2024年4月3日水曜日

パリの砂漠、東京の蜃気楼

パリの砂漠、東京の蜃気楼/金原ひとみ

 十年くらい前に熱心に読んでいた著者のエッセイということで読んだ。全く好きな言葉ではないが「メンヘラ」という言葉で片付けてしまいそうな感情を取りこぼさないように言語化しているエッセイだった。ここまでの厭世観を持ち合わせてはいないが、天邪鬼気質ではあるので著者の主張にうなずく場面が多かった。

 前半はパリでの移民としての生活、後半は東京に帰国後の生活という構成となっている。著者がパリに移住しているなんて全く知らず驚きつつ、長いパリ生活におけるカルチャーギャップと自分について考察されている点が興味深い。特に海外で暮らすことのメンタル面でのハードモードっぷりが描かれている点が特徴的。実際に起こっていなくても「日常がテロで大きく侵食されるかもしれない」可能性を頭に置きながら生活することの苦労は日本にいると分からない。また色んな物事が前に全然進んでいかない様を読んでいると、日本のシステマチックかつタイトな対応はありがたいことなのかもしれないと感謝の念を抱いた。

 女性の社会における立場に関する内容もたくさん書かれている。二児の母、一人の女性、一家の稼ぎ手、それぞれの立場を行ったり来たりしながら、感情や生活の揺らぎが鮮明に描かれている。著者の友人の話もふんだんに書かれており、そこから相対的に自分のことを考えているケースが多く彼女の思考回路を覗いているような感覚だった。

 小説家なので当たり前だけど文章の比喩表現が自然かつ巧みでめちゃくちゃかっこいい。厭世感もただ書き連ねているだけであればネットの戯言で変わらないわけで、そこに作家としての矜持をみた。たとえばこの辺り。

過酷な異国生活の中でも、私にとって家庭はアイデンティティになり得なかった。家庭とは、成り立たせ回さなければならないものだった。自分は家庭が倒れないように回り続ける歯車でしかない、その思いが鉋のように、硬くなった皮膚を鋭くリズミカルに削り続けているようだった。

 子どもたちがカブトムシを持って帰ってきて家で飼い始めた際の壮大な生命論にリーチしているエッセイがあり、虫が苦手ということを起点にしたスケールの広げ方に笑った。次はウェッサイ性があると聞いた『TRIP TRAP』を読む。

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