2023年8月12日土曜日

千の扉

 

千の扉/柴崎友香

 日本の小説を読みたいモードになったので読んだ。著者の作品は好きなので、大切に少しずつ読み進めているのだけど本著もオモシロかった。時間と場所のレイヤーを駆使して人を語る小説となっていて、社会学におけるエスノグラフィー的な語り口とも言えて興味深かった。

 東京の団地が舞台。都心に近い立地の団地で、開発が進む周辺から取り残された場所で生きる人々の生活が語られている。主人公はある夫婦なんだけども彼ら以外にもたくさんの人物が登場し、この人たちは実在しているのでは?と思うくらいにそれぞれキャラが丁寧に描き分けがされている。そのため、ある街の様子を目の当たりにしている感覚でするすると読めた。さらにその人物たち、ひいては街の過去を掘り下げている点が本著のオモシロいところ。時間が積み上がった結果、今があることを強く意識させられた。「人に歴史あり」とはよくいったもの。人それぞれに過ごしてきた膨大な時間が存在し、それが『千の扉』の向こう側に存在すると言われると、何気ないマンションとかアパートを見る目が変わってくるのだから小説は不思議なものだと改めて思った。

 また女性の生きにくさも裏テーマとして存在しており、いろんな場面で割を食う場面が描かれている。それは夜に歩く危険性、子どもを産むことの当事者性、親の介護など多岐にわたる。振りかぶって書かれているわけではないので読んでいるあいだは一つの場面なのだけど、読み終わったあとにテーマとして浮かび上がってくる構成がかっこよい。文庫版には社会学者の岸政彦氏の解説が付いていて本著の一部を引用して展開する論点が興味深かった。

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