2023年7月31日月曜日

黒き荒野の果て

 

黒き荒野の果て/S.A. コスビー

 エンタメ小説を読みたいなと思って以前にチェックしていた本作を読んだ。アメリカの近代ノワールとしてめちゃくちゃオモシロかった。こんなん即映画化されるだろうなと思いながら読んでたら、やはり映画化されるらしい。ここまでハードな環境ではないとはいえ、父となった今ではファーザーフッドについて考えさせられる作品でもあった。

 訳者あとがきにもあったように物語の大筋は非常にベタ。しがない自動車整備工場を営む男が元裏社会の人間で、凄腕ドライバー。足を洗ったつもりだったが、そうは問屋が卸さないということでしがらみ、暴力の渦に飲み込まれていくというもの。どこにでもありそうな話なだけど、本著が特別なのは南部のアフリカンアメリカンが主人公であること、あとは著者のとんでもない描写力と細かい設定の巧さ。アフリカンアメリカンが直面している過酷な現実が細かく描写されており、そのストラグルの過程でとんでもない量の血が流れるところが圧巻。主人公が最初から無敵過ぎる問題はあるとはいえ、自身以外の身に降りかかる不幸の量もハンパじゃない。ゆえに見どころが途切れなく続き、最後の方は飲み食いも差し置いて読み耽っていた。またカーアクションの描写がとてもスリリングだし、思いも寄らない設定もあいまって楽しんだ。もう一作、同じ著者で翻訳されたものがあるので読みたい。

2023年7月28日金曜日

地球の果ての温室で

 

地球の果ての温室で/キム・チョヨプ

 前作のわたしたちが光の速さで進めないならが好きだったので期待していたキム・チョヨプの新作。前作は短編であり物語を通じた社会に対するいろんな彼女の視点を感じた。一方で本作ではミステリー仕立てになっている点もあいまってストレートな物語の面白さがあった。

 ポストアポカリプスものはSci-fiのテーマとしては王道だけども、その原因がミクロな物質および気候変動とという設定が興味深い。本作における「ダスト」はミクロかつフィジカルに人間を攻撃する厄介なもの。(黄砂が毒性持つイメージ)本著はコロナ禍で書かれたそうで、ミクロな物質の王道としてよく使われるウイルスだと現実からの飛躍が少ないからか「ダスト」という設定なのかもしれない。その暗澹たる環境の中で世代、国籍の異なる女性たちがストラグルする話がメインで、それを追いかける韓国の現代パートという構成になっている。

 前半はダスト事変以後の世界でダストの研究を続ける韓国サイドの研究者の話が中心で、そこでは「研究」することの是非が描かれていた。日本だけに限らずCP、TP的な価値観の跋扈は進んでいるのだろうか。特に「研究」というのはすぐに結果が出るものではなく、時間をかけてこそ意味があることをにじませていた。後半にかけてはタイトルにもある本作最大のキーワード「温室」およびそこで育てている植物の謎へフォーカスしていく。ここが完全にミステリー仕立てでエンタメとして単純にオモシロかった。人間のコントロールによる結果とはいえ起死回生の一打が植物にあるというのは2023の今だと現実味を感じられた。ポストアポカリプスものに共通する「人間は己の驕りを知るべし」という教訓がそこかしこにあってコロナ禍を経た今だと考えさせられることも多い。そしてまさかの恋物語も切ない話だった…あと全体に著者の語り口の柔らかさでまろやかになっている気もした。セリフではあるもののたとえばこんなラインなど。対談本が出ているそうなので、そちらも読んでみたい。

懐かしさと痛みは、いつも同時に訪れる。みんながみんな、それに耐える必要はないものね。

心も感情も物質的なもので、時の流れを浴びるうちにその表面は徐々に削られていきますが、それでも最後にはある核心が残りますよね。そうして残ったものは、あなたの抱いていた気持ちに違いないと。時間でさえもその気持ちを消すことはできなかったのだから

2023年7月27日木曜日

2023年7月 第3週

 毎日新譜をチェックしているのだけど若干疲れ気味で最近はUK R&Bを聞いている。Juicy 3というディスクガイドが手元にあり、それを見ながら聞いているのだけどもUSよりも音楽的にマチュアなものが多くて楽しい。抜けはあるとはいえ過去のアルバムがアーカイブとして聞き放題というストリーミングサービスの偉大さを痛感した。あとは各所で話題のBushmindのNew mixもかっこよかった。BPM93で串刺しにされたVarious music, 48分の音楽旅行みたいな。ディスクガイドやミックス然り過去の音楽を聞くきっかけみたいなものに敏感でありたい。

