2024年12月3日火曜日

文学フリマに出てみて


 文学フリマに植本さんの横で売らせてもらう、おんぶに抱っこ形式で出てきました。前回、お客さんとして行ってなんとなく雰囲気をわかったつもりでいましたが、出る側と買う側は雲泥の差がありました。植本さんの本が文字通り飛ぶように売れていく様を間近で見させてもらったのはとても良い経験でした。

 単純な本の売り買いを超えた、感情のやりとりみたいなものが発生していて、書き手と読み手がダイレクトに繋がることができる、それはネットにはないダイナミクスでした。それゆえに自分のZINEが見ず知らずの方に購入いただけるのは本当に嬉しかったです。ご購入いただいた方、改めてありがとうございます。そして、こんな機会をいただいた植本さんにも改めて大感謝。

 サラリーマンとして普段働く中で、自分の時間を切り売りしてお金を稼ぐ身からすると、成果物単位でお金を稼ぐことの大変さを死ぬほど実感した次第です。クリエイター然り小売りの方も含め、自分がいかに世間知らずなのかを知るいいきっかけになりました。自分のおごりを戒めつつ、粛々と今後も売っていきたいと思います。ということで引き続きよろしくお願いします。

乱読の地層 エッセイ/ノンフィクション書評集

2024年12月2日月曜日

ぼくらの「アメリカ論」

ぼくらの「アメリカ論」/青木真兵、光嶋裕介、白岩英樹 

 先日のアメリカ大統領選でトランプが当選して、アメリカに対する興味が増す中で、日本人視点のものが読みたくて読んだ。思想家、建築家、文学者という、それぞれ異なる立場からのアメリカに対するパースペクティブがクロスしていく様が興味深かった。

 もともとはnoteで連載されていたものが書籍化された一冊。「アメリカ」という巨大なテーマ設定であるが、それゆえに色んな角度からの語りが可能となっていた。近視眼的な視点ではなく、歴史を踏まえた大局からの論考が多いのも特徴的だ。最近の状況を踏まえると、ついついトランプ以降のアメリカにフォーカスしてしまいがちだけども、現在に至るまでの背景をタイトルどおり各人の視点で紐解いている点が興味深かった。

 専門性がリレーエッセイという形でクロスしていく点が興味深い。フォーマット自体には馴染みがなかったが、ヒップホップのサンプリングを彷彿とさせるスタイルでオモシロかった。建築、文学、歴史といった各自の専門性の中で、各自が自身にない要素を踏まえて自分の語りを構築しているので、当人たちのゾーンが拡張され、新たな視点を生み出すきっかけになっていた。

 わかりやすいのは、文学者である白岩氏の文章におけるアナロジーの数々だろう。文学者ということもあり素敵な表現がたくさんあった。文学の懐の深さを感じたし、論考、エッセイ、文学のトリプルハイブリッドは読んだことがないスタイルだった。

 光嶋氏のチャプターが個人的に一番興味深かった。建築に関する論考や思想めいたものに触れる機会がない中で、本人を含めたさまざまな建築家たちのアプローチを知り、知的好奇心が大いに刺激された。たとえば、今では当たり前になったオフィスビルが街を覆い尽くす様について、資本主義だけではなく建築の歴史、技術から摩天楼を見つめ直す視点はかなり新鮮だった。建築関連の書籍ガイド本としても抜群で読みたい本がたくさんできた。

 青木氏は歴史を踏まえつつ「アメリカ的なもの」が社会や人々の生活の中でどこまで侵食しているかについて多く論考されている。日本が親米だからという背景もさることながら、21世紀になって加速したグローバリズムは米国化といっても過言ではないことから、「アメリカ的なもの」が想像以上に社会全体を覆っていることに気付かされる。日本でいえば沖縄が最たるもので、青木氏の語る沖縄観は自分が初めて沖縄を訪れたときの感情と似ておりシンパシーを抱いた。また、西欧諸国と比べた際のアメリカの歴史の短さを指摘しつつ、第二次大戦後の急速かつ膨大、すべてにおいて過剰である「アメリカ」の乱暴さを解きほぐしてくれており興味深かった。

 アメリカは二大政党制ということもあり、大きく見れば二極による押し合い引き合いが続いていた中、トランプの登場以降は、せめぎ合いが起こる接点そのものが失われた印象を持つ。そんな分断がデフォルトになった社会における、他者をリスペクトした上での対話の重要性に至極納得した。先日読んだ『社会はなぜ左と右にわかれるのか』で、人が意見を変える場面は対話する他ない、という指摘を想起した。今回の大統領選のタイミングで、タナハシ・コーツによるオバマ本が出ていることを知ったので、次はそれを読みたい。

