2023年12月31日日曜日

人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本

人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本/稲田俊輔

 著者のおいしいものでできているを読みオモシロかったので新書である本著をサクッと読んだ。画一化の象徴であるチェーン店について深掘りしていてとても興味深かった。どこの県の国道沿いにも同じようなレストランやファーストフードチェーンしかないことを憂いてはや数十年。その画一化の中での進化を見過ごすのは本当にもったいないと思えた。当然個人経営のお店を真っ先に応援したい気持ちはありつつ著者のようにチェーンの良さを最大限まで堪能したいなと感じた。

 チェーン店を安かろう悪かろうで下に見る風潮の中で著者が目をつけたのはサイゼリヤだった。2023年現在、サイゼリヤをメタ的に本格イタリアンだと考えてベタ褒めするのは当たり前になっているが著者が火付け役のよう。提供されるメニューの美味しさに加えて顧客側のカスタム要素を根掘り葉掘り教えてくれていた。特に無償提供されている調味料を最大限に活用するテクニックの数々は今すぐ真似したくなるやつだった。ただ読了後に食べに行ったものの本著が書かれたときと状況が異なっており調味料はかなり縮小されており残念…とはいえ本著を読むことでサイゼリヤだからこそ楽しめるメニューを知れるので有用なのは間違いない。

 冒頭かなりのボリュームで説明されるサイゼリヤと同じように、さまざまなファストフード、ファミレスについて延々と書かれていて、いずれの論考も興味深かった。行ったことない店はほとんどなく身近なメニューに関する新たな価値観の提示があるので、食べたことあるものだとしても改めて食べたくなる。個人的には松屋のパンチの効いた味に関する歴史を紐解いた章が納得度が高かった。またチェーンではないものの、どの街にもある中華料理屋、インドカレー屋についても背景含めて細かく解説されていて勉強になった。「ベタ」はバカにされがちだけども、その先を見つめられるような著者のような視点は忘れずにいたい。

2023年12月30日土曜日

JUST PRISON NOW D.O 獄中記

JUST PRISON NOW ~D.O獄中記~/D.O

 ラッパーのD.O氏による獄中記。ラッパーの獄中記といえばB.I.G JOE氏の名著『監獄ラッパー』があるが、それと双璧をなす新たなクラシックが誕生したと思う。直近で日本の刑務所の改善に関する議論(根っからの悪人はいるのか)を読んでいたが、本著では日本の刑務所の現状を痛いほど知ることができて勉強になった。

 「日本の刑務所で刑を務める」この言葉の意味について、ドキュメンタリーや経験者のインタビューを見聞きして分かった気でいたけど、全く何も分かっていなかった。当然罪をおかした人間の更生を目的にしているから優しいわけはない。とはいえ21世紀とは思えないほどハードで理不尽な生活環境がヒシヒシと伝わってきた。(今の時代に冷暖房が皆無というのは信じられなかった。)著者はラッパーの中でもハードコアの部類に属するが、キャラクターとしてはバラエティで大ハネするくらいにキュート。ムショの中でもコメディリリーフとして立ち回っているんだろうなと想像できた。また日記の文体も読み手がいることを前提としたサービス精神旺盛な点が特徴的だった。(特に(汗)とか(怒)、顔文字の「^ ^」などがここまで大量に入った文章を読むのは久しぶりで新鮮。)本著はお務め中にブログとして公開されていたので、刑務所側のチェックも入っており下手なことは書けない中、日々の出来事を面白おかしく、ときにシリアスに書いている。またコロナ禍ど真ん中の話なのだが、もともと隔離されている場所だからか、外の世界ほどのドラスティックな変化がなかった点は記録として重要な資料にもなっている。(ただタオル地のマスクは本当に辛そうだった)

 家族や仲間の献身的なサポートが印象的で本当に愛されているのだなと思うし、逆にこういうサポートがなく刑務所にいるのは相当過酷だと感じた。そのくらい意味不明な決まり事が多くて学校、軍隊に近いものを感じた。本著ではアイロニーを込めて紹介しているケースが多いものの腹の中ではブチ切れているはず。そこを抑えこみつつ辛いエピソードもシノギにしてしまうD.O氏の胆力と作家としての筆力に改めてリスペクト。最近は例のBEEFの影響で「ストリート」に関する話題がSNS等でよく上がっている。そんな中でD.O氏が出所してすぐに家族に会えなかったエピソードをあとがきで読み刑務所と同じくらい過酷な「ストリート」の現実の一端に触れて怖くなった。そんなことを象徴するラインを2つ引用して締めたい。NORIKIYO氏も元気に帰ってきて欲しいってハナシ。

決して我々が事件やトラブルを起こしているわけではなく。事件やトラブルの方から我々に忍び寄ってくるのだということを。

我々のようなラッパーはこのトラブルとどう向き合い、どう乗り越えるかということも含めて自身の HIPHOPなのだということを決して忘れてはいけないってハナシ。

2023年12月29日金曜日

根っからの悪人っているの?