FrediCassoISMYPRODUCER by kitsyojii

 歴史上もっともSMTMに翻弄されたラッパーkitsyojii。プロデューサーとのタッグ作品シリーズとしてFredi Cassoを迎えたアルバムでめちゃくちゃ良かった。Fredi Cassoはアルケミとか比較的オーセンティックなビートを作るプロデューサーのイメージがあったのだけど本作のビートのスペクトラムの広さに驚いた。それに対してkitsyojiiの安定感あるラップがうまくマッチしおりレイドバックした余裕を感じた。”Hattori Hanzo”という曲があったり、大ネタ使いの”Rap Money”だったり聞きどころも多い。好きな曲はウェッサイバイブスかつRakonのフックが最高な”AVENUEL”

Alchemy by Disclosure

 急遽リリースされたDisclosureのアルバム。これまでシンガーやラッパーを呼びこんで自身のハウスミュージックを表現していたが今回はfeatなし、かつサンプリングもなし。ダンスミュージックへの原点回帰のアルバムとなっている。なので過去作に比べるとシンプルな作りだけども、その分研ぎ澄まされているように感じられるし集中したいときや自転車に乗るときによく聞いていた。こういった構成のアルバムのリリースする背景にはOvermonoを筆頭にしたUKダンスミュージックの世界的流行があると思うのだけど勘繰りすぎか?(彼らのストイックなダンスミュージックへの希求に影響されたと考えたりしちゃう)好きな曲は”We Were In Love”

Beautiful And Brutal Yard by J Hus

 J Husの3rdアルバム。前作が結構好きだったので楽しみにしていたし実際その期待を裏切らないかっこよさだった。UKのトレンドの中心にあるアフロスイング、ドリルを中心にメロウさとラップのゴリっとした部分のバランスがちょうど良い。Featが超豪華でJorja Smith、ドリル勢のCB,VillzといったUKコネクションは当然のことながらDrake,Burna Boy,Popcaanも参加で、特にDrakeとの曲はマジでキラー。この夏いろんな場面で聞きそう。好きな曲はピアノと終盤のゴスペル&オーケストラ&ハーモニカ展開がめっちゃかっこいい”Playing Chess”

VICES by Curren$y &Harry Fraud

 鉄板コンビのアルバム。もう何回目?という感じではあるけど、いつ聞いてもかっけぇ!となるのが毎回すごいと思う。タイトル通りのMiami Viceオマージュでサンプルソースがほとんど80sでしかもレコ屋のエサ箱にありそうな曲というのがオモシロい。実際にMiami Viceで流れていた曲なのかな?サンプリングマジック炸裂しまくりだし、やはりmixtape世代にとってこの2人のコンビネーションは刺さるのは間違いない。Larry Juneを呼び込んでサックスでバチバチに渋くキメる”Marble Columns”が好きな曲。

HOLLOW by (sic)boy

 (sic)boyの3rdアルバム。比較的ハイペースなリリースでシングル含めて常々動いている感じがする。アルバムで聞くと日本でしか生まれないヒップホップとはこういうことか!という総まとめみたいな仕上がりになっていて良かった。KMのビートの進化は止まらず生音みたいな打ち込みで低音は当然鳴らしまくり、かつEDM的な展開の多さを持ちながらJロックの要素を散りばめる…この緻密な音作りと(sic)boyの声、歌、ビジュアルの合わせ技で若いリスナーは当然のこと、あの頃のJロックに憧憬をもっていたおじさんも完全にロックされました。毎回ニクいのはしっかりラップの曲も入れている点。”(stress)2”とか馬鹿な大人のマーケティング論法ならアルバムに入れないだろうけど、ヒップホップのアルバムだとすれば必須のピースだし、上述のとおり単純なループじゃないのもイケてる。今年屈指の完成度のアルバム、好きな曲は”Ghost Ship”

21世紀の火星 by Q/N/K

 QNと菊地成孔によるユニットのアルバム。これも日本のヒップホップの一つのスタイルであり、既存の日本語ラップの外側からヒップホップにアプローチしたオモシロい作品だった。N/Kのラップをありと捉えるかどうか次第で好き嫌い分かれると思うが断然ありなので好き。この語彙力は今の日本のヒップホップシーンだと宇多丸くらいしかいないと思う。(ビートアプローチはさておきという話だけども…)あとビートはさすがのクオリティで音楽としての強度がどれも高い。そして1曲あたりが長いのもトレンドの真逆でオモシロい。こういう作品は批評によってこそ光り輝くのだと思う。好きな曲は”Life Is Beautiful”

