2024年4月18日木曜日

TRIP TRAP

TRIP TRAP/金原ひとみ

 最後の音楽:|| ヒップホップ対話篇という本で菊地成孔氏が紹介していて気になったので読んだ。著者の小説は昔は熱心に読んでいたが久しぶりに読むと自分が歳をとったこともあり理解できる感情が多く楽しめた。

 短編が6作収録されており主人公はいずれも女性かつ一人称。タイトルどおり国内外問わず旅行に行ったときの感情の機微が丁寧に描写されている。こないだエッセイを読んだ際にも感じたが日常における小さな違和感を見つける観察力とそれに対してぶわーっと感情が溢れだしていく文章の連なりがユニーク。引き算して行間で魅せるというより足し算でゴリ押しスタイルなので活字中毒者には心地よくグイグイ読んだ。

 菊地氏が紹介していた「沼津」や「女の過程」といった短編はヤンキーの生息する社会が文学という形で表現されている稀有な例であった。氏が言う通り濃厚なヒップホップの匂いがそこにある。著者自身の出自もあいまって「中卒の言葉にやられちまいな」というAnarchyのラインを引用したくなる。

 1つ目の短編から家出というトリッキーな旅行から始まるあたりに一筋縄ではいかない著者を垣間見た。短編はいずれも直接はつながっていないが、中学生、高校生から妻、母と読み進めるにつれて主人公のライフステージは変化していく。登場人物の名前も一部重複しているので、一つの世界線として読むこともできるだろう。その観点でみると若い頃はとにかく異性に依存していたい気持ちが悪びれることなく全面に表現されているが、子どもを持つ主人公になると破綻してくる。異性に依存する側から子どもから依存される側への移行に伴う心情描写がかなり正直だった。特に男性が育児に関わらないことで女性が育児に「トラップ」され自己犠牲を極端に強いられることに対して懐疑的であり「育児も当然大事だが自分の人生が押し潰されるなんておかしい」という主張が2009年時点で放たれている点がかっこいい。タバコを吸いながら泣いている子どもが乗ったベビーカーを押しているシーンがその際たる例で小説だからこそできる表現だろう。未読の作品がまだまだあるので時間見つけて他の作品も読みたい。

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