2022年12月23日金曜日

信仰

信仰/村田沙耶香

 リリース直後から気になっていてKindleでセールされていたので即買いして読んだ。前に読んだ生命式も相当ぶっとばされたけど、本著もいつもどおりアクセル全開でめちゃくちゃオモシロかった。誰かの当たり前は誰かの当たり前ではない、ということを改めて確認させてくれた。

 短編を中心にエッセイまで含む珍しい構成。表題作である「信仰」がとにかく最高。地元でカルトを新たに始める同級生を横目にしつつ、いわゆる地元の「イケてる」側の同級生コミュニティにも身を置く女性が主人公で彼女の価値観をメインに話が進んでいく。カルトを作って信仰させる過程が物語のプロットとしてのオモシロさを担保しつつ、信仰を広い意味で捉え直し、こちら側の当たり前を揺さぶってくる。つまり人間は宗教に限らずいろんなものを信仰して生きているし、それが人生を豊かにしているのではないか?という問題提起。たとえばカルトやマルチで高額なものを売りつける商売が存在するが、それはハイブランドの洋服などと何が違うのか?と主人公は問うてくる。この手の議論はこれまでもあったと思うが、本著ではさらに一段踏み込んで「現実主義」に対する信仰についても言及している点が白眉だと思う。インターネットを筆頭に裏側を分かった気になり、「これが現実である、それは意味がない」と指摘するムーブが最近のトレンドだと思うが、その現実至上主義は一種の信仰であり、数ある信仰の中でも一番夢がないものように見える。それを象徴する主人公の一番好きな言葉が「原価いくら?」というのも痛快すぎた。以下引用。

『現実』って、もっと夢みたいなものも含んでるんじゃないかな。夢とか、幻想とか、そういうものに払うお金がまったくなくなったら、人生の楽しみがまったくなくなっちゃうじゃない?

また「気持ちよさという罪」というエッセイも収録されており、これは「多様性」という言葉に関する深い洞察となっている。論旨としては朝井リョウの「正欲」のテーマと似ているもののエッセイゆえのダイレクトさ、著者が小説でいつも提示する観点の鋭さもあいまって震えた。日本は世界各国と比較しても多様性はかなり低い部類なので例外を考えるのは早いと個人的には思っているものの以下の2パラグラフは胸に刻んでおきたい。

「自分にとって気持ちが悪い多様性」が何なのか、ちゃんと自分の中で克明に言語化されて辿り着くまで、その言葉を使って快楽に浸るのが怖い。そして、自分にとって都合が悪く、絶望的に気持ちが悪い「多様性」のこともきちんと考えられるようになるまで、その言葉を使う権利は自分にはない、とどこかで思っている。

どうか、もっと私がついていけないくらい、私があまりの気持ち悪さに吐き気を催すくらい、世界の多様化が進んでいきますように。今、私はそう願っている。何度も嘔吐を繰り返し、考え続け、自分を裁き続けることができますように。「多様性」とは、私にとって、そんな祈りを含んだ言葉になっている。

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