2022年5月30日月曜日

トーフビーツの難聴日記

 

トーフビーツの難聴日記

 tofubeatsの新しいアルバムのリリースと共に発売された日記。2018-2022年までの音楽活動、私生活までまるっと収録したどストレートな日記でめちゃくちゃオモシロかった。法人を立ち上げて音楽活動しているのは知っていたけど、思っていた以上にガチ自営業でミュージシャン自身がここまで裏方業務をこなしている例が他にあるのだろうか…

 生活のことが細かく書かれており、それだけで読んでいるのが楽しい。神戸→東京でいわゆるシティライフを謳歌している様子も楽しいし、事務所の漏水トラブルに悪戦苦闘している様はまさに人生。さらに2020年以降はコロナ禍の音楽家の苦悩がふんだんに書かれており、クラブミュージックが出自でここまで厳しくコロナに接していることにも驚く。自分で決めたルールとカルチャーに対する思いで逡巡しているところは真摯だと感じた。

 音楽活動でリスナーが目にするのはステージ上できらびやかに歌ったり演奏したりする姿だけども、そこに到達するまでのタスクの量が想像以上。それらを文字通り1つ1つ潰してく様はプロダクティビティに対する執着を感じて愉快だった。自分も広い意味でプロダクトが世に出るまでの下準備の対応を仕事にしているので、その点では対象が異なるだけで近いものを感じた。

 この日記の一番の醍醐味は音楽業界やコンテンツに対する実直な気持ちの表現だと思う。日記の合間に挟まれる関係者の各コラムで言及される「実直さ」が存分に発揮され「そうなんや…」という話の連発で驚く。それはここまで言っていいのか?というレベルで本を読んだ人にだけが楽しめる最高のギフトとなっている。ここが変だよ音楽業界、とこれだけ言える人が今いるのだろうか。結局自分でコントロールしている領域が広いからこそ自由に物が言えるのであり自分も意識していきたい。ちなみに神戸の1003という書店で買うと特典で直近の日記がついているのだけど、そこで言及される松任谷由実の発言にまつわるDTMミュージシャンの矜持がめちゃくちゃ良かったので1003から買うべき

 今回のアルバムはむちゃくちゃかっこいいのだけど、本著を読むとアルバムがさらに肉薄してきて違った響きになって二度美味しい。次は好書好日で取り上げられていたECDIARYを読もうと思う。

2022年5月28日土曜日

クリティカル・ワード ファッションスタディーズ 私と社会と衣服の関係

 

クリティカル・ワード ファッションスタディーズ 私と社会と衣服の関係

 コロナ禍で誰とも会わなくなって久しい中、服に対するモチベーションが一向に上がらない。もともと別におしゃれなわけでもないし、特段のこだわりもないので、このままだと全身ファストファッションおじさんになりそうと危惧し本著を手に取った。そもそも服を着るとは?ファッションとは?といった超ベーシックな問いに対していろんな領域の学術分野から紐解いてくれていてめちゃくちゃオモシロかった。

 一部で理論、二部で実例、三部で文献紹介という三部構成になっていて段階的に理解を深めることができるし、深堀したくなったときに追加で文献に当たることもできる親切設計になっているのがありがたい。

 読む前からファッションや服を着ることは社会的な行為で他者がいて初めて成り立つものだよなと思っていた。その考えについて文献に基づいて丁寧にどういうことか、本当にいろんな切り口(アイデンティティ、消費などといった観点)で書いてくれているのがオモシロい。文献でしっかり補助してくれているので、書き手の私見に限らないのだなという安心感もある。

 衣服・ファッションの最近のもっぱらの話題はSNSによる情報の在り方の変化とSDGsへのコミットが要求されるサステナビリティへの考慮になっており、その二つが比較的分厚く解説されている点が良かった。前者については今となっては自明のことだけども、インターネット、SNSがなかった頃は情報格差が存在し、例えばファッションショーで紹介された衣服を見ることができる人は限られており、大衆はそこからトリクルダウンで情報が落ちてくるのを待たないといけなかった。また後者については資本主義社会である以上、常に新しい衣服を製造し売り続けなければファッション業界が成り立たないことを前提にしつつ、環境負荷を下げる方向へ各ブランドが画策していることを知れて勉強になった。職種が素材屋なので、その辺りのテクノロジーの進歩の具合にも驚いた。

 ジェンダー観点もかなり興味深くてスカート、パンツが生む男女差の弊害を筆頭にファッションが思っている以上に社会における「性別」を規定していることを思い知る。ファッションは自分のアイデンティティを主張するものでありながら、コミュニケーションツールでもありTPOでの使い分けが要求される。この相反する要求を成立させなければならないと考えるとファッション、服装って難しいものだよなーという認識を深めた。ただ結局履いているのはユニクロのウルトラストレッチアクティブジョガーパンツなので早くこのフェーズを抜け出したい。

2022年5月18日水曜日

火星の生活 誠光社の雑所得2015-2022

 

火星の生活 誠光社の雑所得2015-2022/堀部篤史

 blackbird booksのインスタのポストで見かけて気になったので読んだ。京都で本屋を営む著者が見た、聞いたカルチャーをベースにいろんな話をしていて興味深かった。

