2017年10月24日火曜日

猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)


<あらすじ>
高度な知能を得た猿と人類が
全面戦争に突入してから2年。
猿たちを率いるシーザーは森の奥深くの
砦に身を潜めていたが、
ある晩、人間たちの奇襲を受けて
妻と長男の命を奪われてしまう。
敵の冷酷非道なリーダー、大佐への復讐を誓ったシーザーは
仲間たちを新しい隠れ場所へ向かわせ、
自らは3匹の仲間を連れて大佐を倒す旅に出る。
道中で出会った口のきけない人間の少女ノバや
動物園出身のチンパンジー、バッド・エイプも加わり、
一行はついに大佐のいる人間たちの基地にたどり着くが…
映画.comより)

前作を劇場で見たこともあり、
なんとなく映画館で見てみました。
近年、色々とリブート系がたくさんありますが、
猿の惑星シリーズはクオリティが本当に高く、
本作も例に漏れずオモシロかったです。
今回は特に時代の空気をモロに反映していて、
排外主義の行き着く先は破滅でしかないことを
鮮やかに描き切っていました。

※ここから盛大にネタバレして書きます。

前作の続きからで人類はおおかた死滅し、
猿と人類の戦争が続いている世界です。
冒頭から戦闘モード炸裂でテクノロジーに
長けているにも関わらず猿に迎撃されてしまう人類。
銃 vs 槍の戦いは迫力満点でした。
前作でも提示されていたとおり、
シーザーは戦争を好まないんだけど
人類は猿を排除しようとするので戦わざるを得ない中、
あらすじにあるように妻と長男を殺されてしまう。
シリーズを通じて人類との橋渡しの可能性を
持った唯一の猿だった彼がこの事件をきっかけに
憎しみに支配されてしまう。
あゝ荒野でも憎しみがテーマになっていましたが、
時代は憎しみを巡る物語を希求しているのかもしれません。
それがグッドエンド/バッドエンドに問わず。
前作まで憎しみのパートを担っていたのは
コバという猿で前作でシーザー自身の手で倒しています。
彼のことを蔑んでいたにも関わらず、
自分があちら側へと簡単に転んでしまっていることに
葛藤しながらも大佐への憎しみは捨てきれない。
このアンビバレントな状態は終盤までずっと続き、
物語の大きな推進力となっています。
それは私たちが現実社会で抱えうる感情を映し出す。
今回の敵はアメリカ軍の残党のような軍隊なんですが、
もろにネオナチな見た目とスタンス。
猿たちは彼らに捉えられて強制労働させられることに。
このネオナチ集団は猿を倒そうとしているけれど、
同じ人類からも攻撃されそうになっているから、
壁を作ろうとしています。
その労働というのが壁の構築で、
これはおそらくメキシコとの国境に壁を作るという
トランプの施策を示していると思われます。
さらに本作がオモシロいのはノバという
女の子を含めて人間が罹患する口が聞けない病の扱い。
ネオナチ集団は口が聞けない人間を
「人間ではない」と定義していて、
猿と同様、排除する対象と見なしているんですね。
身体的特徴から排除の対象と見なす、
これも現状の人種差別問題を描いているんだと思います。
そして、もっと突っ込んで言えば、
人間を人間たらしめているのは何なのか?というテーマでもある。
このテーマに対する回答としては、自分を犠牲にしてまでも
利他的行動を取ることなのだと僕は受け取りました。
口の聞けない人間、話すことのできる猿、
難しい禅問答のような話をこんなアクション映画で見せていく、
アメリカの映画に対するスタンスがやっぱりかっこいいなと思いました。
終盤までほとんどドンパチがない分、
ラストのたたみかけるような戦いのシーンは迫力満点!
あとから考えると色々ツッコミ入れたくなったりするけど、
見ている間はあまりの火薬量にそれさえ忘れさせる。
エンディングでは約束の地に辿り着くものの、
シーザーの時代に終わりが告げられる。
次作は息子の物語になりそうで、それも見てみたいところです。

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