2017年1月28日土曜日

沈黙 サイレンス



<あらすじ>
17世紀、キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる
師の真相を確かめるため、
日本を目指す若き宣教師のロドリゴとガルペ。
2人は旅の途上のマカオで出会った
キチジローという日本人を案内役に、
やがて長崎へとたどり着き、
厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合っていく。
映画.comより)

遠藤周作×マーティン・スコセッシということで、
前からずっと楽しみにしていた作品。
この作品が公開されるニュースを見たときに、
原作を読んで、そのあまりのオモシロさに
昨年は遠藤周作固め読みしていました。
さぁこのオモシロい作品をスコセッシが
どんな映画に?!と期待してましたが、
神は人間に干渉しないというテーマが、
スクリーンから強烈に滲み出ていて、
とても素晴らしかったです。

※ここから盛大にネタバレして書きます。

沈黙のタイトルにふさわしく、
日本の夏を想起させる鈴の音が聞こえる、
真っ黒な画面がしばらく続くという
意表をつく始まり方でテンションがアガる。
そこから湯気立ち込める中にたたずむ、
リーアム・ニーソン演じるフェレイラ神父が登場。
宣教師たちが磔にされてチョロチョロと
熱々のお湯をかけられるという
見るに耐えない拷問シーンでこれは最高に違いない、
とさらに確信を深めました。
江戸時代に布教に来たポルトガル人が主人公なので、
当初主人公にキャスティングされていたのは、
ベニチオ・デルトロ、ガエル・ガルシア・ベルナル
といったメキシコ系俳優だったそうです。(1)
その代わりにきたのが、
アンドリュー・ガーフィールドと
アダム・ドライバーという若手で今キテる俳優たち。
それぞれアメイジング・スパイダーマンや、
スターウォーズといったエンタメ大作に出演していますが、
本作で見られる演技はそこでは見られない、
非常に繊細なもので驚きました。
とくに主人公のロドリゴを演じたガーフィールドは、
直接的なセリフのない中で表情の変化から、
信仰が徐々に揺らいでいくのが伝わってきました。
彼ら超一線のハリウッド俳優と相対するのは日本俳優たち。
彼らが作品のクオリティーを担保していて、
気迫に満ちた演技を見せてくれます。
パンフレットのインタビューを読む限り、
キャスティングにはかなりの紆余曲折があったようですが、
結果的に物語に説得性をもたらす配役になっていました。
原作では言葉の壁は取っ払われていて、
隠れキリシタンと宣教師は普通に会話しているわけですが、
映像になるとその点はどうしても気になります。
本作では英語がメインになるわけですが、
隠れキリシタンが英語を話せる背景もわかるし、
英語が拙いことが逆に物語に説得力をもたらす。
それが最も顕著なのがキチジロー役の窪塚くん。
キリストにとってのユダを体現する存在なんですが、
あの下卑な感じがたまらなかったです。
キリスト教はどんな罪人でも赦す大義名分の中で、
こんな裏切り者でさえも救われるという矛盾の象徴。
一方で日本人側で英語が流暢に話せる通辞を
浅野忠信が演じていて、
こちらは逆に流暢な英語が嫌味な感じで素晴らしかったです。
もともと浅野忠信はキチジロー役の
オーディションを受けたそうですが落選し
もともと渡辺謙が配役されていた通辞に収まったと。(2)
映画を見るともうこれしかない!
という最高のバランスになっていました。
そして、もう1人のキーパーソンは塚本晋也監督。
隠れキリシタン役なんですが尋常ではない
体の張り方をしていて驚愕。。。
(ほぼノースタントでやり切ったらしい)
本作の凄いところは拷問シーンを
正面から逃げずにやり切っているところ。
加瀬亮の首チョンパとか唐突すぎて最高最高だし、
藁に巻いて海に落とされたり、
穴吊りも原作を読んで知っていたけど、
改めてビジュアルで見せられると
グッとくるものがありました。
拷問の見せ方が上手くてロドリゴの目の前で行われるけど、
手が届かないという残酷さ。
とくに牢屋のロドリゴの主観ショットが多く、
カットを切らずにパンを振ることで
躍動感があって良かったです。
あと篠田正浩監督版の沈黙をこのタイミングで見たんですが、
相対的にスコセッシの演出力のスゴさを体感しました。
ほぼ同じ構成なのに物語の躍動感がぜんぜん違うという…
やはり巨匠は別格なんだなと。
神は決して人間に干渉しないというテーマは、
宗教を巡って世の中が混沌としている、
今の時代にこそ響くテーマなのかもしれません。
その辺りは原作に対する僕の感想は、
リンクをご参照ください→リンク
とにかくスコセッシが人生をかけて
映画化にこぎつけた本作は必見!

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