 読むきっかけになった印象的なタイトルはリドリー・スコット監督の「オデッセイ」からインスパイアされたものらしく、本屋も火星のようなもので孤独と共に商いを続けている、という見立てからしてオモシロい。一番好きだったのは「2018-2022の業務日誌」という章。ゴリゴリの本屋論考がふんだんに含まれており久しぶりにこういう強い思想に触れて楽しかった。 特に「街に本屋が無くなって悲しいね…」と物知り顔でいう前になんでそうなったか考えてみろや?という至極真っ当すぎるツッコミとそれを自分のお店のスタイルで回答していく姿勢がかっこよい。くらったラインを引用。

「おすすめの本は?」という問いに対し、「あなたは誰ですか?」という問で返す方が、文学的ではないか。個人に対しておまかせでせん諸氏、本を届けるサービスが一時話題になったが、どうしても馴染めないのはそんな理由からだ。文学や芸術はとかくビジネスと相性が悪い。

世の中に存在することすら知らないものは、検索など不可能である。その上で、検索ですべてが完結している錯覚を覚えてしまうと、現実に存在する「可能性」は不可能なものとして覆い隠されてしまう。

 著者が京都出身でお店も京都にあるということで、街をレペゼンしている内容が多い。たまたま以前に旅行で訪れた際、言及されているエリアをフラフラ歩いていたので記憶が呼び戻された。誠光社は是非行ってみたい。

2022年5月14日土曜日

掃除婦のための手引き書

 

掃除婦のための手引き書 /ルシア・ベルリン

 単行本がリリースされたときから読みたいと思っていたら文庫化されていたので駅構内のブックファーストで衝動買いした。短編集なんだけど読み応えがあってオモシロかった。自分の人生に肉薄してくるような感覚になるエピソードの連発かつ文章の巧みさに引き込まれる。装丁はクラフト・エヴィング商會、翻訳は岸本佐知子という鉄壁布陣なのも最&高。

 訳者あとがきにあるように著者はそこまで有名な作家ではなかったものの本著をキッカケに改めて評価が高まったらしい。いわゆる私小説で著者自身が経験したことをベースにしているからか、どのストーリーもディテールが細かく眼前に風景がありありと浮かんでくる。同じ登場人物が繰り返し登場するので緩やかな時間の経過も感じることができて単なる短編集ではなく本が編まれることでグルーブが生まれている。それこそDJのMIXのよう。

 これに加えて表現のかっこよさ、そこかしこに埋め込まれているパンチラインがグッとくる。なかなか最近読んでいるだけでウットリするような文に出会えてなかったけど本著はそんな場面が何度もあった。個人的に一番好きだったのは「さあ土曜日だ」という話。刑務所にまつわる話で、エンディングの虚無さも好きなのはもちろんのこと冒頭の5行くらいでブチ上がりすぎて声出た。なかなかこんなことはない。それだけじゃなくて色んな人ところに最高なラインがちりばめられているので引用。

他人の苦しみがよくわかるなどという人間はみんな阿呆だからだ。

かわいそうに。過去の因習に囚われて、他人にああしなさいこう考えなさいと命令されて、ずっとそうやってがんじがらめで生きていくのね。わたしは誰かの目を楽しませるために装うわけじゃない。

日々の習慣も記念日も、何もかもが空疎なまやかしに思えてくることだ。すべては人をあやし、なだめすかして、粛々と容赦のない時の流れに押し戻そうとするペテンなのではないかと思えてくる。

 労働、病気などにおける厳しい現実が各エピソードに散りばめられているのだけど、その厳しさを「そうはいってもこういう幸せの形もあるよね」みたいに変にごまかさないところがかっこいいと思う。辛いことも人生の一部なのだと受け入れいていく姿勢が現代の現実至上主義とフィットするところあるのかな?と邪推したり。文学の力を久しぶりに感じた1冊だった。

2022年5月3日火曜日

送別の餃子

 

送別の餃子/井口淳子

 ブクログのタイムラインで流れてきて印象的なタイトルに惹かれて読んだ。学者の著者が中国でフィールドワークしているあいだに遭遇した中国人との思い出が綴られていて興味深い。また今すぐ会いたい、会えるわけでもないけど、自分の人生の中で通り過ぎた人たちに関する思い出話は個人的にとても好き。そして本著はそれの詰め合わせであり最高なのであった。

 一番オモシロかったのは著者が1980年代に中国の農村でフィールドワークしていた頃の話。今のように中国が豊かになる前で、80年代でこんな生活レベルだったのか?と驚く話の連続だった。そんな貧しい生活の中に根付く音楽をひたむきに調査している著者と現地の人々のやりとりは心温まるものが多い。今のように世界で戦争が起こっている中だと人間不信がうっすら社会に蔓延していくよなぁと最近考えていた。しかし著者が冒頭で宣言している通り、国がどうこうというのは超えてあくまで人同士の関係なのだと思えて心の平穏を取り戻せた。(ゆえに特定の国に対して誰彼問わずヘイトを飛ばしている人間には中指を)

 知らなくて興味深かったのは、中国語では日本語における「やさしい」に該当する言葉がないということ。生存するのが厳しい環境だったからこそ曖昧な概念を許さないがゆえらしい。しかしそれは逆をかえすと中途半端な「やさしさ」は存在せず困っている人がいたらすぐに助ける、そういった直接性は健康的だし社会としては生きやすいだろうと思えた。(功利主義ゆえなのかもしれないけど)

 本の装丁や挿絵も本著の大きな特徴。絵は味があって文字だけでなかなか伝わらない中国の文化が直接伝わってきて良かった。背表紙が餃子の皮で包まれているのもかわいい。インデペンデントな出版社だからこそできるフットワークと懐の深さが産んだ本だと思うので他の本も読んでみたい。