2024年11月27日水曜日

秋

秋/アリ・スミス

 タイトルがタイトルなだけに、毎年秋になるたびに読もうと思って早数年、やっと読んだ。正直、秋という季節は大きなファクターではないので、季節にこだわって読む必要はなかった…それはともかく、イギリスのEU離脱という実際の出来事を小説に落とし込みつつ、そこに縛られることなく、時代や場所を軽やかに行き来する著者のスタイルに魅了された。『両方になる』は大きなギミックに気を取られてしまうが、本著では著者のスタイルがより浮き彫りになっている作品だった。

 イギリスに住む三十代の女性と100歳オーバーの昏睡状態のおじいさんを軸として、過去現在と縦横無尽に物語が展開する。冒頭、おじいさんが死後の世界を漂うような抽象的な描写から、女性がパスポートの発行に伴う書類手続きを郵便局で行う場面へと展開していくのだが、このギャップに驚く。たゆたうような世界にいたかと思えば、お役所仕事バリバリの官僚主義丸出しの現実へと放り込まれてしまう。物語全体を通じて時間や虚実にギャップのある展開が多く、その差分で物語を駆動させているから、わかりやすいストーリーラインがなくても良いというのは一種の発明な気がする。また、起承転結が明快ではないので、読後に「こういう話だった」という明確な像を結ぶことが難しい。こういった読みにくくなりそうな構成にも関わらず、ページをめくる手は止まらないのは、ひとえに著者の筆致がなせる業といえるだろう。

 実在のアートが物語の中心にあるのは『両方になる』から続く著者の特徴だ。主人公の女性が大学のアートに関する非常勤講師という設定なので、物語に無理なく溶け込んでいた。アーティストに対する考察を深めつつ、空想である物語と絡めていくことで、実在感が増していた。その物語自体も、著者が得意なメタ的展開を繰り広げており、二人で物語論を語る場面や物語内物語が頻出する。なかでも「銃を持った男と樹木の衣装を着た人物」をテーマにおじいさんがフリースタイルで語られる話が信じられないくらいオモシロかった。物語の力、ここにあり!と言わんばかり。物語が「嘘の話」という立て付けにされることがあるが、嘘と物語を明確に区別にしている点に作家の矜持を感じた。

私たちはみんな、一つの嘘によって値打ちが下がる。(中略)それとも、私は残念な真実を話した方がいい?

嘘の力はね、とダニエルが言った。いつだって、力を持たない人間にとっては魅力的に見える。

 素敵な比喩の数々や多用されるワードプレイに唸りまくった。原著を読めば、もっと発見がありそうだなと思いつつ、翻訳者の方が英語でルビを打ってくれたり、情報を補足してくれているおかげで味わうことができた。たとえばこれとかラッパーっぽい。

あの人が誰なのか、たぶんもはや誰も知らない。当時、歴史だと思っていたものは、今では脚注(フットノート)にすぎない。その注(ノート)にある彼女が今、裸足(ベアフット)であることに彼は気付く。

 イギリスのEU離脱が背景にあることから「分断」をめぐる話が多い。もともと本著がリリースされた2016年から「分断」という言葉は、2024年の今に至るまであまりにも多用された結果、形骸化している節もある。もはや「分断」はデフォルトであり、その状況でどう生きていくのか考えなければならない社会となったともいえる。そんな現在、本著を読むとコミュニティの大切さを感じた。つまり、大規模な連帯というより、小規模でも話をすることで互いの疑心暗鬼を解消できるのではないかということだ。大きな派閥同士の「分断」よりも、各人が孤立している「分断」のほうが深刻だと思うから。歳も性別も全く異なる二人が話す様やそれぞれのシチュエーションを知ることで、読み手は融和の可能性を見出すことができるはずだ。とはいえ「そんなに甘くない」と言わんばかりの描写が挟まれることで、現実に引き戻されるのだが…

 辛い現実の中でも、移民をめぐる議論は本著でもメインテーマとなっており、わかりやすいストーリーの部分を担っている。特に公共用地が二重に鉄線で囲まれ、その鉄線には電流が流れ、警備員までいる。公共のエリアなのに誰も入れなくなった「分断」の象徴に対して、女性の母親が骨董品、つまり歴史そのもの!をぶつけて打破しようとする、比喩でもなんでもないダイレクトな展開が最高だった。冬、春、夏が残っているので各季節をマラソンしていきたい。

2024年11月25日月曜日

乱読の地層


 ブログで本について4〜5年ほどレビューを続けている中、著者の方から直接リアクションをもらう機会も増え、自分にどれだけの腕があるか試したい。自分で本を作るとはどういうことなのか、体験してみたい思いもあいまってZINEを作ってみました。

