2023年11月30日木曜日

本屋、はじめました

本屋、はじめました/辻山良雄

 本が好きなら「本屋を商いながら暮らしたい」と一度は夢想すると思う。では実際問題、本屋を始めて商売することはどういったものなのか?を知れる一冊でとても興味深かった。そして現実はそこまで甘くないこともよく分かる超プラクティカルな内容であった。

 著者は荻窪でTitleという新刊書店を経営しており、これまでの経歴と開業までの流れを追ったドキュメンタリーとなっている。もともとリブロで働かれていたらしく、土地を転々としながらさまざまな形で本屋の販売、経営にコミットされていたことがよく分かる。そして著者が考える本の尊さを開業過程、実際の営業状況から感じ取ることができた。

 池袋のリブロはジュンク堂と合わせてよく利用していたし同じ関西出身なので勝手に親近感を持った。2017年の刊行当時よりも本屋の数はさらに減っていく傾向にある一方、個人による独立系書店は増加している。それはまさしく本著のようにどういった流れで商売しているか情報を提供するケースが増えたからだと思う。(なんと事業計画書、営業成績表まで開示されている!)ノウハウの一部だから開示したくないはずだけど、そこを乗り越えてオープンソースにしたのは本というカルチャーに対する危機感からなのかなと思った。

 みんなが必要なもの、欲しいものを同じように並べていてもしょうがないという話は本屋に限らずネット通販の普及によって全ての小売りにとって共通課題となった。そこでお店を続けていくためにさまざまな仕掛けを用意することの必要性を説かれていた。ずっと同じスタイルで継続しているお店の尊さと合わせて。インスタなどのSNSにおいて雰囲気でインプレッションを稼ぐことよりもこういう実店舗における「リアル」の積み重ねこそが本当の意味でのカルチャーへの愛、貢献だよなと感じた。最後に京都にある誠光社の堀部氏との対談が載っていて、そこでは本屋の商売の厳しさ、意志だけではなんともならないことがよく分かった。一消費者として本を買うことを続けていきたいと改めて思った。

2023年11月29日水曜日

ギケイキ2

ギケイキ2/町田康

 1が異様にオモシロかったので2もすぐに読んだ。あいかわらずのリーダビリティの高さであっといういまに読了。鎌倉時代の話がこんなに楽しく感じられるのは加齢による効果もあると思うが間違いなく著者の筆致によるものだと二冊読んで痛感した。

 義経記の原作がどうなっているのか知らないのだけども、義経のエピソードで最も有名であろう一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦いといった数々の武勇伝は一つも詳細に語られていない。いずれも読みどころたくさん作れそうにも関わらず、本作では戦闘シーンよりも政治に拘泥する様がたくさん書かれている。(作品内で「戦闘シーンは結果的に自慢になってしまうから」とエクスキューズしていた)具体的には頼朝から敵対心を抱かれ戦争のきっかけを用意されて東の頼朝、西の義経という構図の戦争へと向かうにあたっての悲喜交々。まるで中間管理職のように頼朝と公家や天皇とのあいだで右往左往しつつ天下を取れないか模索している様をひたすら軽いノリで描いている。前作同様、現代に生きる義経の回顧録スタイルで語られている中で、徐々に後悔や「あのときはこう思っていた」という現在視点での感想が入ってきて、そこがアクセントになっていた。

 あいかわらずの関西弁と口語の文体で読み続けるうちに何かに似ているなと思ったら漫才コントだと気づいた。だからこそ読みやすいし文字にしたときにオモシロいボケがひたすら書かれてるので読んでいてずっと楽しい。これはもう町田康節としか言いようがなく圧倒的なエンターテイメントだと思う。3が出たばかりなので、このまま読めるのが楽しみ!

