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法治の獣/春暮康一 |
国内SFは海外SFに比べると、取っ付きづらく、どれから読んでいいかわからない。そんな中でポッドキャスト番組『美玉書店』と出会い、今では国内のSFガイドとして個人的に一番好きなポッドキャスト番組だ。そこで本著の著者である春暮康一特集が組まれていたので、国内SF入門編として読んだのであった。(ポッドキャストは過去三回分しか公開されていないので、特集回はもう聞けなくなってしまっているのだが…)テクノロジーを駆使した思考実験が物語へと見事に昇華されていて興味深かった。
三つの中篇で構成されており、それぞれ別の話ではあるものの、表題作以外の二作は繋がりがある。巻末の作品ノートによれば、三作とも「《系外進出》シリーズ」と作者が名付けたシリーズに含まれるもので、文字通り太陽系外に人類が飛び出していき、そこで遭遇する生命との関わりを描いている。ファーストコンタクトものは、SFの定番中の定番ではあるが、本著ではコンタクトすること自体の是非、そしてコンタクト後の倫理的課題についてフォーカスしている点がとてもユニークだった。三作に共通する人類の認識として、太陽系外の生物に対して不必要にコミットしないことが前提となっている。つまり、人類の都合で植民地にしたり、生態や文明に不必要に介入して改変してはならないということだ。その前提において、人類がはかない希望を抱きながら、なんとかコンタクトを試みる過程がとても興味深かった。
印象的な表紙絵は国内SF作品を数多く手掛けてきた加藤直之という大御所らしく、この絵からはクラシカルなSFのムードを感じる。しかし、中身は想像以上にモダンであり、AI、功利主義など現在の世の中のテーマと関わりがあるので、そのギャップに驚いた。AI時代到来で世界が新たなフェーズに突入する中で読むSFは、その先の未来を想像させてくれるので、刺激的で読むのが楽しい。本著の各作品ではアシスタントとしてのAIはデフォルトであるが、そうなっていたとしても人間が尊厳を失わないように工夫している様子が伺えて、今後にAIとの付き合い方の参考になるかもしれない。
とにかく「よくこんな設定を思いつくな〜」ということばかりで、これがハードSFと呼ばれるサブジャンルなのであれば、かなり好きかもしれない。なぜなら、科学の知識をフル動員した、著者による思考実験のようなものだから。一定の論理を貫きながら、なるべく破綻しない世界観を作り上げ、さらに物語的魅力を展開していく著者には畏敬の念を抱くしかない。表題作がその思考実験っぷりが最も発揮されている。法律、資本主義、研究など多彩なトピックが縦横無尽に入り乱れる様は、法治の獣こと、一角獣のシエジーが走り回る様とシンクロするかのようだった。
コンピューターを中心として、人類が生み出すテクノロジーに対して無限の可能性を抱いていた時代が終焉しつつある中で、SFが少し先の未来を描くものとして、さらなる未知を追い求めた先にあるのは「生物」という視点も興味深い。0か1のバイナリ的思考が世界を席巻しているが、それよりもグラデーションを持つであろう生物の世界を詳しく解き明かした先に、別の未来が見えるのかもしれない。そんなことを考えさせられたのであった。
いずれの話も人類が地球で飽和しているゆえ、別の居住可能な惑星を探すことが目的ではあるが、それを上回るのは人間の好奇心である。「一体何なのか?」「どういう仕組みなのか?」人間がここまで進歩してきた過程において、そういった好奇心が原動力であることは自明だが、極めて原始的な「遭遇」から炙り出される「業」にも近い好奇心の側面が丁寧に描き出されていた。次は本著よりもさらに未来を描いたらしい『オーラリメイカー』を読む。