 自分がキーボードで打ち込んだ文字が紙に印刷された「本」という形態で戻ってきたとき、脳がスパークするような感動がありました。実際に作るまでに色々葛藤はあったものの、本を作ってみて良かったなと思います。

 初めて自分の手元に在庫を抱えて何かを売る、つまり商いを始めて分かったことは、売るのは作る以上に難しいということでした。広告がビジネスになることを実感し、書き手にとって誰かが自分の著作について感想を書いてくれることのありがたみを逆説的に知りました。

 山は険しいのですが、一生懸命売っていきたいと思います。すでにご購入いただいた方には本当に感謝しかないです…ありがとうございます。ショップにいただいたコメントを読んで、ポッドキャストや本を作ることのおもしろさを改めて実感しました。ご購入いただける方は以下リンクからお願いします。

乱読の地層 エッセイ/ノンフィクション書評集

 そんな中でZINE作りの巨匠&メンターでもある植本一子さんから寛大なお誘いをいただいて、12月の文学フリマで一緒にZINEを売らせてもらうことになりました。ただのファンボーイだったのに、こんなことになるなんて!これもZINEを作らないと起こらなかったことであり、感無量です。東京近郊の方はぜひお立ち寄り&ご購入いただけますと大変嬉しいです。植本さんが最近書いている日記、ニュースレターでも紹介いただいており、こちらも読んでみてください。まさか自分が日記に登場する日がくるなんて。しかも丁寧に紹介いただいており感無量です。(二回目)

13日後に新刊を出す植本一子(2024/11/18)|植本一子

植本一子の短縮営業中(2024/11/25)

では当日お会いしましょう!現場でSee Ya!

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文学フリマ東京39


Q-35/植本一子

2024/12/01 12:00〜

https://c.bunfree.net/c/tokyo39/w/Q/35




2024年11月22日金曜日

2024/10 IN MY LIFE Mixtape


 10月も怒涛の新譜リリースがあり、毎日それを聞いていた。秋だからか、ベースが際立った曲をたくさん選んだ気がする。

 大きな変化としては久しぶりにSoulectionの番組を聞くようになったことだ。Soulectionは自分の音楽の嗜好性に大きく影響を与えたレーベル、コレクティブだ。彼らの番組は新譜のディグの深さと、そのトーンに合わせた旧譜のセレクトが抜群で聞いていて本当に楽しい。最近、ネプチューンズ特集があって、そこで気になった曲を最後にプレイリストの最後にまとめておいた。エディット、REMIXがたくさんかかってたけど、オリジナル曲でも古びないヤバすぎるスキルを感じたネプチューンズでした。写真はシルバニアファミリーの車。


2024年11月19日火曜日

こうしてお前は彼女にフラれる

こうしてお前は彼女にフラれる/ジュノ・ディアス

 オスカー・ワオの短く凄まじい人生のジュノ・ディアスによる短編集ということで読んだ。訳者あとがきで気づいたが、オスカーの友人であるモテ男ユニオールをめぐるスピンオフなので、ニコイチで、かつ連続で読んだほうが楽しいのは間違いない。

 どうしようもない浮気男であるユニオールのさまざまな人生のフェーズでの色恋沙汰と、アメリカ移民二世として生きることなどが描かれている。各短編は独立しているものの、ユニオールの人生という一つの軸があり、そこを起点に家族や恋人が登場して、すったもんだが起こっていく。居酒屋で聞く友人の恋愛話に近いものがあり、かなりフランクなノリで描かれている点が特徴的だ。それは女性器の翻訳が、大胆にも放送禁止用語の言葉で行われている点からも顕著だ。あと先を考えず心の赴くままに行動して、あとで後悔することの繰り返しなわけだが、それが一子相伝よろしく父→兄→ユニオールと継承されている様に業の深さを感じた。特に兄であるラファの存在は大きい。ラファはイケメンで女の子を取っ替え引っ替えしているのだが、ガンで若くして亡くなってしまう。兄に憧憬を抱き、その姿を追いかけて大人になったユニオールが兄の不在を埋めるように女性を追い求めてしまうのではないか?このあたりは訳者の方が、あとがきで突っ込んで考察しており興味深かった。

 トランプが再度大統領に当選した今、不法移民に対する規制が今より厳しくなることが想定されている中、着の身着のままでアメリカにやってきて何とか生きている人たちの話は、たとえフィクションだとしても胸が苦しくなる。もっとも顕著なのは、本著で一番硬派と言ってもいい「もう一つの人生を、もう一度」だろう。ドミニカからやってきた女性たちが、各自家族の事情を抱えながら、なんとかサバイブしているその姿に勇気をもらいつつも、同僚、恋人に過度な期待はしない、なぜなら裏切られると辛いから、という気持ちが伝わってきて切なかった。完全に偏見だが、ドミニカ人が楽天的というイメージを華麗に裏切る静謐さがあった。これが一番好きな短編。

