2022年7月31日日曜日

パパは脳研究者 子供を育てる脳科学

 

パパは脳研究者 子供を育てる脳科学/池谷裕二

 子どもも7ヶ月となり、そろそろ育児本でも読むかと思い見つけた1冊。脳科学のアプローチで子どもの発育、行動について解説してくれていて興味深かった。何事も理屈で生きてきた人生なので、直感的に理解が難しい子どもの行動を解説してもらえると安心できる。エッセイ的要素、学術的要素、How to的要素のバランスがちょうどいいので、どういった目的の読者でもリーチできる満足感があると思う。

 本著では4歳まで一ヶ月刻みで各月齢で何ができるようになったの半学術的、半エッセイ形式で書かれている。冒頭にエクスキューズとして赤ちゃんの発育は千差万別であり無闇に比べて一喜一憂しても意味がない旨が書かれていて安心した。これのあるないで印象はだいぶ違うと思う。

 育児をしていると大人にとって当たり前にできる一つ一つの所作ができるようになるまでに多くの時間を要することに気付かされる。今、離乳食を食べさせているのだけど、食べるのが遅いし機嫌が悪くなったりもする。ついつい自分の時間スケールで考えて「早く、元気よく、食べてほしいな」と思ってしまう。そもそも子どもに流れている時間と大人の時間が異なることを意識しないといけない。こんな当たり前のことも知識として体得していないと、気づくことができずストレスになってしまうので読んで学ぶことで各現象に対して多少おおらかに対応できるようになって助かった。

 本著の一番素晴らしいところは、赤ちゃん、子どもの行動を説明する際にほとんどすべてに参考文献が記載されている点。著者は大学教授なので当たり前なのかもしれない。しかし子育て周りの情報は迷信含めて定性的、定量的な検証結果に基づいて説明されていないことが非常に多いので、このように第三者のデータで論拠を補完してもらっていると信用できる。(文献を全部確認したわけではないので、とんでもデータの可能性もゼロではないが、感覚の暴論よりは良いはず…)子どもの行動を脳科学ベースで説明されることで人間のスペシャルさが際立ってきて、脳のその特殊さに驚くこと山の如しだった。

 著者の育児方針やHow toも書かれており、このあたりは人によって意見が異なるところだと思う。早期教育で知識を身につけさせることを否定はしないが、それよりも知恵、つまり考え方のベースを身につけさせることが重要、というのは刺さった。ちなみに文章全体に(汗)や(笑)が多用されており個人的には無くて良いのになーと感じた。とはいえ4歳までは場面場面でお世話になるだろう1冊。

2022年7月23日土曜日

プロジェクト・ヘイル・メアリー


 
プロジェクト・ヘイル・メアリー/アンディ・ウィアー

 アンディー・ウィアーの新作と聞いて読んだ。SFの中でも比較的王道な中で著者独自の設定、バイブスがふんだんに盛り込まれていてとてもオモシロい。彼の一人称スタイル、カジュアルでブログのようなストーリーテリングに今回も魅了された。

 前半は過去と現在を交差させながら描写していくのだけど、主人公が記憶喪失状態からスタートしており、過去のエピソードが紹介されると、その記憶を取り戻す設定が新鮮。起きたら謎の空間に自分がいて、そこからリバースエンジニアリングのアプローチで環境に適合していく姿は、前作「火星の人」でみた主人公と重なる部分があった。特に今回、主人公が学校の科学の先生という設定が良い。大学の専門機関で超プロフェッショナルを極めた人間ではなく、地球上の科学全体に対して総合的に理解をしているのは学校の先生なのでは?という見立てが興味深い。さらに未来そのもの、つまり子どもたちと日常的に接し彼らに対して責任を持っている人間だからこそ持つ覚悟。当然訓練されていないので弱みを見せる場面はあるものの、そこも含めて人間らしさを感じて主人公に感情移入しやすかった。また人類が滅亡するかもしれない理由として宇宙人侵略ではなく、太陽光の減衰、しかもその原因が謎の微生物。こうやって聞くと地味なんだけど、その特徴へ対処していく過程は人類が発達させた科学における実験そのもの。

 本作の最大の見どころは後半のロッキーとのバディ展開だろう。インターステラーのTARSを彷彿とさせるゴロっとした質感の異星知的生命体との邂逅、協力、別れ、再会。どのシーンも胸が躍りまくりでめちゃくちゃ楽しい。この設定に加えてアンディ・ウィアー節ともいえる宇宙でのDIY活動があいまって加速度的にオモシロくなっていた。ここまでディテールの細かい話を想像で描いていくSF作家、ひいては人間の想像力の逞しさのようなものさえ感じた。一作目未読なので次はそれを読みたい。