2021年12月31日金曜日

はたらかないで、たらふく食べたい

はたらかないで、たらふく食べたい/栗原康 


 植本さんとポッドキャストでお話させていただいたときにレコメンドしてもらったので読んだ。タイトルにあるとおり、いかにはたらかないか、そもそもお前ら資本主義社会、消費社会に迎合しすぎではないか?繰り返し説かれることで自分の当たり前が音をたてて崩れていくような感覚で新鮮な読書体験だった。

 冒頭のアリとキリギリスの反転させた話が本著を象徴していて、(キリギリスがアリを食べてしまう…!)「働かざる者食うべからず」という価値観をぐらぐら揺さぶってくる。グローバリズムの浸透で自己責任論がますます幅を聞かせる世の中で「自分の生を負債化」させて好きでもない労働に従事する人生に意味があるのか?と聞かれると確かに…と思うことがいくらかあった。著者自身は実家暮らしで非常勤講師、親の年金で暮らしていることを宣言していて「結局親にパラサイトしてるだけ」というクソリプが飛んでくることなんてつゆ知らず、ひたすら働かないで生きていくための思考を展開していくのがオモシロかった。以下興味深かったところの引用。

犠牲と交換のロジックがうまれたからこそ、自分の行為に見返りをもとめることが一般化してしまったのである。

人間は物ごとを区別して。そこに善悪優劣の価値判断をはさみこんでいる。そうやって、不変の秩序をつくりだし、ほんらい渾沌とした世界を、有限で管理可能なものにしたてあげているのである。

 一番驚いたのは歴史の紹介。自分の主張とからめながら過去の偉人たちについて比較的ファニーに紹介してくれるのだけど、めちゃくちゃ分かりやすかった。こんなに徳川家の話がすっと頭に入ってきたのは初めてかもしれない。(自分が歳をとって歴史に対して関心が増しているのも影響しているかもしれない)引用もオモシロいのだけど、ひらがなの多用と詩のようなラインが織り交ぜられた独特のグルーヴを持つ文体も読んでいて楽しかった。本著でも引用されていた伊藤野枝の自伝がかなりオモシロそうなので次はそれを読みたい。 

2021年12月29日水曜日

2021 KOREAN HIPHOP BEST 100

  今年リリースの韓国のヒップホップで100曲選んだ。一部R&Bが数曲だけ入っているのだけど、そこはもうどうしても…という感じ。日本と同じでスタイルの細分化は進んでいて、その中でも自分の琴線に触れる100曲を選び、DJとして並び順も真剣に考えた。





  今年は韓国のヒップホップの新譜をリアルタイムでチェックした初めての1年だった。とにかくリリース量がとても多くアップカミングなかっこいいラッパーを探すところまでは手が回らない…けれど若手もベテランもとにかく曲をリリースしてシーンにおける自分のプレゼンスを担保していくところは健全でリスナーとしてはとにかく楽しい!ラップの中身が分からないことも多いけど、ビート、ラップのフロウ、声質を含めたボーカルのかっこよさ、気持ちよさで音楽的な魅力が溢れているのは間違いなくてそこに夢中になっている。(geniusにかなり高い確率で歌詞が載っているので、それをChromeの拡張機能で翻訳して歌詞を確認することも多い)歌詞の点でいうとラップスタア誕生2021で一躍名を馳せたSkaaiのGaekoバースの解説が非常に分かりやすくてめちゃくちゃオモシロいので少しでも韓国のヒップホップに興味ある人は見てみてほしい。

 あと今年はShow Me The Money(SMTM)をほぼリアルタイムで楽しめたのも良かった。完全にお祭りで賛否含めて皆でワイワイ言いながら楽しめるまさに今の時代のコンテンツだと思う。終わったあとのOne WayでのREMIX合戦も最高でいろんなラッパーが自分のスタイルで同じトラックに様々なアプローチしていく。これもまた皆でワイワイ言える要素になっていて、ヒップホップの要素をなるべく薄めることなく、かつバラエティとしてオモシロい、本当にギリギリのバランスの番組だなと思う。実際100曲を選ぶ際にも、番組によって愛着をもっているゆえに10%くらいSMTMの曲になってしまった…
 上にあげたとおり歌詞のおもしろさをもっとダイレクトに理解できるようになりたい欲が出てきているので来年は韓国語を真剣に勉強したい!(願望)

