2020年5月9日土曜日

低地

 

低地/ジュンパ・ラヒリ

 400ページ強の長い小説で設定もシンプルなのに信じられないくらいオモシロくてグイグイ読んだ。インドのある2人兄弟と弟の奥さんおよび弟夫妻の子どもを中心として計4世代について描いており、インドからアメリカへの移住もあるし、時間的にも距離的にもダイナミックなレンジで物語を描いていてオモシロかった。共に生きることの難しさをこんこんと突きつけられるような感覚が残る。
 弟が殺されることで、その責任を背負い込むような生き方をした兄と弟の奥さん。そういう意味では同じ立場なんだけど、それぞれが一方は利他的もう片方は利己的に生きる道を選ぶ。この両方の立場を描いているところがめちゃくちゃオモシロくて簡単に割り切れないことがよく分かる。利己的選択をした登場人物がヒールになるのだけど、その選択を否定しきれないくらいに重い過去がある。なにしろ子は鎹という幻想が打ち破るのだから。しかもその娘が関心を寄せてもらえないことの寂しさや虚しさを感じ取って自暴自棄な人生を送ることになるため余計に読んでいて辛かった。この重い過去で硬直する人間関係をじっくり時間をかけて解きほぐしていくから、設定自体はとてもシンプルなんだけど奥深い味わいになっていた。飽きずに読ませてくれるのは、それぞれの置かれた立場の微妙なバランス感をラヒリの言葉で丁寧に紡いでいるからだと思う。また生まれたインド/育ったアメリカのどちらにも帰属していない移民の苦悩も存分に出ている。2人とも亡くなった弟から逃げたつもりだけど、ずっと彼の存在を意識しながら生きるしかないという共通点はあるのだけど、娘にその過去を伏しているため共通点に気づくことなく(もしくは気づいていてもスルーして)それぞれ別の方向を見てしまうことになってしまう切なさ。結局、移民/家族いずれの関係性の中でも相互理解が進まない話なのでこれまた辛い話。
 また舞台となるロングアイランドやインドの風景の描写も好きだった。時間の経過が大事な話の中で季節のうつりかわりを細かくかっこよく書いていてた。早く続きを読みたいという気持ちと、終わってくれるなという矛盾する気持ちが同居するとき、それが最高の読書体験だと思っている。そして本著はそんな読書体験をもたらしてくれた。(ちなみに西加奈子の「サラバ!」は本著をリファレンスにしている気がする。)

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