2023年10月26日木曜日

日本に住んでる世界のひと

日本に住んでる世界のひと/金井真紀

 ずいぶん前に荻上チキ氏のTweetで存在を知り、こないだ本屋で見かけたので読んだ。社会学のエスノグラフィーよろしく日本在住の世界の人にインタビューした1冊でとても興味深かった。

 日本に住む世界の人という話だと、近年よくテレビで放映されている日本礼賛系番組が頭をもたげる。内側からは魅力を評価できないのに「外様の人がこんなに褒めてくれるから思いのほかいい国やなぁ」的なスコープには違和感しかない。しかし本著はこういったムードに対するカウンターのような1冊で、日本で住む意味や理由の切実さを含むリアルがあった。ただカウンターといっても物腰はとても柔らかい。著者は自身でイラストも手がけており、そのキュートさで和ませてくれるし文体もどことなく人懐っこさを感じる。ゆえにこれだけ多様な人に深いインタビューできるのだろうなと感じた。

 あとがきにインタビューした人の構成に関する種明かしがあって、マイナーな国、マイナーな職業、長い滞在期間といったパラメーターに着目していたそう。特に前者二つの着眼点があるからこそ本著がスペシャルなんだと思う。個人的に好きだったのはマイナーな国の人の話。聞いたことがない国の複雑な事情、歴史と当人の関係について書かれており、まるで大河ドラマを見ているかのような気分になる。一方で生活の話はとてもミクロな視点でそれも同じように興味深い。本著でも日本をどういう風に見ているかの話は当然含まれているが、そのベクトルは多様であり違和感はなかった。ちなみに笑ったのはこれ。

好きな日本語は「お疲れ様です」。疲れに「お」と「様」をつけるなんてすごい発想ですよ。つらいのにポジティブっていうか。絶対にほかの言語には訳せないことばです

オモシロい、楽しい話もたくさんある一方でシビアな話もある。特に政情が不安定な国のエピソードは厳しい話が多く日本が平和で安全な国だと言われる理由を垣間見た。難民認定の厳しい現状も具体的な内容を知ると、入管の意固地っぷりにげんなりする。少子化が進む中でその対策もろくにしていない中で鎖国政策を続ける意味とは?といつも思う。政治に対する不満が募ってくるけど、そんな日本で懸命に生きている人たちの生の声を知れる貴重な一冊だった。

2023年10月24日火曜日

2023年10月 第3週

Stings by Kamaal Williams

 キーボーディスト、プロデューサーのKamaal Williamsのアルバム。むちゃくちゃかっこいいアルバム。今年聞いたバンドのインストアルバムだとトップクラスに好き。彼の色んなジャンルをごった煮しているサウンドはヒップホップだと多いけど、こういったバンド編成で体現していて、なおかつそのサウンドのクオリティーが高いものはそれほど多くない。タイトル曲の”Stings”がベースでグイグイ引っ張って、サックスのバキッとした音色をかまし、徐々にグルーヴしてくるドラム…これで飯何杯でも食えます!系サウンド。ジャズ、ハウスを単に混ぜたというよりもそれぞれの音楽に対する愛の深さが曲から伝わってくるところが最高。後半はドラムレスでアコースティックなムードなのも家で聞くにはピッタリだった。”Dogtown”が一番彼の特徴的なシンセのメロディがあって好きだが、やはり”Stings” が一番好き。

Lahai by Sampha

 先行シングルの”Spirit 2.0”が出た段階で「これは…!」と死ぬほど繰り返して聞いていて超期待してたSamphaのアルバムが出た。その超期待を余裕で超えていった半端なさすぎるアルバムだった…D'ANGLEOの『Voodoo』とかみたいに時代を象徴するアルバムになるのでは?と思う。すべての曲に隙がなくて全部かっこいい。エナジーはパツパツだけど優しくて…「これが言語化できたら音楽いらんで」的な音楽を聞く喜びを思い出させてくれる。アウトロで女性ボーカルを起用するのも曲の印象がグッと引き立つオモシロい仕掛けだなと思った。詳しい話はインタビューにも出ている。やっぱ”Spirit 2.0”のYusef Dayesのドラムはマジで鬼。レコードも即買いした。好きな曲は"Jonathan L. Seagull"

