2024年2月26日月曜日

一私小説書きの日乗 新起の章

一私小説書きの日乗 新起の章/西村賢太

 ついに6冊目に到着。ここまで長く人の日記を読むのは初めてでかなり感情移入している。そして読めば読むほど著者が亡くなっていることが悲しくなる。ここ数冊の中では展開が多く一気に読めた。

 大きな変化としては新潮社との蜜月が終わりを告げ文藝春秋との関係が新たに始まっている点が挙げられる。あれだけ長いあいだ苦楽を共にした中でも連載あり/なしで関係がスパッと終わってしまうのは一抹の寂しさを感じる。一方で新しい文學界の担当編集者の服装が奇抜らしいのだが、その描写が毎回オモシロい。著者が周りの人を魅力的に描ける能力はこれまでの日記からもよく分かるし、これが私小説の魅力に繋がっているのだろう。

 藤澤清造の墓参りを含めて旅行に頻繁に出かけているのもこれまでになかった傾向だった。特に墓参りは月命日に毎月行く念の入りようで彼の心境の変化が伺える。お墓は七尾市にあるようで年始に起こった能登半島地震の際に被害を受けたらしい。さらに著者が清造の横に作った生前墓も倒壊したらしく悲しい話だった…

 スランプに陥ってしまい編集者をひたすらに呼びつけるシーンがあるのだけど、そこに作家の孤独を垣間見た。実際にこういった言動は過去にもあったのだろうけれど日記上で書かれているのは初めて。著者の粗暴な振る舞いがあったとしても、編集者たちは呼ばれば馳せ参じている場面にプロフェッショナル魂を感じた。そして著者自身も一晩明ければ自分の至らなさを反省しており、それをわざわざ日記として世間にリリースしているあたりに皆憎めない気持ちを抱いているのかもしれない。その証左として終盤の怒涛の原稿締め切り、ゲラチェックの嵐に巻き込まれる姿は売れっ子作家そのものだった。残すところあと1巻だと思うと寂しい。

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