2023年11月28日火曜日

2023年11月第4週

49 by Keem Hyo-Eun & DON MALIK

 Ambition Musikからまさかの2人、Keem Hyo-EunとDON MALIKによるデュオアルバムがリリース。タイトルの49はアメリカのカルフォルニアにおけるゴールドラッシュの年であり、金塊を求めたものたちを49ersと呼んだ。彼らは「ヒップホップ」というゴールドを追い求める男たちだ。Keem Hyo-Eunは数年ぶりにオフィシャルなクレジットのある作品となるが、これが本当にThis is HIPHOP!!と言いたくなる最高の作品だった。
 DON MALIKが変幻自在のフロウでラップのスキルを見せつけているのに対してKeem Hyo-Eunの落ち着いたスタイルの相性が抜群。声色も結構違うのでデュオとしてキャラの区別がついていて良い。1曲目からDok2をfeatで召喚、他にも”grow”にp-typeとVerbal Jintも参加していたりOGへの敬意を込めつつアップデートしたかっこよさがある。1曲目にDok2を迎えたのはKeem Hyo-EunがAmbitionから最初にリリースしたEPに対するオマージュだろうし、p-typeとVerbal Jintの参加は彼らがSNPというクルーを組み、韓国語による多音節ライムを編み出したことを考慮すると揃い踏みする意味が増す。(詳しくは名著「ヒップホップコリア」を参照)Ambition musikがフルアルバムをYoutubeに英語訳詞付きでアップロードしてくれているおかげでリリックも知ることができた。Keem Hyo-Eunの不在は鬱によるものであることが示唆されていたり、同期のchangmoやHash Swanほど上手くいかなかったことを吐露したり。彼のストレートかつリリカルな言葉がとても響く。2人ともオーセンティックなスタイルを貫きつつ研鑽をやめずにスキルで魅せていく、これがヒップホップだよな〜と改めて。DON MALIKには「色々疑って本当にすまん!」と勝手ながらに去年の無礼を謝りたい。ヒップホップと加齢について歌っている”grow”が一番好きな曲

THE CORE TAPE, Vol.3 by Dok2 & Holly

 Miyachi, JP THE WAVYによる新曲のビートがHollyという彼らにしては変化球なスタイルなことに驚きつつ、見落としていたDok2との共作アルバムを聞いた。オーセンティックなものから変化球まで幅広いビートのスタイルに対してDok2がかっこよすぎるラップでビートをねじ伏せていき曲としてかっこよくなるという恒例の流れ。リリックの韓国語が増えてきているし、最近のfeatの参加も韓国シーンへの復活に向けて地ならしなのかなと邪推。好きな曲はここ数ヶ月で一番ブチ上がったビートに対してまさかのKillagramzをfeatに迎えてばチバチにかましまくりな”Gushers”

HDISMYPRODUCER 2, AliveFunkISMYPRODUCER by kitsyojii

 一体どうなっているのか、異常なリリースペースが続くkitsyojii。フルアルバム『#freekitsyojii』を持って引退するらしい…ラッパーあるあるの引退詐欺によるアテンション稼ぎなのか。アルバムは来週に書こうと思うけど、まずはこの2作。HDBL4CKはおかわりで登場。正直今この手垢のつきまくった「ブームバップ」的なものでアガる要素はほとんどなく…やっつけ感は否めない。他のスタイルができることを知っているからこそかもしれない。一方でAliveFunkとの共作は歌へのチャレンジがたくさんみられて良い。単純にAlive Funkのビートがかっこいいという話もある。シンセ使いのモダンファンクはいつだって最高。好きな曲は”Ping Pong”

bury. by punchnello

 AOMG所属ながらAOMG感がほぼないpunchnelloによるEP。『ordinary.』の最後の曲”Homesickness”という名曲の延長線上にあるようなchillなムードになっていた。前作がかなりインダストリアルで音数少なめのハードなサウンドだったのからの揺り戻しなのか。寒い中、このEPを聴きながらチャリを漕いでいると最高にフィットしたので完全に冬のEP。彼の好きなところはこういうゆるい曲でも歌うのは基本フックだけでしっかりバースはラップするところ。好きな曲はそんなラップが堪能できる”wind”

