監督と浅野忠信さん、
2日目は西川美和監督とプロデューサーである、
バンダイビジュアルの西川朝子さん、分福の北原栄治さん。
両監督ともに日本の監督の中で、
とくに好きな方たちなので期待していましたが、
生で話が聞けてとても楽しかったです。
1日目と2日目で共通していたのは、
日本でオリジナル映画作品を撮ることの難しさの話。
漫画や小説の原作の映画化が跋扈する時代においては、
映画オリジナルのストーリーで撮ることが難しい。
そんな中でも自分の表現したいものを
能動的に獲得しようとする姿勢がカッコよく見えました。

DAY1




黒沢監督の次の作品はフランス製作の映画で、
俳優もフランス人なので見た目は完全にフランス映画。



長年温めてきた脚本らしく日本で撮れない中、
巡り合わせでフランスで製作されることになったそう。
「宣伝の関係で言いにくいですが、ホラーです!」
と言い切ったときには会場が笑いに包まれてました。
僕が一番なるほどな〜と思ったのは、
映画という言語は世界共通であるという話。
映画は世界中で同じフォーマットなので、
ドメスティックでも構わなくて、
突き詰めれば世界に通用するものになると。
最近のKOHHの活躍はその最たる例ですよね。
(Frank Oceanの最新作への参加はさすがにたまげた)
浅野忠信さんはひたすら男前でした。トークも見た目も。
次に出演する淵に立つ人は監督が好きな深田晃司さんで、
相当オモシロそうだったので今からとても楽しみです。



DAY2



西川監督自身が書いた永い言い訳が、
本当に素晴らしい小説で大好きなんですが、
やっと映画がこの10月に公開されます。



前日が志のような抽象的な話が多かった中で、
超具体的な話のオンパレード。
とくに映画を作る際のお金の話が中心でした。
必要な金額やお金の流れまでプロデューサーの、
西川朝子さんと北原栄治さんが丁寧に説明していました。
映画ファンの間で悪名高い製作委員会についても、
分かったような気でいましたが、
実際に仕事されている人の話を聞くと、
そりゃビジネスだもんなーと納得。
オリジナル作品が撮りにくい時代において、
西川監督はこれまですべてオリジナル脚本の作品。
1つの会社と良好な関係を継続的に作っていくことで、
自分の立ち位置を確保するのも、
1つの手段なんだなーと思いましたし、
彼女の師匠である是枝監督も
オリジナル作品へのこだわりを見せている方なので、
早くミシマ社から出てる是枝監督の本読まなきゃ!
永い言い訳にまつわる話はどれも大変興味深く、
四季を作品内に盛り込むために撮影が1年に渡った点、
主役に本木さんに決めてから、
初めて監督とプロデューサーが会った時の話、
初めて向き合った子役演出の難しさなどなど、
早く見たい!という気持ちになりました。
一番オモシロかったのは映倫のR指定の基準の話で、
うろ覚えなんですが、
男のお尻の割れ目が映った状態で
3回半腰が上下するとR指定になっちゃうらしい!
あとポスターのメインヴィジュアルの話も興味深くて、
どれも似たようなものばっかりだけど、
このヴィジュアルは作品内には出てこないカットで、
写真家の上田義彦さんの撮り下ろしとのこと。


以下のとおり、トークセッションの内容は記事になっていますし、
後日AppleのPodcastで公開されるそうなので、
興味ある人は聞いてみてください。

DAY1
黒沢清と浅野忠信が明かす、
ハリウッドやフランスの映画制作舞台裏

DAY2
本木雅弘の起用は是枝裕和の助言から、
西川美和「永い言い訳」の配役に自信見せる

2016年9月3日土曜日

私の消滅

私の消滅


中村文則最新作。
Aで若干の消化不良を起こしていたので、
最新作ということで楽しみにしていました。
僕は去年の冬、きみと別れにおいて、
中村さんのミステリーを語るスキルの高さを知りましたが、
本作はさらにその先を提示した傑作だと思います。
学術的であると言っていい現実の話と、
複雑に計算された物語が有機的に絡み合うことで、
今までに読んだことのないような読後感を味わいました。
現実の話の点において今回フォーカスが当たっているのは、
心理学とくにマインドコントロール、洗脳といった話。
小説にこういった現実の話を取り込むこと自体は、
手法として超新しいというわけではないと思います。
ただ推理小説の中に実在した犯罪者の話を書きつつ、
そのプロファイリングまでも行ってしまう、
中村さんの「どこまでいくねん!」感が読んでて
めちゃめちゃオモシロかったです。
心理学の本を率先して読むかと言われれば、
なかなか難しいところですが、
こういう風に物語内に組み込まれれると
俄然興味を持ってしまいます。
そして、本作がぶっちぎりで凄いのは物語の構造。
冒頭のツカミの部分から嫌〜な感じ満載で、
自分が一体誰なのか分からなくなっている主人公と、
その主人公がいるコテージに置かれた手記。
この2つが大きな鍵を握っていて、
中盤あたりまでは物語に没入するんですが、
主人公と手記の間の違和感に気づき、
全く想像していない方向へと転がっていく瞬間が
めちゃめちゃスリリングだし、
「こんな悪夢みたいなことよく思いつくな〜」と。
しかも前半の部分を読んでいる読者が、
作中で洗脳される人と同じ過程をなぞってしまう、
鬼畜っぷりにゾクゾクしました。
中村さんの作品を読んでいつも思うのは独特の不可避感。
あらかじめすべての事態がこうなるようになっていのか、
と読者が思ってしまうほどに説得力が強いし、
その濁流に巻き込まれたくて読んでいる気がします。
これから1つ前の作品である、
「あなたが消えた夜に」を読みます。

2016年9月1日木曜日

死んでいないもの

死んでいない者


第154回芥川賞受賞作品。
受賞した際にすぐ読もうと思っていたんですが、
すっかり忘れてしまっていました。
滝口 悠生さんの作品を読むのは初めて。
過去の作品がどういうものなのかは分かりませんが、
不思議な語り口の小説で楽しかったです。
過去作のジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスと
寝相を早く読みたい!
葬式に集まった多くの親戚を描いた作品で、
「たゆたう」という言葉が
これほどふさわしい作品はないと思います。
それこそエマニュエル・ルベツキが
バードマンで見せたワンショットの美しさを彷彿とさせる。
それは人称が固定されていない小説の構成と
死者がこの世に残り自分を弔う人たちを
観察しているように思える設定によるものでしょう。
ある人の視点で語られ始めたかと思えば、
するりとそこから抜けて他の時間、場所へ移動し、
他の人の視点で語り始めたり。
明確に亡くなった祖父の視点とも言い切れない、
生と死の境目が極めて曖昧な世界観が
はじめは混乱するけれど徐々にクセになってくる、
後効きなグッドなシットだと感じました。©GEEKのOKI
おそらく本作を語る際に必ず言われているだろう、
死んでいないもの(living)、死んで「いない」もの(dead)
というタイトルのギミックからも
滝口さんの意図はビシビシ伝わってきますよね。
日本の葬式って特殊だなーと考えていて、
宗教(仏教)を日常で意識することはほとんどないのに、
死んだときには仏教の作法に忠実に従うのって、
一体何なんだろうと疑問に思ってしまう。
そんな面倒くさい自意識と本作は離れていて、
登場人物たちの日常のことが多く語られています。
葬式だからといって悲しいことばかりとは限らなくて、
久しぶりに集まるからこそできる、
ゆるやかな繋がりを描いている点にグッときました。
(津村記久子さんの「婚礼、葬礼、その他」を思い出した)
それを象徴するような、登場人物の1人である
ダニエルの言葉で締めたいと思います。
悲しみは悲しみとして、お祭りなんだよ

True Detective Season 1



最近見たい!と思うような映画がなく食傷気味な中で、
家にいながら手軽に見れる海外ドラマでも見るかと思い、
マシュー・マコノヒー主演の本作を見てみました。
ドラマというか、まるで映画のようなゴージャスさを持った、
圧倒的なクオリティの高さに久々に震えました。
TVで見れるレベルじゃないよ!
映像・音のリッチさが最高最高過ぎるし、
久々に見るマッドネス全開の
マコノヒーがあまりにカッコ良すぎた。。
彼は常にA4無地のノートを持ち歩いてるんですが、
無性にカッコ良く見えて同じものを買ってしまったし…


マコノヒーのペシミスティックな部分が好きでしたし、
後先考えずにおっぱい大きい女の子と気軽に浮気をしてしまう
相棒ウディ・ハレルソンとの相性はチリバツ。
(正反対であるがゆえに結局ぶつかってしまう訳ですが)
また1時間×8話という海外ドラマおいては
比較的タイトな仕上がりなので見やすいです。
本作は刑事バディもので、
95年に起こった殺人事件を契機として、
アメリカ南部のルイジアナにはびこる悪へ
2人が立ち向かっていくというお話。
アメリカ南部×マコノヒーの組み合わせでいえば、
傑作ペーパーボーイがありますが、
雰囲気はかなり近いものがあると思います。
キリスト教の色が強く閉鎖的な雰囲気を持つ、
南部独特の陰湿さとでも言いましょうか。
はじめは全く手がかからない敵に対して、
証拠をかき集め徐々に近づいていくのがオモシロイし、
敵となるシリアルキラーの相当キャラが濃いし、
こんな彼は身近にいるのであるという表現が怖かったです。
一旦仲違いしてから17年後にカマゲンかましーの、
そこから一気に駆け抜けていきラストの戦いへ。
このラストで悪夢を見たような気持ちになるのは、
映像・音楽が最高のハーモニーを奏でているからこそ。
抑制を効かせつつ一気に攻めるところはとことん攻める!
この緩急が物語をエキサイティングにしているんだと思います。
マコノヒーも映画内でこう言ってますし。


シーズン2は舞台はLAで、主演がコリン・ファースという
全く別物らしいので、見るかどうか悩ましいところですが、
とりあえず触りだけでも見てみようかと思っています。
好きなレイチェル・マクアダムスも出てることだし。