2021年12月28日火曜日

きみは赤ちゃん

きみは赤ちゃん/川上未映子

 子どもが産まれるにあたり身体の変化がなく自分の親としての無自覚さが怖くなって読んだ。女性の視点で出産に対してどのような思いでいたのか、妊娠や出産にまつわる性別間の差異やそれに伴う怒り、憂鬱な感情がときに冗談めかして、ときにストレートに書かれている点がオモシロかった。特にネガティブ寄りの自分としては著書の意見は参考になることが多かった。

 比較的序盤で「すべての出産は、親のエゴだから」というパンチラインでいきなりぶん殴られて、まさしくそのとおりだよなと心底思う。親が子どもを自分の所有物のように振る舞うことにエゴを感じていたけど、そもそもこの世に産み落とした、そのエゴと向き合うことも必要なのか…と自分の覚悟を問われた気がした。

 著者の出産や育児の環境が自分のパートナーと近いこともあり、こんなに大変なのかという思いと同時に夫にまつわる不快事案を知ることができてケーススタディの役目も果たしてくれて助かっている。この本に書かれていることを前提にして行動できるので男性こそ読むべきだと思う。

 子どもが産まれるまでは他人と違うことをユニークと捉えて、むしろ誇りにして生きてきた人生だったが、著者のいうとおり育児に関しては全くそういかない。乳幼児の発育については誰とも比べてはならないのが鉄則らしいのだが、「普通」から逸脱していないか気になってしまう。その違いが生命に直結しているので一概に比較はできないのだけど、自分がこんな気持ちになるとは想像もしていなかった。

 あと一番刺さったのはこのライン。ぐうの音も出ないクリティカルヒットだったので積極的に育児に関与しようと思った。

あれだけ日々ネットにつながっていてときにはしょうもない情報を読んだりしているはずなのに、その時間はたんまりあるはずなのに、われわれの一大事であるはずの妊娠、ひいてはわたしのおなかの赤ちゃんについてただの一度も検索をしたことがない、ということに、わたしはまじで腹が立ったのである。

 著者が繰り返し主張しているように男女間の出産、育児に対する認識の違いは常に意識しておきたいと思うことが多かった。出産や育児が女性の身体に依存するファクターが多いとはいえ男性がコミットできない理由はない。子育ては妻の仕事みたいな役割分担にならないように本著を自分への戒めとしたい。 

2021年12月25日土曜日

ヤクザと原発 福島第一潜入記

 

ヤクザと原発 福島第一潜入記/鈴木 智彦

 サカナとヤクザがオモシロかったので読んでみた。2011年の東日本大地震により起こった原発事故からここにヤクザ利権があるはず!と潜入調査するルポでオモシロかった。原発事故からもう10年が経ち、あの当時本当にどうなるか分からなかった放射能の恐怖を思い出させるだけの情報が詰まっていてもっと早くに読んでいれば良かったなと思う。一方であのとき当事者たちがどんな思いでどんな作業をしていたのか記録に残っていて、それを知ることができる本、読書の尊さも感じた。

 タイトルにもあるとおり原発とヤクザの関係を探っていくのだけども産業構造からしてヤクザが入り込んでいるのは自明に近いという話が衝撃。今に比べて暴力団やヤクザへのアレルギー反応が牧歌的だとはいえ、あれだけ注目されていた原発事故の収束に暴力団がコミットしている。そもそも原発建設する際に田舎の村社会に入り込んでいく必要があり、揉め事の仲介人である暴力団が必ずそこにいたという話や社会の矛盾に寄生していくのが暴力団という論旨は納得できた。

万が一の事故の際、被害を最小限にとどめるだけではない。地縁・血縁でがっちりと結ばれた村社会なら、情報を隠蔽するのが容易である。建設場所は、村八分が効力を発揮する田舎でなければならないのだ。

 ヤクザとは関係なく原発作業の潜入ルポとして抜群にオモシロい。全く知らない世界に対して筆者が必死にくらいついていく。マスコミである身分を偽っているので常にスリリングな展開も最高。当然放射能は怖いものだけど、防護服による熱中症が一番危ないという現場取材してないと分からない話もあり興味深かった。暴力団ダメ絶対!と抑止していくのはいいけど、結局それが表面上だけのアンダーコントロールなのであれば、それこそ原発とうりふたつ。原発、ヤクザとどう向き合っていくのかは誰かではなく自分の話でもあるなと感じた。

2021年12月12日日曜日

武器としてのヒップホップ

武器としてのヒップホップ/ダースレイダー

 ヒップホップ関連の本はなるべく読むようにしているのと帯コメの豪華さもあいまって読んでみた。ヒップホップを見立てとして人生を、社会を因数分解して著者なりの解釈をいろんな角度から提示してくれていてオモシロかった。

 ヒップホップの楽曲やアーティストを題材にしながら、言葉遊びをふんだんに含みながら朗朗と語っていくスタイルは新鮮でグイグイ読めた。(特に社会をレコードのA面とB面で例えていくくだりはめちゃくちゃ分かりやすかった)ゆえに強調したいところを太字にするのは本当にもったいないと思った。この太字が編集者の意思なのか、著者の意思なのかも分からないし、それこそ著者がいうところの「フロウ」が読んでいる中で失われしまうように感じた。ヒップホップをベースにした自己啓発の要素も高いので流し読みする人向けに太字にしたくなる気持ちも分かるのだけど…

 僕が一番好きだったのは「Feel」 という章。ヒップホップとは何か?というのはヒップホップファンのあいだで、事あるごとに議題になる。そして、人それぞれ答えが違う。言葉の定義としてはラップ、DJ、ダンス、グラフィティの4要素のカルチャーをまとめて呼ぶが、今はラップミュージックが大きく台頭しているのでラップ=ヒップホップになっているように思う。ただ個人的にラップミュージックが好きという逃げはしたくなくて、すべてを包含するヒップホップというカルチャーが好きなので今年はモヤモヤ案件が山ほどあった。著者の提示しているヒップホップの価値観は自分と比較的近いのですんなり腹落ちした。またこういったヒップホップ論議に対する著者の大人な態度も参考にしたい…以下引用。

「これこそヒップホップだ!」という称賛も「お前はヒップホップを知らない!」といったマウンティングもあちこちで発生する。全体を知らないにもかかわらず、みんながその話が出来る。それが言葉の面白さでもある。これは果たして空虚なのか?と言えば、それも違う。それぞれにヒップホップの話をするときにはその人なりの実感は存在するだろう。なんなら初めてヒップホップを体験した人がこの感じが好きだ!と言ったときにも、そこに実感としてのヒップホップは存在していると思う。

あの一瞬、たしかに全体としてのヒップホップを感じたのでは?と思える感性を持つこと、それがヒップホップ(カルチャー)に属しているということだと思う。

 また著者が他のラッパーと大きく異なるのは大病をしていること。本著全体を通底する著者の死生観とヒップホップの価値観のマリアージュに何度も首を振った。「病人」というイメージをヒップホップ使ってフリップしていこうとするのはかっこいい。刹那的な考えで生活できるかどうか分からないけど少しでも意識して生活したい。 

2021年12月11日土曜日

2021 JAPANESE HIPHOP BEST 100

 今年は日記を途中でやめてしまったので、音楽に関する記録がほとんどなくて、自分がどういう気持ちで聞いていたのか思い出せない。テキストベースで何かを残すことは大切だと思い、断片的だけど記録しておきたい。
 毎月のプレイリストは欠かさず作っていたので、それをベースに今年好きだった曲を100曲選んだ。DJしていた頃のように順番にもこだわったので、もし聞く人がいるのであれば順番に聞いてみてほしい。再生履歴のデータをさらして振り返るのは味気ないし、やっぱり自分が好きな音楽は自分で選びたい。
 日本のヒップホップは裾野が広がりながら、細分化も進んでいるので安易にブームバップとトラップみたいな分け方はできなくなっている。そういった状況で自分にとって何がかっこよいのか?について向き合う。プレイリストを作ることは振り返る手段としてベストだったし、自分の好みが100曲並べることでうっすらと浮かび上がった気もする。5年後とかに聞き返して、どんな気持ちになるのか?それが今から楽しみ。


2021年12月8日水曜日

どうやら僕の日常生活はまちがっている

 

