2021年4月27日火曜日

ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論

ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論/デヴィッド・グレーバー

 もうタイトルを見たときにこれは読まねばならないと覚悟を決めつつも超分厚い上に電子書籍なしのストロングスタイルだった。しかし気づくと電子書籍が発売されており即購入してチビチビ読んで遂に読了。日々著者が言うところのブルシットジョブに直面しながら、ブルシットジョブに関する話を延々と読まねばならないのは苦痛を伴いつつ読んで良かった。
 そもそも本になる前に小論を発表していて、それが反響を読んだことから本になったらしい。この本のすごいところは皆が心のどこかで思っていたけど、相対的な視点で考えられたことがなかった点を練り練りに練りまくった論考が提示されていて興味深かった。ブルシットジョブの定義から始まり、ブルシットジョブの種類、ブルシットジョブがなぜ増えているのか?、ブルシットジョブと政治の関係など。そもそもブルシットジョブとは何か?本文の定義を引用する。

ブルシットジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。

 単純に嫌な仕事やしんどい仕事ということではなく、仕事のための仕事や完全に無意味な仕事をさせられることを意味している。自分の仕事も広い視点で見れば社会に貢献しているが、目の前の仕事は完全にブルシット!と言いたくなることが多い。官僚システムに巻き取られれば巻き取られるほどブルシットに遭遇する確率が上がっていくのは自分の仕事人生に照らしてみて実感を持って理解できた。市場原理と仕事のあり方の話が一番興味深かった。「そんなブルシットジョブを市場が許すはずがない」という反論が著者の元に来るらしいが、それに対してオバマケアなどを引き合いに出しつつむしろ市場維持のために存在しているのであるとカウンターを決めるのは鮮やか。またもし市場原理がはたらいているのであればエッセンシャルワーカー(本著でいうところのケアラー)の給料が高くならないとおかしいという議論も確かにと思えた。そういったケアラーは仕事自体の満足度、充実度は高くて社会に貢献している実感が強い。そういった充実感と給料は両立しないのだから給料安くて当たり前。こんな議論は刺激的すぎるけど、事実として眼前に存在するからぐうの音も出ない。さらにそれをサドマゾヒズムと結びつけてみたり。議論の展開がアクロバティックで最後辿り着くのはベーシックインカムというのも興味深かった。読んでいる間にメンタル削られるけど、読む前と読む後で自分の仕事との付き合い方を見つめ直せる良書。 

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