2025年4月23日水曜日

彼女は頭が悪いから

彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ

 Kindle Unlimited に入っていたので駆け込みで読んだ。『Black Box』の後に読むと、別のべクトルでの性加害の問題が浮き彫りになっており、暗い気持ちにさせられる一冊だった。本著は性加害を大きなテーマとして取り扱っているのだが、それよりも日本における階級社会をアクセル全開で小説として描いており、社会派作品でありながら、物語としてもオモシロかった。

 本著は、実際に起こった東大生による強制わいせつ事件を基にした小説だ。加害者の東大生たち、被害者の女子大生を中心に展開する群像劇として描いている。登場人物がかなり多く、それぞれのキャラクター設定が丁寧に練られており、言葉を尽くして描かれているため、物語への没入感はかなり高い。当事者である学生たちの高校から大学に至るまでの長さだけではなく、その両親や祖父母にまで取材が及ぶかのような描き込みには驚かされた。これほど深いレベルで人物を掘り下げる小説にはなかなか出会えない。

 そして、その描く角度も独特で、出自や学歴といった「階級」に固有名詞を連発しながら切り込んでいく。それが本著全体に漂う嫌な空気の元凶だろう。自分が普段避けてきた、この手の人々の思考や会話に久しぶりに触れさせられた感覚があり、フィクションとはいえ読んでいてしんどかった。

 「東大という社会的に絶対的な看板のもとでは何をしても許される」という驕りが作品中のそこかしこに登場する。しかし、恐ろしいのは、彼らと読者である自分が完全に別だと言い切れない点である。「東大」がスケープゴートとなっているが、誰しもが権威に寄りかかって、他者に対して無自覚な暴力をふるまってしまう可能性があるわけで、他人の気持ちを幾らかでも想像できることの大切さを痛感させられた。学歴や育ち、仕事に対するジャッジメントの視点に抵抗があるものの、自分にそうした視点がないわけではなく、むしろ狭量であるという自意識がある。そうした自意識もあいまって、自分ごとのように迫ってきたのであった。

 事件に関わった男性の登場人物たちが、女性を一人の人間としてリスペクトしない姿勢を、日常の些細な描写によって浮かび上がらせている点も著者の筆致が光る。一事が万事、女性を対等な関係ではなく「駒」として扱い、常に「女性と一緒にいる自分」にフォーカスしており、身勝手な振る舞いを繰り返す。そして、自分の地位が努力の成果だと信じて疑わない彼らの足元を支えているのは、実は親の高い経済力という現実について皮肉を交えて描いていた。

 作品内で描かれる性加害は、レイプにまでは至らないのだが、陰湿で執拗な暴力が被害者をじわじわと追い詰めていく様子は読んでいて苦しかった。暴力に大小はないことは大前提として、レイプよりも心に深く傷を残すエグさがあった。これだけ胸クソ悪い思いをしたからには、それ相応に罰を受けてほしいという読者の思いは半ば叶い、半ば裏切られる。その分岐点が「東大」であることが象徴的な皮肉であった。

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