2021年11月20日土曜日

Weapon of Math destruction

 

あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠 / キャシー・オニール

 原題が「Weapon of Math destruction」直訳すれば数学破壊兵器。機械学習、AIのアルゴリズムやモデルを皆さん盲目的に信じすぎやしてませんか?そこにはこれだけのリスクがありますよ、と警告する内容でオモシロかった。2年ほどデータアナリストの端くれとして小売業のビッグデータ解析に基づく最適化みたいな仕事をしていたので著者の主張に納得する点が多かった。当然データをあげた分、ポイント等で見返りはあるのだけど、そのデータと見合っているか?みたいなことはよく考えてしまう。本文にもあるが「プライバシーの保護は裕福な人にだけに許される贅沢になっていく」のだろう。(まさか政府まで似た手口で個人情報を入手しようとする時代が来るとは思わなかったけど)全く情報を出さないで生活するのは不可能だから、ときにこういった本を読み立ち止まって考えたいと思う。

 本著は啓発というよりはビッグデータ解析にまつわる現状の解説になっている。彼女自身がデータアナリストで金融業界で見た手口の話から始まり、その手口が教育、就職、仕事、身体、政治など身の回りに侵食してきている。そして、それを正のフィードバックループが機能することなく公平性を欠いて効率だけを追い求めた数学破壊兵器と本著では呼んでいた。大量の過去のデータから傾向を読み取って機械的に判断しているので人間よりも公平なのでは?と思うものの、その入力データがどういったものかですべては変わってくる。目的が志の高いものであれば良いが「人件費削減のために優秀ではない教師を手早くリストラしたい」のように「優秀ではない」の定義が非常に曖昧で定量評価できないものにAIというブラックボックスをかまして公平のような顔で選別する。公平よりも効率(=利益)を優先する社会全体の空気はこういったテクノロジーの発展と無縁ではないのかもしれない。

 さらにこういったモデルによる評価は富裕層に適用されるケースは少なく貧困層に適用されることが多く、アルゴリズムによって貧富の差が広がっていくことの解説もあり、その視点は持っていなかった。結局どんなツールも使う側の目的が一番大事だけど使われる側もリテラシー発揮していかないとテクノロジーユートピアな現代では生き残れないだろう。過去のデータからは未来は生まれないことを肝に銘じたい。

2021年11月14日日曜日

万事快調〈オール・グリーンズ〉

 

万事快調〈オール・グリーンズ〉/波木 銅

 Riverside Reading Clubのポッドキャストで紹介されていてオモシロそうだったので読んだ。映画、音楽、文学といった自分の大好きなカルチャーの固有名詞がこれでもかとぶち込まれてる上にエンタメとしてオモシロかったのでめちゃくちゃ最高だった。日本の作家でこんな小説書ける人がいて、しかも21歳だっていうんだから「未来は暗くない」

 地方鬱屈系小説としては「ここは退屈迎えに来て」が近年では代表的だと思うけど本作は登場人物が積極的に打破していく。その方法が工業高校の女子生徒が園芸同好会で大麻を育てるっていう…このプロット聞いただけでヒップホップが好きな身としてはときめきしかないわけだけど、さらに冒頭で登場人物が読んでいるのは「侍女の物語」これだけでもう並の小説ではない気配がある。

 そんな冒頭のかましをはじめとして、つるべ打ちのごとく場面場面でさまざまなカルチャーが言及される。それと物語が剥離していないところが良い。つまり置物としての引用ではなくて、そこにちゃんと愛がある。設定のど真ん中にあるのがヒップホップというのが特に最高。フリースタイルの歌詞は若干こそばゆくなるものの登場人物がまだアマチュアでサイファーしてるだけなので逆にリアルだと思える。物語の要素として必ず出てきておかしくないだろうブレイキングバッド、舐達麻、タランティーノなどは直接触れないというのも品がある。(これ見よがしなことをしないのは簡単なようで難しいと思う)あとは主人公達が女子高生ということも影響してるのか犯罪小説だけど重たすぎず抜けが良い。そんな中でも今の日本社会における女性搾取の話をきっちり織り込んでそれに対するカウンターまで盛り込んでいるから痛快でオモシロい。このあと本当にどんな作家になるのか楽しみだし、絶対次の作品も読む。

2021年11月13日土曜日

家族と社会が壊れるとき

家族と社会が壊れるとき/是枝 裕和, ケン ローチ

 2人とも好きな映画監督だったので読んでみた。対談とそれぞれの書き下ろしは興味深い話の連続でオモシロかった。2人とも「社会派」と呼ばれる映画監督だと思うけれど、その背景にある映画への思想は異なっている。けれど、お互いへのリスペクトを欠くことはない雰囲気が対談からは伝わってきた。

