2024年6月22日土曜日

ヒップホップ・ラップの授業づくり

ヒップホップ・ラップの授業づくり/磯田 三津子

 朝日新聞の以下の記事内で著者がコメントしていたので読んだ。

中学部活動「ヒップホップ禁止令」生徒ら泣いて抗議 専門家も疑問

 ヒップホップが日本でも若者を中心に人気となってきた中で、日本のパブリックな環境との軋轢は上記のようにこれからも散見されるだろう。本著はそのパブリック領域の教育において、ヒップホップを取り入れようとする志の高い現場の先生に向けたガイドブックのような本だ。ストリートカルチャーであり教育のような権力サイドと迎合することに違和感を持つ。それはヒップホップを好きな期間が長ければ長いほどアレルギー反応を感じるかもしれない。ただ本著を読むとヒップホップというカルチャーについて歴史を交えながら客観的に捉えた場合の効用に大きくフォーカスしており興味深かった。音楽としてかっこいいから、というのは大前提として背景にある本質的な要素に惹かれたからこそヒップホップが好きになったことにも気付かされた。

 著者は埼玉大学教育学部の准教授。晋平太を大学のゼミおよび付属小学校へ招聘しヒップホップ、ラップに関する授業を実際に行った結果とアメリカにおける教育導入事例を参考にしながら、実際の授業でのヒップホップ導入方法が記されている。各カリキュラムごとに目的とそれを達成するためのアクションなど、教える側の視点で授業構成を見るのが非常に新鮮。しかもその背景としてヒップホップを採用しているので余計に興味深い。ラップは歌唱方法の一つで、ヒップホップはアフリカ系アメリカンのカルチャーであることをきっちり教えるようにカリキュラムが組まれていることに驚いた。「もうポップカルチャーの一つだから別にその辺の歴史はいいっしょ」という態度を見かけることが増えている中で教育現場ではback to basicな姿勢を崩していない。

 ただその姿勢にも関わらずフィーチャーされるのが晋平太なのか…という気持ちが日本のヒップホップ好き古参勢としては正直否めなかった。彼を起用して授業のプロトタイプを構成しているとはいえ、ラップの授業で使うインストおよび生徒が日本語でのラップが何たるかを知るために聞く曲がすべて「ボコボコのマイク」というのも正直しんどいかなと思う。今の時代だと生徒側から「こっちの方がイケてるよ」とトラック変更のリクエストがありそう。ラッパーとしての彼が特段嫌いな訳ではないけれども、ここ数年のYoutuberムーブが目先の数字目当てに見え過ぎて辛いところがあった。しかし本著を読むと本当にヒップホップが好きでベクトルは違うもののKREVAがよくやってるエデュテイメントがしたかったのだなとようやく理解できた。冒頭で晋平太がゼミで大学生の質問に回答しているのだけど、その真摯な姿勢は今まで知らなかった一面だったしNワードを使ってはならないことを強く主張している点も印象的だった。ラップというよりもヒップホップが好きなんだと知れていい意味で誤解が解けた。

 授業で使う曲についても紹介されており、そのチョイスを見るのも楽しい。KRS ONEの”You must learn”は確かにって感じはするものの意外だったのはLupe Fiascoの”The Show goes on” 今回リリックを改めて読んでそのメッセージのまっすぐさに驚いた。授業で使う曲の場合にexplicit(過激)な表現が多いと使えないのは大前提だが、アメリカではXXXTENTACIONを取り上げて、なぜ彼のリリックに過激な表現が多いのか議論するケースもあるらしい。こういったケースも含めアメリカでの教育現場におけるヒップホップの導入状況について論文を参照しつつ紹介してくれている点が教員ではない自分にとっては本著の醍醐味であった。アメリカではヒップホップがメジャーとなり生徒たちにとって最も身近な音楽かつラップもダンスもすぐに始められるからこそ、学校にコミットしない/できない生徒たちも巻き込めるツールになっていることに時代を感じた。

 自分の意見を主張する、批評的な視点を持つ、これらを会得できる点がヒップホップ、ラップの大きな魅力であると紹介されていて、まさに自分もそこが好きになったポイントだった。こうした捉え方であれば確かに教育の観点で見ても有用であるといえるだろう。アメリカではテスト結果至上主義から脱却するための主なツールとしてヒップホップが活用されているとのこと。日本でもそういった動きが進めばいいなと思いつつ、冒頭のニュース然り生徒の意見よりは全体の大勢を優先させられる社会なので、それこそ若い人がヒップホップで変えていって欲しい。

0 件のコメント: