2021年4月4日日曜日

迷走生活の方法

迷走生活の方法/福岡伸一

 福岡伸一の週刊文春での連載をまとめた1冊。「生物と無生物のあいだ」「動的平衡」というベストセラーがめちゃくちゃオモシロくて毎回期待を裏切らない好きな作家の1人。エッセイは初めて読んだけど、やはりオモシロかった。一人称が「ハカセ」でかなり軽妙なトーク調の文体なのが意外。これと文章が超上手いのもあいまってサクサク読める。連載を9章のテーマに分けているのだけども、やはり第一章の「コロナウイルスが問いかけたもの」が気になった。このコロナ禍において生物学者である著者が何を考えているのか知れてオモシロかった。大まかなスタンスとしては「このグローバル社会で広がってしまったのは仕方ないし、ウイルスとは付き合って生きていくしかない」というもの。動的平衡な価値観からすれば破壊と再生を繰り返すのが自然だからとハカセに言われると、この無限とも思えるウイルス対策に対する諦念のような気持ちも芽生えてくる。ただウイルスに対する過剰な防衛反応に疑義を唱える一方で、乗った電車にすごい咳をしている人がいて車両を移動したと正直に話しているところがバランス感覚の良さを感じる。つまり理性で判断できる部分と直感の違いをこのエピソードで示しているというか。「コロナはただの風邪!」みたいな強い言葉で断じるのではなく、それこそ思考は動的平衡だよなと思ったりした。
 エッセイは切り込む角度が大切なのは何度も言っているが、コロナ然りScienceの切り口で色々と語ってくれているのは貴重な話だと思う。知らないことを知る知的快楽もあるし、それがそう見えているのか!というアハ体験に近い感覚もある。この手の書籍はアーカイブの意味でも電子書籍として欲しいけれど著者の作品はいずれも電子化されておらず残念…(その理由も本著内で語られていて、本から電子書籍へ移行しつつあるユーザーとしてはごもっともな意見なのは分かりつつ…)勉強する理由を解説しているエッセイがあり、これまで色々聞いた勉強論で一番シンプルだけど芯をついていると思うので引用しておく。

生身のからだは一年も経てば、物質レベルでは、全くの別人になる。動的平衡が分解と合成を繰り返し、生命のあらゆる構成成分を入れ替えてしまうから。(中略)それと同時に自分自身の精神も作り変えていく必要がある。なぜなら私たちの心はすぐに、右とか左とか上とか下とか、日本とか米国とか、ありとあらゆる既成の言葉に絡め取られてしまうから。そこから脱却して新しい自分を作り出すことが人生で一番大切なことのはず。(中略)勉強するのは自由になるためだと。

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