2017年7月5日水曜日

数学する人生

数学する人生

森田真生さんの数学する人生という、
数学の歴史を通じて、僕達が想像しない切り口で
数学を語り倒した名著があるのですが、
その森田さんが最も影響を受けたのが岡潔。
(岡潔のエッセイを読んで大学で文系から
数学の道へと転換されたそうです)
この森田さんが編纂した岡潔の言葉を集めた1作です。
岡潔は数学の学者で文化勲章までもらっている権威。
数学は嘘が全く許されない究極の理詰め勝負で、
理系の中でも特にゴリゴリの理系だと思います。
しかし、岡潔は数学と仏教を結びつけて
独特の考えを持っていて、それがオモシロかったです。
かなり抽象的な概念の話をしていて
よく分からない点もあったのですが、
最後に森田さんの解説がついていて、
それで一気に合点がいくといった感じでした。
本作で繰り返し語られるのは情緒というものです。
コトバンクでは以下のように定義されていました。

事に触れて起こるさまざまの微妙な感情。
また、その感情を起こさせる特殊な雰囲気。

しかし、岡潔は自身の言葉で改めて情緒というものを
再定義しようと試みていることが分かりました。
ただし、明快に「このように定義する」と
エッセイの中では説明されておらず、
具体的な事象(風景やそれを詠んだ俳句)の見方を
説明することで彼の考えが次第に理解できてくるものでした。
情、情緒にまつわる話もオモシロかったのですが、
僕がとくに印象的なのは自他意識についての論考。
自分と他者は全く別の存在だと考えるのは、
理性の世界に閉じて生きている証拠で、
その自他の区別意識が行きつく先がエゴイズムとなると。
繰り返し述べられてるのですが、
一番分かりやすく、なおかつ心に残っている部分を引用します。

たとえば他の悲しみだが、これが本当にわかったら、

自分も悲しくなるというのでなければいけない。
一口に悲しみといっても、
それにはいろいろな色どりのものがある。
それがわかるためには、自分も悲しくならなければ駄目である。
他の悲しみを理解した程度で同情的行為をすると、
かえってその人を怒らせてしまうことが多い。

すべての事象に対して、この考えを適用すると

自分の身が持たないと思いますが、
人の悲しみを本当の意味で理解するというのは、
このレベルなのかもなと自戒の意味も含めて思います。
海外への留学経験を経たことによって、
ナショナリズムが強く出ている部分もあり、
うるさい保守おじさんのように
見えるところも少しあるのですが、
森田さんが巻末で語っているとおり、
人間は想像以上に環境に影響を受けていて、
それを自覚することは大切だなと感じました。

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