2016年8月15日月曜日

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(下) (新潮文庫)

友人が昨年の1位に挙げていましたし、
水道橋博士、伊賀大介さんも再三プッシュしており、
TV番組でも紹介されていたので意を決して読みました。
本作と出会えて良かった!本が好きで良かった!
と心の底から叫びたくなるほどの圧倒的な読書体験!
力道山のことは皆が知っているのに、
木村政彦は知名度で遥かに劣る。
15年間無敗で史上最強の柔道王者であるにも関わらず。
それは彼ら2人がプロレスで戦った伝説の試合が
発端になっていて、もしセメント(真剣勝負)ならば、
必ず木村が勝っていたと信じる著者が、
木村政彦の評伝と、その試合までの流れをまとめた作品です。
僕達の世代が本作を読んで思い出すのは
グラップラー刃牙シリーズで描かれた世界でしょう。
冗談でしょ?と思いながら格闘技のロマンチシズムに
思いを馳せていた訳ですが、灯台下暗しとはよく言ったもので
日本の柔道界にいた!最強の男が!
と感じさせてくれる異常な熱量は血湧き肉踊る。
孫引きをなるべく避け、一次資料にあたる愚直かつ冷静な分析と
自分が見たかのような迫力を持った語り口。
その「冷静と情熱のあいだ」で、
ともすれば退屈な自伝になってしまいそうなところを、
ぐいぐい進めていく筆の力はヤミツキになってしまいました。
文庫上下で1000ページ強のボリュームがありますが、
退屈になるところが全くありません。
とくに上巻は最強木村伝説!状態で、
異常なまでの勝利への執念、それに基づいた異常な練習量。
その過程と結果として誕生する柔道最強王者の勇姿が
あまりにも眩しくてカッコいい!
師匠牛島の思いを背負った天覧試合や、
グレイシー柔術の創始者エリオ・グレイシーとの戦いは、
読んでて思わず「ウォー!!」と叫びたくなる。
木村政彦の評伝という形ですが、
彼を語っていく上で戦前、戦後の日本柔道の歴史、
ひいては表、裏社会を含めた昭和史にまでリーチしてしまう、
取材量は畏怖の念を抱くレベルでした。
下巻からは凋落してしまう木村の強さと、
なりふり構わず成り上がろうとする力道山の対比が秀逸。
上巻で「この木村に勝てる人間なんているわけねーだろっ!」
と完全に木村側に感情移入している読者からすると、
力道山との試合での敗北に大きなショックを受けてしまう。
これは木村を尊敬している著者自身や柔道界の人が
過去に受けた傷つきを追体験するような構造になっているんですよね。
今でこそプロレスはブックがあって、
あくまでショーの1つであるという認識が広まっていますが、
当時はあくまでセメントという世間の認識があった訳ですから、
本作内でも書かれている通り、
敗戦後の木村が体感した地獄は想像すると胸が苦しくなりました。
ただ指導者として再び返り咲き、
岩釣という柔道家と二人三脚を歩む姿が、
これまたかっこ良くて最強は受け継がれ、
石井 慧までに連なる系譜はグッときました。
終盤、著者の葛藤がダイレクトに書かれている点も興味深かったです。
なんとか自分の結論に寄せて書きたいんだけど、
現実はそうもいかない…文の力を信じている漢だからこそ。
そして最後に響くタイトルの重み。
史上最強のノンフィクションここに極まれり!

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