どうやら僕の日常生活はまちがっている/ 岩井勇気

 ハライチ岩井によるエッセイ2作目。1作目は本屋で山積みなっているの見たし相当売れただろうから続編出すのも当然。と思いきや、いきなりそんな読者および出版社に冷や水をぶっかけるスタイルなのが斬新。そして今回もなんてことない日常の話だぞ、と釘を刺すのが著者らしい。

 1人暮らしの男性の日常が忌憚なく書かれていてそれだけでオモシロい。何気ない日常といえばそれまでなんだけど、読みやすい文体とボケの心地よさでぐいぐい読める。関西のお笑い芸人の「すべらない話」に代表されるテンションとは違うのが好きなところ。とにかく理屈をコネ倒す。そのコネ方が独特かつ角度がエグい。ニヤニヤしながら読んでたら急に自分が刺されるときもあり気が抜けない。その一方で驚くほどに母親依存なんだけど、そこを臆面もなく書いているところにはびっくりした。こういうスキを用意しているからあんだけ詰めても憎まれないのかもしれない。

 今回は過去の話もいくつかあって、それらもオモシロい。オンラインゲームの話は何ともいえない抒情さがあって好きだったし幼少期の団地の話では似たような経験を思い出し記憶の蓋が刺激された。最後は過去エピソードを引用した小説だったので次は長編小説とか読んでみたい。てか裏のピーコック、完全にFORTNITE Chapter3とシンクロ!

2021年12月6日月曜日

コンヴァージェンス・カルチャー: ファンとメディアがつくる参加型文化

コンヴァージェンス・カルチャー: ファンとメディアがつくる参加型文化/ヘンリー・ジェンキンズ 

 ポップカルチャーとファンダムの話を知りたいなと思ってググったときに出てきて読んでみた。2008年に出版された本なのでiPhone、TwitterやFacebookといったSNSが登場する前の話なんだけど、著者の先見の明が炸裂していて興味深かった。映画やリアリティショーなど今でも人気のコンテンツに対して消費者がどう接してカルチャーを構築していくのか示唆に富んだ話が多く今でも通じる話になっている。(以下長々と書いたのだけど500ページ超の専門書になると理解が追いついていない部分が大多い…)

 convergenceは日本語だと「収斂・収束」を意味する。なじみのない英単語だけど本著内では以下の定義となっていた。これだと分かりにくいけど、3のオーディエンスによる積極的コミットメントの話がメイン。

1. 多数のメディア・プラットフォームにわたってコンテンツが流通すること

2. 多数のメディア業界が協力すること

3. オーディエンスが自分の求めるエンタメ体験を求めてほとんどどこにでも渡り歩くこと

 1、2章はリアリティショーと視聴者の関係性について考察していて、ここが一番オモシロかった。具体的には「サバイバー」「アメリカンアイドル」なんだけど、これが今のリアリティショーの土台になっているのだなとよくわかった。リアリティショーはコンテンツそのものだけでは到底成立しなくて、視聴者による積極的参加が大事であり、そのためにはさまざまな仕掛けを用意して常に飽きさせることなく議論となる話題を提供し続けなければならない。ボケとツッコミの関係に似てるなと思うし、番組のファンになった場合、そのロイヤリティの高さは他の番組とは異なるのでプロダクトリプレイスメントが積極的に行われるという話はなるほどなーと勉強になった。(実際Show Me The Money内でスプライト何回も出てきて飲みたくなった自分がいた)

  3、4、5章はマトリックス、スターウォーズ、ハリーポッターというポップカルチャーとファンの関係について考察していて、これが一番読みたかった内容。マトリックス公開当時はまだまだ子どもでアクセスできていなかった事実の数々を知って、こんなに複雑な構造になっていたのかと驚いた。具体的には、映画だけではなくゲームやアニメなどで別の世界を用意して、それらと映画を連結させていく。映画だけだとわからない世界観を作り上げていくスタイルと、どうにでも取れる考察しがいのある要素を散りばめまくったことでカルト的人気を産んだことを細かく知ることができて勉強になった。今年はまさかの4作目の公開も控えているので見直したい。この章を踏まえるとDisneyがMCU、スターウォーズを傘下に収めて、自らのストリーミングサイトを運営し始めたのは著者の言うところのコンヴァージェンスそのものだと思えた。