Weak by Loco

 Locoがビジュアルを一新してアルバムをリリース。ずっと曲をリリースしているので止まっていたイメージは全くないけど、アルバムというまとまった形で楽しめるのが嬉しい。ポップな曲とドープな曲のギャップが大きい中でもLocoのラップが楽しめるようになっている。これをトップ戦線にいる彼がリリースできるのは韓国ヒップホップの懐の深さだと思う(この話は何回しているか分からない。)コライトの文化がかなり進んでいるようでAOMGメンバーのLee-Hi,Coogieなども参加していて興味深いし、featで参加しているWoo,georgeは他の曲でもコミットしている模様。ビートメイカーとしてはGray, Peejay, Slom, SUMIN, Mokyoなど強強メンツ。参加している中でもキーパーソンは最多4曲参加しているJambinoだろう。SMTM11で邂逅し作られた”Like Water”はめちゃくちゃ中毒性高い曲でお気に入りだったけども相性の良さを彼ら自身も感じていることが想像される。好きな曲はPeejayによるド直球80sムードな”Broken iPHONE“

January Never Dies by Balming Tiger

 ついにリリースされたBalming Tigerのアルバム。韓国ヒップホップを真剣に聞き始めてから知ったグループのひとつでブログを検索すると2021年の初めだった。彼らの存在も韓国ヒップホップのレベルの高さに衝撃を受けた1つの要因だった。というのもミクスチャーとしてのセンス、各人のキャラ、ラップやライブのうまさがとんでもないレベルだったから。今回の作品はロックテイスト強めで、個人的にそこまで好みなミクスチャーのベクトルではないものの、彼ら独自のサウンドなのは間違いない。ゴリラズとか好きな人には間違いなく刺さるし、彼らが世界で受けているのはそういう背景もある気がする。好きな曲はプリンス御大のファンクネスを感じさせてくれる”Bodycoke”

Communication by テークエム

 梅田サイファーのテークエムによる2ndアルバム。梅田サイファーのアルバムではフックを中心にかましていたが、ソロ作品は彼のラップを十分に楽しめるもので良かった。心理的な不安定さは一般社会において許容されにくいが、ことアーティストにおいてはそれがプラスに働く。彼はまさにそのケースであり、鬱屈としている日々をラップに昇華してスピットしている点が好き。内省要素も強くACE COOLのアルバムも想起した。あとBLのビートの引き出しをたくさん開けさせているのも最高で最近は綺麗でツルッとしたビートが多い中でも30代が体験したBLの歴史を体感できるようなバリエーションに富んだ作りになっている点も好きだった。好きな曲は”Enemies”

My Mind by ANARCHY

 ANARCHYの久しぶりのリリースは全曲Statik Selektahとのタッグというサプライズ。前作のアルバムが本当に1mmも刺さらなかったのに比べるとかなり好きだった。彼の声のトーン、リリックはヒップホップ純度がめちゃくちゃ高いことを改めて知れる。もともとこういったオーセンティックなスタイルからメジャーへ移行する際にサウンドを拡張した経緯があるので隔世の感はある。あとC.O.S.Aが昔のAnarchyよろしくイメージ刷新中の中で、このトーンの曲に客演することには正直驚いた。Anarchyは皆にとって本当にヒーローなんだろうな。好きな曲は”Pass the mic”

2023年10月22日日曜日

愛を返品した男 物語とその他の物語

愛を返品した男 物語とその他の物語/B・J・ノヴァク

 本著の訳者である山崎まどか氏がThreadsにポストしていた以下のラインで知って読んでみた。

夏が終わってしまって、悲しい。 でも俺が嫌いな奴らの夏もまた終わったというのが、なぐさめだ。

ラップのリリックにもありそうで本当に最高。本著は全63篇からなる短編集なのだけども他の物語もグッとくるラインが多くて楽しめた。

 2、3行で終わる話もある一方でちょっとした中編までバラエティに富んだ構成になっている。63話もあるので幕の内弁当、DJ mix的なニュアンスを含んでおり最後まで飽きずに楽しめる。短い話は上記のような強いラインがないと通り過ぎてしまうのだが、複数ある中編がどれもオモシロかった。タイトルの由来となっている”ソフィア”という話はAI付きセックスロボットが感情を持った結果、AIと愛について議論する話。この話がかなり深くて設定とテーマのギャップの大きさにくらった。なかでも原題の”One more thing”にまつわるAIのセリフはとても好きだった。有限、無限の議論をOne moreで収束させていく手腕にハッとさせられた。ちょっとした哲学とも言える。以下一部引用。

