2021年7月31日土曜日

旅する練習

旅する練習/乗代雄介

 前作の「最高の任務」が好きだったので読んでみた。読んでいる途中は牧歌的だな、いやなんなら少し退屈だなと思ってたけど、最後まで読み終わると信じられないくらい心に残る作品になっていた。しばらく「なんでなんだ…?」という気持ちになり、この小説のことをしばらく考えてしまうくらいに。あとタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」思い出した。
 叔父とサッカーを愛する少女がコロナ禍において茨城県を旅するロードムービーならぬロード小説。物語の緩急の付け方がオモシロくて鳥の観察日記や風景描写のところは時間が異常に停滞する一方で会話のテンポはとても軽やか。この対比が小説にリズムを産み、自分が妻や友人と旅に出ていた頃を思い出す。コロナでなかなか行けなくなったけど、人とどこか見知らぬ場所に行くのは豊かな体験だったのだなと思い出させてくれた。また会話の中で「食べよーよ」とか「いーよね」とか「ー」が生むまったり感が好きだった。「食べようよ」「いいよね」だとは伝わらない、駄弁っているニュアンスが出ていて、人が駄弁っているのを聞くのが好きなので良かった。
 親子物語ではないので過剰にウェットにならないところも設定として良い。また第三者である大学生が登場してから物語は大きく展開していくのだけど、そこも主体的に人生を生きるというテーマがあり、何か自分で目標を用意して生きないとなと襟を正すような気持ちになった。
 全体に冗長というか、旅行の記録としては振りかぶった文章が目につくなと思ったら、それらは最後に全て回収されて「うわー」と思わず声が出てしまった。自分が当事者にならないと何気ない日常の尊さは気づけない。コロナ禍で亡くなった人への鎮魂歌として捉えることもできるかもしれない。練習ではなく皆が好きなだけ旅に出れる日が戻ってきて欲しい。 

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