four by IO

 Def Jamに所属してから2枚目となるアルバムがリリース。KANDYTOWNが活動休止したこともあり各人のソロの活動に注目が集まる中、いかついアルバムをしっかり用意しているあたり流石としか言いようがない。正直『Player’s Ballad』はタイトル通りバラードが過ぎた。Singing Styleの中でも声が細く、それが魅力ではあるものの歌う一辺倒だとお腹いっぱいになった。今回はラップの量も適度に増やしつつ、得意のムード満点な曲もありつつでバランスが取れておりアルバムとしての完成度がとても高い。またWatsonとの曲に顕著だけど、上手いこと言うスタイルも積極的に取り入れることで風通しの良さもあり聞きやすくなっていた。(Watson、Jin Doggがいてドリルをやらない美学よ…)GQの密着動画で制作の風景が流れていたがGooDeeとのディスカッションで作ることが多いようでサウンドとラップの調和もかなりうまくいっている。
 そして韓国ヒップホップ好きとしてはGRAYのビートが入っていることは見逃せないポイント。既発シングルでGRAYのビートに初めて乗る日本人がIOというのは意外!と思いつつ、シングル単体で聞いたときの物足りなさはなくアルバムで化けた。ラッパーというよりもプロデューサー気質なのだなと改めて感じた。あとInterludeが入っているの日本のヒップホップのアルバムは最近ほとんどない中で彼がやると嫌味なく「アルバムで聞いてくれ」というメッセージになるのもかっこいい。好きな曲は英語に逃げず、フリーキーなフローで新自由主義的価値観をレップする”AMIRI DENIM”

Welcome 2 Collegrove by 2 CHAINZ & Lil Wayne

 2016年にリリースされた『Collegrove』の続編。Meek Mill、Rick Rossによるデュオアルバムに続いて、この2人がリリースしてくる流れに時代を感じる。やはり大御所なので安心して聞けるし逆にいうとUSの新譜とかはもう追い切れていないことを逆説的に感じた。今のトレンドとは関係なく、まさに2010年代ど真ん中をやり抜くスタイル。音楽の消費速度が上がっているからリバイバルするのも速くなっているのか、めちゃくちゃ新鮮に聞こえる。featはUSHER, Fabolous, Rick Rossなどの往年のメンバーもいつつ、21 savage, Benny the Buther, Voryなど今のラッパーも入っていてバランスの良い配置。Bangladesh、Mannie Fresh、Hitmaka、Mike Deanなどプロデューサー側も万全なメンツの中で意外だったのはHavocが2曲も参加していること。これでアルバムが締まっている印象を持った。好きな曲はリフが懐かしさを感じざるを得ない”Millions From Now”

2023年11月23日木曜日

Forget it Not

Forget it Not/阿部大樹

 レイシズムという本を翻訳した人が同年代でエッセイをリリースしていると知って読んだ。現役の精神科医であり翻訳業にも積極的にコミットしている人ならではの話が多く興味深かった。頭脳明晰っぷりが文章からにじみ出ていて久しぶりに天才と遭遇した感覚を持った。

 過去に寄稿された原稿のまとめ集なんだけども特殊なのは現在の視点で改めて自分の文章を見つめ直す「あとがき」がすべてのエッセイについている点。自分が過去に書いたものを冷静に分析している視点がかっこいい。それだけ文章を書くことについて真摯に向き合っているのだなと思う。(自分が駄文をここに書き殴っていることを反省…)他の医療行為と異なり患者との対話が重要なキーとなる精神科医だからこそ、交わされる言葉、書かれる言葉に対して感度が人一倍高いのかもしれない。

 精神科医の世界は普段生活している中ではなかなか接することもないので、こういう本で当事者の声を知ることができる点が良い。論文から小説論まで内容の幅は広いものの、落ち着いた文体で読みやすい。登戸の通り魔事件の際、子どもたちの精神的な治療にあたられたようで当時の覚書はな想像もしない角度の話の連続で驚いた。

 平易な言葉なのにめちゃくちゃ芯をくっている、読んだことのないニュアンス満載のラインが多く刺さった。著者が翻訳した『個性という幻想』がオモシロそうなので次はそれを読もうと思う。

らしさというのはいつも偶像ないしシンボリックなものに過ぎないので、それを言う側に首尾一貫した態度はない。いきおい相手は風見鶏になる。

明後日に何か前向きな変化を望んだ文章を読むとき、そこに二つ折りにされた感情を見つけると、私はどこか心強い印象を受けとる。

抑圧のもとに置かれると私たちは曖昧な態度をとることが不可能になる。これは暴力が日常であるような家庭に育った青年の反抗期が破壊的になることと似ているかもしれない。少しでも妥協することは、私はまだ幼く充分な能力がありません、これからもどうか圧制を続けてくださいと嘆願しているに等しい。残酷な環境においてニュアンスある態度は避けるしかない。

小説はこの点で、つまり書かれなかったことに消極的でなく意味を与える点で、それ以外の言語活動と異なっています。それが創作に内在的というよりテキストに対して読者が事前にする了解の仕方が違うということであるにしても。書き手と切り離された、ある種の不自然な用法をとることで、交わされる日常の言語にはない性質が与えられます。

2023年11月21日火曜日

M/D


 SNS(主にTwitter)をスマホから消しスマホで得ていた活字欲をKindleに全振りするために読み始めてついに読了。長い時間かかったけど、それだけの価値がある最高の読書体験だった。マイルス・デイビスは音楽が好きなら誰でも知っているだろうジャズの巨匠。彼に対して何となくのイメージ(たとえばスーツを着たサックスプレイヤー)で終わらせている人が大半だと思うし自分もそうだった。しかし、こんなに興味深い音楽家だったとは!と目から鱗な展開の連続で彼に対する解像度がめちゃくちゃ上がった。そしてストリーミング時代の今はほとんどの音源が聞ける幸せよ…少しずつ堪能していきたい。

 彼に関する自伝、評伝は色々出ている中で本著はそれらを下敷きにしつつ独自の見立てを当てていくスタイルなのがとてもオモシロい。実際に東大で行われた講義に対して著者の2人が情報をさらに追加して書籍化しているので文体が講義形式になっており授業を受けているようで理解しやすかった。各アルバムに関する解説がかなり深くて今まで何となく聞いていた作品群が頭の中で改めてマッピングされたのが良かった。また当時の評判や現在の視点で振り返って見えることなど多角的な視点で作品を捉えることで何倍も楽しめるようになっている。ジャズは悪い意味でBGMとして安易に消費されがちな日本において、どうやってジャズを楽しむことができるのかという意味でも示唆的な内容がたくさん載っていると思う。

 マイルスの音楽は年代によって全くテイストが異なるためにキャリア全体をつかむのがなかなか難しい。ミスティフィカシオン(神秘化)という言葉をテーゼに掲げて、マイルスの掴みどころのなさを解きほぐしていく。陰陽の両面を一つの作品に落とし込むこと、ひいてはマイルスの人格自体も両義性に溢れているのではないか、という大胆な見立てで彼の実像に迫っていく過程がスリリングだった。時代を追いながらどういう変遷があったのかをかなり具体的に解説してくれる。一口にジャズといっても色んなスタイルがあり、50-60年代のマスターピースの数々の中でもオーケストラ作品や定番のクインテット系など、それぞれのカラーやどこがユニークなのか?楽譜なしで著者2人の圧倒的な語彙力により文字で説明されている。またマイルスの音楽の変遷を追うことが結果的に音楽の歴史を追うことになり、アコースティック、エレクトリック、磁化といったテクノロジーの変遷と彼の音楽が変化していく過程がめちゃくちゃオモシロかった。(磁化=テープで録音=編集できる、という視点は編集が当たり前の今となっては新鮮すぎる視点)

 マイルスバンドに在籍したことのある唯一の日本人であるケイ赤城のこの言葉は刺さった。音楽家たるものかくあるべし的な。常に新しい要素を取りこんで自分のものとして解釈、アウトプットすることでしか前進できない彼の音楽スタイルの原点とも言える話。マイルスも新しい音楽も聞いていこ〜

マイルスは朝起きて夜寝るまで音楽を聴いているんです。そして、つねに新しいものを聴こうとしているんです。そしてなにかインスパイアされるものがあったら、それがそのままトランペットの音に出てくる。そこで初めて、僕たちはマイルスが今日とんでもない音楽を一日ずっと聴いていたんだなということがわかるんです。


