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inch magazine PocketStories 01 生まれつきの時間 |
inch magazineという出版レーベルによるポケットシリーズ。それが「韓国SF」ということで前から気になっていたのだが、先日のZINE FESTで既刊二冊を駆け込みで購入して、一作目である本著を読んだ。話自体もオモシロかったのだが「短編一つだけ」という構成ゆえか、読み終わったあとの余韻が長く残るユニークな読書体験だった。
現在の人類が滅亡したあとの第二人類の世界が舞台のSFであり、主人公はそんな世界に誕生した新生児である。しかし、赤ちゃんというわけではなく、すでに15歳まで育った状態で、そこから教育を受けて「成長」していく中で、世界の実像を知っていくという物語。15歳から何かと成長を要求されるのは、韓国の苛烈な競争社会のアナロジーであることがすぐにわかる。韓国に限らず、資本主義社会は常に「成長」していくことを前提としており、その資本主義に対する盲目的なある種の信仰をアイロニーを交えて描き出している。ただ、そのアイロニーはアンチ資本主義といった結論ありきではなく、成長することへのプレッシャーに対して「なんでそんなに成長が大事なんですかね?」と読者に問われている気がした。それは、主人公が「何も知らない子ども」という設定だからだろう。
一種の教育論ひいてはケア論のようにも読める点も興味深い。後半、主人公は親の役割を担うようになり、新たに誕生する命を預かる立場となる。そこで子どもを成長させること、社会で受け入れることの壁にぶち当たる。人は一人では成長することができなくて、他者の犠牲を伴いながら、社会を構成する人間となっていく。保育園に通わせている身からすれば、保育士の方々の献身的なサポート、ケアのおかげで自分の子どもが社会性を身につけていくのを間近に見ており、後半の展開は身近に感じた。一方で、保育園に通っていることで相対的な視点がうまれ、他の子どもとの成長の差が気になることもある。しかし、成長する速度は誰かが決めるのではなく、それぞれの歩幅、つまりは「生まれつきの時間」でいいのだと改めて教えられたのだった。
訳者あとがきや、著者を含めた対談で、韓国SFの概況について知ることができる点も本著ならではだ。著者の作品は他にも日本語で翻訳されている作品があるようなので、そちらも読みたい。
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