 人生のターニングポイントとなった瞬間が密度高く真空パックされ、まるで走馬灯のように短編として配置されたのちに表題作が最後に用意されている。自身の浮気が原因で彼女と別れることになり、それを忘れるために様々なことに挑戦するのだが、何をやっても身体を痛めて八方塞がりとなってしまう。そんな状況で全体に厭世感が漂いながらも、NYで暮らすドミニカ系アメリカ人の日常が細かく描写されているので、どこか楽しげな空気を感じられた。正論でいえば浮気する奴はクソ野郎でしかないが、こと恋愛においては正論なんてまるで通じないし、それでも人生は続いていくことを教えてくれる一冊だった。

2024年11月18日月曜日

それはただの偶然

それはただの偶然/植本一子

 植本さんの新作は「わたしの現在地」として銘打たれたシリーズ第一弾のエッセイ集。最近の日記ブームの火付け役かつ牽引者であるわけだが、これまで読んできた身からすれば、日記を経た先にあるエッセイという印象をもった。

 一人でいることに耐えられず、常に誰かを求めてしまう。そんな自分の内面と向き合っている様子は近作の『愛は時間がかかる』や『こころはひとりぼっち』で書かれてきたが、本作は植本さんの周辺の人たちへの思いが率直に書かれており、対照的な一冊と言えるだろう。

 具体的な描写は避けられているものの、植本さん自身が事件に巻き込まれたことが幾度となく言及されている。事故、事件、病気といった自分のコントロールできない事態に突如巻き込まれる辛さは、本や実体験で分かっているつもりだが、本人にとってどれだけダメージがあるかは他者からはわからない。しかし、そんな中でも表現から伝わるものがあり、「春」という詩で描かれる絶望、虚無感は心の深い部分を刺激された。

 精神的に参った状態の植本さんの元に、まるでマーベルのアベンジャーズよろしく皆が集結し、彼女を支える互助の関係性を、内向的な自分としては羨ましく感じた。ご本人は誰かに頼ることを気にされているようだが、そんな風に助けてくれる人がたくさんいる状況は、人間関係が希薄な今の時代において正直想像がつかない。それはひとえにご本人の人望なのだろう。大人になればなるほど、新しい友達を作ることは難しくなるが、植本さんはそのハードルを軽やかに越えて、どんどん関係性を結んでいく。その様子が本作では手に取るようにわかるし、植本さんが植本さんたる所以でもあるのだと思う。それは一人のファンにしか過ぎない私に対する寛大さからも明らかだ。

 日記の生活感、それに伴う刹那性が多くの読者を魅了してきた中で、今回のエッセイにおいては視点が落ち着いている。言うなれば、日記はスナップショットの連続で、怒涛のように生活を追いかける、ドキュメンタリー性が極端に高いものだったのに対して、エッセイは日付がなく時間軸が曖昧になることで、構図が決まったポートレートのようで、一種のフィクション性さえまとっている。そこでは植本さんがカメラマンとして培ってきた、他者に対する眼差しの鋭さ、ショットの強さが存分に発揮されている。

 冒頭で述べたとおり、その眼差しを駆使した人物評が多いのが本作の特徴だ。自分のことが誰かに文字で書かれ、残っていく。書く/書かれる関係性について改めて考えさせられる。書くことで救われていた時代から、書かなくても残ることもあるという考え方の変化は、写実主義の傑作『かなわない』で知った身からすると隔世の感があった。また、書かれた側からの率直なアンサーが載っている点もスリリングで、ハイライトの一つだろう。

本書で紹介される人たちは、植本さんの魅力ある文章だからこそ、誰も会ったことがないにも関わらず、生きている様がまじまじと伝わってくる。特に終盤の元パートナーとの関係性の変化とある種の終結まで、思考と現実がシームレスに描かれており、これまでのことも思い出されて、壮大な恋愛ドラマのエンディングを見ているようだった。このエッセイから次はどんな風景を見せてくれるのか、毎度読み終わる度に期待と不安が入り混じる植本さんの著作からはいつも目が離せない。

※植本さんが出店される文学フリマのブースに『乱読の地層』を置いてもらうことになりました。当日、私も参加させていただきますので、東京近郊の方は是非お立ち寄りくださいませ。

文学フリマ東京39

Q-35/植本一子

2024/12/01 12:00〜

https://c.bunfree.net/c/tokyo39/w/Q/35