Showy is lit 2 by Showy

 Showyの勢いがひたすらに止まらない。6時間のセッションでできたらしいアルバム。短時間だから、ということに意味を見出したくはないのだけど、Showyの2人についてはこのインスタントさとリフレインが彼らの音楽にとって大切な要素なんだなと思う。特にRENZOのインスタントさが強烈でドラッグ的な音楽としてシーンではトップクラスな気がする。一方でVICTORはRAPSTARで一皮剥けた感じがあって歌詞のオモシロさとバイブスの出し方がとても好き。自分達でビート作ったりMIXしたりするからかレコーディング物としてのかっこよさを感じる。歌詞の情報は少ないけど音としての情報は多いというか。好きな曲は彼らのフッドの神栖市にある観光スポットを冠した”千人画廊”

2023年7月22日土曜日

夏のヴィラ

夏のヴィラ/ペク・スリン

 毎日信じられないくらいに暑いので読書でも涼を求め「いつかの夏に読もう」と決めていた本著を読んだ。タイトル、ジャケからして優雅なリゾート小説かと思いきや、女性を主人公とした非常に繊細な感情が綴られた素晴らしい短編集だった。

 著者はほぼ同年代の韓国の方。韓国の小説を読むのが久しぶりで、こんなに近い感覚を抱けるのかという改めて驚きがあった。欧米などの小説を読んでいるときには客観視している場面が多いが、本著を読むあいだは主観的に読んでいることが多かった。各短編はすべて女性が主人公。様々な世代の女性がそれぞれの人生のフェーズで直面する変化とどう向き合って生きていくのか?といった話が多かった。変化とその後に残るもの的な。例えばいくつかの短編ではソウルの街の変化(再開発)と人間の変化を重ね合わせており、つまりは古い関係、古いものとの別れや断絶。こういった変化の中で起こる感情の微妙な機微を繊細な文章で丁寧に表現しているのが印象的だった。ベタでウェットな感情が露呈するギリ手前なんだけど読後には確かに心に残る…本当に絶妙なバランス。メタファーなどを含めてストーリーだけではない魅力もふんだんにあった。

 女性ゆえの生き辛さ、性別役割に関する言及もテーマの1つとなっている。近年の韓国小説のムードとしてそれらに抗うものが多くあるが本著は逆でその役割を呑み込む登場人物が多い。その中でパッシブな人生を少しでもアクティブにするために飛躍する瞬間があって希望を感じた。もう1冊短編集が邦訳されいるようなので読んでみたい。

2023年7月19日水曜日

2023年7月 第2週

Soulection White Label 024 by Hagan

 SoulectionのWhite Labelシリーズ。このシリーズは本当に大好きで毎回色んなスタイルがあるけど、Soulectionバイブスを感じるので見つけたら必ず聞く。HaganはUKのプロデューサー、サックスやトランペットの使い方が印象的。アフリカルーツってこともありもはやスタンダード化したアフロビートのノリとドラムの音色がめっちゃ気持ちいい。今年は色んな夏のアルバムが個人的にあるけど、そのラインナップに仲間入りした。好きな曲は”Sheila’s Solo”

Sunburn by Dominic Fike

 友人からのレコメンド。めっちゃ夏!甘酸っぱすぎておじさんな自分は糖分過多で死んでしまう!っていうくらい青春の何かを多分に感じさせるアルバムで最高だった。昔、Weezerが好きだったので”Think Fast”とか懐かしさがアップデートされる?みたいな感覚があった。どストレートなエレキのギターリフがアクセントになっているのも面白くて、Post Maloneがヒップホップからロックへ近接していく、その逆でロックからヒップホップへ近接しているのがDominic Fikeなのかなと思う。

222 by Lil Tjay

 これも友人からのレコメンド。この手のUSのヒップホップはメインどころしか聞かなくなっているのでレコメンドはありがたいし、実際めっちゃ好きだった。ジャケからしてハードコアかと思いきや、ビートもラップもメロディアスでかなり好み。しかもペイン系一辺倒とかそういうわけでもなく、Kid LAROIとJADAKISSが同じアルバムに収まっていることからも分かるように色んな曲があった。なかでも”Nobody”のサンプルは世代的には脊髄反射でブチ上がった。好きな曲はアコギとピアノのハーモニーの上で7回撃たれたけど救ってくれて神に感謝を伝える”Scared 2 Be Lonely”

