2021年8月12日木曜日

長い一日

長い一日/滝口悠生

 日本人の作家をチェックする感度が鈍っており、発売日に即買いする作家はもう著者だけになってしまった。昨年読んだアイオワ日記がかなり好きだったので今回も楽しみにして読んだら、当然めちゃくちゃオモシロくて最高が更新されていた。物語で描かれるのは実質2日のことで劇的な展開もない。けれど、そこには誰もが経験する生活、人生の豊かさや苦悩が詰まっている。
 ある夫婦がメインの登場人物で彼らを中心に話は進んでいく。夫の職業が小説家であるゆえに私小説の印象を強く受けた。2人が引っ越しに至るまでと、友人たちとのホームパーティーに起因する出来事の数々。前者では夫婦の家に対する価値観の違いや引っ越しすることになるまでの感情の揺れ動きが信じられないく細かく描かれていて、それがめっぽうオモシロい。特に階下に住む大家さんとの関係はなんとも言えない切なさがあった。日々は同じことの繰り返しだとしても、それが生活を構築しているのであり、一度それが終わっていく方向に振れるとあっけなく終わる。残されるのは一抹の寂寞…みたいな。ちょうど自分自身も引っ越しをしたばかりで、しかも前に住んでいた部屋が大家のはおばあさんの家のちょうど真上で、みたいな個人的記憶がビンビン刺激された。あと家周辺のスーパーは大切、という人生で大事なことだけど、そこまで語られないことを延々と話しているところも最高だった。
 タイトルになっている「長い一日」という章を読むと、一見淡白に見える日々だとしても脳内はそうとも限らないわけで妄想なども含めると毎日とてつもなく長い時間を過ごしているのかもしれない。そんなことを考えさせてくれるのがオモシロいし、その一日の伸縮性を機能性の高いズボンと重ね合わせているところにニヤリとさせられた。大きなテーマとして時間(特に過去)の揺らぎ、不確かさがあると思っていて、そういったことに関するパンチラインが何発も放たれていた。あとは得意な人称チェンジも健在でもはや名人芸と言えるだろう。芥川賞を受賞した「死んでいないもの」を読んだときのあのシームレスなワンカットを見たような感動を久しぶりに体験できて嬉しかった。かなり分厚いのだけども、サイズはコンパクトで手に馴染みやすいし、クーラー効いた部屋でダラダラ読むのにピッタリな1冊。

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