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結婚とわたし/山内マリコ |
ちくま文庫の棚を徘徊してたときに見かけて読んだ。共働き家庭における家事分担の経年変化という貴重な記録となっており、めちゃくちゃ興味深かった。
著者が今のパートナーと同棲を始めた際にan・anで開始され、結婚後も続いていた連載が、完全版として再編集されたものである。元の単行本の名称が「皿洗いするの、どっち? 目指せ、家庭内男女平等!」であり、家事分担にまつわる、よもやま話&考察が数多く収録されている。「家事が大変」という散発的な感情の発露はネットを徘徊すれば、すぐにヒットする時代だが、結婚前後かつ一定期間にわたる経過観察という情報は貴重であり、本という媒体だからこそ得られる知見だ。さらに文庫化に伴い、2024年時点の著者の視点も加わることで、ここ十年近くで起きた価値観の変化にも気付かされた。
日記として連載されていたこともあり、著者の生活の機微がひしひしと伝わってくる点がオモシロい。家庭内でのちょっとしたことも、性別に伴う価値観の違いから改めて考えてみると、思いもよらないことが多い。「フェミニズム」と聞くとアレルギー反応を示す人もいるかもしれないが、本著では生活現場において性差がもたらす不平等のあれこれが、これでもかと詰め込まれているので、自分の日常にフィードバックしやすい。私は男性なので、著者のパートナーの所業の数々に身に覚えがあり、それらに対する著者からの鋭い指摘にぐうの音も出ない。そしてパートナーに対する感謝の気持ちを深めるばかりだった。放置された靴下をめぐる以下の言葉は心に刻んでおきたい。
女性の心にはこの手の日常的な男性の負の習慣が、澱のように、澱のように(二回言った)溜まっているものなのですよ。
また、本著内でも言及されているとおり、家事分担は男女問題というよりも、社会的な要素が大きく影響することもよくわかる。日本社会においては、これまで男性が外に出て金を稼ぎ、女性が家で家事を行ってきたため、男女問題として捉えられていた。その刷り込みは強烈であり「女性が家事をすべき」という男性側の認識はさることながら、女性側も「家事をしなければ」と自責の念に駆られてしまうほどだ。しかし、コロナ禍を経て男性も在宅勤務が可能なケースが増え、家にいることができるようになった。その結果、家事のバランスが変化しているように思う。本著でもパートナーがフリーランスとなり、食事作りを担い始めると、著者が「家庭内おじさん」と化していく話は笑った。我が家も完全在宅の私と、出社するパートナーという旧来の家族観とは真逆の現状があるので、私が多くの家事を担当している。(育児周りの細々した対応はパートナーが担ってくれており大変感謝しています…)
こういった姿をいろんな家庭の子どもが見ることで将来的に価値観が少しつず変動していく気はしている。誰かにケアしてもらうことは楽なので、つい寄りかかってしまうが、人生百年時代において誰に何が起こるかはわからない。家族のこともケアできればよいが、最低限自分のことは自分でケアできるようにしておくべきだろう。男女問わず、家事分担に悩む人にとって格好の書籍であり、パートナーと二人で読めば効果てきめんのはず。
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