Ending With 1000 by Patrick Holland

最近知って大好きになったプロデューサーのPatrick Hollandの新しいEP。前作に続き鳴りも音色もマジで最高。前作より明るいトーンになっているからか、ポジティブなバイブスを感じた。”Shiny Tune”という曲は2019年のWWWで披露した曲がベースになっているらしく、また来日してほしい。。。好きな曲は”Acoustic Serenade” 途中で入ってくるシンセ?の音色が最高。

Journey by ゆるふわギャング

ゆるふわギャングの4thアルバム。去年の『GAMA』から間髪入れずのリリースで、『GAMA』で見せたサイケ路線の延長戦上にある。日本のヒップホップのバウンダリが拡張する作品でオモシロかった。ビートが既存のヒップホップの枠にとどまらない、dopeなダンスミュージックなのがたまらない。Automaticが全曲をProduceしているのが圧巻…何でもでき過ぎ。キックの音が素晴らしいのも最高。”California Sundown”とか。ガラージ、UKドリル、ドラムンなどUKの音楽をリファレンスにするアーティストが増える中で、単純なトレースでなくて1歩先に進んでいるのがいいところだと思う。好きな曲はメロウダウンテンポな”Electric people”

オリジナル by ASOUND

 友人のレコメンドで知ったレゲエバンド。ポップスとレゲエのメロウな融合が高い次元で達成されていて、とても好きだった。むかしf.e.e.l.s.u.m.m.e.rっていうミックスシリーズを作っていたころなら絶対ミックスに入れていたと思う。あと最近あまりにも暑くてレゲエの良さが好きな曲は”Meditation”

e o (Instrumental) by cero

 傑作のインスト版が早くもリリース。こういうのストリーミングだからこそできる動きで嬉しい。ボーカルなしだと音のレイヤーがクリアになってこのアルバムの緻密さに対する解像度が上がった。そしてインストでも十分な傑作…心が安らいでいく都会の音楽。

Familie by Mindbroskii

 Featで参加しているBona Zoeのインスタのポストで知った。ジャケがめっちゃ好きで聞いてみると現行モードバリバリかつ色んなテイストの曲が入っていて良い。NSW Yoonも参加していて彼のドリルの曲が入っていると勢いがついて作品全体の調子が良くなるイメージがある。好きな曲はBona Zoeとの曲”Tortoise”

Moneybox by E SENS

 ビンジノのアルバムの余韻も冷めやらない中、韓国のレジェンダリーMCの1人E SENSもアルバムをリリース。先行でリリースされた”What The Hell”からしてToo dooope!な仕上がりで期待しかなかったけど余裕でその期待を超えてくアルバムになっていた。トレンドとか関係なくて、ただ自分の好きなビートにラップを叩きつけるのがヒップホップというピュアネスを感じた。好きな曲はDOK2とのコンビネーションが全てを破壊する”No Boss”

Avenue by songseoul

 The K Mealというサイトのチェックを怠っていたのだけど、久しぶりに色々見ていたらおぉ!というアーティストが何人もいてやっぱディグは大切。だいたいジャケでピンときたものから聞くのだけど、これもその一つ。韓国の歌もののレベルを考えたらアベレージかもしれないが、歌声とビートの相性が良くて結構聞いた。好きな曲は2 Stepな”Heels”

DANCE by EL RUNE

 同じサイトで見つけたラッパー。全然知らなかったけどスロウな曲が好きで涼しい部屋でゆるっと聞くのが調子よかった。先のsongseoul然り有名でなくてもビートがめっちゃかっこいいの死ぬほどあってビビる。好きな曲はGなバイブスを韓国メロウで置き換えた”PETAL”

Love Eventually by Samuel Seo

 韓国のシンガーで誰が好きか?と聞かれれば3本の指に間違いなく入るSamuel SeoのEP。ジャズ、ソウル、ファンクなどのいわゆるブラックミュージックをビンビンに感じる本格派って感じ。過去のアルバムはどれもめちゃくちゃかっこいいのでD‘Angeloとか好きな人にはおすすめ。今回のEPは彼の中では比較的ポップな仕上がりだと思う。その中でもDopeなトーンの”Do”が好きな曲。

2023年7月17日月曜日

傷を愛せるか

傷を愛せるか/宮地尚子

 ブログやSNSで頻繁に見かけていたタイミングで本屋で見かけて買った。精神科医兼研究者の方によるエッセイ。普段見聞きしない視点からのエッセイだったので興味深かった。学術性と文学性のバランスが良く読みやすさと奥深さが両方担保されていた。  エッセイは書き下ろしが基本で、第二章はアメリカ留学の内容の雑誌に連載していた記事になっている。色んな時間や場所の話が収録されており読み応え十分。精神科医としての臨床における心構えや経験を踏まえた彼女なりの考察などが読んだことないタイプで興味深いし平易な言葉かつストレートな文体なのでスッと心に入ってきた。

 タイトルは「傷」となっているが、もう少し広いレンジで「弱さ(vulnerability)」をどう許容するかという話だったように思う。実際、許容する社会であってほしいという祈りに似たような言葉もあった。弱いものが弱いままでいられる社会の方が居心地がいいはずだし、それが社会の進化、前進なのでないかという話が特に刺さった。最近は能力主義の跋扈により日常のあらゆる場面で効率が優先されるようになっているが、本当にそれでいいのか考えさせられる。こういった話をトラウマ治療をしている精神科医の方の文章で読めること自体が貴重な読書体験だったと思う。本当にいろんな話が収録されているのだけど、パンチラインがそこかしこにあり付箋だらけになった。超良質エッセイ。

「なにもできなくても、見ていなければならない」という命題が、「なにもできなくても見ているだけでいい。なにもできなくても、そこにいるだけでいい」というメッセージに変わった。

現実のもろさや危うさの中で、未来を捕捉することは実際にはできないからこそ、希望を分かち合うことによって未来への道筋を捕捉しようとする試み。予言。約束。願い。夢。

手にしたものがつまらない情報だと、ほっとしてくる。だって捨てられるから。逆におもしろい情報があるとあせる。フィルタリングの動きが滞ってしまうから。

剥がしても剥がしても張りついてくる薄い寂しさのようなものを、わたしたちは今抱えている気がする。

公的な場でなくとも、相手より自分のほうが年齢や知識や地位が上だったり、責任や権威をもつ側であったりするときは、どうしてもふるまいが「男っぽく」なりがちである。たとえば、わたしも自分の子どもにたいしては、けっこう問題解決モードで対応してしまっているなあと思い、もっと気持ちをくみながら話を聞かなければならないと、ロールプレイを見ながら反省しきりだったのである。

2023年7月12日水曜日

2023年7月 第1週

 今週も色々あったけど、なんといってもMACCHOとKREVAの邂逅が日本のヒップホップを長年聞いてきた身からすると本当にアガった。ZORNがひたすらKREVAに対して平身低頭を貫いてきたのは、この日のためだったのでは?と思わざるえないくらい完璧なインサイドワークで感動した。(KREVAへのマキシマムリスペクトは当然として)肝心の曲自体もスタイルウォーズかましまくり。己を貫くMACCHOとMACCHOの土俵に入り込む余裕さえ見せるKREVA。まあ端的にいって最高最高。そして、この邂逅を直前に的中させていていたポッドキャストがありますので、未聴の方は未来人の気持ちで是非聞いてみてください。ちなみに曲名までニアミスしてます。

YUHNWAY by YUHNWAY

 AP Alchemyの傘下となったWEDAPLUGG RecordsのYUHNWAYが久しぶりのアルバムリリース。セルフタイトル付けるのはかなり大上段な構えだなと思ったけど、ダンスミュージックを大いに取り入れた快作だった。ラップもできるし、ガッツリ歌もいけるので、ビートに合わせて最適解を引き出している感じだった。トラップ、ジャージークラブ、ドラムン、ネオソウルまで色んな要素を盛り込みつつ、それぞれのビートのクオリティが死ぬほど高い。featはラッパーのみでBlack nutの2人とKid Milliというガチっぷりからして信用できる。今年の隠れた名作だと思う。好きな曲はムードによって変わるけど、どストレートなメロウソング”Ibiza”

NOWITZKI by Beenzino

 韓国ヒップホップ界のレジェンダリーなMCの1人Beenzioがついにアルバムをリリース。往年のバスケ選手の名前をタイトルに掲げた作品はもう完全にAOTY級。いや2020年代を代表する1枚だと思うくらい最高だった。何か新しい雰囲気やサウンドとか特にないのだけど、何回も聞いてしまう…いくら練習しても身につかないセンスが炸裂しまくり!近年のTyler the creatorを思わせるサウンドの豊かさを感じた。分かりにくいけど、こういうのもヒップホップマジックが起きていると言えるような。彼なりの審美眼が明確にあり、それは有名、無名問わないfeatやproducerの招集からも分かる。後半のメロウな展開が特に堪らなく好きだった。中でもSlomがproduceした”Sandman”が好きな曲。