 ケン・ローチは義父からレコメンドされた「家族をおもうとき」があまりにもオモシロくて、すぐに「わたしはダニエルブレイク」も見た。本作は主にその二作にフォーカスがあたっており映画の内容を補完できるので、そういう意味でも興味深かった。何よりもオモシロいのはケン・ローチがゴリゴリの社会主義者であること。特にコロナ禍においては公的サービスの脆弱さがモロに露呈することが多かったと思うけど、それはイギリスも日本と変わらないようで国や企業といった支配階級への怒りを滔々と書いたり話したりしている。自分自身はここまで振り切った社会主義に賛同するわけではないけど、環境問題をはじめとしてひたすら成長を追い求めた結果のツケがコロナ禍もあいまって今露呈しているのは間違いないと思う。ゆえに彼の主張になるほどなと思うことが多かった。

 一方の是枝氏はある意味日本人ぽいというかノンポリに近いスタンス。けれど今の日本は右と左といった議論以前に民主主義の土台の部分がめちゃくちゃになっている点を厳しく指摘していてそれに同意した。2人の映画は自分の主義や主張が先行しているのではなく、あくまで社会の風景を彼の視点で描写することで、それらが浮き上がってくると説明されていた。ゆえに映画においてはカメラを置く位置を大事にしているという話もあり、誰かに寄り添う気持ちを2人が持っているからこその合致なんだろうなと感じた。ケン・ローチの作品は2つしか見れてないので他のも見たい。

2021年11月10日水曜日

ウォーターダンサー


 世界と僕のあいだにを予習してばっちりの状態で拝読。地下鉄道をモチーフにした小説でオモシロかった。地下鉄道と聞くとコルソン・ホワイトヘッドの小説を想起する。それよりは叙情的な印象だった。また同じ「奴隷制からの脱出」というテーマだとしてもファンタジー要素のベクトルが異なっていてオモシロかった。

 あとがきにも書かれていたけど、これが小説1作目とは到底思えない。冒頭かなりファジーな描写続くのでしんどいのだけど、ある強烈にバッドな事態が発生してからはページをめくる手が止まらないほどスリリングな展開が続く。エンタメ性を確保しつつ奴隷制の残酷さをめぐる本人の言論および実在した逃亡者の取材エピソードを盛り込んでおり読み応え十分。なおかつ脚色した小説だからこそ世界観に入り込むことができて奴隷制の理不尽さを少しでも追体験できる。そのような語り口になっているから心痛むシーンがたくさんあった。(特に奴隷を使った狩猟ゲームのくだり)そしてこの時代の話が現在にまで繋がっている恐怖もあった。一方で囚われの女性を男性が救い出すという古典スタイルを明確に拒絶している点は良い意味で今の物語っぽいなと感じた。

 テレポーテーション的なファンタジー要素が組み込まれておりモチーフとしての水と母をめぐる描写がとても美しいし、物語がキーとなっている点も含めて好きだった。この描写の巧みさに加えて、とにかくパンチラインが多いので、そこも読みどころだと思う。同じHIPHOP好きとしてアガったラインを引用しておく。

自分がこれとあれと、どちらをより愛しているか。すべてを愛するのかー美しいものも醜いものも、目の前にあることすべてを愛するのかーそれとも、自分の怒りや自尊心に屈してしまうのか。そして僕はこの世の一切合切を選ぶよ、ソフィア。僕はすべてを選ぶ。

僕はこちらで、失ったものたちとともに生きていく。その汚物や混乱とともに。そのほうが、自分の汚物とともに生きていながら、そのために目が見えず、自分たちが純粋だと思っている連中のなかで生きるよりはずっといい。純粋なんてものはないんだ、ロバート。清潔なんてものはない

 ブラックパンサーの新シリーズの原作も手がけているらしく、そのシリーズが映画化されて欲しい。

2021年11月6日土曜日

常識のない喫茶店

常識のない喫茶店/ 僕のマリ
 

 喫茶店勤務している著者から見た顧客の話がおもしろおかしく綴られていて楽しく読んだ。接客業で当たり前になっている「顧客至上主義」の常識に対して争っている喫茶店で迷惑な顧客に対しては毅然と接し決して下手にでない。自分たちが嫌だと感じたことをそのままズバリ顧客に伝えて場合によっては出禁にすることもあるそう。世の中には想像以上に理不尽な人が多いよな〜と学生時代のバイトや前の仕事で顧客と接点があったころをレミニスした。

 接客において過剰なサービスを求めすぎている気がするし、店員にタメ口聞くやつの気もしれない。お客だから何をやってもいいわけではない。著者の主張には同意することしかないのだけど、「こんな顧客をさばいたった」という武勇伝に聞こえてきて終盤になると正直飽きてしまった。政治家など権力ある人に対してカウンターを決めていくなら純粋に楽しめるけど、どんだけクソなやつでも市井の人たちなので引いてしまった。(顧客と店員の非対称性が前提にあるのだとはと思うし、実際にどのくらいやばいやつなのか、そこまで細かく描写されていないので、似たような経験のある人しか想像しにくい。)ラストに書かれていた著者の苦しい過去を踏まえると抑圧からの解放という観点では理解することはできるのだけど…もっとウィット成分が高ければマイルドになって楽しめたのかもしれない。