こんな風にもうひとつだけって、つい言ってしまう。まだひとつあるっていうことは、無限を感じさせてくれるから。そして愛と他のものの違いはそれが限りなくて、何か限りないものから作られていることなのよ。

あなたは億千万の出来事がこれから起こると思っている。あらゆることが億千万回繰り返されると信じている。でも違うの。無限だと思える全てのことは、実際にはとても、とても限られたものなの。

 最初に紹介したラインのとおり、どの短編も日常のなんてないことを独特の切り口で語っているので、エッセイ的に楽しめるのもいいと思う。著者の出世作となったドラマ『The Office』を見てみたい。

2023年10月19日木曜日

2023年10月 第2週

 喜哀 by OMSB

 昨年の傑作アルバム『ALONE』の記憶も新しいOMSBがEPをリリース。ここ数年はEPでコンスタントに作品を出していてファンとしては嬉しいところ。今回も既発曲含めOMSBらしさ爆発してた。世代的には1曲目がすべてだった。USでDJDRAMA再評価の波があったことに呼応して誰がTYKOHを起用するのか楽しみにしていたがまさかのOMSB、しかも盟友QNを featに迎えているだなんて。2010年代再評価ムードの狼煙になるような曲でモロ青春の1ページで感動した。64bars のOliveOilとの最高のセッション、まさかの志人召喚とか聞きどころはたくさんあるし何よりもリリック。変に迂回せずストレートさがありつつ弱者の視点を持つこのラッパーのポジションは本当に稀有。次のアルバムも期待してしまう。

OLD ROOKIE EP.1 by 田我流

 日比谷でのワンマンを控えた田我流によるセルフレーベルからのリリース。寡作がゆえに毎回クオリティめちゃくちゃ高いのが彼の特徴であり、今回も素晴らしかった。最近は皆EP出しがちだけど、こんなに満足度高いものはなかなかない。ベテランの強み。イントロのおそらく息子氏によるシャウトからして最高であり、そこから”Wake Up”、”Old Rookie”の1セットの流れのメッセージの伝え方にグッときた。ヒップホップやりながら、どうやって歳をとるのかというテーマに真摯に向き合っていると思う。今回の最大の目玉は黒田卓也の参加だろう。打ち込みの発達で生音っぽいものはたくさんあるし、ヒップホップの価値観からすれば安いもので表現できたほうがいいけど、やっぱり本物の音が乗ってくるとそれには勝てないなと改めて…音の艶からして全然違う。いい意味で田我流の作るビートのパーツになっていからいいのだと思う。あと“Biography”のNYヒップホップサウンドのオマージュが洒落すぎていて最高。EP1とのことなのでEP2にも期待大!

Insidevoice by Odeeno

 イタリアのビートメイカーのアルバム。いわゆるlo-fi系のビート集なんだけど、ヒップホップが好きなことがちゃんと伝わってくる。この手のビートについては、好きかどうかのラインは結構シビアな話。それっぽいビートが山ほどある中で自身の審美眼を研ぎ澄ましておきたいといつも思う。このアルバムはGreen Assassin Dollarがよりソフィスケイトされたような感じでどんなシチュエーションでも聞けて重宝した。

HAJIMA by VIANN

 韓国のプロデューサーのVIANNによるアルバム。今年出た30のアルバムでの八面六臂の大活躍でその存在を知ったのだけど、やっぱりかっこいい…!元々コネクションのあるDejavu周りのアーティストを中心にアップカミングなラッパーを迎えた構成となっている。(兵役を終えたBEWHYがいるのがアツい!)今回はダンスミュージックに思いっきり振っていて、こんなんもできるんか!という感動。しかも類型的なビートのパターンやシンセの音色ではなくて彼のオリジナリティをめっちゃ感じるから惹かれる。好きな曲はc+c Music factory バイブスのある2stepな”Free Drink”

Snaxxx by Mndsgn

 Mndsgnのミクステ的な軽めのノリのアルバム。ソウルフルなネタ使いで個人的に一番好きな部類のサウンドだし曲間もシームレス仕様でずっと聴ける。FeatはLAコネクションで盟友Devin Morrison、Anna Wise、Liv.eが参加。好きな曲はVibraphoneが気持ちいい”Living Clours”