RED GROOVE by KOREANGROOVE

 KOREANGROOVEのGROOVE三部作?の完結編。三作の中で完成度一番高くて2000-2010年代のヒップホップを想起させつつアップデートした現代のラップのスタイルで新鮮に聞こえた。赤色だからか過去二作に比べてフロアライクなサウンドなのが良いし、かなりファレル味強いところも個人的にアガった。好きな曲はマリンバの音とフックが気持ちいい”MJ SLIDE”

ISSUES by CYBER RUI

 CYBER RUIのEP。コンスタントにまとまった作品をリリースしていてクオリティも落ちないのですごいと思う。サウンドのクールネスはこれまでどおり一貫して保ちつつリリックが熱を帯びている、このギャップがオモシロい。Pop Yoursのフィメールマイクリレーに呼ばれていないどうのこうのあるけど、彼女の世界観が明確にあり既存のヒップホップの枠を拡張する1人だと思っているので、このまま自分のやりたいことを貫いてほしい。グローバルな形で全員捲ってくるかもと思う。好きな曲はそんな気持ちも透けて見える”Monologue” くだらないもん baby suck it up!!

Blowout by John Carroll Kirby

 Stones Throwからハイペースで作品をリリースしているキーボーディストのJohn Carroll Kirbyの新作。日本では水原希子のボーイフレンドというのが話題先行するかもしれないけど、毎回作風が違って楽しいし今回は80sっぽさありつつパーカッションの多用が気持ちいい。特にヒップホップ聞いていると808疲れするので、こういう生楽器の音のハーモニーに癒される。好きな曲は”Gecko Sound”

Tony Allen JID018

 Adrian YoungeとAli Shaheed MuhammadによるJAZZ IS DEADシリーズの18作目。もう18作も出ているのか!という驚き。聞けてないのたくさんあるので聞いていきたい。それはさておき18作目はドラマーのTony Allenをフィーチャー。2020年に亡くなっているがその前に録音していた音源らしい。Fela Kutiとのコンビネーションが有名なアフロビートの元祖だけども、本作ではヒップホップのネタになりそうな刻みまくりのドラムブレイクをひたすらに叩きまくっていてめちゃくちゃ好き。ファンキーなドラムは無限に聞いてられるし、こういうディレクションできるJAZZ IS DEADはオモシロいプロジェクトだなとあらためて感じた。好きな曲は”Don’t Believe the Dancers”

Swells by K-LONE

Living Like There's No Tomorrow, But Killing Yourself In The Process by Laurence Guy

 まだまだ個人的な四つ打ちブームは過ぎておらず、その中でよかった2枚。いずれもUKのプロデューサーでアルバムになるとハウスだけではなく他のテイストの曲も入っているのでビギナーでも聞きやすい。特にLaurence GuyはInterludeを挟んで大きく二つの構成になっていて、後半はラッパーを迎えた曲になっているのでかなり好きだった。イントロとアウトロも凝っているし繰り返し聞いていた。

STILL PRETTY by Eem Triplin

 DJ Dahiのインスタのストーリーで知った。ペンシルベニア出身で最初はビートメイキングからキャリアをスタートし、$NOTとの楽曲制作で一気に名が知られたラッパー。声が特徴的でかっこいいしビートもメロウさがあって聞きやすい。先行シングルの”TELL ME IM RIGHT”のアウトロにスクラッチ入っててめっちゃアガった。この手のラッパーでスクラッチをこんなにフィーチャーしてる人あんまいないと思う。Dahi含めたヘルプありつつも全曲セルフプロデュースらしく分かってるなーと思う。好きな曲は”WASTED TIMES” 同じギターのフレーズをどこかで聞いたけど思い出せない…最近こんなんばっかり。

2023年7月11日火曜日

キッチン

 

キッチン/吉本ばなな

 著者の新刊リリースの情報が目に入り、そもそも一冊も読んだことないなと思って代表作から読んでみた。(粋な夜電波リスナーとしての親近感は以前から持っていた)概念としての「孤独」ではなく、本当に身寄りの人がいなくなる「孤独」との対峙にまつわる本でオモシロかった。

 文体の独特の軽妙さとそれによる抜けの良さによって、話の重さや不思議さが優しいニュアンスになっているのが特徴的だと思う。家族を失い孤児になった主人公が身を寄せる家族が日本従来の家制度とはかけ離れた形(シングルかつトランスである母(元父)とその息子)である点が興味深い。1987年のリリースで、このジェンダー観はかなり進んでいるなと思っていたが、学術的な考察を読むと、キッチンを女性に縛り付ける性役割のニュアンスを感じている海外の方もいるらしい。個人的には逆の印象。この論文の著者の考察も同意見で、性役割ではなく人間の活力の源である食事、そしてそれを準備するキッチンが彼女が再生する一助となっていると思う。日本は家庭料理のカルチャーが色濃く存在し、血の繋がりはなくても共同体としての家族が形成される際に食事が担う役割の大きさや安心感が軽やかに言語されていると感じた。他の作品も読んでみたい。

2023年7月7日金曜日

チョーク!

