2024年1月13日土曜日

帰りたい

帰りたい/カミーラ・シャムジー

 ポッドキャストで友人が2023年読んだ中のベストとして紹介してくれたので読んだ。確かにこれはベスト級!と唸らざるを得ないエンタメとしてのオモシロさがあった。さらにイギリスのムスリム社会に関する群像劇から見えてくる現実が単純なエンタメではなく物語を分厚くしている。つまり勉強にもなるしエンタメとしても抜群なので読み手を選ばず薦めたくなる作品だった。

 合計5人のムスリム系イギリス人の視点で語られる構成になっており、読ませる展開の連続でページをめくる手がとにかく止まらない。訳者あとがきにもあったが冒頭が物語の根幹をなす大きなインパクトを持っていると感じた。具体的には博士号取得のために US へ渡米しようとすると、空港で厳しい取り調べを受けて予定していた飛行機に乗れないという展開。彼女を待つことなく飛行機が飛び立ってしまう現実はにただただ驚くしかないし社会から取り残されている状況の隠喩であるとも言える。これを筆頭にムスリムに対する社会的な圧力が厳しい状況が物語内にちりばめられている。

 一番大きな事件としては若い男の子がIS に入隊し悲劇を迎えるというプロットがある。これを軸にイギリスにおけるムスリム社会の在り方をグイグイと問うていく流れが圧巻だった。もっと広く解釈すれば「過ちをおかしたもの」に対する態度のあり方とも言える。人の懲罰願望がSNSで可視化される社会において、どうやって罪と対峙していくのか考えさせられた。もっとも短絡的な解決を求めるのが政治家だというのはキツいアイロニーだし、家族をスケープゴートにした報いとして残酷すぎるエンディングを迎えるのも示唆的に感じた。

このように複数の視点で描き分けていくことで思想の差異が浮き彫りになり、そのすれ違いを 物語に落とし込む筆致が素晴らしい。十把一絡げに「ムスリム」と言ってもグラデーションがあることがよく分かるし、生身の人間を感じさせられながら物語は映画のようにドライブする。だからこそ馴染みのないイスラム教という概念が説教臭さゼロで頭に入ってきた。

 家族も大きなテーマになっていて、親の行いに影響される子どもたちという観点がある。政治家とジハード戦士という相反する親を設定し各自の抱える困難を描いている点が秀逸だった。どっちが良いかではなく、どっちも辛いという話になっているので、現状維持よりも互いに歩み寄る必要性を暗に伝えたいのだと思う。

 イギリスでは二重国籍が認められているが、それでも移民がイギリス国籍を持つことに良く思っていない層が一定数いて、その排外主義なムードはどこの世界でも共通なムードだろう。それは日本も例外ではなく他人事ではない。だからこそ、こういった本を読み多角的な視点で物事を捉える力が必要な時代だと思う。

0 件のコメント: