2022年12月30日金曜日

スプートニクの恋人

 

スプートニクの恋人/村上春樹

 サクッと小説読みたいときにた妻の本棚から村上春樹を借りて読むシリーズ。スノッブ性のブレなさが伝統芸能であり、その系譜にあってオモシロかった。

 主人公は小学校の先生である男性、そのメイツが小説家志望の女性すみれ。そのすみれが恋焦がれるのはミュウという女性。主人公→すみれ→ミュウという三角関係をベースに話が進んでいく。主人公が人生に対する一種の虚無感を抱いており、それを客観視しつつ恋愛模様が描かれるのおなじみの展開だと思う。著者の小説で好きな点は登場人物のディテールが細かいところ。食事とか趣味とかすべてにスノッブを感じる。落ち着いていてクールで比較的うまくいく俺という外面に対して、内面は繊細でそれなりの葛藤を抱えている。

 本著では人間の二面性がフォーカスされており、いろんな登場人物ごとにそれぞれの二面性に関する話が展開されるので興味深かった。人間は誰しも二面性を有しているが、それらをすべて理解できる他人もいなければ自分自身でもわからない部分は多い。理解されないことを孤独に抱えて生きていくしかないのである、という孤独にまつわる議論も含んでおりそこもオモシロかった。その孤独の象徴がスプートニクという人工衛星なのもスケールが大きくてまさに小説。

 また他人との違いとして、国籍の違いや同性愛といった設定を1999年という早い段階で導入しており先進性を感じた。今は「ダンス・ダンス・ダンス」が気になっているので読書に煮詰まったら読みたい。

2022年12月28日水曜日

未来をつくる言葉

 

未来をつくる言葉/ドミニク・チェン

 ずっと気になっていた1冊で文庫化のタイミングで読んでみた。著者の来歴をベースに言葉をめぐるさまざまな話が収録されており興味深かった。エッセイのようでもあるし学術的でもあるし境界は曖昧でそこがユニークな点だと思う。

 著者の半自伝的な内容で、それに加えて著者の研究対象である言語周りの研究内容がつづられている。読み進めると圧倒的に優秀な経歴に驚くが、それよりもとにかく文章がうますぎてそこに度肝を抜かれた。言葉をつうじた人の思考について研究しているからなのか、学術的で難しい内容も多いはずなのにページを捲る手が止まらなかった。また構成の妙もあり、難しい話と著者の娘さんに関する話などで硬軟織り交ぜられており、学問領域が実際の生活に落とし込むとこうなる、といったケーススタディのようで読みやすかった。(自分が稚拙な言葉で本著の感想を書くのも気が引ける…)

 個人的に一番興味深かったのは対話と共話をめぐる議論。対話は議論をスタックしていきゴールに向かっていくのに対して共話はお互いに話をしようとしていることが一致している、もしくは近いことを会話で探っていく。雑談系のポッドキャストは共話そのものであり、ネット上では文字によるギチギチの議論が多い中でポッドキャストがネット上の最後の楽園と化しているのは、こうした側面があるように思う。

 生命に関する議論もふんだんに含まれており、AI(Artifical Inteligent)とAL(Artifical Life)の違いやそれに派生する現在の進化に関する話がオモシロかった。コンピューターのバグとに生物における偶然性を同列に扱い、バグのようになんでも排除すればいいものではない、という論旨は至極納得した。個人的には「開かれた進化」というチャプターでの以下部分が目から鱗だった。

わたしたちの産業文明は、その進化の「開かれ」具合をできるだけ最小化しながら制御しようとしてきた。過去を分析し、未来予測の精度を上げることで、不確実な自然を制御し、自然進化の環から降りることで、みずからの世界を人工的に最適化してきたのだ。

特定の目的を持たない自然進化は、偶発的な環境変化への適応連鎖で脈々と起こってきたが、技術を手にした人間社会は偶発性を無化することで安全を担保しようとしている。

 表題のチャプターではそれまでの議論をふまえた上で「わかりあえない」ことへの論考が展開されており興味深かった。ここに向かうための前段の議論という感じで昇華するイメージをもったし、表紙にも採用されている箇所が実際本著のハイライトだと思う。

結局のところ、世界を「わかりあえるもの」と「わかりあえないもの」で分けようとするところに無理が生じるのだ。そもそも、コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け容れるための技法である。

 また「わかりあえない」ことはマイナスの意味で捉えられることが多いと思うけど、新たな視点が提示されていて「わかりあえない」ときには以下のラインを唱えたい。知的好奇心が満たされる読書体験だった。

いずれの関係性においても、固有の「わかりあえなさ」のパターンが生起するが、それは埋められるべき隙間ではなく、新しい意味が生じる余白である。

2022年12月23日金曜日

信仰

信仰/村田沙耶香

 リリース直後から気になっていてKindleでセールされていたので即買いして読んだ。前に読んだ生命式も相当ぶっとばされたけど、本著もいつもどおりアクセル全開でめちゃくちゃオモシロかった。誰かの当たり前は誰かの当たり前ではない、ということを改めて確認させてくれた。

 短編を中心にエッセイまで含む珍しい構成。表題作である「信仰」がとにかく最高。地元でカルトを新たに始める同級生を横目にしつつ、いわゆる地元の「イケてる」側の同級生コミュニティにも身を置く女性が主人公で彼女の価値観をメインに話が進んでいく。カルトを作って信仰させる過程が物語のプロットとしてのオモシロさを担保しつつ、信仰を広い意味で捉え直し、こちら側の当たり前を揺さぶってくる。つまり人間は宗教に限らずいろんなものを信仰して生きているし、それが人生を豊かにしているのではないか?という問題提起。たとえばカルトやマルチで高額なものを売りつける商売が存在するが、それはハイブランドの洋服などと何が違うのか?と主人公は問うてくる。この手の議論はこれまでもあったと思うが、本著ではさらに一段踏み込んで「現実主義」に対する信仰についても言及している点が白眉だと思う。インターネットを筆頭に裏側を分かった気になり、「これが現実である、それは意味がない」と指摘するムーブが最近のトレンドだと思うが、その現実至上主義は一種の信仰であり、数ある信仰の中でも一番夢がないものように見える。それを象徴する主人公の一番好きな言葉が「原価いくら?」というのも痛快すぎた。以下引用。

『現実』って、もっと夢みたいなものも含んでるんじゃないかな。夢とか、幻想とか、そういうものに払うお金がまったくなくなったら、人生の楽しみがまったくなくなっちゃうじゃない?

また「気持ちよさという罪」というエッセイも収録されており、これは「多様性」という言葉に関する深い洞察となっている。論旨としては朝井リョウの「正欲」のテーマと似ているもののエッセイゆえのダイレクトさ、著者が小説でいつも提示する観点の鋭さもあいまって震えた。日本は世界各国と比較しても多様性はかなり低い部類なので例外を考えるのは早いと個人的には思っているものの以下の2パラグラフは胸に刻んでおきたい。

「自分にとって気持ちが悪い多様性」が何なのか、ちゃんと自分の中で克明に言語化されて辿り着くまで、その言葉を使って快楽に浸るのが怖い。そして、自分にとって都合が悪く、絶望的に気持ちが悪い「多様性」のこともきちんと考えられるようになるまで、その言葉を使う権利は自分にはない、とどこかで思っている。

どうか、もっと私がついていけないくらい、私があまりの気持ち悪さに吐き気を催すくらい、世界の多様化が進んでいきますように。今、私はそう願っている。何度も嘔吐を繰り返し、考え続け、自分を裁き続けることができますように。「多様性」とは、私にとって、そんな祈りを含んだ言葉になっている。

2022年12月21日水曜日

2022年日本語ラップの旅 -Rの異常な愛情 vol.2

 

2022年日本語ラップの旅 -Rの異常な愛情 vol.2/R-指定

 R指定が日本語ラップを語るイベントが書籍化された本著。vol1もどうかしてる熱量で面白かったので期待して読んだら今回も同じような熱量でオモシロかった。

 Creepy nutsは誰もが想像していなかったところまでリーチしておりそれによるヘイトも渦巻いているが、ことR指定のラップにフォーカスを当てた場合、そこに異論はないはず。宗教上の理由でCreepy nuts の楽曲は聞けないけど、客演曲や梅田サイファーでの楽曲におけるバースを聞く限り日本最高峰のMCの1人だと思う。その裏打ちとなっているのは彼のラップに対する解析力にあると思う。

 本著はその解析力がフルスロットルで発揮されており、こんなレベルでラップを解釈してる人間は本来いるべき批評側にもいない。しかもプレイヤーだからこそ言えるフロウの概念も盛り込まれているので無敵。このラップに関する知識量でインプロビゼーション性も超高いのだから鬼に金棒。そんな彼が先人に対するリスペクトをふんだんに踏まえつつ分かりやすく興味深くラップを解説しているのがオモシロいに決まっている。特に今回は2000年代を大きく支えたZeebra、Daboのクラシック二大巨頭が含まれているのだけども、この粒度で語られた文章は見たことない。ロジカルかつウィットに富んだ説明力が圧倒的でZeebraが「しゃがんだ」という表現はクリティカル過ぎた。また彼が最も得意とする韻、ライミングに特化した地元の先輩である韻踏合組合の回では水を得た魚のごとく解析していて、これもまた韻踏の歴史を踏まえた上での解説になっており読み応えがかなりあった。

 また彼のラッパーとしてのattitudeも解説の中で見えてくるところもあり、ヒップホップのゲーム性に意識があることも分かった。ボーナストラックであるChico Calitoとの対談もその点で興味深かった。こういったアーカイブする作業は今後も末長く続けて欲しい。

2022年12月17日土曜日

サッカーと愛国

 

サッカーと愛国/清 義明 

 天邪鬼なのでW杯が盛り上がるたびに「戦争の代わりのナショナリズムの発露やん」と受け流してる最近だけど、この気持ちの源泉が何なのかを知るために読んでみた。サッカーとサポーターとナショナリズムの関係性を日本から世界にかけて広く議論していて勉強になった。

 日本代表の試合になれば沸いてくるサッカーファンをみて、これはナショナリズムを発露する入り口として一番イージーだよなと思っていたが、本著でもその点は指摘されている。特に2002年のW杯でネトウヨが跋扈する土台ができたという話に驚いた。フジテレビに対する反韓流デモあたりが起源かと思っていたけど、サッカーを起点にして悪意のある感情を肯定するムードになってしまったという。あるイギリスのジャーナリストによれば、多くのライトなサッカーファンにとってW杯の狂騒はあくまで「害のない休日用のナショナリズム」であるが、それをトリガーにして排外主義を掲揚してしまう輩が産まれてくるのを知ると虚しい気持ちになる。

 サッカーは代表チームとクラブチームのクロス表になっており、個人的にオモシロかったのはクラブチームの話だった。欧州を中心に多くのクラブチームには国という括りはなく、さまざまな国からの選手がチームを形成しローカル、フッドへサッカーで還元していく。それは国家に対するカウンターとしての「ネーション」でもあり、オシム曰く「教会」というのはしっくりきた。この自治性ゆえに悪い方向へ機能するときはとことん悪い方向へ進んでしまう点が難しいところ。本著内でも代表戦、Jリーグで起こった人種差別についてインタビュー含め詳しく解説してくれており表面上の問題だけではなく背景まで知ることができた。特に浦和レッズで起こった李忠成へのヘイトスピーチの件が興味深かった。FIFAが人種差別に対する感度が高くヘイトスピーチへ毅然とした態度を取ることを規約に盛り込んでおり、それを踏襲するJリーグが国内でどこよりもヘイトスピーチに厳しく対応した。これはサッカーのポジティブな側面だと思う。(自ら律せないが、お上の言うことだけは聞く、という典型的な日本的事例でもあるが)

 終盤にはさまざまなサッカークラブのサポーター事情が書かれており、サッカーと政治が日本以上に不可分であり市民の生活に染みこんでいることを知った。社会状況的にフィジカルな連帯が無くなっていく方向にある中でローカルに根ざしたコミュニティを持つサッカーは尊いと思う。なのでサッカーを好きになりたいかも。

2022年12月8日木曜日

イリノイ遠景近景

 

イリノイ遠景近景/藤本和子

 印象的なタイトルと表紙に惹かれて読んだ。近過去なおかつ異国における経験をつづったエッセイを読むのが久しぶりで新鮮でオモシロかった。

 タイトル通りイリノイ州シャンペーンで生活する中で感じたことを徒然とつづっている。いわゆるカントリーサイドでの生活で派手なアメリカライフというよりローカルなアメリカの当時の空気を身近に感じることができる。それはカフェやドーナツショップでの街の住人たちの会話であったり、友人との旅行であったり、シェルターでの仕事であったり。観察眼の鋭さと落ち着いた文体が読んでいて心地よかった。どのエピソードも人が生きることへの興味が尽きないように思えたし、著者の生きることへの以下ラインが刺さった。

都会の雑踏や賑わいの中にいると、のびのびした気分になったものだった。うきうきした気分になったものだった。(中略)でもうきうきしてるだけじゃ生きていけないからねえ。 わたしもいよいよ生きなければならないのかな。そのためには息をする空間も必要なのかもしれない。子供までいるのだから。そう思って駐車場を眺めわたす。するとにわかに、ふん、この荒涼たる醜さも結構なのかもしれない、という映画の台詞みたいな言葉が頭にうかんだ。

 あと著者の友人の以下ラインも生きることへの問いかけだと思う。

あたしが繋がれているのはこの街路だ。なのに、あたしは何をしている?大学院にまでいって、修士号までとって、結構な話だけど、あたしが繋がれているこの街路にとって、あたしは何者だろうか。

 後半は著者によるインタビューがいくつか収録されており、これがかなり読み応えがあった。ユダヤ人やアメリカ先住民など迫害された人々にフォーカスしている。社会的に弱い立場になったときに何が起こるのか、格式張らないトーンで友人同士のような会話形式で書かれているので読みやすいし実感をもちやすかった。今でいえばポッドキャストを聞いているような感覚。著者は翻訳家としても活躍しつつ、本著の後半部のような、アフリカンアメリカンへのインタビュー集が二作文庫で出ているようなので読んでみようと思う。

2022年12月7日水曜日

あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ

 

あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ/菊地成孔

 第N次格闘技ブームといっていいほど、今格闘技が流行っている。自分自身も例に漏れずその類の1人なんだけど個人的に全く見なかった期間があり、ちょうどその期間に該当する言説に触れることで禊ぎたくて読んだ。外野の意見は聞くにほとんど値しないかもしれないが、これだけアクロバティックに格闘技を語るのは一つの芸だと思うし約500ページの雑談を食い入るように読んだ。

 本著がオモシロいのはプロレスで言うアングル、すなわち見立ての新鮮さにあると思う。リング上で起こった表向きの情報をベースにして、そこから妄想含めて雑談を展開していくのは一級品。著者がここまで格闘技フリークなのは知らなかった。以前に友人と話していた時に出てきた「メタ的偏見」という言葉がぴったり。最近の格闘技は特にリング外での立ち振る舞いに物語を付与しているので「メタ的偏見」が跋扈してより夢中になる仕掛けが用意されている。また自分を含め多くの戦ったことのない人が「戦い」について言及していること自体が格闘技と「メタ的偏見」の相性の良さを物語っている。したがって本著のような形式の格闘技本は今こそ評価されるべきだし、出版されるべきだと感じた。最近、書籍ではなく格闘家のYoutubeやTwitterのハッシュタグでその需要は現在満たされていると思うが、書籍としてまとまった形になることで立ち上がってくる意味があると思っている。

 ただ時代を感じたのは秋山成勲をめぐる話。秋山は在日韓国人4世なのだけど、この辺の話は著者が町山氏に対して見せて炎上した在日差別しぐさにニアミス。当時の秋山はぬるぬる事件で厳しい立場にあったとはいえ際どい話の連発で正直しんどいな…と感じた。この認識だとああいう発言するかという答え合わせにもなった。とはいえ、この案件だけでキャンセルするには惜しいほどにこの本で繰り広げられる格闘技、その先の見立ての話はオモシロい。今の時代を予言しているかのような発言も多い。

テクノロジーによって、「実際に調査している」のか「資料だけ検索して妄想しているのか」の分離が曖昧になってるんですよ。

社会性を重視し、コスパ最高値で全員が生きることこそクールでクレバーなんだっていうことを毎日バラエティ番組で啓蒙してると思うんですよ。

「膠着」という言葉が取り沙汰されるようになりますよね。「膠着がないものがいい」と。つまりポップですが、ポップも無くてはならないものですが、僕は「膠着は退屈だ動け!」というのが嫌で。「とにかくおもしろければいい。早くおもしろくしろ。いますぐ」だけ、という風潮というのは、まあ危険ですよね。

リアルというのは、退屈な時間があって、鈍く痛い時間があって、それでだんだんといい時間が来てというのが、ある種の健全な状態だと思うんですよ。

次にこの手のタイトルの本が出るときはまた格闘技が冬の時代になっているかもしれないが、それでも自分が格闘技を好きでいたい。