チョーク!/チャック・パラニューク

  早川書房のセールでチャック・パラニューク作品も安くなっていたので読んだ。前から読みたかったけどプレ値で読めなかったところ、いつのまにか電子書籍化されていて大変ありがたい…それはさておき本作もめっちゃチャック・パラニュークな作品でオモシロかった。読み進めるの大変なところもありつつ彼ならではの現代への考察が含まれていて興味深い。元は2001年のリリースだけども今でも十分通じるような風刺が多く含まれていた。

 主人公が医学部中退でSEX中毒というなんとも言えない退廃的な設定。彼のアイデンティティの揺らぎを中心に話がひたすら進んでいく。主にはバイト先の話、入院している母親とその病院の話。時系列としては子どもの頃と現在をチャプターごとに交互に語っていくようなスタイルなので最初は混乱しやすい。タイトルにもなっている「チョーク」の設定がとにかくオモシロかった。レストランで食べ物をわざと自分で喉に詰めて周りの客に助けさせる。その客は一躍ヒーローとなり世間から脚光を浴びることになり、承認欲求が満たされたパトロンとして彼に定期的に連絡を取り小切手を送ってくる…この手口をそこかしこで繰り返して金を稼ぐ。こんないじわるなことをよく思いつくなと思う一方で、そのありがた迷惑を含む善意で満たす承認欲求というのは今のSNSにそのまま当てはまる話でもあり、彼の先見の明に脱帽するばかり。(人間が進歩していないのか) 他にもウオッと思ったラインを以下引用。

私たちは自分が理解できないものとは共存していかれない。何かを説明できなければ、その何かをただ否定する

私の世代は、私たちはいろんな物事を笑いものにしたけれど、そのことで世界がよりよい方向に動き出してはいない」母は言う。「他の人々が創り出したものを批判するのに忙しくて、私たち自身はごくごくわずかなものしか創り出してこなかった」

僕らはすべてのものにラベルを貼り、説明をつけ、解剖せずにはいられない。それが絶対に説明不可能なものだとしてもだ。たとえ神でもだ。〝無害化された〟はふさわしい言葉ではないが、頭に浮かぶ一つめの言葉だ。

 代表作のファイト・クラブは資本主義や消費社会に対して挑んだ小説だけど、本著はアイデンティティにフォーカスして、その自己認識はどうなんだ?と繰り返し問う内容だと感じた。チャック・パラニュークは読むのしんどいけど、読後感は彼だからこそというものがあるのでセールで買ったもう一冊も楽しみ。

2023年7月5日水曜日

2023年6月 第4週

 今週は日本のヒップホップのアルバムで素晴らしい作品が多かった。中でもSadajyo、UNDER DOGGSのアルバムを聞いて思ったのは、オーディション番組で作られる価値観がすべてだと思わせてしまう功罪だった。当然間口を広げる意味で、かっこよさの基準を明示しヒップホップの理解度を高める意味でオーディション番組が効果的なのは間違いない。けれど、そこに当てはまらないからダメなわけでは決してないし、なんならヒップホップはその価値観を伸長してきた歴史を持つ音楽だからこそ色んなスタイルがあってほしい。

Golden Virginia by Sadajyo & Jeff Loik

 Sadajyoの1stアルバムがリリース。QNとの曲で知ったアーティストで、RAPSTAR誕生においてTOP10まで残ったことで認知が高まり満を辞してのアルバムという感じ。これが手垢のついた「ブームバップ」とは一線を画す内容でめちゃくちゃ良かった。Jeff Loikのビートは昔のFLA$HBUCKSやSIMI LABのアルバムを彷彿とさせるサウンドデザインでサンプリングベースなんだけど、ドラムやサンプルが細かく刻まれており単純なループではないのがいい。SadajyoはSEEDAの表現を借りれば日本語を「ベンド」してグルーブを作っていくスタイル。そのねちっこいフロウとイカついビートが絡み合って化学反応が起きていた。好きな曲はSwizz Beatzっぽい”Jungle”

