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| パトリックと本を読む:絶望から立ち上がるための読書会/ミシェル・クオ |
『第11回 世界のノンフィクションがおもしろい!!』という特集を、複数の出版社が合同で開催していて、本屋でたまたま遭遇。『語るに足る、ささやかな人生』を読んで、アメリカに関する本をもっと読みたくなって読んだ。アメリカ南部の過去と現在を通じて、読書を軸にした教育実践を記録した本として興味深かった。
著者は、ハーバード大学を卒業し、ロースクールにも進んだアジア系アメリカ人のエリートである。弁護士への道が約束されていた彼女は、自分の進路に疑問を抱き、ミシシッピ州ヘレナで教師として働き始める。本書は、その教師時代の話と、当時の教え子で、のちに拘置所に収監されたパトリックと取り組んだ勉強会の記録、という二本立てで主に構成されている。
前半は教師としての日々が中心で、著者の考え方やキャリア形成など、彼女目線で話が展開していく。2000年代後半のミシシッピ州で、貧しいアフリカ系アメリカンに対する教育の現状が具体的に語られている。2年間の期限付きとはいえ、順風満帆なキャリアを投げ打ってでも現場に飛び込み、社会問題を自分ごととして引き受けるアプローチは、誰にでもできることではない。当時の南部では、ごく少数派だったアジア系として学校でも私生活でも苦労を重ね、ワーカホリックになっていく姿にはリアリティがあった。身体がボロボロになりながらも子どもたちに向き合い、どうすれば主体的に学ぶ機会を生み出せるか?試行錯誤した末にたどり着いたのが、読書と自由作文だったいう点が興味深い。
「本を読むことは他の娯楽と変わらない。高尚でもなんでもない」という意見を目にすることがある。私自身、たくさん本を読んでいる現状を誇る気持ちは特別なかった。しかし、本著を読むと、読書の効果の大きさを否応なく感じさせられた。文字を追い、頭の中で情景を描き、そのとき湧いた感情がないまぜになっていく。さらに、詩に近い自由作文で、自分の考えや感情を言葉にするプロセスの大切さも伝わってきた。言葉のインプットとアウトプットを繰り返すことで、子どもたちの学力が上がっていく様子をみると、国語の授業が何より大切だという話は、きっと間違いではないのだろう。
後半では、殺人容疑で拘置所に留置されたパトリックとマンツーマンで読書の授業を行うようになる。前半の子どもたちの躍動感とは打って変わって、全体に閉塞感が漂っている。前半で彼のパーソナリティを知っているからこそ、重い罪を背負ってしまった事実は読んでいて辛いものがあった。しかし、そんな状況に陥ってしまった彼に伴走する著者の行動力と忍耐力は、目を見張るものがある。そして、読書の力に大きくフォーカスするのが後半である。さまざまな課題図書が登場し、タイトルどおりパトリックと本を読んでいくことになる。
著者は元教師だからこそ、パトリックの拘置所での暮らしが少しでも楽になるような本を、彼の読書レベルに応じて選んでいく。しかし、パトリックの受け止め方はこちらの想像を超えていくものだった。たとえば、空想の世界が逃げ場となればと『ナルニア王国物語』を差し出したところ、彼はナルニア王国が実在すると思い込んでしまう。もっとも象徴的なのは、フレデリック・ダグラスの自伝である。奴隷制度から抜け出すために読み書きを学び、自由を手にした元奴隷のダグラスは、パトリックにとってロールモデルになり、読み書きを学ぶモチベーションになるはずと著者は考えていた。しかし、パトリックはダグラスの境遇を知れば知るほど、自分が読み書きを疎かにしてきた過去と向き合わざるを得なくなり、非常に辛い読書体験になってしまう。このように誰が何を読み、どう感じるかは各人の置かれた状況次第だ。読書会のプリミティブな意義が浮かび上がっていたし、このラインが印象的だった。
本を読めば、たとえつかのまだろうと、人は予測を超えた存在になれる。それが読書の力だ。本を読んでいるとき、その人は別のだれかが「こういうタイプ」と決めつけることのできる人間ではなく、あらかじめ規定されていない素のままの人になっている。
詩や歌も取り上げられており、2人が日本の俳句を一緒に読む場面には驚いた。英語圏での俳句の受け止められ方の事例として興味深いし、ミニマルな構成だからこそパトリックの感性が研ぎ澄まされていた。
読書会と並走して描かれるのは、パトリックの家族の様子と裁判である。家族については、両親への思いに加え、若くして生まれた自分の子どもへの思いが胸に沁みた。一方で、父親はろくでもない存在で、パトリックがまともになろうとしても、足を引っ張る要素があまりに多い。そんな環境は、本人の理性だけでは制御しきれず、負のスパイラルが続いていくことを思い知らされる。
裁判については、著者が弁護士である視点もあいまって、解像度の高いルポとして読み応えがあった。長期間拘禁されながら、裁判の順番がなかなか回ってこない現状は、アフリカ系アメリカンの立場の脆さを、制度そのものが象徴しているように感じた。
大勢の読書体験のひとつではなく、n=1のパトリックの読書だからこそ、胸に刺さるものが間違いなくある。原題に忠実なタイトルはマーケティング的にはNGかもしれないが、作り手の真摯な気持ちが伝わってきた。「人生を変える読書」と言えば大袈裟かもしれないが、本を読むことについて考えたい人にあまねく勧めたい傑作。