And Then You Pray For Me by Westside Gunn

 『Pray for Paris』の続編であり亡くなったVirgil Abrohが同じくアートワークを手がけたアルバムがリリース。この人も多作で毎年何枚かアルバム単位のリリースがある。そこで様々なスタイルを提示しているシーンのトレンドセッターの1人だと思う。とにかくラップがかっこよくて独特の声質とタメのきいたフロウ、grrrrrという一大発明の合いの手が合わさってヒップホップというアートになる。このスタイルでアンダーグラウンドに閉じずに世界をロックし続けていること自体がかっこいい。従来からBPMが遅いビートでもラップしていたけど本作ではトラップのビートが採用されている点がこれまでと異なる。トラップはMIDIのグリッド的なアプローチで緩急やノリをかなり可変的にできるがゆえスキルフルなフロウ巧者がたくさん生まれたが、彼はその真逆で刻むことなくいつもどおり彼のフロウでそのままラップしていて余裕でかっこいい。特にGriselda揃い踏みでTay Keithのビートという特大ボムシットでブチ上がり。スキル至上主義を蹴散らす「リアル」なスタイルは練習しても身につくものでもなくChosen Oneだなと思えるアルバムだった。Curatorとしての能力に長けているのもポイントで、これも練習で身につかないセンスであり唯一無二だと思う。好きな曲は色々あるけど、一つ選ぶなら”Chloe” Ty Dolla $ignが美しい声でかぶせ、ガヤ入れているの斬新すぎ!

Water Made Us by Jamila Woods

 Jamila Woodsの4年ぶりのアルバムがリリース。オーガニックなネオソウルという使い古された定型句を思わず使ってしまうようなムードだが鳴っている音は2023年製という感じ。かなり深いインタビューが日本語で読めて興味深かった。

水が元の場所に戻ろうとするように、 本来の自分に戻るジャミーラ・ウッズの旅、 『Water Made Us』ロング・インタヴュー | TURN

歌詞見ていると確かにポエティックな印象を受けるし言い回しやテーマがオモシロいと思う。秋の夜長にゆったり聞いていきたいアルバムだった。好きな曲はSabaとの”Practice” Geniusによると元NBA選手のAIの会見にインスパイアされているだろうという話がオモシロかった。

2023年10月13日金曜日

海と山のオムレツ

海と山のオムレツ/カルミネ・アバーテ

 本屋でピックアップした新潮クレストブックスの冊子に載っていてオモシロそうだったので読んだ。(最近食べ物の本ばかり読んでいる気がする…)今井麗氏の鮮やかすぎる表紙からも伝わってくるように最高な食事の本だった。こないだ読んだピッツァ職人もあいまって猛烈にイタリアに行きたい…

 短編小説集となっているが実態としては私小説でほぼ実話と思われる。著者が育ったイタリアでの食事を中心にそれと付随する記憶をイタリア料理のコース仕立ての構成で綴っている。イタリア郷土料理の旨そう過ぎる描写の連発に読めば読むほどお腹がどんどん空いてくる飯テロっぷりがハンパない。小さな子どもが思春期を経て大人になる過程を食を通じて描いていくという構成が新鮮だった。全体にポジティブなトーンが本全体を支配しており「美味しい食事があればすべてOK」とよく言われるように食べることは幸福に直結することも実感した。

 著者は故郷が大好きで、その料理を含む風土を愛していることがビシバシ伝わってくる。そんな彼に対してキーパーソンであるアルベリアのシェフことフランクの存在が印象的だった。彼は故郷の料理を得意としているものの、それに縛られるのではなく自分の家族と未来を作っていくことを促しているから。いつまでも変わらない味を求めるのと同じくらい自分たちで新たな味を作っていくことの大切さ。実際、彼のパートナーはイタリア人だったり仕事の都合でイタリア、ドイツを転々としておりこれを実践していた。料理に限らず普遍的な真理だなと思うし自分もそうありたい。以下フランクのセリフを引用する。

どこへ行っても、その土地特有の味というものがある。いくつもの異なる土地で暮らすうちに、きみの舌にはものすごく豊かな味覚が養われるだろうよ。大切なのは、自分たちの土地の味に、新たな味を加えていくことだ。根っこの部分に郷里の味があるかぎり、別の場所で暮らしていても、その土くれの香りは失われないはずだ。

 同じくクレストブックスで既に何冊か長編小説がリリースされているようなので、そちらも読んでみたい。

2023年10月12日木曜日

palmstories あなた

palmstories あなた

 個人による出版社が増えている中でも最注目しているpalmbooksの新作。最初に出たじゃむパンの日が滅法オモシロかったが今回も独特の余韻があって素晴らしかった。本作の方がより編集ひいては出版社の意図が短編の内容、構成、装丁などを含めて緻密にデザインされており、これは個人出版だからこそできることだと思う。

 5人の小説家による短編集で、すべてが二人称で書かれている。これがかなり新鮮。短編集において話の本筋はつながっていないが、緩やかに連帯しているケースはよくあるけど、人称を統一しているのはとても新鮮だった。そして二人称の解釈が作家ごとに全く違う点もオモシロい。単純に「あなた」へ話しかける、問いかけるだけでは済ませないギミックを各人が用意していて楽しかった。そして縛りがあるゆえに各作家の特徴が文体を中心に色濃く出ているのも興味深かった。

 そして何よりも感動したのは装丁だった。電子書籍もガシガシ使っている身でフィジカルとしての本の魅力を感じる機会も減る中、本著はそれがふんだんに味わえる。出版社の名前のとおり掌に収まるサイズが絶妙…このサイズ感と二人称が持つ距離感のマリアージュで小説が何倍にも輝く。本は文章だけではなく装丁も含めたトータルアートなんだと気付かされた。今後の出版も追いかけていきたい。

2023年10月 第1週

 新譜のリリース少なかったのか?それともチェックできていないのか?という分量。先週の影響でEARTHGANGを聞きまくっていた。先週読み終えた本の一節を戒めとして引用しておきたい。

オスカーは『マジック・ザ・ギャザリング』も試してみた。それなりにカードを組み合わせてみようとしたのだ。でもそれはオスカー向きではなかった。十一歳のガキに全部巻き上げられたが、そのことを何とも思っていない自分に気付いた。自分の世代が終わりかけていることに気づいた最初の徴候だった。最新のオタクものに魅力を感じなくなり、新しいものより古いものがいいと思うようになったのだ。

falling or frying by Jorja Smith

今週一番聞いたのはJorja Smithの新しいアルバムだった。冒頭からダンスミュージック連発でここ数年の鬱憤を晴らすかのような幕開けがとにかく最高。UKのダンスミュージックが目下トレンドにある中でDrake、Black Coffeeとの”Get It Together”の四つ打ちでシーンにエントリーした彼女の本領が発揮されている。しかも流行っているものにまんま乗っかるのではなく彼女なりの色が出ているのも好きなところだった。後半はしっとり目。マチュアなムードがあって、それもまた良い。ここ数年ずっとトレンドにあるギターをメインにすえたインディーロックな曲が多くて聞きやすい。アルバムの冒頭にノリのいい曲があるととりあえず再生していつのまにか全部聞いているみたいなことが多くストリーミング時代の構成なのかなと考えたりもした。好きな曲は独特なドラムパターンが癖になる”She Feels”

For All The Dogs by Drake

息子のアドニスのアートワークが先にリークされ、ついにリリースされたDrakeのアルバム。ここ数年は彼の曲で大きく心が動かされることはほとんどなくなってしまった…新しいトライをするというよりもストリーミング至上主義というか、再生回数を稼げそうな皆が好きなテイストの曲を膨大な量つめこんでプレイリスト入ればええやん的なムードを感じるから。とは言うものの、やっぱかっこいい曲が絶対入っているから憎めないのがDrakeなのであった。そしてBARK RADIOという擬似ラジオの小ネタも入れているので、この物量は意図的であり、その流れでまさかSadeの声聞けるとは。。。それはともかくJ.Coleとの”First Person Shooter”は2人でラップゲームトークしててブチ上がるしかない。Westside GunnとのコンビネーションでおなじみのConductor Williamsを迎えた久しぶりのDrakeのAM/PMシリーズ”8am in Charlotte”はひたすらにラップをしまくるので最高だし。アートワーク同様にSNSで先にバズを作っていたSexyy Redとの”Rich Baby Daddy”はTwerkな2 Stepなんだけど上音がメロウなムードで新鮮かつSZAの参加で最高の仕上がりに。”Amen”はSango, Budgie Beatsという好きなプロデューサー2人による曲名通りのゴスペルムードで好きだった頃のDrakeを彷彿としたし。21savageとのコンビネーションでは自身はジャージーで、21savageはビートスイッチでいつもどおりのスタイルでかっこいい。(Fah-fah-fahと言うだけでこんなに様になるラッパーいるのか?)とにかく曲の分量が多いので全体が薄まって見えるのだけど丁寧に聞いていくとやっぱ好きかも…と書きながらなりました。好きな曲はやっぱ”8am in Charlott