READY 4 by UNDER DOGGS

 KID PENSEURとSTICKY BUDSによるユニット?のUNDER DOGGSのアルバム。ジャケがもう最高なんだけど、内容も素晴らしかった。大阪のシーンで脈々と受け継がれるB-BOYの遺伝子ここにありという感じで自然に首がふれるやーつ。若い人たちは別にビートのスタイルとして90s主義とかでもないので、いろんなビートの中で渋いラップをスピットしていくのがおじさんとしては新鮮な気持ちになる。好きな曲は”No Sugar”

Grandma's Wish by CHICO CARLITO

 Chico Calitoが昨年に続いてアルバムをリリース。前々作とのリリーススパンを考えるとかなりハイスペースのリリースとなっている。オーセンティックなスタイルのThis is HIPHOPなアルバムでかっこよかった。バトルで対戦したBonberoを招いた曲”ベストキッド”は2人のスタイルウォーズが面白いし、ビートもパーカッションでドリルのパターンを刻んでいたりで聞きどころたくさん。他の曲もリリックとフローの質が両立していてかっこよかった。個人的には王道よりも変則的なビートでの彼のラップが聞きたい。

Inner Division by Shin Sakiura

 プロデューサーのShin Sakiuraのアルバム。前のアルバムを友人に教えてもらってその時の衝撃をそのままに今作も素晴らしかった。1曲目のKaytranadaよろしくな曲でもう勝負ありって感じで多くの曲が四つ打ちのダンスミュージックでアガる。あと大きい音で聞くと低音のエグい鳴りとか各楽器の立体感がとても伝わってきて気持ちよさがパない。素人ながらにミックスがいいんだろうなと感じた。本人によるセルフライナーノーツがInstagramで公開されていてそこにも音へのこだわりが綴られていたので納得。初めて本人の歌唱も入っているのだけど、それもまたよし。好きな曲は”Magic”

Stimulate by Tensnake

 信頼の橋本徹レコメンド。ディスコ経由のエレクトロ、ハウスみたいなサウンドで最近聞いてなかったので、とても新鮮だった。DJしていた頃なら絶対かけてたと思う。比較的ポップな中にディスコバイブスが見え隠れする一方、”Take Your Time(Do It Right)” みたいなカバーもあったり。最近はロウなバイブスがどっちかといえば好みなので、好きな曲は”Brain Food”

Fine Tune by Terrace Martin

 サックスプレイヤーでありプロデューサーでもあるTerrace Martinのアルバムがリリース。 最強ジャズミーツヒップホップコレクティブのDinner Partyへの参加も記憶に新しい彼だけど、アルバムは色んな曲がってめちゃくちゃ聞きやすくて良かった。これまでウェッサイなムードの曲のイメージがあったけど本作にはストレートなジャズも収録されていて、それがアクセントになってアルバム1枚でプレイリストのような構成になっている。朝は基本これを聞いていた気がする。好きな曲はドラムが刻みまくりなのとサックス、トランペットの絡みが気持ちいい”3am Traffic”

2 Kids On The Block Pt. 1 by Dynamic Duo

 DymamicduoのEPがリリース。イントロで俳優のイ・ビョンホンがナレーションしているというとんでもないカマシから始まるのにびっくり!2人のラップはベーシックなスタイルでベテランの安定感があるし、オーセンティックなGRAYのビートとの相性がいい”19”なんて最高。だけどビビったのはRUN DMCの”Pied Pipers”のオマージュをかました最後の曲。今これやるのアツ〜だし2人の掛け合いも最高。アルバムがどんな作品になるかのか楽しみになった。

S3X AND THE CITY by Jayci yucca & dnss

 友人に教えてもらって知ったやつ。Jayci yuccaがラッパーでdnssがプロデューサー。現行USモードバリバリでラップがかっこいい。アトランタっぽくて”Ganges”、”Pop 2 Pills”とかめっちゃそれ。(”Ganges”、Metro Boominで同ネタ曲あったような…)こういうのゴロゴロいるのが韓国のヒップホップの底の厚さを感じる瞬間でもある。AmbitionやDaytonaとのコネクションの強さがよく分かるFeat陣も豪華で良い。好きな曲は”Sober”

[ Rorschach ] Part 2 by PENOMECO

 PENOMECOのEPは前作の続き。前作でもイメージを裏切るスピットスタイルを見せていたが今回もそのスタイルは健在。甘い声のシンガー扱いされるのを嫌だと思ったのか、ギャップ狙いなのか。友人とも話していたが、今回のPENOMECOのようなケースやスピット系のラッパーのシンギンスタイルとかギャップがあるとグッとくるよなーというのはある。好きな曲は”Quick Fast”