2025年5月26日月曜日

START IT AGAIN

START IT AGAIN/AK-69

 本屋をぶらぶらしていたら、たまたま見かけて買って読んだ。正直、AK-69の曲が好きになってきたのはここ数年のことだ。さらに直近 YouTubeでみた THA BLUE HERB の BOSS との対談で人となりに興味が沸いたのであった。ラッパーの自伝はそれなりに読んでいるほうだが、本著は少し毛色が違った。自伝的な要素は控えめで、それよりも彼が今の位置に至るまでにどう努力し、どう考え、どう動いてきたのか、その方法論が詰まった「自己啓発書」としての色が濃い一冊だった。ヒップホップと自己啓発のかけ合わせの相性の良さがほとばしるほどに炸裂しており、自己啓発書を普段読まない自分でもヒップホップが加わってくることで「なんか頑張ろうかな〜」と思わされるのであった。

 AK-69という名前を最初に意識した瞬間を、はっきりと覚えている。それは『Blast』という雑誌のインタビュー記事だった。AK-69とKalassy Nikoff、それぞれの名義で同時にアルバムを出すというタイミングの特集で、彼の過去の悪行に少し怯えつつ、ヒップホップのストリートカルチャーの一端を垣間見たようで興奮した記憶がある。

 それはさておき、本著では彼がどのようにして「ラッパー・AK-69」として大成したのか、これまで行ってきた具体的なアクションを通じて、自分のマインドセットを丁寧に説明している一冊である。なんとなくのキャリアしか知らなかったが、本著を読むことで彼のラッパーとしての成り上がり方やスタンスを深く知ることができた。歌詞へのアプローチ、ビーフに対するスタンス、セルフプロデュースの思想など、音源だけではうかがい知れない背景が明かされている。

 本の仕掛けとして印象的だった点は冒頭だ。まるでリリックのように、AK-69が読者に問いかけてくる。しかも、そのリリックは単なる縦書きではなく、ヴィジュアルライティングでかましていく。「これぞAK-69!」という派手さと美学が炸裂していて、めちゃくちゃカブいている。近年のヒップホップは自然体がクールとされる傾向にあるが、彼が活躍した 2000〜2010年代、ラッパーは「カブいてナンボ」の時代だった。今なおそのスタンスを貫く姿を見ると、本著で書かれている自己啓発的な内容に説得力を感じるのであった。

 個人的に一番驚いたのは、彼が配偶者のことを「パートナー」と本著内で一貫して呼んでいた点だ。AK-69の音楽のコアなファン層の中には、「嫁」という呼び方を好むような層も少なくないという偏見が自分の中にあった。しかし、彼は本著で一度も「嫁」とは書いていない。ここに彼がラッパーとして長いキャリアを築くことができた一端を垣間見たのであった。つまり、時代の空気を敏感に察知し、自分がそこにフィットしていないと気づけば、しっかりとチューニングしていく。自分自身を客観的に見つめ、今求められている姿に再構築していく柔軟さ。彼はラッパーである同時に、セルフマネジメントの達人とも言えるだろう。

 たとえば、新作『My G’s』では、客演を多数迎えたアルバムのDX版を制作し、横浜アリーナでフェスのようなショウを開催する予定になっている。キャリアが長くなればなるほど閉じていきがちな世界に、新旧さまざまなラッパーやビートメイカーとケミストリーを起こしていくその姿勢は、まさに風通しを良くするための意識的な選択だろう。同じく「自己啓発的」なスタイルを持つ KREVA が客演ゼロ、どちらかといえば閉じた世界観を提示したアルバムとは対照的で、それぞれの戦略と哲学の違いがよく表れている。ほぼ同世代のラッパーかつ互いに日本語ラップのシーンと距離を置きながら、自分の市場を開拓してきた二人が、まったく別のアプローチを取っている点に、とても象徴的なものを感じる。

 「自分の曲には他人への応援歌は一曲もない」と語る彼の言葉も印象的だった。彼の曲は多くのスポーツ選手に愛されているので、応援ソングとして機能しているものと考えていた。しかし、彼の曲を聞いている人たちは、AK-69の言葉として認識するというよりも、自分の中にリリックを取り込み、憑依させる形で聞いているのかもしれない。強烈な一人称を持つヒップホップの特徴が活きているといえる。そうやって聞けるリリックは意外に少ないのかもしれない。

 欲を言えば、彼が経験してきたであろうヒップホップの裏側の話をもっと聞きたかったところではある。名古屋という独自のシーンに根ざしたAK-69は、いわゆる日本語ラップの東京中心の文脈とは異なる場所から登場している。その背景にあるローカルな文化や美学について、本書でもいくつか触れられてはいたが、もっと深く掘り下げてほしかった。

 名古屋のヒップホップという観点でいえば、AK-69のキャリアの転換点として ¥ellow Bucks の台頭は欠かせないトピックであろう。もし彼が現れていなければ、AK-69の現在地はまた違った形になっていたかもしれない。実際、自分自身も「Bussin’」がなければ、彼の音楽にここまで触れることはなかっただろうと思う。だからこそ、AK-69からみた ¥Bという話は、他のラッパーも含めていつかじっくり語ってほしい。実際、本著のラストでは、表題にもなっている代表曲「START IT AGAIN」にYZERR がREMIXで参加した際のレコーディングのストーリーが語られている。「まさにこういう話を読みたい!」という内容だったので、続編に期待したい。このインタビューも合わせて読むと、日本語ラップに対する彼のスタンスがより深くわかって興味深かった。

AK-69と日本語ラップシーンの”縁”

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