VOIR DIRE by Earl Sweatshirt & The Alchemist

アルケミのハードワークっぷりに驚くしかないEarl Sweatshirtとの共作アルバム。チョップしてループしてドラム足して、そこにかっこいいラップがのって曲になる。ヒップホップの原点にして至高の楽曲の数々が楽しめて最高だった。ヒップホップを好きになったのはこういったシンプルさもあり初期衝動を思い出させてくれた。Vince Staplesが2曲も参加しているのは意外だなと思ったけど聞いてみるとバッチリのコンビネーション。Earlはこの手のビート以外の曲も聞いてみたい。好きな曲は”Heat Check”

2023年10月11日水曜日

プールサイド

プールサイド/藤本和剛・新田君彦

 bbbで毎年カレンダーを買っているのだが、そのときに気になって合わせて買った。最近は自費出版、日記がトレンドになっているが、その中でも洗練されていてかっこよかった。

 前情報を何もなく買ったので著者のパーソナリティや仕事、家族などについて読んでいく中で知っていく。日記が大好きなのはこういった全く知らない人も生活を営んでいることを知る瞬間だと思う。酒量と仕事量に驚きつつ懐かしい大阪の空気を文章からふんだんに吸い込むことができて嬉しかった。生活について色々と書かれている一方でエッセイの要素も強く、なかでも友人の自死、イタリア料理屋で働く後輩、ステーキ屋の話にグッときた。

 写真と文章の交換日記というスタイルも新鮮で個人的には写真のかっこよさに圧倒されたところがある。何気ない日常のシーンなんだけども切り取り方が完全にプロのそれ。1枚の写真と一言のキャプションがとても雄弁に思えた。スマホで誰でも気軽に撮れる時代だからこそプロの写真の価値はより高まっているよなと感じた。

2023年10月10日火曜日

オスカー・ワオの短く凄まじい人生

オスカー・ワオの短く凄まじい人生/ジュノ・ディアス

 西加奈子のまにまにで紹介されていて、読みたいまま放置していたことを思い出して読んだ。信頼のクレストブックスが提供する大河ドラマとなればおもしろくないはずがない。これまで読んだことない要素のてんこ盛りで新鮮な読書体験だった。

 主人公がオスカーなのは間違いないのだが、彼の母、祖母、祖父がメインのエピソードもかなりの分量で含まれているので、彼の一族全体が主人公という言い方がしっくりくる。オスカーのナードっぷりにまずは頭をぶち抜かれる。異様としかいいようがないカルチャーへの大量の言及、それに対する膨大な注釈の量はカルチャーという鈍器でぶん殴られたのかと錯覚するほど。そんな彼が現実社会と折り合いをつけるためにストラグルする話がオモシロかった。特に恋愛面では読んでいて苦しくなるくらいストレートな行動の数々に思わず応援したくなるし、同じサブカル野郎として思い当たることも多く成就してくれ!と中盤あたりは祈っていた。

 オタクの恋愛物語というだけであれば『電車男』と変わらないのだが、本著がぶっちぎりで圧倒的なのは彼の母、祖母のエピソードを通じてドミニカの歴史を語っていく点にある。ドミニカといえばプロ野球の助っ人外国人の出身地という浅ーい認識しか持ってないなかったのだが、独裁者に牛耳られていた時代が30年近くある。そこの描写がかなり多めに入っていて、オスカーとはまた別のベクトルのストラグルが存在しており彼の物語とのギャップが大きく読み応えがあった。大きな歴史に対して三世代の親子関係が絡んでいきマクロとミクロが交差していく語り口が素晴らしかった。