2023年11月 第3週

wondergoo by Crush

 アルバムとしては4年ぶりとなるCrushの新作。昨年出たBTSのj-hopeとのシングルが本当に大好きだった。ファンクど真ん中を2022年にBTSのメンバーとぶちかます、その姿勢に音楽への愛をビシバシ感じ取っていた。肝心のアルバムは聞き進めるうちに胸が苦しくなるくらいに好きな要素しかなくて死ぬかと思った…30過ぎのおじさんにこんな若い恋心のような感情を抱かせる、偉大すぎる大傑作やでほんまに。。。1人でR&Bの歴史を総ざらいする構成になっていて、Justin Timberlake, Bruno Mars, The Weeknd, Michael Jackson, まさかのChet Bakerなど正直すぎるほどにリファレンスが明らかな曲の数々。「ただのモノマネやん」と言う人がいるかもしれないが、ここまでのクオリティになるとそんなことは言えない。K-R&B(ひいてはK-Pop)バイブの曲も合間に挟むことですべてが地続きにあることを主張しているように感じた。これはもうキングの振る舞いと言っても過言ではない。Featも適材適所でDynamic Duoとの相性はバッチリだし、PENOMECOはバチバチにかましてるし、一番ビビったのはKim XimyaをInterlude的に使っているところ。「誰がやべーか分かってんだろ?」と言われてる気がした。  グローバルなマーケットを視野に入れているからこその構成とも言えるけど、このエディット感覚は音楽が本当に好きなんだろうなと愛を感じるのであった。そしてこういったアーティストが生まれる韓国の音楽的な豊かさが本当にうらやましい。J-Pop, J-Rockな曲が悪いとは思わないし、それが一つのカラーになっているのも理解できるが、隣国でこのクオリティの作品が出ているのに開き直って「ガラパゴスでいい」なんて口が裂けても言いたくない。そんなネガは本作とは無縁です、すみません。好きな曲はMJオマージュな”A Man Like Me”

Thanks For Nothing by Paul Blanco

 まさかのCRUSHと同日リリースとなったPaul Blancoの3枚目のアルバム。2021年から毎年リリースが続いている。去年はこちらもBTSのRMのアルバムに参加というトピックがあり知名度は飛躍的に増したと思われる。Singing Styleのラップというよりも、もはやR&Bそのもの。しかも歌い上げるコッテリ系なので、最近のトレンドとは乖離あるけどビート選びはドリル、ドラムンなど最近の要素を入れているので好きだった。ラスト2曲がラップ中心になっていて個人的にはそこがハイライトだった。好きな曲は”Song for you”

WOOOF! by THAMA

 今週はK-R&B week!って感じでひれ伏すしかない1週間。最後はTHAMA。個人的な好みでいえば、彼の作品が一番しっくりきたかも。ずばりネオソウル系でK-R&Bの一番のストロングポイントをこれでもかと発揮している作品となっている。声と生バンドによるビートのマリアージュが本当に素晴らしい。あと結局ベースとドラムによるグルーヴがどれだけ生まれていて、さらに上音のメロウな気持ちよさが自分の好きなポイントなのだな〜と今週の毛色が異なるK-R&B作品を聞いて感じた。好きな曲は”Bump It Up”

Seoulless by RAUDI

 RAUDIというプロデューサーによるアルバム。韓国のヒップホップシーンはビートメイカーによるアルバムがたくさんリリースされていて、それはインストアルバムというよりも色んなラッパーが参加したコンピものが多い。そこで起きるケミストリーがたくさんあって楽しい。彼の過去のディスコグラフィーを見ると個人的に好きな作品に多く参加していて、実際この作品もかっこいいビートばっかりで好みだった。ラッパーのチョイスが結構渋くて特定のレーベルに寄ったりすることなく実力派が多い。アップカミングな人からベテランまで各自にあった色んなスタイルのビートを提供しているのも特徴的で今の時代のビートメイカーは何でも作れることの証左のよう。(4曲目と5曲目のギャップが特に最高)プロデューサータグの”pull up pull up”って声、絶対聞いたことあるシンガーなんだけど一体誰のフレーズだったか…老化。好きな曲は「Keem Hyo-Eunおかえり!」の気持ちも含めて”Dance with me” なおDON MALIKとKeem Hyo-Eunの2人によるアルバムの1曲目もRAUDIがビートを担当。そのコラボアルバムについてはまた来週…今言えることはすべてが最高!!!

Happiness Is Only A Few Miles Away by Joel Culpepper

 Tom Misch主催のレーベルからリリースされたJoel CulpepperのEP。Tom Mischが全曲プロデュースしていて、めちゃくちゃ好きだった。往年のソウルシンガーを彷彿とさせる粘り気のあるJoelの声質、最高のファルセットとビートの相性が素晴らしい。早くアルバムサイズで聴きたい。1曲だけFeatでTom Mischがクレジットされていて歌ってないのになんでかなーと思ったら、ギターの音色、コード感含め、飛び抜けてTom Misch味が強くて笑った。それが一番好きな曲だった”Free”

Sneek by Terrace Martin & Gallant

 今年はいつになくリリースが続くTerrace Martin。今回はR&BシンガーのGallantとの共作アルバムをリリース。Gallantは”Weight In Gold”で出てきたとき、かなりインパクトが大きくてこのままシーンのトップ戦線へと登っていくのかと思いきや他人の曲への参加がほとんどないので実力と知名度が釣り合ってない気がする。ファルセットの力強さが本当にかっこよいシンガーで今回はTerrace Martinのサウンドに合わせた抑え気味のテイストがクールで良かった。彼の声質自体が濃いので、打ち込みの音だと若干too muchになるけど生音だとバランスがちょうど良くなってるように感じた。好きな曲は”Tandem”

2023年11月20日月曜日

音もなく少女は

音もなく少女は/ボストン・テラン

 C.O.S.Aの”Girl Queen”という曲のインスパイア元であることを知り、以前から気になっていた作品でついに読んだ。NYのハードな時代と環境を描いた素晴らしいクライムノベルでオモシロかった。

 タイトルのとおり聾唖の女の子が主人公で名前はイヴ。生まれつき耳の聞こえない彼女の人生の周辺で次々と事件が起こっていき、それらをストラグルして乗り越えていく話となっている。父親がとにかく最悪でこんなに胸糞悪くさせてくる登場人物もそういない。しかし憎まれっ子世にはばかるとはよく言ったもので理不尽な暴力で母親、イヴを含めた周囲を抑圧していく前半は読んでいて辛い部分が多かった。耳が聞こえないハンデを背負いながらも運命的な出会いをした養母のような存在のフランから写真を覚えて少しずつ希望の光が差し始める。何か夢中になれるものがあることの尊さ、というと陳腐に聞こえるが劣悪な環境においてはとても大事で必要なものだと感じさせられた。また写真に加えてイヴに活力を与える恋愛の描写も非常に瑞々しい。しかしそれゆえに喜びに満ちた時間が過ぎ去っていく切なさもハンパなく…当時のNYにおけるストリートの理不尽さがひしひしと伝わってきた。

 男は基本クズであり女性が人生の主導権を取っていく点が本著の読みどころだと思う。こういったクライムノベルにおいて女性かつ聾唖という当時の社会情勢におけるダブルマイノリティを主人公に据える著者の心意気にリスペクト。またフランはナチによって子宮を摘出されてしまっている過去を持ち物理的に母親になれない。そんな彼女が母性を長い時間をかけて獲得していくストーリーもかなりグッときた。特に終盤そんな形で母性を昇華させるの?!というハードコアな場面が印象的。イヴもフランも「普通」の外側にいるかもしれないが、それは他人が決めた枠であり、そんなものを気にせず自分の道を切り拓いていく姿勢がかっこいい。女性だからといって受身になる必要はなく欲しいものや環境を自分で手に入れようとする姿はヒップホップそのものだと感じた。とにかく読ませる展開の連続でページターナーっぷりが圧倒的なのだが、その中でもハッとするエモーショナルなラインがいくつもあり一部引用。

より大きな真実がおのずとあふれるときには、人は誰もそれを味わえる。一度にすべてを受け容れるには横溢的すぎても、心の準備ができるときまで、心にぴたりと収まるときまで、ずっとその人のそばにとどまってくれる真実というものがある。

達成感を得るための黒魔術。わたしの父はそれをそう呼んでいた。心をむなしさに食い尽くされてしまった人たちは、敵を抹殺することに飢えて、個人的な敵を見つけるのよ。必要に駆られてそういう敵をつくりだすのよ。そうすることで自らのむなしさを埋めようとするのよ。でも、このことで何よりも恐ろしいところは、むなしさを埋めれば埋めるほど飢えが強まることね。

誰かを亡くすことが楽な仕事になることは決してない。記憶の中に沈むたびにあなたは新しい傷を見つけることになる。それは説明することはできなくても、見ることはできなくても、はっきりと感知できる傷よ。人間の苦悩とともにある傷よ

わたしはあなたの年頃にはよく本を読んだ。あなたの宗教が自分たちの親切なバイブルをでっち上げるために、どれほど多くの福音を捨てたか、本を捨てたか、大砲を捨てたか、読んでわかった。わたしは自分の子宮があったがらんどうを見つめるかわりに読書をしたのよ。

 他にも作品があって特にデビュー作の『神は銃弾』はプロットからしてオモシロそうなので次に読んでみたい。