![]() |
脱獄のススメ 壱/NORIKIYO |
俺たちのNORIKIYOが帰ってきた…!ということで、クラウドファンディングの返礼品が到着したので、速攻で読んだ。(現在もマーチの一つとして購入可能)インスタで公開されていたファンに向けた手紙や、出所後のblock.fm『INSIDE OUT』出演時のエピソードなどから、過酷な獄中生活をなんとなくわかったつもりでいたが、まったくわかっていなかった。ここまで事細かな取材報告を届けてくれたことは、ファンにとって最高の贈り物と言えるだろう。
本著は、収監されたDay Oneから一日も欠かさず綴られた獄中記だ。二段組で、とんでもない分量となっており、読了後の満足感はお値段以上である。(壱)と題されているとおり、本著に収録されている日記は八ヶ月分。NORIKIYOは実刑三年のうち二年で仮釈放されているため、単純計算でまだあと二冊は発行される可能性がある。この一冊だけで圧倒的な満足度にも関わらず、まだ読めるのか…と思うとワクワクが止まらない。これまでのリリックやインタビューからして、文才は明らかだったわけだが、それがここでは存分に発揮されている。
日記で書かれていることは、刑務所での生活を中心にしつつ、彼の思想や過去の出来事などである。「潜入取材」と称して、2020年代の刑務所がどういった場所となっているのか、丁寧に書いてくれている。D.Oの獄中記『JUST PRISON NOW』を読んだときにも感じたが、刑務所は同じ日本とは思えないほど過酷な環境である。「罪を犯した人間だから、どんなに過酷でも耐えろ」という考えが根強いのかもしれないが、それは実態を知らないから言えることだ。居室に冷暖房が一切なく、入れ墨を入れた人の写真は開示されないなど、時代錯誤な制度がまかり通っている。NORIKIYOの指摘しているとおり、誰がいつ当事者になるかはわからないし、再犯率を下げるための更生施設とはうまく機能していない現状がある。たとえ受刑者だとしても、その人権が考慮されるべきではないかと、日本の刑務所制度について考えさせられるのだった。
今回の獄中記の大きな特徴は、NORIKIYOが国の指定難病を抱えながら服役していた点にある。重い病気を抱えた人間が刑務所でどんな扱いを受けるのか。その管理体制の実態は杜撰なものだった。構造的な問題が多い中でも、属人的な運用が多分にあり、親切な刑務官もいれば、最悪な刑務官もいる。その人情味、陰湿な感じは日本社会を象徴しているようだ。NORIKIYOはウィットを混ぜ合わせながら、それらなるべく面白おかしく描いていた。本当はムカついていることが山ほどあるはずだが、日記として言語化することで自分の気持ちを落ち着けているようだ。最近は日記ブームだが、これほど「書くこと」がセラピーとして機能している例はないだろう。
そして、なかでも興味深いパートは、周りの受刑者たちの描写 a.k.a 取材報告である。彼の収監先はいくつかあるのだが、それぞれ環境やムードが異なっている。はじめの方は、病を抱える受刑者の多くいるエリアに収監されていたため、高齢者が多く、刑務所が介護施設と化している実態が見えてくる。やがて工場勤務へと移ると、今度は十年以上の刑期を抱える人たちが増え、普段何気なく接している人が、過去に人を殺めてたりする。(れんこんのよっちゃん…!)きつかったのは、レイプを声高に自慢話のように語っている受刑者の存在だ。このように悪自慢する人たちを華麗にスルーし続けないと、いつかトラブルに巻き込まれ、懲罰で出所が遅れる可能性がある。そんなヒヤヒヤした環境のなかで過ごすNORIKIYOの心中は察するにあまりある。
思想面では、大麻政策を筆頭に彼の国家観や世相批評がふんだんに書かれている。曲中では語り切れないことが、日記というフォーマットゆえに自由に綴られていた。こういった自己開示はアーティストにとって諸刃の剣だが、NORIKIYOの思想と感性を知ることができることはファン冥利に尽きる。最近、彼と同世代のラッパーやDJによる同姓愛蔑視の姿勢にうんざりしていたが、NORIKIYOが明確に同性愛蔑視を否定していたことに、勝手に胸を撫で下ろしたのであった。彼の他者の痛みに対する感受性の高さこそ、今の時代に必要なことだし、自分がなぜ彼のラップを聞き続けてきたのか、読み進める中でその理由がよく理解できた。
今のNORIKIYOといえば、大麻の話は避けて通れない。難病の治療薬を長期服用する中で耐性がつき、より強いステロイドを使わざるを得なくなり、その服用によって胃がんリスクが上昇してしまう。それを避けるために大麻を食して独自に緩和治療していたという経緯がある。日本ではどんどん大麻は厳罰化方向に進んでいる中で、彼がこれまで学んできた知識が本著内でフル動員されており、日本の大麻を取り巻く環境に関して解説本を書けそうな勢いである。生産者としての知識、法体系への理解、国内外の研究まで、彼の言葉を全て鵜呑みにしていいとは思わないが、自分の生死がかかった情報について、国内外含めていろんなアプローチを取ってきたことが、書きっぷりから十二分に伝わってきた。「お上のいうことをそのまま信用していていいのか?」という問いは、大麻に限らない普遍的なテーマといえる。安易な「Fuckバビロン」ではなく、自分の生死をかけた実践の上で語られる「リアル」には説得力があった。
さらに、ファンにとって嬉しいのは、過去の出来事やヒップホップに関する記述である。楽曲のビハインド・ザ・ストーリーや彼のヒップホップ観があますことなく書かれていることはありがたい。中でも驚いたのは、彼の足の怪我がいかにセンシティブなものかということだ。ライブを何度か見ているが、気になったことは一度もなく、今まで一体どうやって乗り切ってきたのだろう?と思ってしまうほどだった。他にも、詩集『路傍に添える』を巡るミラクルはヒップホップの神様がいるとしか思えないエピソードだった。さらには「2 Face」を聞いて検事辞めた人、「証言」のジブさんバースの引用、ZORN「REP」のハグライフの真相とか…本当にキリがない。こういった具体的なエピソードだけではなく、ヒップホップがいかに救済の音楽であるか?が日記全体から痛いほど伝わってくる。本著を読んでいると、自分がヒップホップが好きで良かったと何度も思わされた。
本著の発送スケジュールについて連絡があった際、ライブは2026年6月以降とのことだった。ストリーミングで音楽を聞くこともあるが、グッズを買うことも一つのサポートであり、本著はNORIKIYOの音楽に一度でも心が動いたことがある人はマストバイだし、2020年代の獄中記として読めるもので本著を超える物は出てこないだろう。まごうことなきクラシックだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