2016年6月27日月曜日

裸足の季節



<あらすじ>
10年前に事故で両親を亡くし、
祖母の家で叔父たちと暮らしている5人姉妹。
厳格なしつけや封建的な思想のもとで
育てられた彼女たちは自由を手に入れようと奮闘するが、
やがて家族が決めた結婚相手にひとりずつ嫁がされていく。
映画.comより)

だいぶ前にライターの小林雅明さんが、
アップしていた女の子5人が肩組んでいる、
印象的なショットが忘れられず見てきました。
本当に映画館で見てよかった〜と思う大傑作!
失われていく青春と「この支配からの卒業」
法律で決まっているわけではない、
宗教という名の下の強烈な同調圧力の中でも、
主体的に精一杯生きようとする女の子たちの姿を見て、
心が動かないことがあろうか、否。
未来は自分の力で奪い取れ!

※ここからは盛大にネタバレして書きます。

閉塞した村社会を描いたものは大体面白い。

制服を着た女の子が先生との別れを惜しみ、
それを遠巻きに見るお姉さんたちという構図で映画は始まります。
車で帰ろうとするところ、「海で遊んでいこうぜ~」となり、
男女混合で海の中で戯れる。
このシーンのキラキラした眩しさに心をグッと掴まれてしまいました。
本作は甘酸っぱさ100%の素晴らしい物語であろうと。
しかし、結果的にその期待は
大きな間違いであることが徐々に明らかになり、
本作がリーチする内容に驚くことになります。
前半はこの家が持つ封建的な状況、空気が
少しずつ彼女たちを侵食する中でも、
失われない底抜けな明るさ、キュートさに心惹かれます。
舞台はトルコで5人姉妹の両親はすでに亡くなっていて、
おばあちゃんとおじさんが彼女たちを育てています。
トルコということでイスラム教を信仰している彼らは、
姉妹5人にイスラムの教えを徹底的に叩き込んでいきます。
大人の考え、目標としては、イスラムの女性らしく、
純潔の状態の娘たちをいち早くお嫁に送り込むこと。
その結婚は基本的に親同士が見合いで決めることであり、
当人の意思が反映されることはほとんどありません。
(長姉のみ彼氏と結婚することになる)
こういった抑圧された状況に押し込められた彼女たちは、
海での遊びをきっかけに学校へ行くこと、PC、電話を禁じられ、
5人で日々を過ごし「良妻育成工場」と化した我が家で、
クソ色の服を着て毎日伝統料理を作ることばかりさせられる、
思春期の若者にとって地獄のような生活。
しかも貞操を守っているかの検査までさせられる始末。
姉妹の皆がそんな生活に飽き飽きしている中で、
一度目のエスケープとしてサッカー観戦があります。
彼女たちが見に行く試合は男性観客の素行が
あまりにも悪いことから、
女性のみが観戦を許された試合。
僕らからすれば大したことではないように思えるけれど、
彼女たちにとっては命をかけた大冒険。
それが何とか成功しサッカーの試合で歓喜する姿は
生きている喜びが爆発!といった見せ方でとてもカッコ良かったです。
また彼女たちの姿をTV中継で見た村のおばさんたちの奮闘は笑いました。
後半からは娘たちが年齢順に嫁として家を出て行きます。
本作はナレーション含め末っ子の視点で語られているため、
大好きなお姉さんたちが大人の都合で
自分から奪われてしまう感覚となる作りになっています。
2人の姉が同時に嫁入りするんですが対照的な設定になっています。
1人はおばあちゃんがまとめてきた縁談による結婚で、
もう1人は前述の通り、元々付き合っていた彼が求婚する形で相成る結婚。
同じ結婚とはいえその色合いは非常に異なります。
結婚パーティーでの言動が象徴的で、
旦那と楽しそうに踊る嫁と飲みさしの酒を煽るように飲む嫁。
そんな2人を含めて姉妹の絆を象徴するのが、
ポスターにも使われている円陣のショット。
これが5人で集まった最後となることを知るとグッときますよね。
結婚後の初夜での貞操を巡る話も対照的で、
もともと彼氏のいた姉はアナルファックで逃れたのに対して、
縁談でまとめられた姉は貞操を守っていなかったことが発覚します。
シーツに血痕が認められなかったことから
病院へ駆け込んで検査するんですが、
受付での旦那の父親の銃にさりげなく
フォーカスが合うのが怖過ぎでした。。
また血痕が認められなかったときの旦那のリアクションが、
「どうしてくれるんだよ、恥をかくことになるじゃないか!」
っていうのも驚きました。
結婚での貞操概念はイスラム教に限らず、
キリスト教にもある戒律ですが、
現代の日本に生きる僕たちには共感しにくい考えかと思います。
けれど、よく分からない習慣・儀式の中で生きることを考えれば、
日本でも当てはまることはあるんじゃないかなーと。
ただ、「宗教上の理由だから!」と言われてしまえば、
そこで話し合いにならないし、思考停止になってしまうのが難しいところですよね。
抜本的に変えることは難しいとしても、
少しずつその時代に生きる人々で
片寄せ合って考えるしかないんでしょうね。
といった真面目なことを考えたりしました。
上2人の姉に留まらず、どんどん縁談をまとめてくるおばあちゃんから
何とか逃げたいと思う末っ子は
車で逃げることを計画するようになります。
車のキーを見つけ出してエンジンかけるところまではできるんだけど、
サイドブレーキがかかってるから前に進むことはありません。
ほんのちょっとのことで、自分の未来は変えられるけれど、
それに気づかなければ変わること、変えることができない
っていうメタファーとして非常に秀逸だなーと感じました。
末っ子にきっかけを与えてくれるのは、
唯一の外の世界の人である配達の兄ちゃん。
最初は面倒だと思っていた彼が次第に打ち解けて、
車の運転を教えてくれるし、最大のピンチで現れる救世主となる。
(バス停で2人が別れるシーンは泣いてしまった。。)
3番目の姉が辿る末路も衝撃的で見合いが決まってから、
自ら貞操を破る行為を行った挙句、自ら命を断ってしまう。
しかも、その手前にはおじさんの良からぬ
手癖の気配まで見せつけられているので、
こちらとしては憤りしか感じないわけです。
残り2人となった末っ子と姉は結婚式の日に脱走を決行!
このシーンは脱走アクションとしてオモシロかった!
これまで娘たちの勝手な行動を防止するために、
柵や鉄格子を家のあちこちに付け加えたことが
逆に自分たちを苦しめることになる展開や、
見つかる/見つからないの見せ方がとても良かったです。
(脱走時にピックアップする靴下とバンズの靴の雄弁さよ!)
子ども2人で車で逃げるので
今年見たコップ・カーを思い出しましたね。
僕は本作のぎこちなさの方が好きでした。
ラストは失った自由を再び抱きしめるという
エンディングにサムアップ!
入口では想像もしなかった世界へ誘われて、
見終わった前後で世界が変わって見える素晴らしい映画でした。

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