2024年2月1日木曜日

一私小説書きの日乗 遥道の章

一私小説書きの日乗 遥道の章/西村賢太

 4冊目の日記集。前作の流れのまま同じフレーズを多用した日常の生活記録だったが、引き続きずっとオモシロいのだから著者の読ませる力が相当あるのだと思う。個人的に残念だったのは表紙絵。今回は手書き原稿が表紙になっているが、過去作の味わい深い黒と色のコントラストの絵であってほしかった。

 前作からの違いといえば頻繁に自炊しているところ。カレーをかなりの頻度で作っていた。あと行きつけの信濃屋では、お店で締めの丼や麺を食べていたのに、そこを我慢して「仕上げ」と称してわざわざ1人で別のラーメン屋で締めるようになっている。もともとtoo muchな食事はますます加速、もはや畏怖の念を抱くレベルだった。この食生活だと54歳で亡くなったのは納得せざるを得ない。

 テレビ出演の頻度は下がり作家業として締切に追われる生活が克明に描かれている。不規則な中でもクリエイティビティを発揮しようとストラグルする姿勢がカッコよかった。特に書けないときのもどかしさを食事、飲酒、買淫というストレートな欲求で紛らわせている点が正直でオモシロい。なお「買淫」という言葉は風俗へ行ったことを明示しており、その感想(あたり/はずれ)を最初の日記から毎回書いている。こういった内容に嫌悪を抱く気持ちは出版当時よりも加速している社会において「ほんとのこと」を書く彼の作家としての矜持を感じた。読んだ皆が感じるであろう「喜多方ラーメン大盛り」とのコンビネーションが生むグルーヴ、これはまさに人間の業だと思う。こんなに端的に人間の欲を表明している表現もそうそうない。

 基本的に繰り返しの日常の中でも人への悪口を書く場面があり、そこでの筆が踊るかのような文体がたまらなかった。極めて露悪的だと思うものの、ここまでの表現になると完全に芸だと思えた。流行りの論破とかそういうレベルではない。特にネット記事の記者に対するネチネチした罵詈雑言の精度がめちゃくちゃエグかった。残り三作も楽しみたい。

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