2016年5月12日木曜日

逝きし世の面影

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

もう10年近く前に先輩からレコメンドされたものの、
その重厚さから敬遠してしまっていたんですが、
この年になってようやく読むことができました。
僕はそこまで歴史が好きではなくて、
近現代史はオモシロいと感じるんですが、
鎌倉〜江戸あたりって現実味がなくて。
本当にそんなことあったのか?
と懐疑的な態度を取ってしまっていました。
そんな歴史弱者の僕でも興味深く読むことができた作品。
本作は江戸末期に日本を訪れた
外国人が残していた記録を基に
当時の日本人の生活の様子を浮き彫りにしたものです。
オモシロいと思ったのは、
日本人自らの記録ではなく外国人という点で、
文化人類学のアプローチで江戸の様子を明らかにしてます。
外国人の客観的な視点の重要性を丸々1章割いているところに
「ケンカならいつでも買うで」という著者の漢気を見ました。
なるほどなーと思ったのは、
外国人にとって日本は異文化というだけではなく、
異時間でもあったという指摘。
つまり、すでに近代化が完了し産業化した外国人にとって、
江戸時代の日本は100年くらい前の自分の国の様子を
直で見るようなものだったということです。
ゆえに外国人の記述は過去を懐かしむ気持ち込みで、
日本をバラ色に描写しがちだから、
全然信用できるものではないという
半分自虐的な価値観に対して、
著者は真っ向から対立する立場を取っています。
確かに外国人は日本をバラ色に
書いているかもしれないけれど、
それもまた歴史上の1つの事実なんだと。
それこそ客観的な事実だといわんばかりに
大量の外国人の記述が本作では引用されています。
外交のためにやってきた人だけではなく、
宣教師や技術者など様々なタイプの外国人による、
日本に対する印象、それも市井の人々の様子が
克明に語られていて目から鱗の話ばかりでした。
家具をほとんど置かないミニマリストっぷり、
江戸における労働細分化の話、
江戸という街の自然の取り入れ方と雑多性、
「ゆたかさ」の定義、信仰への考え方などなど。
遠い昔の話ではあるけれど、
マテリアルワールド化している今読むと、
なるほどなーと思わされる点が多いし、
なんて牧歌的な社会なんだ!と思ってしまいました。
ただ本著の性格上、右曲がりのダンディーたちが
「美しき日本」として過去を美化する
材料にしそうーとか思っていたら、
石原慎太郎が大絶賛していたと、
あとがきに書いてあって、やっぱりかと。笑
「よかったね、昔は」ってダセーと僕も思いますが、
年をとればとるほど昔話しちゃうのは
人間の習性かなと思います。
(バブルの話するおっさんだけは全員泡になって消えて欲しい)
インバウンドも盛んな最近なので、
バカみたいに再開発ばっかりしたり、
地方都市の風景を全部似たようなものにするのではなく、
それぞれの土地の特色に合わせたものを作れば、
クールな街、国になるのかもとボンヤリと考えながら、
東京で今日も生きています。

0 件のコメント: