2016年6月10日金曜日

FAKE



<あらすじ>
聴覚に障害を抱えながら「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの
作品を手がけたとし、「現代のベートーベン」と称された佐村河内。
しかし音楽家の新垣隆が18年間にわたって
ゴーストライターを務めていたことや、
佐村河内の耳が聞こえていることを暴露。
佐村河内は作品が自身だけの作曲でないことを認め
騒動について謝罪したが、
新垣に対しては名誉毀損で訴える可能性があると話し、
その後は沈黙を守り続けてきた。
本作では佐村河内の自宅で撮影を行ない、
その素顔に迫るとともに、取材を申し込みに来る
メディア関係者や外国人ジャーナリストらの姿も映し出す。
映画.comより)

試写会の段階で大きな話題を呼んだ作品で、
ゴーストライター問題として、
世間に取り上げられた佐村河内氏のドキュメンタリー。
素材のビビッドさに目を取られるかもしれませんが、
何が本当で嘘なのか?というテーマの描き方が、
とにかくめちゃくちゃオモシロい!
よく東京ポッド許可局でプチ鹿島氏が言っている、
「半信半疑」という言葉が胸に沁みました。
ネタバレ厳禁系だし、少しでも興味持っている人は、
今すぐ劇場で観た方がいいと思います。

※ここからは盛大にネタバレして書きます。

日本中の誰も知っている佐村河内氏が
ゴーストライターとして新垣氏を使っていたという話。
佐村河内氏がトレードマークの長髪サングラスを辞め、
謝罪会見を開いた映像を見た人は多いと思います。
「佐村河内氏はFAKE」であるという、
メディアを通じて多くの人が得た認識について、
監督の森達也が真相に迫っていきます。
本作は監督が佐村河内氏の家に通い密着したものなので、
舞台となるのはほとんど彼の家。
騒動から時間が経過した中で、
彼がどんな生活を送っているか、
そして 何を思っているのか、
そこにフォーカスを当てているのが前半です。
正直かなりファニーな部分が多いというか、
彼はいたって普通の生活してるんですけど、
見ているとジワってくるんですよね。
晩御飯のシーンの豆乳のくだりは最たるものだし、
やたらとケーキが出てくるのは後効きでしたねー
(トルコ行進曲の再現も秀逸!)
新垣氏が騒動後にTVや雑誌に引っ張りだこになった訳ですが、
その様子を見せて佐村河内氏のリアクションを見るという、
「プレイ」もなかなかの性格の悪さ(褒め言葉
それの映像があまりにもくだらないのと、
照明を落とした彼の家のリビングルームの
ネガティヴな空気の対比が心に刺さったり笑えたり。
限りなく本作は佐村河内氏の言い分を聞き出す
という役目を担っているバランスになっています。
本作の中心となるテーマは、
彼の耳が聞こえない、そのレベル感の議論。
これまで報道されてきたのは、
障害者手帳が付与されない= 耳が聞こえない訳ではない
という決めつけは間違いであると佐村河内氏は主張します。
診断書には障害者手帳はもらえないと書かれているんですが、
マスコミはそこだけピックして、
彼の患っている感音性難聴や診断書の詳細な部分を
カットしてしまっているから「真実」が伝わっていないと。
一方的な物事の見方で世間の空気が醸成されてしまい、
気がついたときには取り返しがつかなくなるという点では、
佐村河内氏の主張は正しいと思います。
(先日の北海道で子どもが行方不明になった件も一例ですよね)
メディアの脆さのスケープゴートとなっているのが、
フジテレビの2つの番組。
過去にボロカス叩いたにも関わらず、、
「佐村河内さんの言い分も聞きたい」と言って
番組出演の交渉にやってくるんだからもはや喜劇。
ニュースとバラエティの2つの番組のスタッフが来るんですが、
佐村河内氏のツメる姿勢がオモシロかった!
ゴーストライターをいじったドラマの一場面を
スタッフに見せて「信用できない」と言い放ち、
結果的にバラエティには出演しなかったんですが、
そこに新垣氏が登場して佐村河内氏をイジる形に。
新垣氏はゴーストライターではなく協業者であり、
クレジットしていなかっただけと主張します。
ここまで見ると佐村河内氏の不憫さが際立ってくる。
また、週刊文春で彼のゴーストライター摘発記事を書き、
本まで出版したライターの人がインタビューを断ったり、
肝心の新垣さんも森監督が直接訪問したあと、
インタビューを申し込むけれど断られてしまう。
僕が一番ビックリしたのは著作権の話。
ゴーストライターであれば、
自らの著作権を真っ先に主張して佐村河内氏から
奪い返そうとするかと思いきや、
法的な手続きは取られていない上に、
新垣氏側は避けている部分さえあると弁護士が語ります。
様々な要素が重なって、もしかしたら悪い人じゃないのかも…
と思い始めたところで、海外メディアの取材が入ります。
これがもうズバズバ核心をついていくんですねー
周辺取材をすべて終えて最後は本丸!
ということで、作曲に関する部分を執拗に追求。
噂の指示書も出てきて、
指示書からメロディが生まれる過程を説明してもらうために、
実際に少しやって見せてくれと言います。
これって名誉挽回の最高のチャンスな訳ですが、
家には鍵盤がないからと言って無理と断るんですね。
耳が聞こえないとはいえ、音楽を生業にしていた、
しかもクラシックの人が鍵盤ないなんて。。。
いくら指示書が念密でもねぇって話になってくる。
少し信用しかけたところから
急に現実に引き戻されるというか、
何が「真実」なのか、その境界が曖昧になってきて、
自分なりに見極めようと映画を、
食い入るように見入ってしまう、
ドキュメンタリーならではの魅力に溢れています。
そして本作最大の見所は終盤に監督が、
佐村河内氏に音楽を作ろうと提案してからの展開。
彼は一念発起してシーケンサー付きの
シンセサイザーを購入し音楽を作り始める!
説明書を読んでるくだりが笑えるんだけど、
音が歪んではいるものの聞こえているのか、
荘厳なクラシックを彼は自らの手で生み出します。
鍵盤を扱う手つきやメロディは音楽家のそれだし、
ここぞ!とばかりに楽曲が爆音で鳴り響くことで、
彼の音楽家としての叫びのようにも聞こえました。
ただ、本当に彼が作ったのか?という点は
非常にグレイに見えるというか、、
僕はあの奥さんのリアクションが怖くて、
仕事のことを何にも知らない風だけど、
彼と共犯関係にあるんじゃないか、
つまり彼女が作っててもおかしくない、
と思ったりしてしまいました。
これには何の根拠もないし、
何が本当なのかは当人にしか分かりません。
この辺りの議論も含めて見た人同士で、
話するのがめちゃめちゃ楽しい映画だと思います。

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