根っからの悪人っているの?/坂上香

 創元社という出版社が最近リリースしている「あいだで考える」シリーズ。気になるタイトルの作品がとても多く本著もタイトルに惹かれて買った。オモシロ過ぎて1日で一気読み…自分の頭で何かを考えて言語化すること重要さを痛感した。

 著者は映画監督であり、島根の刑務所でのTC(回復共同体)という取り組みに関する映画『プリズン・サークル』を撮った方。最初はその映画に関する感想の語り合い、そして映画内で実際に登場した受刑者(つまり加害者)との対話、さらには西鉄バスジャックの被害者との対話という構成。特筆すべきはその対話会に参加しているのは中学生〜大学生までの若い人達という点。私たち大人は子どもを幼い存在だと甘く見ることも多いかもしれないが、彼らの芯を捉えまくった意見の数々に何度も「そうだよなぁ」と納得した。なかでも「まほ」という女の子の発言は借り物ではなく自身からうねり出てきているようなワードが多くラッパーか詩人になれるのでは?と思うレベルだった。一部引用。

誰かと話すっていうことは、自分を相手と同一化して、相手と同じようになろうとすることじゃなくて、私と相手のあいだに「3つめの空間」をつくるような感覚だと思ってて。そこにお互い招き合う。お互いを招き入れる。「理解」っていうことは必要だと思うけど、それは同一化とか同情じゃない。

優しい気持ちとか、正しい気持ちが育っていくことだけが大切なのではなく、攻撃的な気持ちとかも含めて、どれだけ心が揺れたかっていうのが、その人の、人生になっていくというか。 誰でも、ささいなことで感情が動いて、崩れ落ちてしまいそうになることってあるじゃないですか。その時、自分の中に、「柔らかいもの」がいかに存在しているかが大事だと思ってて。

 加害者が若い人達と対話しながら、加害と被害の関係について議論していく。しかも傷害致死、強盗致傷といった割と厳しい前科の話から自分の生い立ちまで詳らかにしながら。なかなか見聞きできない場面の連続で読む手が止まらなかった。印象的だったのは感情の筋肉ことエモーショナル・リテラシーの話。自分に起こった事象に対して、どういった感情を抱いたか言語化する訓練を行い他人に話せるようになることで暴力を防ぐ。感情の筋肉が家庭環境によって身につかないケースがあるからこそ加害と被害の輪廻が止まらない。ここにタイトルである「根っからの悪人はいるのか」という話が接続し読者は思考を促される。感情の筋肉をつけることで自身の感情をコントロールする、また自分を愛することができるようになって初めて他人の痛みに気付く。ひたすらに加害者を追い込んでいこうとする今の社会情勢とは真逆の議論がそこにはあった。こういう議論を若い時にやっているかどうかは後の人生に大きな影響あるだろうなと思えた。映画の『プリズン・サークル』は配信されていないようなので書籍版を読んでみようと思う。

2023年12月27日水曜日

2023年12月 第3週

 年末ということでリリースも収まりつつあるし、新譜チェックもそこまで進まず…今年のクリスマスはZION.T率いるSTANDARD FRIENDSのクリスマスプレイリストにお世話になった。かなりバランスの取れたプレイリストでジャズ、ヒップホップ、R&B、クラシックなど幅広いレンジのクリスマスソングを堪能できる。一番「彼ららしいな」と思ったのはDevin MorrisonとRemi Wolf。来年も多分聞くと思う。

appendix by GIRIBOY

 GIRIBOYがレーベル離脱にあたって最後にリリースしたEP。こないだ出たアルバムの当たり障りなかった内容はレーベルとの契約で必要に駆られて作ったものだと考えれば納得できる内容だった。で今作はそのAppendix、つまり付録扱いとなっている。とはいえ正直アルバムより好内容だった。4曲収録でいずれもバンドサウンドになっていて、3曲は既発曲のバンドアレンジ。新曲も含めてGIRIBOYのサウンドとバンドの相性の良さがこれでもかと発揮されていて、正直バンドカバーアルバムとしてフルサイズでやったほうがよくね?と思うくらい素晴らしかった。好きな曲は新曲の”tree”

RAYSONTAPE by ARCHYPE

 友人から教えてもらったアルバム。年末にこんなかっこいいアルバムがくるなんて。。。認知度とクオリティが比例していない系で、韓国ヒップホップの懐の深さに毎度驚かされる。Frank Ocean,Tyler the Creatorの系譜にあることは一聴して明らかなんだけど、要素を抽出してオリジナリティーの高い作品に落とし込む能力が段違い。誰々風と指摘するのは簡単だけど、実際にここまでのクオリティを叩き出せる人がどれだけいるか。ARCHYPEはコレクティブの呼称のようでいろんなラッパー、シンガーが参加していて各メンバーの動きを追っていきたいと思わされたし、それこそ近いうちにBalming Tigerのようにグローバルヒットしていくと思う。好きな曲は”DOMINO”

 あとペコ氏をゲストに迎えたポッドキャストを公開した。もう聞いた人しかこのブログ読んでいない気がするけど、まだ聞いていない人がいれば是非。2023年の締めにふさわしい音楽の話ができたと思う。

2023ベストは尊敬している後輩のアルバムを聞いてからゆっくり考えたい。Fisongかっけー!

2023年12月26日火曜日

ギケイキ3: 不滅の滅び

ギケイキ3: 不滅の滅び/町田康

 11月から読み始めて一気に3冊目まで突入ということでサクッと読了。歴史小説にここまでハマる自分がいるとは想像もつかなかったし、すっかりこの世界に夢中になった。個人的には割と原典至上主義なところがあるけれど、ここまでいくと二次創作に無限大の可能性しか感じない。当然、原典の魅力もあることは理解した上で、他人の解釈も楽しければそれでいいじゃない、と本著のおかげで寛大になれた気がする。

 完全に撤退モードに突入した義経サイドの苦しい戦いについて綴られている第三巻。雪の中を必死のパッチで逃げ続ける過程はこれまでに比べるとシビアなシーンが多い。しかし持ち味である関西弁による脱力したゆるーい会話で楽しく読めるようになっている。また義経のあと語り形式によるメタ化は読めば読むほど癖になってきた。特に今回は当時の鎧、兜などの服装を現代のファッション雑誌での紹介のように描写しているシーンがお気に入り。落伍者として貧乏くさい格好になってしまう展開もあるので余計に美しいお召し物シーンが際立っているように感じた。またこのメタ構造があることで著者の考えを逆説的に浮かび上がらせていく手法が見事だと思う。例えばこんな風。

持続可能性のある社会を目指せ、などと言う人は、現状、いい目をみていて、それを維持したい人で、現状、食うや食わずの悲惨な目に遭っている人は、「もうなんでもいいから、現状を変えてくれ。いくらなんでもいまよりはマシなはずだ」

美しく歌ったところで、根底にあるものは同じ。私は美しい言葉を弄ぶ奴の心の奥底で常に銭と欺瞞のフェスティバルが開催されていることを知っている。

 後半は彼自身のエピソードではなく家来や周りの人たちの話で構成されているのが興味深かった。語り手としての義経はいる一方で、不在の彼がどういう存在なのか、周囲の言動で浮かび上がらせていく。そういった観点で本著のハイライトはエンディングを飾る静による頼朝御前でのギグであろう。音楽が当時の人にとっても、いかに心の安寧をもたらすものであったか。それを現代バンド風アレンジで大胆に描いている。この得体の知れない多幸感は著者自身がバンドの経験があるからこそ書ける音楽の醍醐味だと思う。次の第4巻で完結するらしいので楽しみ。というか古事記も同じ手法で書かれているそうなので、そっちを先に読む。

2023年12月22日金曜日

一私小説書きの日乗 憤怒の章

一私小説書きの日乗 憤怒の章/西村賢太

 一作目でハマったので二作目もサクッと読了。人の日記が好きで結構読んでいる方だけど、淡々と同じフォーマットで綴られる日常はまるでダンスミュージックのようなグルーヴがあり完全に虜になった。あと三作も楽しんで読みたい。

 タイトルに”憤怒”と記載されているとおり確かに怒っている場面が多かったといえばそうかもしれないが、著者にとっては通常運転なのかなと思う。自分の道理に合わない行為について厳しい姿勢を示し、ときに激怒する、そのことを虚心坦懐に書いている点がかっこいい。自分がどう見えるか、他者の評価を気にせず自分がどう思っているかを主張し続けているから。セルフィッシュに映ることも多いが、尊敬する人物に対する敬意の払い方は徹底している。当時はメディアにたくさん出る機会も多い中で彼とビートたけしとの邂逅が描かれていた。その場面がハイライトだと思う。丁寧な場面描写と共に著者がいかに感動したか伝わってきた。亡くなった後に文庫されており、玉袋筋太郎氏の解説もありその内容もまたグッときた。

 一巻から引き続き食事、飲酒の記録が生々しい。たくさん食べて飲んでいる。淡々とした生活の中で著者がいかに食事、飲酒を大切にしているか伝わってきた。それに影響されて自分の暴飲暴食っぷりも加速されるのでハマりすぎには要注意(西村賢太が朝方にこんくらい食べて飲んでるんだから大丈夫っしょ、という具合)個人的に面白かったのは痛風の影響で一杯目がビールからカルピスサワーになったこと。それだけなら何てことないのだけど、500mlのカルピスを別で毎日飲んでいることが後半でカミングアウトされて笑うしかなかった。

2023年12月20日水曜日

2023年12月 第2週

Street Knowledge by lobonabeat!, BILL STAX & oygli

 SKRRGANGというレーベルのlobondabeat!, BILL STAXの両名に加えて飛ぶ鳥を落とす勢いのoygliが参加した3名によるアルバムがリリース。今どき珍しいどストレートなトラップビートに対して三者三様のアプローチがかっこいい曲ばかりだった。友人から言われて気付かされたのは、この手のトラップでUS、UKのゴリゴリのやつは1回聞くと疲弊して2周目するケースはほとんどないけど、このアルバムはいい感じで力が抜けていて何回も聞いてしまう中毒性があるということ。大ベテランのBILL STAXが若手2人に挟まれても遜色なくやっていることに感動するし、やっぱ今年はoygliの年だったな〜と思わされる彼の仕上がり具合も最高。好きな曲は相撲の押し出しをワードプレイした”Sumo” 力士=相撲になっているけどオモシロいので良し。

podo by Jambino

 SMTM11で活躍したJambinoが1stアルバムをリリース。素晴らしいポップス的な感性をラップに落とし込んでいくスキルが存分に発揮された、彼らしさを存分に楽しめる作品だった。韓国ヒップホップのキャッチーな部分を最も体現しているといったも過言ではないくらい。feat陣はSMTMでのコネクションをフルに活用してLEE YOUNG JI, JAY PARK, Loco, toigoといった豪華メンツになっている。なかでもLocoとの曲はビートがGRAY。しかもモロにファレル節炸裂しまくりで最近の彼のビートの中でもかなり好き。その上を軽やかに踊るようにラップする2人がめちゃくちゃかっこいい。LocoのアルバムでもJambinoはComposerとして数曲に参加しているし、SMTMでの”Water”で相性の良さを両名とも感じたのだろう。2人でEPとか作って欲しい。好きな曲は”ping” 彼はラップ自体がポップネスに溢れているのでビートはちょっとドープくらいの方が相性がいいと思っている。

Blood & Bones(BLOOD) by Jin Dogg

J in Doggのアルバムが急にリリース。前作同様、二部構成となっているらしくBLOODサイドが先に聞けるようになった。1曲目からゴジラサンプリングの超バイオレントなドリルが炸裂しており、そのトーンでアルバムを走り切るというハイカロリーアルバムとなっている。こういうアルバムを聞くのはシチュエーションが限られるけど、仕事で腹立つヤツにメールするときにとても有用(当社比)。Jin Doggのラップは人を鼓舞するエナジーが本当にハンパなくて聞いているだけで自分が強くなった気分になれる。ヒップホップという音楽がもたらす福音の一つを最大限に体現してるラッパーだと思う。あとはガヤが日本のヒップホップの中でも最強クラス。Dipset以来Migos以降、ガヤはヒップホップの特に重要なファクターになっているが、ガヤのエナジーもエグいんすよねぇ…自分が若かったらライブ見に行ってはしゃいでたと思うし、先日のポッドキャストで話した日本のアンダーグラウンドで沸騰する詰め込むタイプのドリルに影響を与えている1人だろうなと思う。好きな曲は”OMG”

Wisteria by CreativeDrugStore

 CreativeDrugStoreの1stアルバムがリリース。緩やかなコレクティブだった彼らが、各人の活躍を踏まえてどんなアルバムを作るのか楽しみだったが、思ったよりどストレートなヒップホップアルバム。いい意味で予想を裏切る好内容だった。というのもBIMやVavaのポップスフィールドに配慮したかのようなメロディ、コード感に辟易していたから。若者たちはそれを入口にヒップホップが好きになっているのだろうから裾野を広げる活動としては大きな意味があると思う。ただ2人のラップが好きなおじさんにとっては物足りなかったこの数年。そのフラストレーションがすべて解消されるような内容だった。特にVavaがオートチューンを使わずストレートにラップをかましているところにかなりグッときた。
 各人の強みをグループにフィードバックするというよりもグループとして新たにサウンド像を作り上げていく姿勢がかっこいいなと思う。ビートはRascal、Vavaがメインを担い、doooo、DJ MAYAKUが味変として機能。全ビートのクオリティが高い上に幅広いスタイルを抑えている。ここ20年くらいのビートのトレンドをさらっていくかのような感じなので、ずっと流していても楽しめた。個人的には”Menthol”のビギーの”Juicy”オマージュなドラム使いや”Retire”のダブステップにブチ上がり。好きな曲は”180”

LOYALTY by LUNV ROYAL
JETLIFE by JETG

 LUNV LOYALの新しいアルバムがリリース。ドリルを積極的に取り入れた内容でめちゃくちゃかっこよかった。Watsonとも呼応するワードプレイの数々、デリバリーの豊かさ、声質の気持ちよさ。ラップのレーダーチャートにおいてキレイな五角形を描く全方位的なかっこよさがあり聞いていて気持ち良いし全く飽きない。  秋田出身でフッドをレペゼンするリリックがたくさんあるのが興味深い。最も顕著なのは”Shibuki Boy” 上ネタの笛の音色が本当にかっこよくて、下手うつとめっちゃダサい「和風」ビートになるところを絶妙なバランスで「和」を体現していると思う。これは日本人にしか作れないかも。あと”高所恐怖症”で自殺率が高い負の側面を曲に落とし込んでいる点もかっこいい。そして今作で一番フィーチャーされている、いぶりがっこ!語感がオモシロいし隠語としての使い方が最高だった。なので、好きな曲は”Iburi Gacko Flow Pt.2” これで「JETGかっけー!」となって友人からそのアルバムを教えてもらってヤンガンのドリルを色々ディグった今週でした。

Hood Boy Story by YELLASOMA

 前にPanDeMicsを後輩から教えてもらって知ったYELLASOMAのソロ作品。リリックを引用しているくらいにかなりT-Pabrow節が強い。このスタイルだとフレックス系多いけど、彼は等身大のリリックでラップしていてギャップがオモシロかった。最近は本当に背伸びするリリックがなくなっている傾向にあり、自分の身の回りの話をいかにラップでかっこよく語るかレースになっていること再認識した。それは雰囲気よりも中身が大事ということであり音楽に対しても「リアル」を希求する時代なんだなーという隔世の感。そうなってくるとヒップホップは最強の音楽であり今若者に人気があるのはこういう点なんだろうなと思う。この観点で見ると彼のラップはとてもかっこいい!好きな曲は若者の考えが肌感で伝わってくる憂いを帯びた応援ソング”がんばっぺ”

TORiO by Only U, Tim Pepperoni & Puckafall

 ラッパーのOnly U, Tim PepperoniとビートメイカーのPuckafallによるEP。オートチューンバキバキのSinging Styleで今っぽさ満点でかっこよかった。完全にユース向けの音楽だと思っていて、その中でリリックが興味深い。ADHDに対する価値観を反転させようと試みる”ADHD RiCHHH”とか、”±”で訴えるセルフケアの大切さ、自分達の色を”MULTiCOLOR”と呼び多様性を主張したり。自分が若かったら刺さっているだろうな〜というリリックが多く青春を感じる。(遠い目)こういうのを説教くさくなく、かつ絵空事でもないように聞かせる2人の自由なラップとPuckafallのキャッチーなビートが癖になった。好きな曲は”ADHD RiCHHH”

Ornamental by TERRACE MARTIN

 2023年のTerrace Martinは本当に精力的で今回はクリスマスアルバムをリリース。オーナメントにあるのはMPC3000とシンセサイザーで今回のアルバムは生演奏というより打ち込みメインとなっている。(シンセは弾いているだろうけど)こういういい感じのインストは色んな場面で重宝するので家で結構聞いていた。いわゆるLAノリであるレイドバックしていてメロウなシンセサイザーな音色はいつまでも聞いていられる。ただクリスマス要素があるかといえば、それはパッケージング側の都合であり季節問わず聞ける内容になっていると思う。好きな曲は唯一のfeat曲である”Angle View” DJ Battlecat のトークボックスと Terrace Martinのボーコーダー&サックス、Courtyanaのボーカルのコンビネーションで荘厳な気持ちになった。

