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| すべての罪は血を流す/S・A・コスビー |
PEPCEE&YOSHIMARLによる新しいアルバム『STONE COLD』に触発されて積んであったクライムノベルを読んだ。著者の作品を読むのは二作目だが、今回もページターナーっぷりは健在で他の追随を許さない圧倒的なレベルだった。
主人公は保安官のタイタス。アフリカ系アメリカンによる高校での銃撃事件を発端に、次々と発覚していく陰惨な事件を追っていく物語である。舞台がアメリカ南部ということもあり、宗教や人種という現代アメリカの根深い問題をメインテーマに据えつつ、銃、ドラッグ、ペドファイルといった個別の具体的な問題がその上に乗っかってくる。プロットの面白さだけではなく、南部の空気を体感できる点が、本著が並のクライムノベルと異なるところだ。
警察官を主人公に据えると、勧善懲悪の単純な構図に陥りがちだが、タイタスはFBI勤務時代の暗い過去を引きずっており、清廉潔白な正義漢ではない。グレーなニュアンスがあるからこそ、物語にスムーズに乗ることができた。一方で追いかける犯人の悪っぷりは今まで読んできたクライムノベルの中でも屈指の悪。タイトルどおり血が流れまくりだし、描かれる殺人はいずれも陰惨極まりない。情状酌量できる余地がないほどおぞましいからこそ、誰が犯人なのか、どんな結末を迎えるのかと読む手がドライブさせられた。 アクション描写も圧巻だった。特に犯人とのバトルはいずれも手に汗を握る展開で、終盤まで積み上げられてきた凄惨な犯行描写によって膨れ上がった犯人像が明らかになった挙句のバトルなので読み応えがあった。
今回は宗教が大きなテーマということもあり、以前に読んだ『黒き荒野の果て』よりも著者の筆が乗っている印象を受けた。聖書やシェイクスピアといったクラシックの引用が物語に厚みを加え、それに呼応するような著者独特の言い回しもかっこいい。たとえば、主人公の母の格言として語られる「真実がズポンを引き上げているあいだに、嘘は地球を半周する」SNS以後のポストトゥルースな状況をこんな短い言葉で的確に表現していて、ラッパーさながらである。
アフリカ系アメリカンが白人を銃殺したけれども、その白人が実はペドフィリアで…といった具合に、問題がインターセクションしていく構造も印象的だった。安易な二元論に回収されることを拒む、著者なりの工夫であろう。アフリカ系アメリカンが置かれてきた不遇な立場を大前提としながらも、それだけに閉じない人間同士による凄惨な争いが展開するゆえ、業の深さを感じさせられた。
「宗教もドラッグも依存という観点では変わらない」と考えるタイタスが、登場人物の中で一番と言っていいほど聖書に詳しい人物として描かれている点は皮肉と言える。どれほど神の存在を信じていても、母親は早くに亡くなり、子どもたちは無惨に命を奪われる。こんなひどい状況でも「すべては神の御心」という言葉で腹落ちさせる信仰に、一体どんな意味があるのか。タイタスは深く信仰していたからこそ裏切られた気持ちが強く、それゆえに秩序、忍耐という新たな信仰へと向かわせる。この姿勢は実質的に無宗教な人が多い日本人には刺さりやすいだろう。そして、犯人は別ベクトルで信仰に付随した裏切りを受けた結果の末路であることを考えれば、宗教に振り回された人生という観点で二人は似たもの同士かもしれない。次は『頬に哀しみを刻め』を読みたい。
