2024年2月6日火曜日

東京都同情塔

東京都同情塔/九段理江

 前作のSchoolgirlが好きだったので芥川賞を受賞した新刊を読んだ。生成AIを小説に導入していることで大きな話題になったが、それはあくまでパーツであり現在の日本社会のムードを背景に言語論、都市論などにリーチする興味深い作品。色んな考察をしたくなる材料が大量においてあり作品内で解決しないことが多いのでページ数の割にかなり読み応えがあった。

 国立競技場を建て替える際にザハ案が採用された東京が舞台になっている。遠くない、あり得たかもしれない未来の中でソフトSFな展開が起こりつつ主人公である建築家の女性が自身の言語感覚について論考する様が興味深かった。彼女の頭の中を覗いてるよう。合間に生成AIとやりとりしつつ言葉が彼女の心の内と外を行き来する。言葉を発するまでの思慮というのは大量にあるわけだが、AIとの対比によって人間の冗長さが際立っていた。それを無駄と捉えるかどうか?何でも最短距離で辿り着くことが合理的とされつつある社会で、今のテキストベースのコミニュケーションの中でも比較的婉曲な小説で表現していく姿勢がかっこいい。

 言葉が外に出ていく前に心の内で自己検閲するくだりが何度か出てくる。ソーシャルジャスティス全盛の時代、失言しないためには必要な能力ではあるが、無難を選び続けた結果、個性は死んでいきAIと変わらない言葉を発する人間になるのでは?という疑問を呈しているように感じた。終盤に登場するアメリカ人のライターの言葉遣いが対照的で”fucking(クソ)”を多用する。AIは自重する言葉で自ら発することはないだろう。しかし、こういった言葉がいい意味でも悪い意味でも人間を人間たらしめているのだと感じた。同じような論点でいえば漂白された社会についても意識的で、その象徴が主人公のパートナーのような男性と塔の存在だった。

 前者は洗練されているといえば聞こえはいいのだけど色がなさすぎて実体を掴みにくかった。希薄な欲望、足るを知るが極まっているような印象があり、十把一絡げに言えないことは重々承知の上で個人的には最近の若者像を結んだ。

 後者は東京都同情塔という名前で実質刑務所なんだけども自由度の高い環境で管理する近未来型のものとして描かれている。刑務所内をジェントリフィケーションしてしまって素晴らしい環境を受刑者に提供し社会にインクルージョンしていこうね、という話。この塔が諸外国に比べて相対的に貧しくなりつつある日本を暗喩しているかのようだ。それと同時に先に紹介したライターの視点(外圧)が加わることにより、エゲツない勾留状況で海外からの難民を排除している現状の入管に対する皮肉にも受け取れた。その他にも女性が受ける性暴力の問題、死刑を含めた厳罰問題の是非、外圧でしか変わらない内向き姿勢など社会に横たわっている課題がさりげなく配置されており、直接物語の推進力に寄与しないが明確に問題視している絶妙な塩梅が見事だった。

 また新宿御苑付近に超高層タワーとして建築される同情塔とザハの建築が対をなす描写が個人的に好きだった。近未来の東京、品のあるサイバーパンクとでもいえる艶やかさ。そして終盤に主人公および塔の内外の境目が曖昧になり一体化していく様は圧巻だった。御苑を舞台にしているのも課金制という内外の壁がある中で登場人物たちが壁を乗り越えて無効化していくのも示唆的に感じた。邪推も含めて楽しめる要素満載の芥川賞受賞も納得の快作!

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