2021年10月1日金曜日

悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える

悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える/仲正 昌樹

 Kindleでセールしてたので読んでみた。本来であればハンナ・アーレントの原著を読んでから読むべきなのかもしれないが入門編としてオモシロかった。ナチスのユダヤ人迫害を取り上げて、そこから全体主義とはなんぞや?という説明・論考をしてくれていて大まかな全体像を知ることができた。そして単純な昔話ではないことも…

 ナチスはユダヤ人を強制収容施設に押し込んで機械的に虐殺した、この事実のインパクトがデカすぎて、どういう経緯でそうなったのかがあまり知られていないように思う。極悪!ナチス!っていうだけなら事態は簡単だけど、そんな簡単な話でもない。当時のドイツ人に蔓延していた陰謀論、周到に設計されたナチスの組織とプロバガンダなどが全体主義という考え方を育んできた経緯がある。その結果、道徳的人格(自由な意思を持った、自分と同等の存在として尊重し合う根拠となるもの)を破壊して、当事者たちが何も感じずに迫害できる状態まで持っていった。こういう細かい経緯を知れて勉強になった。また自分の歴史に対する勉強不足も痛感…世界史の授業とか意味ないなーと寝ていたあの頃の自分に真面目に聞いておけと言いたい。すべては過去から脈々と繋がっており、いきなり起こるわけではない。

 著者のまとめ方も意図的だとは思うけれど、最近の社会情勢と既視感があるのが怖かった。「ダイバーシティ」と口ではいくらでも言うけど日本の社会制度としてはほとんど変わっていないし、一方で特定の国家や民族に対して露骨なヘイトをぶちまける。分かりやすい敵を用意して、その敵へのヘイトで団結する場面はしょっちゅう見るので、それが全体主義の萌芽なのだとしたらそれはもう始まっている。だから麻生氏のナチスへの憧憬はもしかするとしっかり勉強した上での本心なのでは?と思ったりもした。

 終盤には悪法に対してどのように対応すべきか?というさらに哲学めいた話は出てきて興味深かった。虐殺を主導したアイヒマンは裁判で「自分はあくまで法律に従っただけでユダヤ人への憎悪など無かった」と答弁しており、その盲目な遵法主義に対してアーレントは疑問を呈している。人間にとって法とは何か?政治とは何か?理性的に考えて自発的に従っていることが自由であると著者は説明していた。またアーレントのこのパンチラインもイケてる。

政治は子どもの遊び場ではないからだ。政治において服従と支持は同じだ。

 あと刺さったのは考えることの大事さ。人間どうしても分かりやすいものや同じ意見の人に惹かれるけど、自分が間違っていた場合に素直に正せる力が必要だと感じる。著者のこのラインは自戒の念をこめて日々反芻していきたい。

私たちが普段「考えている」と思っていることのほとんどは「思想」ではなく、機械的処理。無思想性に陥っているのは、アイヒマンだけではないのです。

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