 スターウォーズ、ハリーポッターでは二次創作の話がメイン。スターウォーズは比較的優しい方で、ある程度の範囲で二次創作を認めることでファンダム形成を促し権利を手放すことで得ることのできる利益を見通していた。その一方でハリーポッターは当初著作権の侵犯とみなして厳しい対応を取ってしまい、大きなハレーションを生んだという対比が興味深い。二次利用と著作権の関係はとても難しいなと感じる。(日本はコミケでの販売含めて相当ゆるい方なんだという気づきがあった)今の時代はさらに加速して企業側が二次利用を促し、それをSNSで拡散するスタイルだと思うので時代はここ10年で大きく変化したと思う。ハリーポッターの章でオモシロかったのは子どもたちがカルチャーに参加することで集合知的の学びを得ることができるという話。学校ではあくまで独学で学ぶことを教えることを中心としているけど、実際社会に出てから必要とされるのは協業して集合知を形成していく力なんだから大事や!とい論調が新鮮だった。

 そしてこういったカルチャーへの参加と政治への参加を結びつけていくのが終盤。選挙におけるインターネットの活用についてはトランプが当選した大統領選挙でかなりネガティブサイドへの注目が集まっていると思うけど、2000年代後半は権威主義ではなく市民の手に政治を取り戻す可能性がまだまだ残っていたのかもしれないと感じた。ただ著者はインターネットがもたらした自由、つまり多様性の尊重は無秩序を産むかもしれないと懸念もしているところが先見の明。そういった変化の狭間にいることに自覚的な状態でいろんな角度から論じている点を未来人観点で読めるのが楽しかった。同じテーマで今のテクノロジーについて書いている本があれば読みたい。

2021年12月1日水曜日

日本移民日記

 

日本移民日記 /MOMENT JOON

 ウェブ連載が書籍化したので読んだ。他のウェブ記事と同じように流し読むのはもったいないと思って取っておいたので書籍化は大変嬉しい。昨年リリースされたアルバムの製作ノートのようなエッセイでめちゃくちゃオモシロかった。

 10章+αという構成で彼が日本で11年間暮らして感じた違和感、苦しみなどが様々な形で表現されている。ウィットとアイロニーてんこ盛りで、ですますかつ読者に語りかける文体なので読み手にぐいぐい迫ってくる。一番強く感じたのは自分自身が持っている日本人としての権利に対して無自覚なんだなということ。国家の政策として移民を制限していることもあり、周りには日本国籍を持った人がほとんどでその特権が相対化される機会がなかなかない中、彼の言葉で綴られる「外国人」が日本で暮らす苦労・苦しみは正直分かっていないことばかり。何となく社会がスルーしていることを仔細に言葉を尽くして説明している。これはアルバムも同様で彼の提起していることや意見していることは露骨な差別主義者だけではなくて、無関心な人やなんなら「リベラル」を自称する人の心に巣食う無意識な差別の意識の話であり誰も他人事ではないのだと、どの章を読んでも感じた。

 中盤に彼が修論で取り組んでいる楽曲におけるカースワード使用に関する研究もオモシロい。これだけ言葉を定性的・定量的に研究している人がラッパーで、しかもその研究内容を自ら実践しているだなんて!優れたラッパーは他人のラップを貪欲に吸収する姿勢を持っていると思っているので、彼はまさしくそれをガチでやっていて興味深かった。

 あと「在日」に関する考察も自分の理解を深める一助になった。恥ずかしながら昨年「パチンコ」という小説を読んで初めて在日の実態を知った。本著ではある程度成長した大学生として日本へやってきた彼の視点から「在日」を再定義するような論考になっており、またその何重もの複雑な構造は日本社会が構築してしまっていることも知り、うーん…という気持ちになった。そして、ここまで述べてきた読者の気持ちをまるで察するかのようなパンチラインがぶち込まれており、これを言えるラッパーがMOMENT JOONという日本を代表するラッパーだ。

あなたが「何となく分かっている」と思っているものを「それって実はこうなんですよ」とさらに明快に答えるのは、政治家、またはプロバガンダの仕事です。あなたが「何となく分かっている」ものは、実はあなたが想像するよりもっと複雑で敏感です、と理解させるのが芸術家の仕事です。