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この星を離れた種族/パク・ヘウル |
inch magazineという出版レーベルによるポケットシリーズ。第一弾の『生まれつきの時間』もオモシロかったが、今作も同じく短編集としての余韻が素晴らしかった。
ショートショート「鉄の種族」と表題作の二作で本著は構成されている。どちらも地球に住めなくなる未来の話だ。表題作は、ある惑星をテラフォーミング(地球化)して人間が住めるようにすることを目的として、女性の主人公が派遣される。彼女は、難民として過酷な人生を送りながらも、ゴミ収集車の運転手として働き、自動車整備士の資格を得たことで「テラフォーマー」に選ばれ、単身で惑星の地球化プロジェクトに従事する。孤独と向き合いながら自然と生きている様は、ソローの「森の生活」さながらだ。
テラフォーミングというと、近未来的で先進的な響きがあるが、本作が描くのはその裏にある破壊の現実だ。新しい生命のために、既存の生態系を殺してしまうことになる。テラフォーミングの過程で、惑星にもともといた生物たちは次々と死に絶えていくわけだが、そこから目をそらさず、淡々と描き出す筆致に物語に対する誠実さが感じられる。一種の「惑星の緩慢な死」とも言えるわけだが、その死のコストを、社会的に弱い立場に置かれた主人公が一手に背負わされているという構図は今の時代にも起こっていることだろう。特にあえて思考停止して業務に従事する姿は読んでいて痛々しく、会社との硬直した関係性など含めて過酷労働小説ともいえるだろう。
作品の中盤から登場するのが、「山羊頭」と呼ばれる動物である。この不思議な生き物は、仲間が死ぬたびに「葬礼」という儀礼的な行動をとる。気候変動の影響で仲間が大量に死んでいく中、葬礼を行う姿は健気で、人間以上に人間らしい。主人公は家族との通信も断たれ、孤独と虚無の中で次第に「何のために生きているのか」が分からなくなっていく。だが、山羊頭の命を救うことに人生の意味を見出し、惑星を徘徊する浄化車のスイッチを一つずつ手動で切っていく姿は愚直さの体現であり「目の前の現実」にフォーカスする意志の表明でもある。
作中に登場する「オセロゲーム」という表現は、本著を形容するのにぴったりなフレーズだ。一つの行動が、ある者を救い、ある者を見捨てる。ひっくり返すことで、救われる側と見捨てられる側。このコントラストが物語の構造を象徴している。誰のために、何のために行動するのか。テラフォーミングとそれに伴うバックラッシュのはざまで葛藤する主人公の姿から考えさせられた。
橋本輝幸氏による「気候変動SF小史」が付録的についているのだが、かなり興味深かった。地球温暖化に端を発するハリケーン、台風、豪雨、山火事などの被害の深刻化は目に見えてひどくなっている中で、少し先の未来を描いていくSFにとって、気候変動はこれから格好の題材になるのだろう。本著はその先頭を切るような一冊だった。
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