2023年10月3日火曜日

2023年9月 第4週

Almost There by GRAPEVINE

 ベテランの域にも関わらずここ数年のリリースが攻めまくりのGRAPEVINEの新作がリリース。もともとパートナーが大ファンで知ったのだけども、今回も最高。「オルタナ」という一言ではもはや片付かないスタイルで歌詞、サウンドも日本のバンド最高峰だと思う。ヒップホップがあらゆるジャンルを飲み込んでスタイルが進化していきグローバルな音楽のスタンダードとなる中で、彼らが取った方法としては核となるバンドサウンド(特に人力のドラム)は残しつつ楽曲をかっこよくするための要素を見極めて採用するスタイルがすごい。リズムボックスを使うにせよ、それはハイハットでありキックではないし、”雀の子”のオートチューンの使い方もあくまでアクセント。一方で古参のファンも置いていかないストレートなロックチューンもあるし、攻めの姿勢と彼らのこれまでのキャリアが一番ちょうどいいバランスで混じった”実はもう熟れ”がハイライト。歌詞は”Goodbye, Annie”がニヒルさ満開で最高だった。他のロックバンドはどう聞くのだろうか…?毎回のように最高を更新してくるロックバンドに出会えて本当に嬉しい。

JIYU by Shurkn Pap

 Shurkn Papの新しいアルバム。前作がドライブをコンセプトに据えた”CALL ME MR. DRIVE”の2だった中で今回はアフロビート中心の面白いコンセプトのアルバム。正直、もはや手垢がつきまくったジャンルだし日本でも色んなアーティストがやってきてるけど、アルバム1枚でここまで聞かせられるのか?!という超ハイクオリティな曲のつるべ打ちで正直びっくりした。もともとシンギンスタイルでアフロビートと相性いいのは間違いないとしても、ここまでビートに対して最適解を出し続けられるラッパーがどれだけいるか。あとアフロビートといっても当然グラデーションがあって、きっちりアルバムとして聞かせるための緩急が用意されているのが好きだった。あとはbpm plus asiaが噛んでいることもあって、タイやインドネシアのアーティストがいくつかfeatで参加しているのもアクセントになっていて良い。特にtlinhが参加した”蜜蜂”が好きだった。

Gold by Cleo Sol

 これが今週ベスト。いや人生ベストかと言いたくもなるCleo Solの新作。こないだ出たばかりなのにほぼ連作といってもいいペース。そして連続で出るレベルではない異常なクオリティの高さで本当にびっくりした。前作に引き続きInflo、Cleo Solは普遍的な音楽のかっこよさを追求しており、それが極まりすぎて聞いてて泣きそうになってしまう。。。(1曲目は’”There Will Be No Crying”だが)こういう作品に出会うとストリーミング時代で雑多なリスニングを繰り返しているなかでも結局これよな〜と思うし音楽聞いてて良かったと感じる数少ない瞬間。好きな曲はStevie Wonderの”Golden Lady”っぽさをめっちゃ感じる”Life Wille Be”

RIP Human Art by EARTHGANG

 EARTHGANGの新しいEPはジャケットと内容が全く比例していない比較的メロウな仕上がりでとても好きだった。もともとアルバムでリリースする予定だったものをバラして3枚のEPでリリースすることにしたらしく、その第一弾となっている。Spillage Villageとの共同名義になっているけどコレクティブからの参加はBenjiのみ。ギターの生音を使っているのが特徴的でかっこいい。あとリリックを読んで、こんなにリリカルなのかと今更知った。他の作品もちゃんと聞けていない気がするので、Spillage Village、Dreamville周りを改めて聞いていこうと思った。好きな曲は”Die Today”

Registration by OXYNOVA

 YNG & RICH Recordsに加入し、レーベルアルバムでも大きな役割を果たしていたOXYNOVAのアルバムがリリース。オーセンティックなかっこよさを持ちながらもトレンドを抑えたシンギンスタイルもできる器用なラッパーで今回もかっこよかった。あとインスタで機材じゃなくて音楽作る楽しさが大事って話をしていて好感を持った。→リンク 好きな曲はダブステップっぽいビートでChillin Homie,KHANとかましまくりな”ICU”

street love by Street Baby

 Leellamarz、NSW yoonとの共作アルバム『DAYDATE』の記憶も新しいStreet Babyのアルバムがリリース。声が特徴的でこれがハマるかどうかが踏み絵になっている。正直前半を中心してメロディ系のビートはしんどくて、声が飛び道具すぎるとfeatuting王にはなれるけど、アルバム全体となると難しい気がした。だがしかし!”high note” から始まるロートーンのハードコアなスタイルはめちゃくちゃハマる。。。最近こんだけどストレートなトラップも聞かないので逆に新鮮だった。韓国だとメロウスタイルに引っ張られてしまうのは分かるけど個人的にはストロングスタイルを貫いてほしい。