Sail the Seven Seas by Park Hye Jin

 Park Hye Jinが2ndアルバムをリリース。Peggy Gou,Yaejiといった一連の韓国の女性プロデューサーの系譜にあるアーティスト。前作はNinja Tunesからのリリースだったが今回はセルフレーベルからのリリース。前作はそれまで彼女がEPで紡いできた四つ打ちに加えてトラップなどBPMの遅い曲を含めて世界観が出来上がっていたと思う。今回はこの何とも言えないインスタントなジャケのように作った曲を単純にパックしたようなミクステのような印象だった。個人的にはこう言うラフな感じでアーティストが表現したいものがダイレクトに伝わってくる作品は好きなので前作よりも愛聴している。なかでも終盤の”California”は日本受けするような泣きのシンセ(tofubeats”水星”とか)がたまらない。ただ好きな曲は彼女の本領が発揮される四つ打ち曲”Keep Going”

2023年12月14日木曜日

一私小説書きの日乗

一私小説書きの日乗/西村賢太

 昨年突然の訃報を目にして結構ショックだった著者の日記本があると知って読んだ。「苦役列車」と「小銭を数える」くらいしか読んだことなかったけど、これからたくさん著者の小説を読もう!と決意させられるくらいに魅力的な日記だった。

 芥川賞を受賞した後の2011年3月から日記は始まる。あの311が起こったまさに真っ只中である。しかし彼は地震や原発に関してほとんど書いていない。あれだけのことがあって日記にそれを書かない選択をしている点に作家の矜持を感じた。彼が書いているのは基本的に自分の身の回りのことのみであり、他者に言及したとしても自分の周辺人物のことのみ。SNSを中心として各種インターネットの発達に伴い、色んなことに言及できるようになったけど、昔は自分の半径5mくらいしか見ていなかったのかもなと改めて気付かされた。そんな中で出版社の方々が実名で登場、特に新潮社の方々がとても魅力的に見える。祝杯をあげたり、仕事のことで喧嘩して絶交したのち飲んで和解する流れなど、最後の方はそういったものを期待している自分がいた。

 日記を書くと言っても、どこまで書くか?のラインは各人で異なる。彼の場合、仕事と飲酒を含む食事の二つが中心になっている。前者については芥川賞受賞バブルの中、毎日のように原稿を書きまくり締切と格闘する姿が興味深かった。怒りやすく根に持つタイプでありながら情に厚いところもあったり、自分の尊敬する対象への畏敬の念の抱き方がオタクのそれなので親近感があった。後者は明らかにToo muchな分量を毎日淡々と摂取している様子がとにかくオモシロい。よくこれだけ食べて飲んで逆に54歳まで生きれたな〜と思う。藤澤清造の没後弟子を自ら名乗り古書への造詣が深いからか言葉使いが特徴的でそれが読んでいるうちに癖になった。本著で知った「深更」は今後使っていきたい日本語だ。日記本だけで6冊もあるので隙間時間でどんどん読んでいきたい。

2023年12月13日水曜日

2023年12月 第1週

Zip by Zion.T

 なんとZION.Tのアルバムが5年ぶりに出た!ここ数年は毎年のようにSMTMに参加していたことでリリースできていなかったと考えればSMTMが無くなって良かったかもと思える。(いや思えない)肝心の中身は大人のR&B仕様になっていて唯一無二の世界観を構築しているアルバムだった。(ジャケのセンスからしてキマりすぎ)後進を育てる意味でSTANDARD FRIENDSというレーベルを立ち上げWonstein, Slomをデビューさせたのがここ数年の出来事であり、その成果としてビートはSlom, Peejayを代表とするSTANDARD FRIENDSとしてのプロダクションになっている。生音(もしくは生音っぽい素材)を使ったマチュアなムード、これもまた韓国の音楽の懐の深さ。普段低音パツパツ系のヒップホップとかをよく聞いているから、これくらい引き算されているのは逆に新鮮。従来のネオソウル的なアプローチというよりもポップスにベクトルは向きつつベースはR&Bなのでちょうど好きなバランスだった。(あと時期的にクリスマスを狙ったと思わせる曲が多いのも特徴的)ピチカートファイヴっぽい”V(Peace)”という曲ではサビに日本語詞が!VLOGで日本語タイトルつけたりしてたから日本語に興味ある流れからなのか?しかもMVの監督はOKAMOTO'Sのオカモトレイジとギブン!ここまできたらマジで日本でライブして欲しい… 
 結局何が良いかといえばZion.Tの歌の素晴らしさに尽きる。トーンがとにかく好き。ささやくような声だけど力強い相反するバランスが奇跡的に成立している声だと毎度思う。この冬のヘビロアルバム。好きな曲はエレピの音が気持ち良すぎる”Dolphin”

Mcguffin by offthecuff

 Apple musicのプレイリストでジャケに引っかかって聞いたらとても好きだった。クレジットを見ると彼はビートメイカーのようでシンガーやラッパーを召喚してアルバムを作った模様。ほとんど情報がないものの、どのビートもめちゃくちゃクオリティーが高く、途中でKanye Westの”Runaway”のピアノの引用があることからも顕著でKanye Westのムードは感じる。つまりポップとドープの境界線を溶かしたかっこよさ。客演がQim Isle, UNI, GongGongGoo009, Khundi Pandaというスキルを重視した審美眼を感じるメンツなのもアツい。好きな曲はブギーな”Hands On”

REBORN by hyeminsong

 AP Alchemyの一部であるMineFieldから、これまたビートメイカーであるhyeminsongのアルバムがリリース。ハンパじゃないメンツが集まったアルバムとなっており、SMTMの不在を埋めるかのように結構聞いていた。ビートはかなりバラエティに富んでいて聞いていて飽きないし、一つ一つのクオリティめっちゃ高い。もう何回言っているか分からないけど、このレベルのビートメイカーがごろごろいるの本当えぐい。しかも女性というのも業界的には珍しい。ラッパーのチョイスが渋くていわゆるスピット系を中心に実力派が一堂に会している感さえある。好きな曲はHuhのフックが素晴らしいのとドリル的なベースがかっこいい”Reborn”

ISSUES DELUXE by CYBER RUI

 CYBER RUIがついに1stアルバムをリリース。小刻みにEPをリリース、その世界観を崩すことなく独自のカラーを突き詰めていく姿勢が本当にかっこいい。リリースまでの流れもオモシロい。まず同じタイトルのEPをリリース、そこからREMIX盤をリリース、そして最初のEPに曲を追加したデラックス盤としてアルバムをリリース。グローバルで見ても同じ流れを辿ったものはないと思う。アルバムはとてもかっこよく今までで一番好きな作品となった。デラックス盤って既存のものに3曲くらい「アウトテイクか?」みたいな曲を追加して構成されてることが多いけど、今回は1stアルバムなので追加された曲が軒並みかっこよい!というのがアガるポイント。特に終盤これまでドライで無機質なトラップビートが多くの割合を占めていた中で、”Yonige”はBPMが速いバウンシーチューン、W.I.Mは3拍子、最後の”Courage”は本格的な四つ打ち。すべてが新基軸であり、やれることがいくらでもあるのだなと感じさせられたし、彼女にとってまだまだ序章なんだなと思った。
 この手のアーティストの場合、雰囲気重視でリリック二の次というケースも多いけど、彼女はかなりリリカルな点も好きなポイント。英語の多用も「サイバーパンクな世界観をグローバルで魅せていく」というコンセプトにフィットしていて良い。若いのにこんなにブレずに世界観を構築できる、しかもインデペンデントで。Tohjiか彼女かくらいだと思うので今後の活躍が楽しみ。好きな曲は2バース目が超かっこいいしビートが気持ち良すぎる”Courage”

Mi Yama by Campanella

 CampanellaのEPがサプライズリリース。2020年に出た『Noodle』でも魅せていたのも記憶に新しいRAMZAとの黄金タッグ多めの構成で大満足だった。1曲目のタイトルソングからして今年の日本のヒップホップの曲の中で最長のイントロだろう、RAMZAのビートで開幕。最初にスピットするのはアンクレジットのJJJというヒネリっぷり。正攻法にはないオモシロさが1曲目から詰まりまくっているし、そのギミックさえどうでもよくなるラップのうまさ。「誰々っぽい」ではないオリジナリティが炸裂しまくりな音節を自由に行き来するフローが本当にかっこいい。心地よいときもあれば、ブチアガるときもある。まさかの苗字ソング”YAMAMOTO”ではACE COOLとの邂逅が果たされており、64BarsでのRAMZAとの共演から相性の良さを見せていたACE COOLはここでもかましている。もう一つのfeat曲のMFSもかっこよかったが、好きな曲は”DUDE” 韻、フロー、ビートのマリアージュが気持ち良すぎる〜

Soul Quake by Watson

 Watsonが1stアルバムをリリース。これまでの作品はMixtape的な位置付けなのか?このアルバムがリリースされるまでに異様な量の客演をこなし、どの曲でも主役を喰ってしまう勢いのパンチラインの雨あられを浴びてきたわけだが当然アルバムでもそれは健在。ダブルミーニングを使ったライムが「なるほど〜」という一種のアハ体験の連発だった。本人がSNSで言っていたように自身と同じく各地のフッドスターを召喚してアルバムを作っている点が、ヒップホップど真ん中を進んでいく意気込みを感じた。個人的に彼がすごいなと思うのはフック。まるでバースのような情報量のフックを平気でぶち込んできて、並のラッパーならToo much感があるんだけど、彼の独特のリリックのセンスで繰り返し聞いても全然飽きない。SEEDAが主張していたケン玉理論を歴史上最も忠実に実践しているラッパーがシーンのトップにいるのが時代の潮目が変わった気がする。
 全曲Koshyがビートを手がけていて、彼のビートの懐の深さにも驚いた。同じく全曲プロデュースしていたSANTAWORLDVIEWのときはあんまりピンとこなかったのだけど今回はバッチリ。特にサンプリング中心なのが特徴的だと感じた。ギターの音色が多く、ラテンノリのフレーズも多い。日本のヒップホップであまり見ないスタイルなので新鮮(Harry Fraudっぽい)。好きな曲は”Working Class Anthem”

Noodle by JUMADIBA

 今年出たMixtapeが大好きだったJUMADIBAの新しいEP。featでも参加しているRYON4によるフルプロデュース作品らしい。とにかく全ての曲の上ネタが心地よくてビートだけでも一生聴いていたいレベル。そこに乗ってくるJUMADIBAのスティッキーかつメロディアスなフロウ。「メロディアス」というのが個人的にはポイントでラップと歌の絶妙な合間の「メロディー」ではないフロウがとにかく心地よい。声質的にもゆるいムード含めてERAが2023年モードになったら?みたいなスタイルだと思う。この気持ち良さはグローバルに受け入れられる可能性が十分にあるラッパーだと思うのでフルアルバムを早く出してほしい。好きな曲は”paypay”

乱反射 by ペトロールズ

 ペトロールズがついにストリーミングで聞けるようになるということで聞いた。元々の曲を再度MIXしなおしているそうで結構アレンジもされていた。ストリーミングで海外含めたくさんの人がペトロールズの魅力に簡単にアクセスできるようになったことは素晴らしい。ただ既存ファンからすると馴染みの曲が別の形になっていることに直面させられる。しかも言語化が難しいかなり微妙なレベルなので、さらに何とも言えない気持ちになった。決して悪くなっているわけではないのだけど違和感が最後まで拭えず結局手元のライブラリにあるアルバムを聞き直したりしていた。新しいものへの耐性が無くなっているのかも。

Larger Than Life by Brent Faiyaz

Resavoir(second album) by Resavoir

La Villa by Stro Elliot

 Flip Side Planet の新譜回は毎度聞き逃していたものや新たな発見があり一年間大変お世話になった。今週もそんな3枚。Stro Elliot, Resavoirはちょうどいい塩梅のインストアルバムで家族でいるとき大変重宝した。Brent Faiyazは2000年代R&Bオマージュというご褒美アルバムでこちらは移動中に聞きまくった。

2023年12月12日火曜日

闇の精神史

闇の精神史/木澤佐登志

 手に入れやすい新書で新刊が出たと聞いて読んだ。以前に『闇の自己啓発』は読んだことあるものの単著は初めて。パースペクティブのオリジナリティに驚くしかなく読んでいてずっと楽しかった。点と点を線として捉える基本的な批評がふんだんに詰まっていて内容しかり方法論含めて勉強になった。本著をもっとも端的に示しているのはこのライン。かっこいい。

筆者が精神史のジャンクヤードに赴く理由のひとつがこれである。堆積した歴史と記憶と夢の残骸の中から朽ちた〈未来〉の破片をサルベージし、それに一条の光を当てる作業。そうしながら、〈未来〉が何の前触れもなく私たちのもとにもう一度帰ってくることを退屈しながら待ちわびるのである。つまるところ、本書で行われるのはただそれだけである。

 「闇」という言葉が著者にとってのキーワードになっているからかタイトルに付いているが「闇」のムードは実際あんまりない。「フォーカスされていないこと=闇」というぐらいの意味合いだと思う。冒頭いきなりロシアの宇宙主義の話から始まって面食らうものの、読み進めるうちに自分のまったくあずかり知らない過去、現在、未来あらゆる時制における様々な議論が次々と目の前に広がっていく。そして知的好奇心のドーパミンが出まくるとでもいえばいいか。とにかく著者がリーチしている対象の多さに驚くしかない。点の量が並の読書量では到底なし得ないレベルで、しかもその線の結び方がユニークなので自分の知っている論点でも「そんなところいくの?!」みたいな体験が何度もあった。個人的に一番アガッたのはリー・ペリーの章。単純に一音楽家としてのストーリーとしてめっちゃ興味深かったし、ブラックホールにまで接続してスタジオエンジニアリングの話をしている点が最高だった。

 タイトルにあるとおり精神に対して人間がどのようなアプローチしてきたか、古今東西の議論がたくさん引用されている。精神の話をすれば身体の議論にもなるのは当然であり、その二元論さえも疑いにかかっていく形で複雑な話になっていた。終盤、繰り返し出てきた議論としては身体を捨てて精神のみになることで自由になれるかどうか?という議論。近年だとメタバース、VRといったテクノロジーはその議論の延長戦上にあるし、過去に遡ればLSDによるトリップやゲームへの没頭もその一つと言えると筆者は主張している。一事が万事こういった調子で風呂敷が広がっていきながら、終盤にかけて回収されていくところもあって(特に冒頭のロシアのくだりなど)一体どれだけの本を読んで、どんな発想でこんな文章を書いているのだろうか?著者のインタビューを読んでみたいと思ったし他の著作も読もうと思う。

2023年12月6日水曜日

アルケミスト 夢を旅した少年

アルケミスト 夢を旅した少年/パウロ・コエーリョ

 JJJの傑作アルバム『MAKTUB』のタイトルになった、「マクトゥーブ」は本著から引用されたということで読んだ。寓話性がかなり高く今の年齢だと若干しんどい部分もありつつ描かれている内容は至極もっともなことなので若い頃に読んでいればもう少し違った感想を抱いたかもしれない。

 サンチャゴという少年が主人公で元々羊飼いだったが、宝の在処を告げられる夢を見たことで仕事をやめて宝を探す旅としてエジプトのピラミッドを目指すというのが大筋。その道中でさまざまな出来事が起こり、そのどれもが教訓めいており寓話性が高い物語となっていた。いつもは物語の中で自分なりの解釈や感じ取ったメッセージなどを文字にしているけど、こういった作品はメッセージ性が強く解釈の幅が大きくない。ゆえに窮屈さを感じてしまった。またそのメッセージが大きく要約すると「自分の直感を信じろ」「夢をあきらめるな」「好きなことをしろ」というもの。現状、大好きとは言い難いことで金を稼ぎ暮らしを営む30代サラリーマンからすると眩しすぎるし「そんなに世の中は甘くない」という凝り固まった思想が脳を支配しているので、これらのメッセージに乗り切れなかった…なんなら主人公ではなくクリスタルを売る商人側に感情移入してしまい自分の加齢を突きつけられたような気持ちになった。

 「マクトゥーブ」という言葉は「それは書かれている」という意味だと本文中で何度も登場する。すでに決まっていて運命を直感するようなニュアンスの言葉であり、JJJがこの言葉をタイトルに込めた意味を考えながらアルバムを聴くのもまた一興だと思う。

2023年12月5日火曜日

2023年11月 第5週

48 Hours by Ryder & Skepta

 SNSで流れてきてなんとなく聞いたらぶっ飛ばされたEP。SkeptaはUKのベテランMCで、そんな彼がRyderという19歳の若手プロデューサーと48時間で作成したらしい。もともとRyderがサンクラでSkeptaの曲のREMIXをアップロード、それを聞いたSkeptaがアプローチして実現。久しぶりに聞くサンクラドリームな一枚となっている。(そのREMIX自体はEPの最後に収録されている#skeptacoreシリーズ)エモーショナルとしか言いようがないビートの上で弾けるSkeptaのフロウが本当にかっこよくてずっと聞いてしまう。客演のDre Sixの歌も素晴らしくて、これをきっかけにグイグイきそう。好きな曲は”For You” めっちゃリリカルで以下のラインが今を反映している感じで好きだった。

Time is money and life is a movie, so don't forget to follow and subscribe Judge in the courtroom throwin' out years, while the pavement soakin' up tears Look around see everybody's head down, if it don't affect you then who the fuck cares? It's crazy

REVENGE by ShowyVICTOR

 2023年のRAPSTAR誕生の王者、ShowyVICTORのアルバムがリリース。RAPSTAR誕生で披露された曲が2曲収録されており、さすが王者!という内容でかっこよかった。RenzoとのShowy名義も含めて一番好き。とにかくビートのクオリティが高くてLil Yukichi, Puckafall, PULP K, dubby bunny, Zot On The Wave, MET as MTHA2など。特に意外だったのはPULP KのビートにKzyboostのボーコーダーが乗っている点。しかもFeatにSeedaで、そのバースも最近のSeedaのバースの中でもめちゃくちゃアツい系で滾った。VITORがリリックで繰り返し唱えているように正直誰も彼が優勝することは想像してなかった。しかし現実は彼が優勝したことで言葉が説得力を持ち、彼のことを信じるしかない!という構図になった点がかっこいい。”GENZAI”や”REVENGE”といった既発曲と新曲でしっかりアルバムとして構成されている点もヒップホップ愛を感じた。好きな曲はドリルの”This is the one” RENZOのfeatとしての存在感は最高。

ICON by Kaneee

 オーディション審査の段階で落ちてしまったけど、YZERRやZOTが才能を高く評価、そして彼が使用したビートのプロデューサーであるSTUTSからのアプローチで”Canvas”が完成、大ヒット!という一連の流れから、ついにEPがリリース。ワンヒットワンダーで満足せず、アーティストとしてキャリア積んでいこうとしている点が良い。STUTS, ZOTがビート提供している時点で彼の才能は保証されたようなもの。実際、”Canvas”のウェルメイドなビートとKaneeeのアプローチのケミストリーはたまらないものがある。フローとメロディは抜群の才能があるのは間違いない。英詞多めなので雰囲気は抜群にあるし。(”Demon”をNSW YOONがInstagramのストーリーでシェアしててグローバルを考えれば英詞の意味はあるよな〜と思った。)あとはリリックの練度が増せば。。。好きな曲は”Young Boy” 歌詞にRIZINの選手の名前あるの初めてかも?

7 by 7 & ZOT on the WAVE

 もう「正直ZOT、お腹いっぱいっすわ。」と言いたくなるほどのハードワーキングっぷりだが、どのビートも異様にクオリティーが高く市場を独占しているのがよく分かる1週間。いっときのBACHLOGICくらいの勢いになっている。今回の7のアルバムに対しては全曲ビート提供で彼の期待も窺い知れる。最近は7と同郷のHomunculu$がZOTと共作するケースが増えており、今回も全曲にHomunculu$が参加している。全7曲から構成されており彼女のカラーがよく伝わってきた優れた1枚目だと思う。Singing Styleな曲は”ねぇ”のみで、あとはラップにフォーカスしている点もトレンドにフォーカスしているいう印象。ただ彼女のSinging Styleの完成度はかなり高いので、正直もう1曲くらいは見たかった。あと方言を積極的に採用しているところが好きだった。和歌山弁のオモシロさがふんだんに楽しめる”WAKA”, “ゆーてるまに”の流れが特に最高だった。女性のラッパーが関西弁をリリックで使うのがとても新鮮で、たとえば「振れやん」とか。好きな曲は方言を含めワードプレイがたくさん楽しめる”ゆーてるまに”

Revive by Leisu,山田ギャル神宮 & izolma

 このジャケットで聞くのだいぶ抵抗あったけど聞いてみると、自分が若い頃聴いていたロックが再解釈されたヒップホップになっていてとてもよかった。音楽のトレンドには周期性があるけど自分の青春がこうやって若い子に再解釈されていくのは不思議な気持ちになる。山田ギャル神宮は声色がTohjiに似ているので、Tohjiが世界観を極めようとせずポップフィールドでステイしていたら?という世界線を毎度妄想してしまう。それくらいに山田ギャル神宮の完成度は高いと思う。APSTARにもエントリーしていたけど、ああいった既存の価値観で測られない良さが他の2人も含めてこのEPからは感じられた。そして若い子たちがこういうの好きになるということは時代は変わっていないのだなと思うし、こういったJの発露は本当に歓迎したいので、青春映画のテーマソングとか彼らが担う時代になればいいな。好きな曲は”Xchain”

#freekitsyojii by kitsyojii

 kitsyojiiが引退を発表してリリースしたアルバム。客演が豪華でJUSTHIS, lIlBOIのスキルMC二大巨頭が参加しているのに驚いたしRakon, ROH YUNHA, Street Babyという若手の勢いあるメンツを呼んできている。(今年のStreet Babyの客演仕事量エグすぎ!)ビートは直前のプロデューサーシリーズでも共演してたHDB4ACKとAlive Funkが手がけている。材料は揃っているけれど、引退をかけたアルバムとしての完成度はどうなのか?と言われると物足りなさがある。類型的なトラップサウンドばっかりなのがオモシロくない理由なのか、なんにせよどの曲もケミストリーがなく良い意味でも悪い意味でも80点くらいな曲が並んでいる、みたいな。インスタの投稿を見ると、曲へのレスポンスがなくて辛いと書いてあったけど、こうやって日本で聞いてレスポンスしている人もいるので、まだまだ活動を続けて欲しい。好きな曲は”Oh My Bonnie”